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転生の旅  作者: mattsu
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第26話 草原の戦い


 翌日。

リアは早速、野戦築城とそれと組み合わせる楯と長槍と弓を使った戦術案を小冊子に纏めた。

それを、自動書記の魔法で転写していく。

余裕を持って60冊の小冊子を作って、軍事会議へと向かった。


 結果から言えば、失敗に終わった。

攻めるのに守りの戦術を考えてどうする?

そんな反応で会議場が塗り潰されて、説明する暇が無かった。


 しかしながら、何とか小冊子を配る事は出来、いくつかのグループでは真剣に読んでいる姿を見る事が出来た。

その中にあのグレグセンがいた。

グレグセンは彼の部下らしい3人と小冊子の内容を話し合っているようだった。

席も遠いし、特別親しい訳でもないから、リアが声を掛ける事は無かった。


 会議の結論としては、まずは攻めて見ようと言う、あやふやな決定がなされていた。

まともな戦略も無く、軍を出撃させるらしい。



 リアは出撃前に幹部を集めて冊子の中身を説明した。

ラン(健介)が説明する訳に行かないのだ。


 その後、大至急、楯と長槍を調達する為に町へ降りた。

恐らく、他の部隊は人数が多い為、楯と長槍は使わないだろう。

出撃までにどうやっても間に合わない。

また、弓と矢の製作を依頼し、出来次第、城の補給部隊にシーリア部隊宛で送るように指示した。


 リアの部隊はまだ少人数の為、幾つかの鍛冶屋を回って、10日で楯と長槍を用意してもらえる約束を得た。

鍛冶屋といっても、町にある個人運営のものではなく、軍に属する工場の様なものだ。

中身は鍛冶屋だが、職人が大勢居る。


 さらに、町の普通の鍛冶屋でショベルとピックアックス(ツルハシ)を大量に購入して城に届けさせた。

ショベルのようなものは武器では無いので軍の工場では作られていない。

他の部隊の人間も購入に出たようで、その日の内に城下町のショベルとピックアックスは無くなった。



 他の部隊が次々に出撃していく中、シーリア部隊は楯と長槍が届くのを待っていた。

シーリア部隊は人数が少なすぎる上、ドラゴンの運用上、大部隊に組み込むのは不利であると判断された。

それで任務は「遊撃」である。

なので、他の部隊とは別行動が出来るのだ。


 楯と長槍は剣とは扱いがまるで違うので、道々訓練をせざる得ないが、野戦築城をした上で長槍を使えば何とかなるだろう。

相手もこの戦術を知らないだろうから、それが救いである。


 9日で楯と長槍が揃い、シーリア部隊は出撃した。

職人達が頑張ってくれたようだ。


 楯は主要部分は木製だが、表面を網目状の鉄柵が補強している。

全体を鋼にすると重すぎて行軍など出来ないし、戦闘も出来ない。

槍も先端の部分にダガー程度の鋼の切っ先があり、他は木製で同じように網目状の針金で補強している。

どちらも片手で扱う為の工夫が凝らしてあった。


 1日4時間は長槍と楯を構えた密集状態で行軍させる。

時々、隊形を変更させ、楯と槍の移動の仕方を覚えさせる。

方陣、円陣の2種だけを何度も繰り返させる。

それ以上複雑な隊形を覚えさせるほどの時間は無い。



 シーリア部隊は少人数な為、そんな訓練をしながらでも他の部隊に追いついて、追い越していく。

他の部隊の者達は、長い槍と大きな楯を持ったシーリア部隊の一般兵を見て、嘲笑していた。

少なくともこの国では始めてみる武装なのだろう。

ちょっと奇異に見えるのかもしれない。


 参謀達の号令に合わせて、前進、停止、右回転、左回転、構え等等の動きを一斉に行っている。

まだ動きが合っていない為おかしな部分もあるが、一応統一された動きで1つの生き物のように動いている。

少人数である事が結束の強さを引き立てている。


 一般兵を4部隊に別けて参謀に行進訓練を任せていた。

戦場に出れば、リア達幹部も最前線で戦う為、一般兵の指揮を取れるのは参謀達だけである。

その事自体も問題なのだが・・・少人数である以上、リア達幹部が戦わないと戦力的に厳しいのだ。

それに即席の長槍兵が何処まで動けるのかを、参謀が知らなければ作戦指揮など出来ない。



 12日後、6隊目の部隊に追いついた。


 シーリア部隊は相変わらず、長槍兵の訓練の行進を行っている。

足並みも大分揃って来ており、ザッザッザッと威圧的な足音で他の部隊の脇を通り過ぎていた。


 そんな中、今までよりも派手な罵声がその部隊から上がった。

彼らも戦前の緊張で気を紛らわしたいのだろう。


 シーリア部隊の長槍兵達は既に慣れていたが、エンドーラが黙っている訳が無かった。

影でこそこそ言う分にはエンドーラも耐えていたのだが。

しかし、健介がエンドーラを止めた。


「何故止めますのよ?」


 エンドーラは不機嫌丸出しで聞く。


「俺に良い考えがある。

 見てな。」


 健介は長槍兵の方へと走っていく。

それぞれ指揮をしている参謀達に話をしてから、エンドーラの元に戻った。


「それで、何が始まりますの?」


 エンドーラは長槍兵を見る。


「エンドーラ、右手を上げて振ってくれ。」


 健介が促す。

エンドーラは首をかしげて、言われた通りにした。


 すると、ほぼ同時に長槍兵の方から号令が掛かり、他の部隊と一旦距離を取って、平行して行進した。

号令通りの綺麗な行進であったが、まだ罵声は続いている。


「これで何の意味がありますのよ。」


 エンドーラは益々不満顔だ。


「いいから、これからだよ。」


 健介はなだめる。


 そして、また号令が掛かる。

平行に行進していたが、今度は罵声を上げている部隊へと真っ直ぐ行進し始める。

ザッザッザッと威圧的な足音を響かせて、徐々に近付いてくる長槍兵を見て、罵声は止んだ。

槍を構えていなくても楯を構えて足並み揃えて迫ってくる「壁」は、足音も含めて強力な威圧感を与えている。

罵声を上げていた部隊の者達は黙り、迫り来る長槍兵に怯んで後ずさりした。


 距離が3メートルほどになると、一旦停止して、平行して行進し始めた。

もう罵声はやってこない。


「面白いだろ?」


 健介がエンドーラに言う。


「ふふふ、そうね。

 あのやり方なら、兵達も満足したでしょうね。」


 エンドーラも人の悪い笑顔を浮かべた。



 16日後、先頭集団が戦闘を開始したと早馬が叫びながら駆け抜けていった。

先頭集団は2部隊居たはずだ。

シーリア部隊とは、あと1日ほどの距離がある計算だ。


「参謀、意見は?」


 リアが参謀を集めて意見を聞く。


 参謀は地図を広げ、距離と地形を観察して話し合った。


「しばらく直進してから、この森の中を抜けて敵側面を突ければ良いでしょう。

 もし敵側面を突けなくても、我々の位置を知られないようにすべきです。」


 レグクムが街道脇の森を示す。

少人数のシーリア部隊は見つかって包囲されたらお終いだ。

まあ、健介が居るから包囲など簡単に崩せるが、それも場合によるだろう。


 リアがその意見を検分して頷く。


「良し、それで行こう。

 半日このまま行軍し、それから森に入る。」


 リアが命じた。



 森の中を進軍するのは大変だった。

斥候を先に行かせ、敵の斥候や罠が無い事を確認しながら進軍する。

腰まである草や倒木などが行く手を遮る。

さすがに森の中では長槍兵も密集隊形は取れず、槍もいちいち枝に引っかかって邪魔だった。


 1日掛けて苦労して森を出た。

魔物の軍勢の後方300メートルくらいの場所だった。

そこは草原になっており、隠れる場所は無かった。

直に隊形を陣形へと立て直して、その魔物の軍勢に向かって行軍を開始する。


 4つの方陣の長槍兵が横に並んで迫り、その周囲に魔術戦士達が散開している。

途中で、シーリア部隊に気付いた魔物の一群が迫ってきた。

数が少なかった為、周囲の魔術戦士達に蹴散らされた。


 距離が50メートルほど近付くと、魔物たちの半数近くがシーリア部隊へと向かってきた。

それを見て取った参謀達が、


「円陣!」


 各長槍兵の中から号令を叫ぶ。

魔物たちは雑魚ではあるが、ざっと800くらいの数が襲い掛かって来ている。

取り囲まれてしまう為、即座に円陣へと切り替えたのだ。


 長槍兵は速やかに陣形を円陣へと組み替えた。

そこへ大量の魔物が圧倒的な物量で迫ってきた。


 長槍兵は長槍で突き刺し、楯で押し返して魔物を寄せ付けない。

槍を掻い潜って来た魔物も、楯の隙間や上から襲おうとすれば、後ろの兵士が剣を突き刺して始末している。

その周囲で魔術戦士達が魔物を次々と切り殺し、魔法で焼いている。


 一般兵の楯と長槍の防御力が発揮されていた。

兵達は魔物に周囲を囲まれても、冷静に対処していた。

魔術戦士達も長槍兵が確保した陣地に入って魔法でサポートし、同時に魔物を焼き払っている。


(よし、上手くやってるな。)


 健介は状況を見て、魔法を連発していた。

ドラゴン化する必要は無さそうだった。


 魔物が長槍兵の方へ流れ無い様に、攻撃場所を選んでいた。

更に双剣で近寄る魔物を切り殺していく。


 この魔物の軍勢にはドラゴンは居なかった。

ハルカントすら居ない。

幸いな事に、数は多いがそれだけだった。


 魔物の軍勢の向うに、味方の部隊が魔物と交戦しているのを確認する。

傍目にも疲労が蓄積しているようだ。

周囲の魔物の死体の数から推測するに、数日戦い通しだったのかもしれない。


 健介は魔物集団の密度の高い場所を選んで、魔法を叩き込んで援護していく。



 魔物を殲滅できたのは2時間近く経っての事だった。

シーリア部隊にも怪我人は出たが、戦死者は無かった。

長槍と大きな楯を使った防御が遺憾なく発揮されたと言える。

闇雲に突っ込んでくる雑魚の魔物相手なら、なんら問題は無さそうだった。


 ペステン軍の先頭集団を行軍していたパラール部隊とアーライル部隊の損害は酷いものだった。

一般兵の8割を失い、魔術戦士も2割を失っていた。

それでも先陣を任される部隊であり、魔術戦士はパラール部隊が180、アーライル部隊が150ほど残っている。

一般兵の残存はそれぞれ240人と350人だ。

大損害を受けてもなお、シーリア部隊よりも圧倒的に兵の数が多い。


 辺りは魔物と兵士の死体が大量に散乱している。

血と贓物と汚物の匂いが入り混じり、辺りを包んでいた。



 シーリア部隊はパラール、アーライルの部隊に合流した。

リアとパラールとアーライルの3人で会議を開く。

その間に、各々部隊は後始末と休息に入った。


 クリンとエンドーラは斥候としてショミル方面へと走っていった。

部下に疲労していないものが居なかったのだ。

フィは参謀と共に草原の周囲を観察してから、防衛戦術の検討を始めた。


 健介はパラール、アーライルの部隊の様子を観察していた。

疲れ切っていたのか、生きている者は既に殆どが眠っていた。



 夕方、クリンとエンドーラが戻ってきた。


「ショミル軍がやって来ますわ。

 数は約2千、その後にも後続が居るみたいでしたが、数は判りません。

 ここに来るのは明日の昼くらいになりますわね。」


 エンドーラが無表情に報告した。


「野戦築城、やりましょう。」


 リアが指示を出す。


 フィと参謀が予め準備しておいたので、堀の位置は既に決めてあった。

シーリア部隊の総員で、草原を掘った。

深さは大体3メートルほどの穴の形はV字型の堀で、幅は4メートル程、長さは120メートル程だ。

堀自体は一直線に伸びている。

堀の両端は木々や岩場があって、一気に攻め入るような事が出来ない自然のバリケードとなっている。


 朝方までには掘り終り、準備は出来た。

朝方少し過ぎた頃、後方から補給部隊がやって来た。

補給物資の中には、シーリア部隊用の弓と大量の矢があった。


 早速、弓を長槍兵に渡して、矢を各自に持たせる。


「弓の訓練はしていないけど、味方に当てなければ良いわ。

 とにかく敵に撃ちなさい。

 ただし、放つ時は全員一斉に撃つ事。」


 リアが一般兵に言い渡す。

一斉掃射で敵兵を撹乱させる事が重要だ。


 長槍兵を堀の後ろに配置し楯で防壁を作り、堀と合わせて4メートル以上の壁とする。

一般兵の半数を弓兵として長槍兵の後ろに配置する。

更に後ろに、魔術戦士の中から特に魔術が得意な者を10人ほど配置し、魔法による防御を担当させた。

当然、足元に魔法陣を敷かせている。


 堀の長さに対して兵の数が少ないが、それはパラールとアーライルの部隊の為に長くして置いたのだ。

使うかどうかは、判らないが。


「リア、俺は敵の後ろから攻める。」


「ええ、お願い。

 気を付けてね。」


「おまえもな。」


 健介はリアと短く言葉を交わして、陣地を出て草原を走っていく。

敵の姿を遠くに確認した後、姿勢を低くして走り続けた。

地面に少し凹凸がある場所で身を伏せ、敵ショミル軍が通り過ぎるのを待った。

遠くでシーリア部隊の隣にパラール、アーライルの生き残りの一般兵が堀の後ろに待機しているのが見えた。


 ショミル軍が陣形を整えようとしているところで、健介はドラゴンに戻って突っ込んでいった。

側面後方からのドラゴンの突撃で、ショミル軍の兵士達が吹き飛んでいく。

さすがに人数が多くて軍団を突き抜ける前に勢いが衰えた。


 ショミル軍の集団の中で足を踏ん張ってスピンして、尻尾で吹き飛ばしブレスで焼き殺す。

その直後に元居た草原へと離脱する。

その方向が空いていて、速く移動出来るからだ。

多数の魔術戦士が居る場所に長居するのは危険だ。


 健介が離脱した後に、パラールとアーライルの魔術戦士達が突撃したようだった。

よく見るとシーリア部隊の魔術戦士も居た。

リアが健介の行動を説明して、作戦に組み込ませたのだろう。


 ショミル軍の混乱に乗じた攻勢は成功しているようだ。

だが数が違う、健介はもう一度突撃を掛ける。

先ほどとは違う、ジグザグの時間差突撃だ。

何処で狙われているのか判らないから、予測できる動きは避ける。


 今度は深く敵陣に入り込まず、味方に当らないようにブレスと魔法を放ち、尻尾で吹き飛ばす。

的にならないように、素早く移動する。

健介が突撃した直後に、味方の魔術戦士達は退いた様だ。

それならばと、健介も敵兵を吹き飛ばしならが、敵陣の後方へと離脱した。


 この2分にも満たない戦いで、ショミル軍は3割の兵を失った。

一般兵の割合はわからない。

ショミル軍はドラゴンの不意打ちの攻撃によって混乱していた。

しかし、数の上では圧倒的に有利なのはショミル軍である。

既に体勢を立て直しつつ、2正面作戦に出るようだ。


 健介に挑んでくる20人余りの魔術戦士達。

もし、その20人がクリン程の実力があれば勝ち目は無いが、そこまでの実力者がそうそう居るはずも無い。

健介はジグザグに突撃し、周囲に魔法で爆発を巻き起こす。

敵の魔術戦士達の半数はその健介の行動に戸惑い、動きを止めた。

その一瞬に近付いて、豪腕で薙ぎ払い、そのままスピンして尻尾で吹き飛ばす。

それで7人が戦闘不能になったはずだ。


 スピン直後に背中へ剣が突き立てられた。

いつの間にか背中に魔術戦士がいた。

健介はそれを無視して、最大加速で他の魔術戦士へと突撃して振り払う。

その魔術戦士は突撃を免れたが、魔法の餌食になった。


 健介のスピードにようやく突いていける程度の魔術戦士達が残った。


(下手に時間を掛けるのはヤバイな。

 リミッターを外すか。)


 健介は残りの魔術戦士達を見て思った。

それなりの手錬達である。

負ける気はしないが、倒すのに時間が掛かりそうだ。

その間に、部隊の本体がやられたら意味が無い。


 リミッターを外すと身体が軽くなった感じがした。

そして、鱗の色が変わる。

黒っぽい濃い緑色のような色の鱗が淡い光を放ち、徐々に淡い銀色へと変わる。

周りの魔術戦士も驚いたが、健介も驚いた。

健介もリミッターを外すのは初めてで、鱗の色が変わるなど思っても見なかったのだ。


 一瞬の驚愕の後、健介の周囲50メートルの範囲が灼熱の大火で包まれ、魔術戦士達は逃げる事が出来ずに焼け死んだ。

この灼熱の大火は兵器の1つだった。


(やべ、使ってしまった。)


 意識しすぎて、兵器のスイッチが入ったらしい。

 戦場を見ると、敵兵が健介を見て騒いでいる。


(見られたもんはしょうがない、使うか。)


 健介は戦場へと突撃していく。

ドラゴンの巨体が信じられないほどの速度で移動する。

敵の魔術戦士が対応出来ずに体当たりを食らって潰れ、吹き飛んでいった。


 敵兵集団の中に強引に突っ込むと、そこにいた兵士達は高速船の先端が水を割って弾くように、左右に弾き飛ばされた。

そして、先ほどの灼熱の大火を発動する。

周囲50メートルほどの範囲に居る敵兵が一気に焼け死んだ。

苦しむ時間も無いはずだ。

そして、即座に離脱する。


 敵兵はドラゴンの速度と炎の破壊力に恐れをなして逃走を始めた。

その後をシーリア、パラール、アーライルの魔術戦士が追撃する。

ショミル軍は完全に戦意を失って、逃げるか殺されるかしていた。


 それを見て健介はリミッターを戻し、そして人型になった。

いつもは感じなかった魔力が減った感触を、今は感じていた。

それでも「少し減った」と言う感じである。



 堀の後ろへと戻ると、一般兵たちは一息ついていた。

一般兵たちの被害は少ない様だった。


 しばらくして、リア達が戻ってきた。


「お疲れさん。」


 健介がリア達に言う。


「あの銀色は何ですの?」


 エンドーラが迫ってくる。

早速食いついてきた。


「まあ、アレがドラゴン本来の力の一部だ。」


 健介は苦笑して説明した。


「アレが一部?」


 クリンが驚いて目を丸くする。


「他にもあるの?」


 とリア。


「まあね。

 ドラゴン本来の力とは言え、魔力の消費が激しいから、必要な時にしか使わない。」


 健介は曖昧に答えた。

他にも兵器があるのは判っているが、使った事が無い為、詳細が判らない。

大雑把に「なんとなく」というレベルでは判る。

例えば、ブレスを強化したような「砲撃」が出来る兵器があるらしい。

しかし、その威力や破壊の性質は使ってみないと判らない。


「そうなんだ。」


 フィが、不思議そうに健介を見る。

クリンとリアが顔を合わせる。

フィの中のランは、ドラゴンの身体の中にいた時にはリミッターの事や体内にある兵器の事に気付かなかったのだ。

不思議に思うのも当然か。


「ほらほら、戦はこれで終わりじゃないのだから、休息の指示と次の算段をしないと。」


 健介が注意した。




 次の日、後続の味方部隊が合流した。

ハゼン部隊と補給部隊。

ハゼン部隊は総勢800人余りの部隊だ。


 パラールとアーライル、シーリアとハゼンも含めた会議を開いた。


「昨日の敵は退けたが、敵も後続が来ている。

 我々にはドラゴンがいるが、頼ってばかりは居られん。」


 とパラール。


「そうだが、戦力的には不利な状況は変わらない。

 ドラゴンを使わねばなるまい。」


 とアーライル。


「ドラゴン単独では戦力としては厳しいです。

 我々人間がサポートしてこそ、ドラゴンの戦力は十分に発揮されます。」


 シーリアが一応忠告しておく。

下手に使われて捨て駒にされては堪らない。


「つまり、ドラゴンと人間が混合で戦えと?」


 とハゼン。


「いえ、混合で戦うとドラゴンは味方を気にして攻撃が消極的になります。

 我々人間がするのは、ドラゴンを狙う敵兵を撹乱する事です。」


 とシーリア。


「なるほど。

 シーリア部隊の戦果を見れば、そうなのだろうな。

 まあ、ドラゴンはシーリア部隊に任せるとして、このまま進軍するのは不味かろう。

 やはり、ここで後続を待ってから進軍すべきだ。」


 とアーライル。


 敵ショミル軍の兵力はまだまだペステンよりも大きいはずだ。

魔物相手に戦力を消耗させられたペステンに比べれば、ショミルの戦力はまだまだ衰えていないはずだ。

そして、その魔物が使える事の利点は大きい。

それ故に、これ以上戦力を削られる事は避けなければならない。


 会議の結果、後続の部隊を待ってから進軍を再開する事にした。





 ショミルの将軍の1人が焦りの表情を見せる。

進軍先の草原で味方とペステン軍が衝突し、そこにドラゴンが現れたというのだ。

しかもそれは敵のドラゴンで、我が軍を選択的に攻撃していたと言う。


 現在、ショミルが生産する魔物は敵味方を問わず攻撃してしまう。

そこまでの制御は出来ていないのだ。

それなのにどう言う事か?


 ふとある噂を思い出す。

ペステンの学生がドラゴンを使役していると言う噂。

数年前からそんな噂がショミルにも届いていた。


「まさか、本当だったと言う事か。」


 学生が使役していると言う事で、全く信じていなかった。

将軍自身、ドラゴンと戦った事があり、その強さを知っていたのだ。


 ペステンがツガノとパレノルの戦いに、ツガノ側として参戦し、ドラゴンを使ったと言う噂も聞いてはいたのだ。

だが、確証は得られなかったし、軍の編成に忙しくてそれどころではなかった。


 ドラゴンが敵に回れば、戦局は大きく左右されてしまう可能性がある。

しかし、敵の戦力は我が方の半数にも満たない、ならば、ドラゴンに半数を当てるぐらいの勢いで行けば良い。


(ドラゴンとて不死身ではない。)


 ショミルの将軍は、心の中で策を決定した。


 将軍にとっては残念な事に、逃亡している敗残兵はドラゴンの出現に気を取られしまった。

その為、ペステン軍の戦術(野戦築城)に関する情報が上がってこなかった。

その情報があれば、少しは策を立てることが出来たのだが、何の策も無く進軍する事となった。

そして、丸2日に渡って攻勢をほぼ完全に阻まれる事となる。





 次の日の昼頃、2人の兵士がペステン方面から走ってきた。

その2人の兵士は、後続の部隊が敵の襲撃を受けた事を知らせに来た者達だった。

恐らく、大きく迂回してペステン方面へと進軍したのだろう。


「敵は人間の兵士か?」


 とアーライル。


「はい、魔物は居ませんでした。」


 と伝令の兵士。


「そうでしょうね。

 魔物には不意を打つような頭は無いでしょう。」


 とリア。

他の者も頷く。


「どうする?

 ここで引き返すのか?」


 とパラール。


「恐らく、引き返したら後ろから敵が襲ってくるでしょうな。」


 とハゼン。

ショミル軍はすぐそこまで迫っている。


「我々はこのまま待機すべきでしょう。

 後続の部隊には更に後ろに部隊が居ます。

 我々が向う必要はありませんし、我々が向かえば敵の思惑に乗る事になるでしょう。」


 とリア。


 敵の立場になれば、長い戦列の側面を突いて混乱させ、行軍を遅らせるという事くらいは簡単に見抜ける。

敵の別の兵力が迫っているのは判っているから、下手に後退は出来ない。

ショミルまでは後数日の距離だ。

ショミルに入って市街戦になれば、戦力差を軽減できるだろう。


 問題は見方の後続部隊がちゃんとやってくるかどうかだが、恐らく問題は無いはずだ。

大きく迂回して不意を打つとなると、大軍では出来ない。


「そう言う事だな。

 ここいらで、野戦築城して留まる事にしよう。」


 とハゼン。

ハゼンは野戦築城の有効性を理解している者のようだ。


 パラールとアーライルもこれまでの戦いで野戦築城の有効性を見ていたので、ハゼンの言う事に従った。

シーリア部隊が作った堀を利用し、四角く堀を作る。

さらに木を切り倒して柵と槍を作る。


 槍の先にはナイフを結び付けて先端を補強する。

楯は無いが、戦死した兵士の鎧を木で補強して楯代わりにした。

死者の冒涜ではあるが、生者を守る為だ。



 2日かけて準備をし、後続のショミル軍を迎え撃った。

ショミル軍は4千を超える軍勢で迫ってきた。

兵力はドラゴンを除けば単純に3倍ほどの差が有る。

ペステンの後続部隊はまだ2日以上後方に居て、戦闘をしている。

普通なら即時撤退をする兵力差だ。


 ペステン軍は堀の内側から一歩も出ずに篭城した。

健介も今回は後方からの奇襲は出来なかった。

大量の斥候が放たれていて、見つかってしまったのだ。


 野戦築城をしていなければ、初日で敗退していた事だろう。

魔術戦士と言えど、堀と柵を越えて攻撃するのは難しい。

飛び越えれば、堀の内側で集団で狙い撃ちされる。


 ペステン側は堀の内側から、都合の良いタイミングで堀を飛び越えて攻撃し、戻ってくれば良い。

その前後の隙は内側の安全地帯から魔法で援護し、健介がドラゴン化して攻め立てる。

敵に比して大きな損害を与えているが、元の兵力差のせいで余り効果は上がっている様に見えない。


「野戦で篭城などと聞いた事が無いが、やれば出来るもんだな。」


 とパラール。

そうは言っても、容易いものではない。


「しかし、このままでは負ける。」


 とアーライル。


「戦力差が有りすぎるな。」


 とハゼン。


「これだけ差があると、ドラゴンも効果的に動けません。

 時間を掛けて抗戦するしかないですね。」


 とシーリア。

ドラゴンの戦力は突破力はあるが、篭城では余り役に立たない。

ブレスも魔法も、それほど射程が長い訳ではないのだ。



 ショミル軍は昼夜を問わず攻撃してきた。

お陰でペステン軍は疲労が蓄積しつつある。


 篭城2日目が終わる頃、健介はリアと話をした。


「リア、例の魔法を使う。」


 健介が簡潔に言う。

使うのを渋って味方が殺されるのは、本末転倒と言えなくも無い。

攻めて来た敵に同情するのもバカらしい。


 もし何かあったら、健介だけ身を隠せば良い。

ドラゴンの兵器を使わず魔法を選択したのは、兵器はまだ得体が知れないし、ドラゴンの姿になら無いと使えない。

魔法なら人型のままで使えるからだ。

ドラゴンの巨体は目立つ。


 リアは健介の言葉には何も応えず、ただ静かに健介を見詰め返しただけだった。


「赤と青の閃光が見えたら、10数えて伏せる様に全軍に指示を出してくれ。」


 健介が魔法を使うタイミングを教える。

リアは頷いて、全軍に伝令を走らせた。


 健介はタイミングを見て、陣地の外に飛び出した。

一番手薄な場所から出て、全力で敵を薙ぎ払いながら突破し、一旦戦場から離脱した。

敵が見れば、救援を求める伝令か何かと思うだろう。


 ショミル軍の布陣は野戦築城を囲う様に1800程が、少し離れた場所に残りの1200程が予備兵力として待機している。

ショミル軍もこの様な戦いは初めてで、責めあぐねているようだ。


 予備兵力の方は、明らかにドラゴン対策であろう布陣をしている。

かなり広い範囲に布陣しているのだ。

ドラゴンの突撃を想定して、被害を抑え反撃し易いようにしている。


 健介は闇に紛れて、その布陣に近付いた。

130メートルほど離れた場所で止まり、一番端にいる兵士の足元に狙いを定める。

距離的にはこの辺りが限界だった。


 閃光魔法を2発放つ。

赤と青の閃光が夜の草原を照らし出す。

敵と味方の視線がその閃光に注がれた。


 健介はすぐに結合魔法の準備に入った。

以前のダンジョンで試したよりも強力な設定で使わなければならない。

今回は威力を試す時間が無い。

130メートル離れていても、自分も被害を受ける可能性が高い。

それでも、この魔法を使わない場合の被害を考えれば、遥かにマシなはずだ。

感で、結合の範囲を設定する。


 魔法を放った。

時間は閃光魔法から11秒。

健介は伏せて防壁を張り巡らせようとする。


 次の瞬間、標的の敵兵は光り輝いて四散した。

地表に小さな太陽が数瞬出来上がって、戦場を灼熱の閃光で照らした。


 地響きを伴った大音響と共に、衝撃波が周囲を襲う。


 広く布陣していた軍の端から発生した熱線と衝撃波は、その半数を焼き殺しバラバラに吹き飛ばした。

残りの半数も火傷を負って衝撃波に飛ばされた。

飛んできた死体に潰されたり、鎧の破片や骨が刺さって死んだ者も少なくない。


 熱はともかく、衝撃波は野戦築城している陣地にも襲ってきた。

若干減衰しているとは言え、野戦築城を包囲している敵兵が吹き飛ばされて堀を飛び越えたり、堀に落ちたりしている。


 堀の内側ではリアの通達によって兵士達は伏せていたため、吹き飛ばされる事は無かった。

堀を飛び越えて来た敵兵の死体等が降ってきて、軽傷を負ったものは居た。


 数分して、野戦築城内部の兵士達は立ち上がって状況を確認した。

ショミル軍はほぼ壊滅状態であった。

生きている者はまだ1000人は下らないが、戦闘可能な兵士はその半数にも満たないだろう。


 敵も味方も呆気に取られて愕然としている。


「敵、掃討に移る!

 魔術戦士隊突撃!」


 パラールがいち早く気を取り直して、指示を出した。

それを聞いたアーライルとシーリアも指示を出す。


 堀を飛び越えて魔術戦士達がショミル軍の兵士達を殺して回った。

既に組織的反撃も出来ず、負傷者が大多数のショミル軍は、動ける者はただ逃げるしかなかった。


 草原では、ほぼ一方的な殺戮が繰り広げられていた。

負傷して逃げられないショミル軍の兵士は、容赦なく討ち取られていった。


 健介は立ち上がって、自分に治癒魔法を掛けた。

衝撃波は何とかかわしたが、頭部を庇った腕と後頭部から背中を、熱線に焼かれて火傷していた。

熱に強いドラゴンの身体を焼くとは、威力の調整を失敗した。


「いてて、まともな調整も無く使うもんじゃないな。」


 健介は辟易していた。

これでは自爆魔法だ。


 健介は小さなキノコ雲を夜目の利く目で見上げた。

その下にある、砂がガラス状に固まった小さなクレーターが、その魔法の威力を物語っていた。



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