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転生の旅  作者: mattsu
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第28話 影の守護者


 健介の転送された先は、真の闇に支配されていた。

遠くで轟音が響いているのが判る。

立っている場所が僅かに揺れている。

ダンジョンからそう遠くない場所だと言う事だ。


 健介は光の魔法で明かりを得て、周りを見る。

ドラゴンの目なら一応見えなくもないのだが、明かりを点けた方がより見やすい。


 そこは何処かの地下室のような部屋だった。

転送魔法の魔法陣しかない。


 その部屋を出ると通路があり、3つのドアと階段があるのが判る。

健介はその場所を彼方此方歩いて回り、調査した。


 その場所は研究施設のような場所だった。

魔族らしい者のミイラ化した死体がいくつかあり、長い間誰もここに来ていない事が判った。

魔物の標本や魔法装置がある。


「興味深い場所だが、脱出経路は無いようだな。」


 脱出経路があれば、魔族のミイラは無いだろう。

健介は研究施設の魔法装置や器具を詳しく調べていく。


「あの転送魔法は使えないが、俺の転移魔法陣を改良すれば脱出の可能性はある。」


 健介の転移魔法は、基本的には魔法陣から魔法陣への物体転移だが、転移先に魔法陣が無くても使用は可能だ。

転移先に魔法陣を用意するのは3つの目的がある。

1つは目印として、もう1つはその場所に転移されると言う警告としての目的だ。

最後は転送先の空間を安定させる為だ。


 1つ目は場所さえ判れば大きな問題ではない。

2つ目は周りに人が居なければ、問題にならない。

3つ目が問題としては大きい。

転移先の空間を安定させる事。

転移直後の空間は不安定になりやすく、転移した物体を破壊してしまう事がある。

それを回避する為の安定装置として魔法陣が必要なのだ。

逆に言えば、魔法陣が無いところへ転移するのは自殺行為である。


 健介には改良のアイディアがあった。

転送先に魔法陣が無ければ、その魔法陣を転送すれば良い。

具体的には魔法陣を描く魔法を転送する。

物体では無いから、転送に掛かる空間の歪みは殆ど無いはずだ。

転送先で魔法陣が描かれたら、続いて物体を転送する。

これで安全に転移できるはずだ。



(ドラゴンの身体でよかった。)


 健介は運が良かった。

転移魔法を改良するには時間が掛かる。

人間だったら餓死している所だ。

ドラゴンの身体は食料を必要としない。

身体の損傷が無ければ、食事をしなくても生きていけるのだ。

その場合、活動に多少の制約は出るが、敵がいる訳でもないし問題は無い。



 健介は転移魔法の改良しながら、合間を縫って研究施設を詳しく調査しはじめた。






 ショミルでの戦闘から4年。


 リアはヴァージル伯爵家の当主として、ヴァージル領の屋敷に戻っていた。

未だにランは戻っていなかった。


 リアがヴァージル領へと戻る事になったのは、父ヘインツが盗賊との戦いで負傷したのが切欠だった。

その時に、シーリアがヴァージル伯爵の爵位を受け継ぎ、当主としてヴァージル領を統治する事になった。

無論、その時に軍は退役している。


 リアが軍を退役して直、エンドーラも結婚して退役した。

例のジオレ・ハイテンのプロポーズに応じての結婚だった。


 今ではフィとクリンだけが軍に残っている。

フィとクリンはショミルでの戦闘の功績で、准将に格上げされている。

フィも退役させるか悩んだが、シーリア隊で一度に3人も退役するなどとなったら目を付けられる。

それで無くともドラゴンの件で目を付けられたのだから。

そんな訳で、フィはしばらくクリンのサポート役として軍に残らせる事になった。


 ショミル王国は現在、ペステンの属領となっておりショミル方面領としてペステン貴族の管理下にある。

ショミルとペステンの間には広い街道が作られ、その間に幾つも町が出来始めている。


 ペステンではダンジョン最深部にあるであろう魔法装置をどうするか検討されていたが、現状維持と言う結論が出ていた。

魔法装置を破壊すれば、ダンジョンが崩壊して魔術戦士の育成に使えなくなる。

かと言って、魔法装置を使っても魔物を上手く操作出来ないのでは、ショミル王国の二の舞である。

さらに、ショミル王国のダンジョンの最深部には魔族は居なかったが、ペステンのダンジョンの最深部は魔族が居そうだった。

ダンジョン内での魔族の目撃報告があるからだ。

下手すると、魔族との戦争に成りかねない。

この様な次第で、現状維持になったのである。



「あいつ、いつまで待たせるのよ。」


 リアが屋敷の窓から外を眺めながら呟く。

あいつ、とは無論、健介の事だ。

リアはミコトという偽名しか知らないが。


 リアは待っていた。

ミコトが戻ってくるのを。

ヘインツが見合い話を持ってきても、断っていた。

どうしても乗り気になれなかったのだ。

そこで、ヘインツには養子を取るようにと言っていた。

養子に家督を継がせればよいと。


 リアにとっては貴族の自分には価値は無かった。

ヴァージル伯爵という立場も虚しいものだった。

自分の居るべき場所はここでは無いと思っていた。


(早く戻ってきなさいよ。もう。)


 リアは涙目で夜空を見詰めた。




 実の所、健介はリアの近くにいた。

幽霊ではない。

普通の平民に紛れて、リアの屋敷の近くの宿に泊まっていた。


 今の健介の人型の姿は、人そのものだった。

顔形が変わった訳ではない。

髪、瞳、肌の色を人の色に近いものに変えたのだ。


 これは例の地下の研究施設で見つけた装置での調整の結果である。

ドラゴンが人型になるのは、魔術による結果だ。

その魔術の構成は複雑で、顔形を変えるのは難しいが髪や瞳、肌の色を変えるくらいなら簡単に出来たのだ。

今は金髪碧眼、白色の肌になっている。


 そして、もう1つ。

宿にはもう1人いた。

実は人ではないのだが、どう見ても人にしか見えない。

可愛らしい女性の外見だが、戦闘能力はハルカントより若干劣る程度の魔物だ。

彼女の名はリリスと名付けた。


 リリスは魔物の生成装置で作られた。

元々あの研究施設で人型の魔物が研究されていた様で、ほぼ最終段階のものらしい。

ドラゴンと違って、戦闘能力よりも人の様な順応性を重視して作られた魔物だ。

恐らく、警備&護衛兼使用人のような使い道を考えて作ったのだろう。


 この魔物は1体しか作れなかった。

正確には既に作られて仮死状態だったものが1体しかいなかった。

魔法装置自体はすでに破損しており、稼動しなかった。

その最後の1体を目覚めさせ、下僕として連れて来たのだ。


 宿では健介とリリスは若い夫婦と言う事になっている。

健介はミコトと名乗っている。


 なぜ、健介はリアに会いに行かないのか?

それはリアの為である。

人の身ではない健介が側に居ては、リアが結婚できないと思ったのだ。

だが、それは逆効果だったのかもしれない。

シーリアは結婚せず、ヘインツは養子を探していると聞く。

健介は頭を抱えた。


「リアは頑固だな。」


 健介は呟いて苦笑する。


(必ず戻ると言ったのが不味かったか。

 しかし、あの時はそう言うしかなかったからな。)


 健介は頭を振った。



 あの地下研究施設から脱出出来たのは、ダンジョン崩壊から約8ヵ月後。

その間に脱出用の転移魔法の術式の構築と、リリスの発見と起動、教育など色々とやっていた。

脱出してからは、リアの近くに潜んで見守っていた。


 脱出後、影からリアを支えていたのだ。

結構忙しかった。

時には、リアに害のある人間を暗殺し、他にもエンドーラやクリンの手助けもしたりしていた。

ショミル王国との戦争の功績によって、将軍となったリアには敵が増えていた。

その敵はペステン国内の貴族なのだから始末に終えない。


 当時はショミルがペステンに併合された直後であり、軍の情報部も半数がショミルへと移っていた。

その為、裏の動きが活発化したのだ。


 一番の標的にされたのはリアだ。

ヴァージル領の繁栄を妬み、ヴァージル領とその富を奪おうと画策するものが複数いたのだ。

リアを暗殺すれば、ヴァージル伯の次期当主が不在となり、養子を取る事になるだろう。

そこに付け入る為にリアを狙ったのだ。

また、エンドーラも狙われていた。

こちらはジオレとの結婚問題で、ジオレの婚約者候補だった貴族に狙われる事となった。

ジオレの妻になる事が出来れば、有力な門閥貴族であるハイテン家との太いパイプが出来るのだ。

それを横から奪われたと思われた訳だ。

実際はジオレがエンドーラに一方的に言い寄っていただけなのだが・・・


 健介が戻って来た時には、リアは対暗殺者用の傭兵を雇っており、エンドーラにはジオレが派遣した護衛の魔術戦士がいた。

クリンとフィもとばっちりを受けて、暗殺者に襲われていたので、傭兵とジオレの魔術戦士達が一緒に守っていた。

しかし、健介にはそれでは不十分である事が判った。

ただ守っているだけでは、いずれ殺される。

相手のペースで動いていては駄目なのだ。


 そこで健介はリアとエンドーラに差し向けられている暗殺者を片っ端から殺して回った。

最初に尋問した暗殺者は何も言わなかったので、暗殺者に尋問は無意味と判断し、時間の節約として迅速に始末して回ったのだ。


 何も考えずにただ始末していた訳では無い。

無論、狙いがあった。

暗殺者と言う裏の仕事を引き受ける傭兵は少ないのだ。

暗殺者が次々と始末されていけば、暗殺者を雇う為により大きな行動を起こさなければならない。

ちょっと近くの町中で傭兵を雇えば良かったのが、より遠くの町へと傭兵を探しに行かなければならなくなる。

そういう動きを注意して置けば、首謀者を突き止めるのは容易だった。

健介自身が囮の暗殺者として売り込んで接触すれば尚の事容易だった。


 エンドーラを暗殺しようとした貴族は、その情報を匿名の手紙でエンドーラに流した。

それをジオレが再調査して裏付けを取ってから、ジオレ(ハイテン家)がその貴族を貴族社会から抹殺した。

惚れた女を暗殺されそうになって、ジオレは荒れていたようだった。

時間を掛けてようやくエンドーラの態度が軟化したと思った矢先にこの騒ぎである。

ガードの固いエンドーラがまたガードに入ってしまい、ジオレは途方に暮れたのだった。

まあ、その後も粘り強く押し続けて、エンドーラも根負けして結婚してしまったが。


 リアを暗殺しようとしていた貴族は健介が逆に暗殺した。

まともな証拠が無いし、リアでは逆に暗殺を仕掛けると言う手段には出られないと思ったからだ。

リアが雇ったのは対暗殺者用の傭兵であって、暗殺者ではない。

そこにリアの限界を感じたのだ。


 暗殺者を雇い、敵の暗殺者から首謀者の情報を引き出し、その首謀者を暗殺する。

リアにはそう言う考え方が出来ない。

良くも悪くも、性格が真っ直ぐなのだ。



 今、リアは軍から退いてヴァージル領に引っ込んだので、敵は少なくなった。

それにリアの地元であり、狙いにくくなった。

怪しい人間は目に付くから。


 影ながらリアを守っていたのだが、今はまた悩んでいた。

時々外から見かけるリアの顔を見ると、心が痛む。


(ここはクリンに頼むか。

 彼女に説得させて、俺はもう戻らないと諦めさせて、結婚させる方が良いな。

 俺は人に戻れないし、この世界の人間でもない。)


 健介はリリスにリアを影から守るように言い聞かせて宿を出た。

リリスは3年以上、健介と共に行動しており、人間社会の行動規範やリアの護衛については既に理解している。

リアは強いはずだが、多人数で襲撃を受けるような場合には、リリスが助けになるだろう。

リアの敵はまだいるのだ。



 数日後、健介はクリンの居る王都へと入った。

クリンと連絡を取る為、町の子供に駄賃をやって手紙を託す。


 夜、クリンはやって来た。

指定した酒場に入ったクリンの姿は昔よりも大人になって、弱々しい感じが抜けていた。

リアやエンドーラと離れて大人になったようだ。

健介は手を振ってクリンを呼ぶ。


「クリン!」


 クリンが健介を見て驚いた顔をして、足早に近付いてきた。


「ラン!

 驚いたわ。

 生きてたのね。」


 クリンは驚き、そして喜んでくれた。


「クリン。

 声が大きい。

 悪いが俺は死んだ事にしてくれ。

 これからはミコトと呼んでくれ。」


 健介が小声で言って周りを見回す。

クリンは不思議そうな顔をしたが頷いた。


「判ったわ。

 ミコトね。

 それが本来の名前だったっけ。」


 クリンが思い出したように言う。

リアに呼び名として教えた偽名だ。

本名を教えても意味は無いので、放っておく。


「クリン、リアの事で頼みがあるんだ。」


 健介は改めて言う。


「リアの事?

 何かあったの?」


「事情は置くとして、本題から言う。

 リアに俺はもう死んだから、結婚する様にと言って欲しい。」


 クリンは真顔で軽く頭を傾げ、健介を見詰めてくる。


「まだ会ってなかったんだ?」


 クリンが意外そうに言う。


「ああ。

 あいつが結婚してから会おうと思ってたんだが・・・結婚しないつもりらしい。」


 健介は苦笑する。


「会えば良いじゃない。

 どうして会わないの?」


「あいつが俺を諦めるようにする為だ。」


「どうして諦めないといけないの?」


「俺はもう人間じゃない。」


 クリンは健介の言葉に寂しげな顔をした。

中身は人間だが、身体はドラゴン。

また人間に入れ替わるにしても、適当な人間を見つけるのは至難だ。

犯罪者の身体を使うのは嫌だ。

そんな事をするなら、洗濯していない他人の下着を着る方がマシだ。

少なくとも、下着は脱ぎ捨てる事が出来るのだから。


「人間の男と結婚させようと言うのね?」


「魔物と一緒に居るよりはマシだろう?」


 クリンと健介はしばし見詰め合う。


「それがリアの幸せだと思うの?」


「俺はそう思っている。

 人が人と結婚し、子供を作り育む。

 それが自然で、そこに魔物が入る余地は無い。」


 健介は首を振る。


「そう・・・そうね。

 そうかもしれない。」


 クリンは哀しげに健介を見る。


「リアの説得を頼む。

 あいつが結婚したら、俺も会いにいける。」


 健介は少し寂しそうに微笑んだ。




 リアは毎日を政務で忙しく過していた。

領地の管理で些細な事は事務官にやらせているが、大きな事はリア自身が詳細まで検討して取り組んでいる。

以前、リアがフィの身体を使っていた頃に発見した石炭の使用が進み、販売網は拡大しており、貴重な収入源となっている。


 品種改良された作物が1つ生産の軌道に乗っていて、味も良く人気になりつつある。

今後はその生産を拡大していく事になるだろう。


 リアが当主になり領内の盗賊狩りに参加するようになってから、領内での盗賊の被害はほぼ無くなっていた。

ヴァージル領の軍も、リアが時々訓練指導をしている為、以前よりも質が向上している。

ヴァージル領の町や村は、4年前の戦争以前より活気がある。


 そんな訳で、繁栄しているヴァージル領に対して妬みの目を向ける貴族が増えていた。

ヴァージル領に戻ってから、ちょっかいを出されるような事態はまだ無いが、周囲の状況は余り良くない。

いずれ、以前のクリンの婚約話であったような、小競り合いが起きる可能性は大いにある。


 ペステンでは貴族同士の戦争と言うのは珍しいことでは無い。

しかし、戦争と言うのは金がかかるものであるから、ちょっとした小競り合いで済ませる事が多い。

稀に本格的な戦争に発展する事もある。

大規模な内戦に発展しそうな場合には、王が王国軍を介入させて止めさせるが、そうでもない限りは特に何もしないのだ。

明らかな非が認められる場合、国王の裁定によって処断される事もある。

クリンの婚約話の事件もそうだった。



 貴族の中には陰謀を張り巡らし、罠をはって口実を作る者も居る。

そう言う相手には国王の裁定を期待する事は出来ない。

リアとしては注意しなければならない相手である。

幸いにして、リアと共に来た元参謀のハモによって、周囲の状況は他の貴族よりも判っていた。

ハモは諜報員としての才能も有ったようだ。


 そんな中での政務の毎日で、リアも精神的に疲れていた。

そこで油断をしてしまう事になった。

いつも護衛を付けて町の様子を見に歩くのだが、その日は一人で気楽に散歩したいと思って護衛を置いて来てしまったのだ。


 リアもまさか白昼の町中で襲われるとは思っていなかったが、考えが甘かった。

屋敷を出て25分ほど歩いて人込みを抜けた所で、襲撃を受けた。

人込みを抜けたとは言え、周囲には人が居り、白昼堂々とリアを襲う者たち。


 リアも一人で出てきた為、警戒はしていたが、それでも不意を突かれた。

しかも、相手は魔術戦士が5人。

最初の1人の不意打ちを何とか剣を抜いて避けたものの、次々と襲い掛かってくる襲撃者に追い詰められていく。


 相手の魔術戦士達は恐らく傭兵。

それも暗殺を生業としている者らしく、目の周囲が露出しているだけの覆面を被り、襲ってきたタイミングも絶妙だった。

リアでも警戒していなければやられていただろう。



 町中に剣戟の音が響き渡る。

数人の平民が唖然と見守る中、領主のシーリアが襲撃者と戦っていた。

だが、平民に助けられるような戦いではない。


(不味いな、このままでは)


 リアはそう思いながらも、焦りは無かった。

襲撃者の1人1人の実力は格下である。

5人居るからその隙を狙えないだけだ。

それでも戦い様によっては勝てる、そう思える相手だった。


 リアは防戦一方で追い詰められながらも、機会を伺っていた。

その時、不意に襲撃者の後方の2人が吹き飛んだ。

それに気付いて襲撃者の3人が一旦リアから離れた。


 吹き飛んだ襲撃者の2人のうち1人は身体が有り得ない角度に曲がって居り、即死していた。

もう1人も地面に倒れて呻き声を上げている。

襲撃者を吹き飛ばした者と思われる人物は、無表情で立っていた。

よく見ると可愛らしい顔立ちの女性である。


 残った3人の襲撃者は不利を悟って、地面に転がって居る仲間を殺して逃走した。

5人を相手に攻撃をかわしきったシーリアと新たな敵を相手に、たった3人で戦うなど自殺行為である。


 リアは襲撃者を追う事が出来なかった。

1人で深追いすれば、また同じ事になる。

それに、目の前の女性が気になった。


「ありがとう。

 助かったわ。」


 リアは剣を納めて女性に近付いた。

その女性は表情を少し緩め、静かにリアを見詰め返す。


「私は知ってると思うけど、領主のシーリアよ。

 あなたは?」


 リアは女性を観察する。

リアよりも少し背が低く、華奢な身体に見える可愛らしい女性だ。

だが、地面に転がって居る襲撃者の様子を見るに、見かけ通りの女性ではない。

そして、女性の言葉にリアの思考は一瞬停止する。


「私はミコト様の命を受けてあなたを護衛しているリリスと申します。」


 リリスが可愛らしい声で、静かに言う。


「・・・ミコト?

 ミコトが居るの?」


 リアがリリスに問質す。


「いいえ、ミコト様は居ません。」


「居ない?

 居ないってどう言う事?」


 リアは思わずリリスの肩を掴む。


「ミコト様はもう居ません。

 ミコト様の命により、あなたを護衛しに来ました。」


 リリスは繰り返す。

リリスは健介に支持された通りに答えていた。

このような事態は想定済みだった。


 この場合、リリスは健介の代わりに護衛として来たと言って、リアの側にいる事になる。

当然、健介が生きている事は秘密のままだ。


 リアは居ないと繰り返し言われて、その意味を「死」と理解した。


「・・・そう。」


 リアは目を潤ませて居た。


 そこに町の衛兵が2人走ってきた。


「シーリア様!

 ご無事でしたか。」


「ああ、問題ない。

 それよりハモを呼んで来てくれ。」


 リアは気を取り直して指示を出すと、衛兵の1人が走って行った。


「こちらの女性は?」


 ともう1人の衛兵。


「ああ、私の護衛のリリスだ。」


 とリア。


「護衛?!

 この女性がですか?」


 衛兵は驚いた。

見た目は華奢で可愛らしい女性である。


「そこに倒れている襲撃者は、リリスがやったのよ。

 外見に惑わされないで。」


 リアがにべも無く言う。

衛兵は恐ろしい物でも見るようにリリスを見た。

リアは屋敷に早く帰りたかった。

このリリスからもっと詳しく情報を引き出したかった。


 しばらく待っていると、ハモと数人の護衛が走ってやってきた。


「シーリア様、護衛も付けずに外出されるなど不注意ですよ。」


 ハモが小言を言う。


「済まない。

 ここは任せて良いか?」


 リアが苦笑する。


 ハモはシーリアをマジマジと見る。

いつもはハモの小言を、煩そうに言い返してくるのだが、今は何か落ち込んでいるようだ。


「ここは私にお任せ下さい。」


 ハモが言うとリアはリリスを連れて歩き出す。

その後ろを護衛が付いて行く。


(一体何があったのかな?

 興味深いが、今は襲撃者の正体を探らなければ。)


 ハモは襲撃者の死体を検分し始めた。




 リアは屋敷に帰ると、早速リリスにミコトの話を聞いた。

しかし、ミコトの事は殆ど判らなかった。

リアの質問にリリスは殆ど判らないと答えていたのだ。

リアは溜息をついて、リリスを見る。


 リリスは人間では無いだろう。

リアにはそれが判った。

先ほどの戦闘能力もそうだが、リリスには人とは違う何かを感じる。

そう、ドラゴンが人型になって側に居た頃のような感触だ。

ほんの僅かな気配の違いで、他の者には判らないだろうが、リアには判る。


「リリス、あなたは私を護衛すると言っているけど、私の命令は聞けないの?」


 護衛されるのは良いが、側にいては困る事もある。

命令出来ればその方が良い。


「私はミコト様の命により、あなたの命令も受けます。」


 リリスが真顔で簡素に答えた。


「そう、良かったわ。

 これから宜しくね。リリス。」


 リアはリリスに微笑む。


「はい。」


 リリスはリアに頷いた。



 夕方前、ハモが報告しに来た。


「あの襲撃者達を調べましたが、レクサスに籍を置く傭兵と言う事以外、余り情報は得られませんでした。

 ですが、人相風体と人数から、町で聞き込みをしたところ、いくつか情報が得られました。

 宿のメイドの話では、奴らはマノル候の命に従っているようです。」


 傭兵達はメイドの側で話をしていたのだろう。

それは偶々か、わざとか?


 今回の暗殺者は二流どころだろう。

リアを明らかに甞めていた。

襲撃のタイミングは絶妙だったがそれだけだ。

しかも、簡単に判る手掛りを残している。


「マノル候・・・マノル候の領地は隣のレクサス領の向うだわね。

 レクサス伯と関係があるのかしら?」


 リアは地図を思い浮かべる。


「それはまだ不明ですね。

 レクサス伯の周辺に動きは無いようですが。」


「或は、マノル候は私とレクサス伯を戦わせて、疲弊した所で双方の領地に攻め込むつもりなのかも知れないわね。

 どう思う?」


「現時点での情報では、そう考える事はで来ますが、まだまだ情報が少なすぎます。

 マノルとレクサスに調査員を派遣しますので、少々お待ち下さい。」


 ハモもまだ不十分な情報で分析出来ない。


 ハモは健介が参謀として選び出した者だ。

健介の残した遺産と言う事も出来る。


(私は今でも守られている。)


 リアはそう思っていた。

ヴァージル領の繁栄、ハモ、リリス、リア自身。

健介の影響は大きい。



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