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転生の旅  作者: mattsu
26/38

第24話 ツガノとパレノルの戦



 リアがツガノから戻って21日目。

ツガノから援軍要請が来た。

ついにパレノル軍が本格的に動き出したらしい。

直にシーリア部隊にも出動命令が下り、他の部隊と共にツガノへと行軍を開始した。


 ツガノに派遣される部隊は、


ウーレンド准将率いる直属約450名。(内100名が魔術戦士)

ウーレンド配下のバラミー大佐率いる約200名。(内20名が魔術戦士)

ウーレンド配下のアラシア大佐率いる約250名。(内30名が魔術戦士)


フレット准将率いる直属約300名。(内30名が魔術戦士)

フレット配下のファラン大佐率いる約200名。(内40名が魔術戦士)

フレット配下のシュカー大佐率いる約200名。(内30名が魔術戦士)

フレット配下のテイシー大佐率いる約300名。(内60名が魔術戦士)


そして


シーリア准将率いる直属約40名。(他ドラゴンが1匹)

シーリア配下のフィレイ大佐率いる約30名。(内10名が魔術戦士)

シーリア配下のクリン大佐率いる約30名。(内10名が魔術戦士)

シーリア配下のエンドーラ大佐率いる約30名。(内10名が魔術戦士)


 という2千人以上(補給輸送部隊を覗く)の派兵である。

ウーレンドが総指揮官となるが、ツガノからは遊撃を指示されているので、各部隊毎に分散して敵を混乱させる為に動く事になる。


 この場合の「遊撃」と言うのはある種の方便である。

要するに、指揮系統がツガノ軍と、ペステン軍で統一できない為、勝手にやってくれと言う事なのだ。


 3日でツガノ国境を越えると、ツガノの案内役が待っていた。

この規模の軍としてはかなり速い行軍だった。

そこからウーレンド部隊、フレット部隊、シーリア部隊がそれぞれ指定された地域へと案内人に従って向かう。


 パレノルの侵攻は2箇所からあり、一方にウーレンド、フレットの部隊が向かい、もう一方にシーリア部隊が向かっている。

ツガノの軍は既に2箇所で戦闘を繰り広げている。

シーリア部隊の向かっている方は、比較的、敵の数が少ない様だった。


 シーリア部隊が到着した時、戦場は膠着していた。

木の多い丘陵地帯で、戦闘は一進一退。

ツガノ軍の方が数が多いが、地形的に一気に押し戻せないで居る。


「君達の部隊には、敵側面を突いて混乱させて欲しい。

 混乱に乗じて、一気に敵を押し返す。

 丘陵地帯を抜ければ、敵も引き下がるだろう。」


 とツガノ軍の指揮官ローレン。


「了解しました。

 お任せ下さい。」


 リアが敬礼した。


「ははは、そう堅苦しくする事は無い。

 共に戦う戦友だ。」


 ローレンが笑った。



 シーリア部隊はリア、フィの部隊と、クリン、エンドーラの部隊、そして、健介の3つに分かれて大きく迂回して敵に迫った。

リア、フィの部隊は左、クリン、エンドーラの部隊は右、健介は後ろから。


 少し離れた丘の上に、ハモ、ネヒル、ジューム、レグクムの4人を配置した。

彼から4人は参謀として戦の流れを見学させる。

実戦に参加させる必要もあるが、死なれても困るので、見学だけさせる事にした。


 まず健介が敵の部隊の後ろに着くと、ドラゴンに姿を変えて後ろから派手に攻撃を開始した。

命中するかどうかは関係なく、木々を薙倒してブレスと魔法で攻撃し咆哮を上げる。


 パレノル軍の者達は突然現れたドラゴンに腰を抜かすほど驚き、硬直し、そして、混乱した。

その隙に、シーリア部隊が側面から切り込んだ。

ドラゴンの襲撃に泡を食っているパレノル軍は側面攻撃に対応出来ずに、更に混乱を深めた。

パレノル軍の一般兵に至っては恐慌状態である。


 シーリア部隊は反撃を受ける前に引き下がったが、今度はツガノ軍が真正面から襲い掛かる。

それを見た健介は魔法とブレスを置き土産にその場を離脱した。


 その戦場でのシーリア部隊の仕事はそれで終わりだった。

元々劣勢だったパレノルの部隊は、指揮系統が瓦解して撤退のタイミングも逸し、兵を半数以上を失って丘陵地帯を抜けて撤退した。



「ドラゴンは初めて見たよ。

 なかなかに恐ろしいものだな。」


 ローレンはそう言いつつも笑っている。

戦場で負傷兵を収容、手当てを始めている傍らでシーリアと話している。


「ええ、でもランは特別な状況で無い限り、人を襲う事はありません。

 今回のように攻撃命令を出した場合などとか。」


 リアも微笑んで、危険は無いことを説明する。


「ふむ。

 しかし、あのドラゴンを君が倒したと言うのは本当かね?」


「正確には、私とフィレイ大佐とクリン大佐の3人です。

 それに、あの時はダンジョン内の狭い空間で戦っていたので、私達が有利だったんですよ。」


「そうか、それでもたった3人で倒したのは大したものだ。

 我が国の魔術学校は質の低下が著しくてな。」


 ローレンはため息をつく。


「そんなに酷いのですか?」


「うむ、魔術学校の教師達の質が悪いと言う事なのだろうな。

 生徒の素質自体はそう低い訳ではないのだ。

 卒業生の魔術の錬度は目を被いたくなるよ。

 ダンジョンから生きて帰ってくる生徒も少ない。」


 ローレンは首を振る。


「そうなんですか。

 それでは新兵の教育が大変ですね。」


「そうなんだよ。

 魔術学校でやるべきことを、新兵教育でやらねばならん。

 おっと、今話した事は内密に、頼むよ。」


 ローレンが苦笑する。

後ろで話を聞いていた健介は、内心深く頷いていた。

教育機関がしっかりしないと、現場で再教育が必要になる。

健介は元の世界での新人教育を思い出して、深く共感した。



 シーリア部隊は殆ど被害が無かったので、翌日にはもう一方の戦場へと出発した。

ローレン率いる部隊はまだ1〜2日かかるだろう。


 2日掛けて行軍して戦場へ着くと、一般兵が密集して押し合うように戦っている周りで、魔術戦士が散開して戦っていた。

一見すると形勢は若干劣勢に見えた。


 すぐにリアが指示を出す。


「我々は迂回して敵の後ろへ行く。」


 リアは小声でフィ、クリン、エンドーラへ伝達した。


「ラン、ちょっと行って注目を集めておいて。」


 リアが健介に指示を出す。


「了解。」


 健介は戦場へと走っていった。

この戦での健介の役割は、殆ど敵の混乱を引き起こす牽制役といったところだった。

ドラゴンの身体では巨大すぎて、人間の味方と一緒に闘う訳に行かないのだから仕方ない。


 ここでもリアが指示して、ハモ、ネヒル、ジューム、レグクムの4人を戦場から少し離れた場所に配置した。

やはり、参謀となるからには、一兵士として参戦するよりも戦の流れを掴ませる方が良いだろうと言う考えだ。

戦場に立たせたら、一般兵の彼らでは死に物狂いで戦って、周りを見ている暇など無いはずである。


 健介は始めの内は人間の姿のまま、パレノルの魔術戦士達と戦った。

健介が入るだけで、戦局は大きく変わっていく。

人の姿でもパレノルの魔術戦士達を次々に戦闘不能へ追い込んだ為、相対的に味方の魔術戦士の数が多くなって敵を追い込み始めたのだ。

その健介の姿は、敵味方共に注目を集めていた。


 健介が目の端でシーリアの部隊が後ろに現れ始めたのを見ると、戦場の真ん中でドラゴンの姿を晒した。

そして咆哮を上げる。

味方の部隊はドラゴンが見方に居るのを知っていたが、敵の部隊は知らない。

敵の部隊は呆気に取られた。


 シーリアの部隊はその隙に敵陣の後ろから攻撃を開始し、他の味方の部隊も攻勢に出た。

健介はドラゴンの姿のまま、魔術戦士数人を蹴散らすと、敵の一般兵の部隊へと近寄って威嚇の咆哮を上げる。

それだけで、敵の一般兵は隊列を乱して逃げ始めた。

魔術戦士でもない彼らには、ドラゴンに対抗するすべは無い。

健介も敵兵とは言え、無駄に殺す気にはなれなかった。

少し甘かったかもしれない。


 そこで勝敗は決した。

パレノル軍の戦列は瓦解し、指揮系統も途切れて混乱し、逃げ出した。

その間もツガノ軍とペステン軍が追撃を掛け、パレノル軍の勢力を削りとった。

健介は戦場を離脱して、人型に戻った。

敵味方入り乱れているので、ドラゴンの巨体では何も出来ない。

少し離れた場所で、追撃と言う名の殺戮を眺めていた。


(先に攻めて来たのだから文句は言えないだろうな・・・)


 攻守逆になれば虐殺と非難されそうな光景であった。

下っ端の兵士達には災難だろうが、攻められる国にしてみれば、攻める国は盗賊と同じ。

可能な限り殲滅しておくのが上策なのだ。

それは健介にも判っていた。


 最終的には大勝となったが、ツガノ軍は兵の割り当てを失敗して少なくない損害を出していた。

ペステンから後続の支援部隊が到着次第、ウーレンド、フレット、シーリア部隊は引き上げる事になっている。


「人の戦場は正視に耐えないわね。」


 リアが呟いたが、それでも視線を逸らす事は無い。

シーリア部隊も全く損害が無い訳ではなく、数人の死者、重軽傷者20名弱が出ている。

眼前の草原には敵味方の者達、ざっと2500人の死体が転がって居る。

剣で突かれただけの損傷が少ない死体はまだ良いが、焼け爛れたり、腕や足がなかったり、頭部が半分潰れていたり・・・

戦と言うものが、如何に野蛮で人材を浪費する行為か、一目で理解出来る光景だ。




 ペステンに戻ったシーリア部隊は、王からの褒美を受けた。

ツガノ王国への貸しも出来たし、野心的なパレノル王国と国境を接するような事態にはならずに済んだ。


 シーリア部隊は他の部隊よりも効率的に敵の部隊を混乱させ、味方の勝利を確実にする戦功を挙げた。

特にドラゴンの存在が大きく貢献していた。

ドラゴンの功績はシーリア部隊の功績である。


 ウーレンドとフレットの部隊も戦線の崩壊しそうなツガノ軍を支えた功績がある。

ツガノ軍はシーリア部隊が最初に行った戦場の方へ軍を割き過ぎ、ウーレンドとフレットの部隊が来なければ、戦線が瓦解していた。


 褒美に関して、シーリア、クリン、エンドーラは2つの選択に迫られた。

個人に男爵の爵位と領地を受けるか、実家の領地を拡大するかだ。

これは3人とも実家の領地の拡大を選んだ。

まあ当然の選択だろう。


 フィレイは男爵の爵位と領地を賜った。

フィレイも貴族となった訳だ。

フィレイの性はミュールと命名された。

ミュール男爵フィレイである。

領地は小さいが無いよりはマシである。

平民出身のフィレイにとっては、管理する領地が小さい方が、逆に助かるだろう。


 4人の軍の階級に関しては、今回の昇進は見送られた。

だが、同じ階級での序列に関しては上位へと移されている。



「今回の戦は早く終わったわね。

 これもランのお陰だわ。」


 リアがホッとして嬉しそうにしている。

事実、パレノルはドラゴンが現れた為、まだ軍に余裕があるにも拘らず、矛先を収めて侵略を断念していた。

ドラゴンはトランプで言えばジョーカーだ。

余程の戦力差が無い限り、ドラゴンに良い様に混乱させられてしまう。

たった1匹でも無視出来ない脅威である。


「本当よね。

 やっぱりドラゴンのインパクトは強いわ。」


 クリンもニコニコ顔だ。


「でも、次はあの様に簡単にはいかないですわよ。

 ドラゴンが現れると判っていれば、あそこまで混乱はしないでしょう。」


 エンドーラもそうは言っているが、微笑んでいる。


「そうね。

 でも、一般兵に対しては、多少言い含めたとしても、意味無いと思うわ。

 どう頑張っても、一般兵はドラゴンの敵にはならないのだから、ドラゴンが迫ってきたら逃げ出すでしょう。」


 とリア。


「じゃあ、魔術戦士の方を如何に抑えるかで、勝敗が決まるわけね。」


 とクリン。


「それはドラゴンが居ても居なくても同じですわよ。

 結局、相手の魔術戦士を無力化出るかどうかで戦局が変わるのですから。

 だからこそ、ドラゴンの存在が大きいのですわ。」


 とエンドーラ。


「ははは、そりゃそうね。」


 クリンはちょっと恥ずかしそうに笑う。

クリンは相変わらず、戦略のセンスが無かった。


 一般兵と魔術戦士の割合とそれぞれの運用方法によって、戦略と戦術は複雑になる。

魔術戦士のみの兵団を作れば、確かに速くて強い兵団を作れるのだが、一般兵のサポートを受ける魔術戦士の方が当然有利である。

それに、迅速な移動をするなら補給も追いつかなくなり、活動期間と範囲が限られる。

そう言う意味では、一般兵と混合よりは若干自由度が高いと言うだけなので、一般兵との混合で運用するのが通例である。

結局は指揮官がどう運用するかによるのだが、奇抜な運用は混乱を呼ぶと言う事もあるので、大抵は混合部隊となるのだ。



 それからの10日間は、シーリア部隊を含めツガノへ出撃した部隊は休暇となった。

リア、フィはヴァージル領へ、エンドーラはジャヴァス領へ、クリンはトモセーヤ領へ向かって旅立った。


「フィ、久しぶりに両親と会うのですから、しっかり親孝行するのですよ?」


 リアがフィに忠告する。


「判ってます。

 ちゃんと人間として振舞いますよ。」


 フィは笑顔で応える。


「この10日のうちに、ミュール領へ引越しするのだろう?

 俺も手伝いに行くよ。」


 と健介。


「そうね。

 フィ、私も直に手伝いに行くわ。」


 とリア。


「ミュール領の屋敷の使用人が来る予定だから、あまりやる事は無いと思うわ。

 だから2人ともゆっくりして居れば?」


 とフィ。


「そっか、じゃあ私も屋敷でのんびりするわ。

 ミコトはどうするの?」


 とリアが健介をものほしそうに見る。


「やる事が無いなら、リアの屋敷でのんびりするかな。」


 と健介は苦笑する。


 フィレイは男爵の爵位と領地を得て、両親を領地の屋敷へと住まわせる事になっている。

貴族の家族になったから、誘拐されでもしたら大変である。

既に、リアの父ヘインツに連絡してフィレイの両親には護衛をつけてあるはずであった。


 町に入って途中でフィと分かれた。

リアと健介は屋敷へと向かう。

屋敷に着くとリアは両親に抱擁された。


「この子はもう、心配させて。」


 母ミレーヌは泣いている。

ツガノ防衛の戦場に出たのが心配だった様だ


「ちょっと、お母様。

 泣く事は無いでしょう。

 ちゃんと生きて帰ったんですから。」


 リアがちょっと慌てている。


(ああ、ミレーヌの抱擁が懐かしい。)


 などと思いながら、健介は遠い眼をして寂寥感に耐えていた。



 夕食は、豪勢なものを用意してくれた。

当然、健介も旨いものを食っている。

リアと両親の会話を、黙って食事をしながら聞いていた。


 ヘインツは石炭の付いての話をした。

鉄の精練をする際の燃料にするには都合が悪かったらしく、炭を作るのと同じ処理を施した石炭にすると問題ない事を発見したと言った。

鍛冶屋と炭焼き職人の意見を聞いて試したらしい。


 健介はさすがヘインツと感心していた。

石炭は鉄の精練には良くなかったのかと、記憶に残しておく事にする。


 他にも小さな問題はあったようだが、ヘインツが職人達と解決して今は順調に石炭の採掘、加工、販売を行っているようだ。

財政に余裕が出来たので、他に農作物の品種改良をしようとしているらしい。

ある特徴を持つモノだけを掛け合わせて行くことで、その特徴を強化させる事が判ったとか。

その研究自体は12年以上前から細々とやっているらしく、ようやく使えそうな品種が出来そうだと言っていた。

余剰予算で、他の作物も品種改良の研究をする事を検討中なのだ。


 さすがシーリアの父ヘインツと、何度も感心してしまう健介だった。



 夜、リアの寝室で話をしていた。


「あれからもう8年か?

 シーリアは自分の身体を取り戻し、俺は何故かドラゴンの身体を手に入れた。

 人生判らないものだ。」


 健介が夜空を見上げる。


「ふふふ、ドラゴンの身体に入ったのを後悔しているの?」


 リアが笑う。


「いや、後悔は無いよ。

 フィの身体よりは、ドラゴンの身体の方が面白い。」


 健介がリアに振り返って笑った。


「そう。

 もう人間に戻るつもりは無いの?」


 リアがちょっと不満そうに健介を見詰める。


「どうかな。

 色々と問題もあるだろう。

 例えば、身体を提供してくれる男がいるか?

 このドラゴンの身体をどうするのか?

 危険すぎて、下手な人間にこの身体は渡せない。」


 健介が考えて首を振る。


「そう、そうね。

 確かに、簡単に解決できる問題では無いわね。」


 リアが考え込む。


「そう悩むな。

 ドラゴンの身体でも、俺は俺だ。

 お前を守ってやる。」


 健介がリアの頭を撫でる。


「ふん、ドラゴンの癖に生意気よ。」


 リアは健介に抱き付いて、顔を胸に付けた。




 フィが家に帰ると、荷物は既に馬車に載せられ、出発を待つばかりとなっていた。

両親と再会の挨拶をして、直に馬車に乗って出発した。

使用人が3人と護衛の兵士が8人が一緒だった。

兵士の内、2人は魔術戦士らしい。

ヘインツが派遣した護衛は既に帰っていた。


「フィ、あなたも立派になったわね。」


 母キュミーが嬉しそうに微笑んで、フィを抱き締めた。


「ま、まあ・・・シーリアと一緒だったからね。」


 フィがちょっと照れて赤面していた。

フィにドラゴンのランが入ってから、この様なスキンシップをされたのは初めてだった。

ランは戸惑いながらも、自然に人間の反応をしている。


「それでも、そのシーリア様に付いて行けるだけの才能があったのだから、誇って良いのだぞ。」


 父コーゼも微笑んでいる。


「ええ、でも自惚れは死を招きます。

 特に私の様な立場では。

 自惚れで部下の兵を死なせる訳に行きません。」


 フィは父に笑顔を向ける。


「それから、フィ、あなたはミュール領の領主となったのですから、軍を退いて統治に当るべきです。」


 キュミーが神妙な顔をして忠告する。


「これはヴァージル伯爵様が言っていた事だが、領主たるもの領民を守るのが最大の責務だと。

 軍に居てはそれは出来ないだろう。」


 とコーゼ。

ミュール領の管理は、フィが着任するまで王国からの代理人が行う。

一旦着任すれば、それ以降はフィがミュール領内の全ての管理を任されることになる。

無論、全ての管理を別の誰かに委任しても良いのだが・・・


「そうですね。

 考えてませんでした。」


 フィは額を手で押える。


 主3人と友となったエンドーラ、彼女らと一緒に居られないのは寂しい事だが、領主と言う立場にも興味深いものがある。

これは主3人と話し合った方が良いだろう。

そもそも、自分は主達の下僕なのだから、こうして離れている事自体おかしいのだ。



 ミュール領への旅は、計らずも初めての家族旅行となった。

屋敷に着くと、使用人が屋敷に荷物を運び込んだ。

フィの荷物は少ない。

両親の荷物も大して多い訳ではない。

屋敷には家財道具が揃っているから、それ以外の荷物しかないが、平民の彼らの荷物などたかが知れている。


「フィレイ様、ようこそいらっしゃいました。

 私、この屋敷の管理を任されております、執事のメイバンと申します。

 何か判らない事がございましたら、気兼ね無くお訊ね下さい。」


 メイバンが恭しくお辞儀をする


「あ、ああ、そうさせて貰います。」


 フィはちょっと戸惑ってしまう。


 両親とフィはそれぞれの部屋へメイドに案内された。

その部屋は、ヴァージル領にあるヴァージル伯爵邸のシーリアの部屋よりも大きかった。

ミュール領の領主の部屋なのだから、当然ではあるが。


 メイバンを部屋に呼んでいくつか話をした。

屋敷の事、メイバンとメイド達使用人の数、護衛の兵士やこの領地に居る兵の数、その宿舎。

他にも把握しておくべき事はあるのだろうが、思いつかなかった。

何しろ、平民出である。

いきなり領地の管理などと言われても困るのだ。


 翌日から、父コーゼを含めてメイバンと話をした。

領地の地図を見て何があるのか、町の様子はどうか、村々の生産している作物は何かなど。

父コーゼも色々考えてメイバンに質問してくれた。


「ところで、この領地の税はどれくらいなのかな?」


 とコーゼ。

平民出の者としては、やはり気になるところだろう。


「はい、現在は5割となっています。」


 メイバンは書類をパラパラ捲って現在の税についての書類を見せる。


「ヴァージル領と同じか、まあ良い方だな。」


 コーゼは満足に頷いている。


「そうなの?」


 とフィ。

そう言う事を気にするような年頃には、既に魔術学校に入ってしまった為、そう言う事には疎かった。


「ああ、本当は4割程度が一番良いのだと思うが、5割までなら良い方だろう。

 駄目な領主のいる領地では、6割、酷い所では7割という所もあると聞く。

 7割も税を取られては、生きて行けんよ。」


 コーゼが説明する。


「そうなんだ。」


 フィは良く判らないながらも頷いた。


 フィは知らなかった社会の仕組みのいくつかを、数日で知る事となった。




 クリンはトモセーヤ領にある屋敷に戻ってすぐ、不機嫌になった。


「なあ、お前ももう年頃だ。

 見合いぐらいしても良いんじゃないか?」


 父アルマンがクリンをなだめる様に言う。


 クリンが帰って直に、アルマンが見合いの話を持ち出してきたのだ。

それだけならともかく、既に見合いをする事自体が決定されていたのだ。


「お父様、私はまだ結婚するつもりはありません。」


 クリンが何度目かの同じ発言をする。


「判ってる。

 だから、会うだけで良いから。

 な?」


 アルマンがナンパでもしているかのように言う。


「そんな気を持たせるような事をして良いはず有りませんわ。」


 クリンが突き放す。


 そもそも貴族同士の見合いは、そのまま結婚の前段階である。

お互いに相手の息子なり娘なりを品定めする場でしかないのだ。

見合いをする前に最低限の条件はクリアされているので、特別な問題が無ければ結婚が決まってしまうのが普通だ。


 だが、クリンもここに来て思う。


(確かに、そろそろ結婚する年頃ね。

 と言うか、もう数年で年増と言われる歳になってしまうわ。)


 貴族の女である以上、自由な結婚は出来ないと覚悟は出来ているが。


「とにかく、その見合いの話は今回は断ってください。

 私も結婚の事は考えて置きますから。」


 クリンはちょっとだけ譲歩した。


「そうか。

 そこまで言うなら、今回の見合いは断っておくよ。

 クリン、お前の好きなようにしてやりたいが、そう出来ない場合もある。

 お前が好きな男を捕まえてくれば、問題も解決すると思うのだが。」


 とアルマン。

アルマンもこの見合いでクリンの結婚を決めようとは思っていない。

クリンに結婚を意識して欲しいだけだ。

それでも今回の見合い相手は、アルマンのお眼鏡に適う相手であるから設定したのだが。


「そんな・・・捕まえるだなんて。

 それに、貴族の男性で私が好きになりそうな人なんて、今まで居ませんでしたし。」


 クリンが遠い目をする。

リアが男だったら良かったのに、と思った事もあるクリンである。

実際、途中まで中身は男だった訳だが・・・


「まあ、今はまだ時間があるから、改めて周りを見て見なさい。」


 アルマンがクリンの頭を撫でた。

クリンは頭を撫でられながら口を尖らせた。


(何だか、いつも子供扱いなのよね。)




 エンドーラはジャヴァス領の屋敷でお茶をしている。

その表情は複雑だ。

その原因は目の前の男性にあった。


 ジオレ・ハイテン、問題児のオルセイの兄が先回りしてきていたのだ。


「そんなに怒らないで欲しい。

 エンドーラ、君の休暇に割り込む無礼は承知だが、戦場から帰った君に早く会いたかったんだよ。」


 ジオレがエンドーラを見詰める。

エンドーラは少し赤面して顔を背ける。


「あなたも弟と同じで、段取りが踏めない人ですわね。

 その様に強引に事が運べると思われては困りますわ。」


 エンドーラがジオレを睨む。


「わ、わかったよ。

 今度から気を付ける。

 約束する。

 だから、私の謝罪を受け入れて欲しい。」


 ジオレが多少怯みながらも言い募る。


「・・・まあ、今更、帰れとも言えませんし、今回だけは見逃してあげますわ。」


 エンドーラは諦めたかのように溜息を吐いた。


「ありがとう、エンドーラ。

 嬉しいよ、本当に。」


 ジオレが嬉しそうに笑う。


 例のオルセイは傭兵になったらしく、傭兵団の団長として傭兵を探しているらしい。

あのオルセイが団長になってまともな傭兵団になるのか?

エンドーラは苦笑するしかない。


 ジオレはハイテン侯爵の次期党首である。

相応の学習をしてきたのだろう。

それなりに博識である。

エンドーラとは違う分野でプロと言った感じである。


 良く話して見ると、オルセイと違って自己中心的な言葉を吐く事は少なかった。

そう言う教育を受けているのかもしれないが、エンドーラは多少認識を改めた。

だが、警戒を解いた訳ではない。


 あのオルセイの兄であるし、エンドーラの実家に先回りして乗り込んでくると言う強引さである。

エンドーラが隙を見せる事は無かった。


 だがそれでも、エンドーラはジオレに口説かれまくる休暇を過すことになった。




 休暇の最後の日、リアとラン、フィ、クリン、エンドーラが城の高級指揮官用宿舎に戻っていた。

4人は休暇中のことを話しあった。


 フィの話に、リアが父ヘインツに助力を求める手紙を出すと約束した。

クリンの話に他の3人は「確かにそんな年齢ね」と納得した。

エンドーラの話では、3人とも爆笑した。


「な、何笑ってますのよ?!」


 エンドーラが赤面している。

リア、フィ、クリンは笑い転げている。

健介も笑いを堪えるのに必死だった。


「だって、あひ、お腹痛い、ひひひ」


 リアがまた笑い出す。


「本当に失礼ですわね。

 少し痛い目に合います?」


 エンドーラが殺気を放つ。


「ああ、ごめん、悪かったわ。

 もう笑えないから。」


 リアがニヤニヤしてエンドーラの肩に手を置く。


「もう笑えないって・・・あなたねえ」


 エンドーラは剣を手にかけてプルプルと震えている。


「まあまあ、落ち着いて。

 席に座りましょう?」


 リアがエンドーラと床に転がっているフィとクリンを見た。

皆が席に戻るのを待って、


「エンドーラ、そのジオレって人は良い人なんでしょ?

 じゃあ、付き合ってみれば?」


 リアは何食わぬ顔で言う。


「そうよね。

 弟がちょっとアレだけど、本人が良い人なら問題ないじゃない。

 家柄も良いし。」


 とクリン。


「まあ、そうなんですけど。」


 エンドーラがため息をつく。


「何か問題でもあるの?」


 フィはなぜか興味津々だ。


「問題と言うか、何と言うか・・・」


 エンドーラは言葉に詰まる。


「ひょっとして、ただ自覚が無いだけじゃない?」


 クリンがエンドーラの顔を覗き込むように見る。


「自覚?」


 エンドーラはちょっと驚いた。


「ええ、私もそうだけど、あなたも色恋沙汰とは無縁で来たでしょう?

 だから、今そう言う色恋沙汰をしていると言う自覚が無いのよ。

 それで相手の態度にどう応えて良いのか判らないんじゃない?」


 とクリン。

いつに無く大人の発言である。


「ああ、何となくそれ判るわ。」


 リアが遠い目をする。


「確かに、それは一理あると思いますわ。」


 エンドーラも納得して頷く。


「エンドーラもそのジオレって人が嫌いじゃないなら、付き合ってみなさいよ。

 彼の強引さからすれば、放って置けばそうなると思うけど。

 でも、彼のペースに巻き込まれちゃ駄目よ?

 エンドーラからも色々彼に質問したりカマを掛けてみた方が良いと思うわ。」


 とリア。


「そうですわね。

 相手のペースに巻き込まれちゃいけませんわね。」


 エンドーラは付き合う気があるようだ。


 リアが壁際に立っている健介に目を向け、無言で見詰め合った。


「リアは見合いの話とか無いの?」


 とクリン。


「ええ、無いわ。

 私、結婚はしないかもしれない。」


 リアが少し思い詰めたように言う。

他の3人が驚いた。


「結婚しないって、どうして?

 リアなら美人だし家柄も良いし、選り好み出来るじゃない。」


 クリンはちょっと羨ましそうだ。


「伯爵家と言っても、大して力は無いわよ。

 私個人の才能と地位は別としてね。」


 リアが苦笑する。


「でも、結婚しないなんて、何かありましたの?」


 エンドーラが心配そうな顔でリアを見る。


「そんなに心配しないで。

 結婚しないと決めた訳じゃないわ。」


 リアは安心させるように微笑む。


 健介はリアの言っている意味を理解していた。

健介の為に、リアは結婚を諦めた。

もし、健介が人間に戻れば、その時は結婚すると言う意味だ。


 リアの態度には以前から、リアが元の身体に戻ってからそう言う態度が見受けられている。

敏感とは言えない健介でもリアの態度では気が付かない訳が無い。

健介自身の気持ちは良く判らない。

以前は女性の身体だった為、恋愛感情を持つような事は無かった。

今はドラゴンの身体で、恋愛感情の様なものは持ち得ない。


 無論、リアの事は色々な意味で好きではある。

その色々の中に、恋愛感情があるかどうかは良く判らなかった。

人間の男の身体に入れば、ハッキリするのだろうか?

今は知りようが無い。

1つだけ言える事は、リアにも言ったように、守ってやりたいと思っている事だ。



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