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転生の旅  作者: mattsu
20/38

第19話 久しぶりのダンジョン



 上級士官学校2年目。

1年前と同じ光景が、例の講堂で繰り返されている。

この1年で卒業した生徒と退学した生徒が計56人いる。

そして、今年の入学者は40人前後と噂されていた。


 どれだけの天才が来ているのか、健介にも少し興味はあったが、それで何かできる訳でも無い。


 この1年余りで感じた事は、チームの人間以外とはあまり交流が無いのが、この学校の特徴だろう。

交流が無いというよりは、交流を持つ余裕が無いのだが。


 リアチームのように余裕のあるものは特別なので、参考にならない。

交流と言える交流は、エンドーラの時のように昼休みに多少あるくらい。

他は戦術戦闘と魔術の授業で一緒に訓練を受ける場合もあるが、魔術学校よりも厳しい授業内容である。

授業中にのんびりおしゃべりと言う訳には行かない。


 その上、選択科目の方で研究やら何やらをやる事になる。

エリートの中の普通の人は、チーム以外の人と親しくなる機会はあまり無いのだ。


 それに魔術学校でもそうだったが、この学校も体育祭や文化祭のような学校行事が無い。

この国自体にそう言う文化や風習が無いのだ。


 転生魔法で入れ替わると言うこの数年の大目標が達成されたせいで、色々気付かなかった些細な事柄が見えて来た健介だった。

リアも似たような感じを味わっているようで、リアと健介は改めて思う。

やはり精神的に余裕が無かったのだな、と。



 健介のやる事はあまり無くなって来た。

リアもリーダーである事に慣れてきたし、フィ(ラン)も人間の女性であること不自然さが無い。

魔物の健介としては、平和だが退屈な日々を送っていた。


 退屈を紛らわす時間と言えば、放課後の自主訓練の模擬戦くらいだろう。

リアは既に実力を隠さなくなっており、フィとの実力差もフィとエンドーラほどに出来てしまった。

(フィとエンドーラの実力差は縮まっているが。)

エンドーラが嘆いているのは言うまでも無い。

その為、リアの模擬戦相手をさせられる羽目になっていた。


 確かに、今のリアが実力を出し切れる相手は、この学校では先輩の数人しかいないだろう。

その先輩の数人も、噂を聞きつけて健介と模擬戦をしたがった。

ドラゴン化した健介ではなく、人型であれば模擬戦をしたいと言う。

そんな訳で、放課後の2時間ほどは結構忙しい。



 2年目も半年を過ぎようとしている頃、リア、フィ、エンドーラ、クリンの4人とも多少時間に余裕が出来るようになっていた。

リアとフィは言わずもがな、既に卒業基準はクリアしている。

エンドーラとクリンは薬品研究を残すだけだ。


 そんな訳でエンドーラがダンジョンに潜ろうと言い出した。

この学校では魔術学校卒業生は、特にダンジョンに潜る必要は無かった。

既に魔術学校で潜っているのだから。

無論、潜りたければ潜っても構わない。


 リアと健介は既に本来の目的を果たしているので、ダンジョンに潜ると言う危険をあえて冒す理由は無いのだが。

エンドーラをチームに入れてしまった以上、これは必須かと諦めた。




 ダンジョンの地下52階で、8人の魔族が屯していた。


「おい、いい加減その悪趣味止めろ」


 リーダーのズークが2人の仲間に言う。


 その2人は、1人の人間を拷問して遊んでいた。

人間は地上にある学校の生徒だった。


 この魔族達は常に8人で行動しており、時折地下40階付近までは上がってくる。

それ以上は上がらない。

地上には対魔族用の要塞がある事が判っているので、用心の為、地下40階以上には上がらない事にしていた。


 地上から来るその学校の生徒は、大抵3〜5人程度の人数でやってくる。

魔族が8人いれば余裕で勝てた。

この魔族達は、降りてくる生徒達を捕まえては奴隷として売る為に、地下都市へと連れ去った。


 だが、手癖の悪い仲間がいて、目を離すと折角捕まえた人間に拷問を始めて殺してしまう。

今拷問を受けている人間も、もう長くは持たないだろう。

腕を両方切断され、内臓を引き出されているのだから・・・


 ズークには拷問の何が楽しいのか理解できなかった。

売れば金になるのに、余計な事をしてくれる。


「おまえら、分け前減らすからな。」


 ズークは宣告しておいた。


「それにしても、何でこんなひ弱な人間を恐れるのかねぇ。

 とっとと侵略しちまえばいいのに。」


 拷問をしていたゾンムが言う。

一緒に拷問をしていたバダールもニタニタしながら頷いている。

魔族に比べれば人間は確かにひ弱である。


「だからお前らはバカなんだよ」


 ズークが何の遠慮も無く言う。

ズークは何度目かの説明をしてやった。


 過去、いくつかある魔族の地下都市から、地上へと侵攻をした歴史がある。

しかし、その尽くを人間に阻止されているのだ。


 人間よりも魔族の方が魔法技術は上である。

種族的にも人間より、強靭な身体と高い魔力を誇っている。

にも拘らず、過去の侵略は失敗しているのだ。


 だからズークも常に8人という人間側の小集団より確実に多い人数で行動していた。

この十数年の間、確かに人間のエリートと呼ばれる学生達と戦っていたが、その結果だけで言えば恐れる事は無いと感じていた。

しかし、歴史は嘘をつかない。


「それは昔の指揮官がバカだったんじゃないか?」


 拷問を見ていたデリルが言う。

彼も人間を侮っている。

ゾンムとデリルとバダールは時々3人で勝手に行動し、人間達にちょっかいを出す。

それで危険な目にあった事があるくせに良く言うものだった。


 そして彼ら3人はズークが人間を恐れていると思っているのだ。


(確かに、そう言えなくも無いのだが・・・)


 ズークにはひ弱な人間が地上を支配しているという、その矛盾が恐ろしいと感じている。

理解出来ないものへの恐怖と言うものだ。

ズークには魔族が未だに地下に閉じ篭っていると言う事実を無視することは出来なかった。





 リア達4人と1匹は、完全武装でダンジョンの地下43階まで来ていた。

このメンバーでは大抵の魔物は楽に勝てる為、地図を描く作業で時間を使うくらいで、どんどん先に進めた。


 しかし、ダンジョンに入る際、教官に注意を受けていた。

ここ13年ほどの間、生徒の行方不明が多発しており、その原因が魔族の一部集団である事が判明していた。

捕まりそうになって逃げ帰った生徒の証言で判明した事である。


 学校側は、相手が魔族の軍団では無いので、特に対処する事は無かった。

その程度は学生側で何とかしろと言う事だ。

仮にもエリートの学校なのだから、そんな事で軍を動かす事は憚られたのだ。



 リア、フィ、クリン、ラン(健介)は魔族には遭遇した事がある。

あの時は不意打ちでほぼ瞬殺していた為、魔族の強さがどの程度か判らない。


「エンドーラは魔族と遭遇した事はあるの?」


 リアが地図を描きながら聞く。


「無いですわ。」


 魔族とまともに戦闘経験がある者がいない。

ちょっと不安な一行であった。



 地下48階に下りて通路を進む一行は、和やかムードで話をしていた。


「このメンバーだと楽でいいね〜」


 クリンが一番嬉しそうだ。

頼もしいメンバーが揃っているから、すっかり気が抜けていた。


「クリン、油断してると死ぬわよ。」


 リアが注意する。


「あうっ」


 クリンがビクッと怯えたように震えた。

例の強迫観念が抜けてないのだろう。

だが、ダンジョン内ではその方が良い。

適当に押えられる限り、恐怖は友だ。


 健介は殿を勤めて歩いている。

全員が探査魔法を常に使っていた。

全員が周囲の魔物の動きを把握している為、行動も連携しやすい。


 リア達の魔術の錬度は魔術学校の時に比べても格段に上がっている。

当然、探査魔法の精度も上がっていた。

特にリアは、元の身体に戻ったこともあり、他の3人と1匹よりも精度を高く感知出来る。


 石の壁に阻まれているダンジョン内では、クリンも森で戦った時のようにはいかない。



 しばらく歩いていると、全員が立ち止まった。


「いるね?」


「いる」


 クリンの質問にリアが答える。

まだ地図を作っていない方向に、リアは8つの反応を察知していた。

他の者はぼんやりと数個の集団がいるという程度しか判らない。


 集団で行動しており、こちらが気付いた時に向うも気付いたように止まった。


「気付かれたわね。

 魔族かもしれない。」


 リアが警告する。


 8つの個体が集団で行動し、探査魔法を使う存在というと、魔物には該当しそうな奴はいない。

魔族か人間だ。

だが、この辺りで8人という集団で行動している人間はいないはずだ。

消去法で魔族の可能性大だ。


「動いた。」


 クリンが呟く。

その集団が移動を始めた。

速い。


 リアは少し引き返す事にした。

相手がどう出るか判らないし、遭遇するにしても地図のある範囲で遭遇したい。

リアはメンバーにそう伝えて、来た道を引き返す。


 しばらく様子を見ていたが、その集団はリア達を追って来ているようだった。

地図のある範囲に入ると、それが明確に判った。


「ここで戦いましょう。」


 リアは決断した。

それを聞いて皆、武器を手に取る。


 魔族とダンジョン内で追いかけっこして勝てるとは思えないし、同時に魔物にも襲われる可能性もある。

そうなったら厄介極まりない。


 周囲の状況が明確な場所で、確実に相手を仕留める事をリアは選んだ。

それが、この長い通路だ。


 ダンジョンの中で時々見掛ける長い通路。

前と後ろだけ注意していれば良い。

健介がドラゴン化出来ない事だけが問題だが、それが出来るフロアは遠すぎる。


 短い時間で、簡単な作戦を話し合う。

相手の数は8、不利な状況で作戦なしに戦うのは無謀である。

綿密な作戦とはいかないが、防壁の札を使って敵を分断し、速やかに各個撃破する。

それを基本方針に、クリンが後方でサポート役、リア、フィ、エンドーラが前衛として壁となる。


「そして、ラン、あなたは一旦敵を突破して後方から攻撃して。」


 リアが健介に指示を出す。

健介は黙って頷いた。


 ドラゴンの身体なら、ちょっとくらい突かれても切られても死ぬことは無い。

人間や魔族の耐久力とは比べ物にならないのだから、この任務は健介が適任である。



 相手はこちらが動かない事を知ると、ゆっくり近付いてきた。

通路の先から姿を現す。

やはり魔族だった。

人数もリアが感知したとおり8人いる。


「おうおう、女ばかり4人もいるぜ。

 大漁だな!」


 魔族の1人が仲間に言う。

エンドーラがその意味に気付いて顔をしかめる。


「さて、行くか。」


 健介が双剣を構えて、前に出た。


 魔族との戦闘経験の無いチームである為、相手の力量が予測出来ない。

対して、この魔族達は人間相手の戦闘経験は豊富だと態度で判る。


 この不利を少しでも埋める為に、健介が相手の実力を測る試金石となる意味も込めて戦う事にした。


 膨大なドラゴンの魔力を活かして突撃する。

ドラゴン化していなくても、生半可な攻撃は受け付けない。

魔族達は一瞬驚いたが、すぐに立ち直って反撃に出てきた。

同時にリア達も注意深く前に出てくる。


 健介は魔族4人と剣を交えていた。

そして、魔族の誘導によって、いつの間にか他の4人と隔離されてしまった。


「徹底防御!」


 リアの声が聞こえる。

事態を察知したリアが作戦失敗を知り、即座に命令を出したのだ。


 魔族達を挟んで、健介とリア達4人が分断された。


(しまった!)


 健介の予想を上回る手錬た魔族達。

これでは前後からの挟撃どころか、こちらが各個撃破されてしまう。


 健介に割り振られた魔族は3人だった。

リア達は5人の魔族と4人で戦っていた。

防壁の札を使うタイミングを逸したようだ。


(不味い・・・)


 健介が戦っている魔族は巧みに防戦に入り、先にリア達を仕留める事を優先しているのが判った。

リア達は魔族相手に4対5ではいかにも分が悪い。

徹底防御を指示したのは良い判断だった。


 魔族達は余裕の笑みを浮かべていた。




 リア達には1つの幸運があった。

この通路の広さである。いや、狭さと言うべきか。

リア達は女性であり、それほど大きな身体ではないが、魔族側は180センチ以上のマッチョ達だ。

この体格差のお陰で、通路での戦闘が有利になっていた。


 通路を塞ぐようにほぼ一列になって戦うリア達の前に、当然同じように並んでいる魔族達。

だが、体格差のせいで魔族達の方が動きにくいのだ。

リア達はそれを巧みに利用した。


 リアは雨の様に降り注ぐ魔族の剣の斬撃の尽くを双剣と体捌きでかわしていた。

目の前には2人の魔族が居た。

隣ではフィ、エンドーラ、クリンが魔族と1対1で戦っている。


 リアが2人の魔族を引き受けている為、他の3人も何とか持ち堪えていた。

リアが相手をしている魔族は驚いているようだが、リアも驚いている。

魔族2人相手だ。

徹底して防戦しているとは言え、攻撃を完全にかわしている。

地形が有利に働き、ランとの訓練も功を奏しているのだろう。


 しかし、それも長くは持たない。


(ミコト早く来て!)


 この状態を逆転するには、健介の加勢が必要だった。




 健介に対峙している魔族は、巧みに健介を足止めしていた。

1人の魔族に攻撃を集中しようとしても、他の2人が邪魔をする。

結果、3人の魔族と満遍なく剣を交える格好となり、決定的なダメージを与えられない。


 健介はドラゴンが剣を使う際の裏技を、2つほど考え付いていた。

実際には技と言うほどのものでもないのだが、意表を突く事は間違いない。

その1つを早くも使うことになった。


 健介は時間を稼ごうと狙う魔族に、これまで以上の速度で攻撃を開始し、そして、その動きに慣れさせた。

その攻撃の中に、届きそうで届かない、首筋への突きが含まれていた。

数回も繰り返すと、魔族達はまた余裕の表情で笑いかけてくる。


 それを待っていた健介は、もう一度攻撃を繰り返し、首筋への突きを放つ。

魔族は余裕の表情で、ギリギリのところまで後退して突きをやり過ごそうとする。

手錬なだけあって同じ動きだったが、お陰で動きが読みやすい。


 健介は剣で突く速度を落とさぬうちに、剣から手を離した。

ドラゴンの身体で突き出される剣は、普通にナイフを投げるのと大差ない速度だ。

ギリギリで後退を止めた魔族の首筋をざっくりと切り裂いた剣は、そのまま飛んで壁に激突して跳ね返った。

魔族の魔力防壁のせいで、首に突き刺さらずに逸れてしまったが、致命傷は与えた。


 首を切られた魔族は、首から血を噴出して転げまわり、動かなくなった。

他の魔族2人はその光景を見て唖然とし、思わず一旦距離を取ってしまった。

急所は人間と同じだ。


 その間に、健介は剣を回収できた。

剣を手放した瞬間に2人に攻め込まれたら面倒だったのだが、それも杞憂に終わった。


「さて、さっさと死んでもらおうか」


 健介はニヤリと笑って、先ず1人に集中して攻撃をかけた。

3人ではなく2人なら、片方を牽制しつつもう片方にだけ攻撃を集中する事は可能だ。


 健介の攻撃の圧力は、ドラゴンの身体能力と魔力が乗っている。

普段、リア達と模擬戦をする時には使わない、本気のドラゴンの力を出している。

魔族とてその攻撃に晒されれば、そう何度も受けられるものでは無い。

集中攻撃を受けた魔族は、恐怖に顔を引きつらせた。


 攻撃を開始してから数秒もしないうちに、健介の剣がその魔族の胸に生えていた。

こうなれば、ほぼ一方的である。

次の瞬間、攻撃の矛先を切り替えて、事態の推移についていけない3人目の魔族に剣を突き立てた。

その魔族は、恐怖よりも驚きで呆気に取られているような表情だった。


 この3人の魔族は、ドラゴンの人型を明らかに侮っていた。




 魔族のリーダーは予想外の出来事の連続で半分パニックになっていた。

見つけた人間達の中にドラゴンの人型が居たのはまだ良い。

そこまでは対処可能だった。


 だが、そこから先が予想外だらけだった。

ドラゴンの人型を3人で抑えて置きながら、この4人の人間の小娘達を倒して捕獲する。

その後、ドラゴンの人型を5〜6人で倒す。

それで終了のはずだった。


 人間の小娘達はズーク達の攻撃に対して、正に鉄壁の防御を誇っていた。

一体何者達なのか?

地上の学生ではないのか?


 しかも、小娘の1人は我々魔族を2人相手に守りきっている。

他の小娘たちも、1対1で完全に守りを固めていた。

人間はこんなに強かったか?

今まで自分が戦ってきた人間達は何なのだ?


 それにあのドラゴンの人型だ。

ドラゴンは単調な戦い方しか知らないはずなのに、双剣を使っていた。

そこで気付くべきだった。

只のドラゴンでは無いと。


 小娘と戦っていて見る事は出来なかったが、我ら魔族3人を2分もしない内に倒したようだった。

一体どんな戦いだったのか?


「くそ! 死ね! 死ね!」


 隣ではデリルが剥きになって小娘に斬撃を放っているが冷静さを欠いた攻撃に、相手の小娘は余裕を取り戻していた。

金髪縦ロールの相手の小娘は不適に笑っている。


 ズークの相手の小娘も状況が変わったと知って、剣の動きが良くなっていた。


 そして、後ろからドラゴンの人型がこちらに向かってくる。

恐ろしくて叫び出しそうだった。


 もはや目の前の小娘などどうでも良かった。

しかし、これほどの手錬の小娘達に下手に背中は見せられない。


 この場を如何するべきか判断しなければならなかった。

しかし、今まで余裕のある戦いしかして来なかった魔族に、この危機的状況を打開する判断を下す事は出来なかった。




 リアの視線の端に、ランが走ってくるのが見えた。


「反撃!」


 リアが号令を掛ける。

リアの号令で、一斉に防御から攻撃に転じて、ラストスパートをかけた。


 相手の防戦の動きに慣れた魔族はその動きに対処できず、一旦後ろに下がった。

そこに待っていたのは、健介が振る双剣だった。

魔族は突然の攻勢に気を取られ、後ろから健介が駆けて来るのに対応出来なかった。


 後ろから2人の魔族は胴体を切断されていた。

双剣の一刀ずつで2人を切断すると言う、ドラゴンならではの強引で強力な斬撃だった。


 その時点で、残り3人の魔族は死を覚悟した。

そして、前後から挟撃され、魔族は容易く殺されたのだった。



「危なかったわね。」


 リアが肩で息をして苦しそうに言う。

多少は無理をしたのだろう。

顔色が少し悪い。


「死ぬかと思った〜」


 クリンも荒い息をして座り込んでいた。

フィとエンドーラも呼吸を整えながら剣に寄り掛かるようにして立ち、黙って頷いていた。


 今回は本当に危なかったと、全員が思っていた。

ギリギリの戦いだった。


 リアの作戦も実行できず、健介も魔族の予想を上回る手錬た手腕に翻弄されてしまった。

今回勝てたのは、またしても魔族の油断によるものだ。


 魔族がラン(健介)を侮っていなかったら、あんな簡単に見破れそうな手段で殺す事は出来なかった可能性が高い。

そして時間稼ぎが成功し、リア達は倒されていただろう。

そうなれば、この狭い通路でドラゴン化できずに、魔族にタコ殴りにされて健介は死んでいた。


 課題の残る戦いだった。



 その場から少し離れた場所で1日休み、ダンジョンを出る事にした。

魔族8人を仕留めたのを連絡する必要もあるし、良い区切りだった。


 それにしても8人分の魔族の首は重かった。




 学校では件の魔族を倒した事で、表彰されてしまった。

長い間放置されていたが、ようやく退治されて学校関係者も胸を撫で下ろした事だろう。


 生徒側で何とかさせるという方針は判るが、実際戦ってきたリア達にしてみれば、「難易度高過ぎ!」と言うしかない。

魔族8人は通常の生徒のチームでは対処不可能と忠告しておいた。



 その後はダンジョンに行く事は無かった。

やはりダンジョンに入ると、それだけ学校の授業を休む事になるし、女性4人のチームである。

風呂に入れないのは地味に問題だった。


 エンドーラも1回ダンジョンに潜って問題の魔族集団を退治で来て満足していた。

日ごろの鬱憤を晴らせたと言う所だろう。

今後は薬品研究に集中すると言う事だ。



 クリンとエンドーラの薬品研究にリアとフィと健介も協力し、静かな時が過ぎた。

ほぼ1年ほど、クリンとエンドーラの薬品資料を作る為の実験素材の加工や実験の手伝いをしていた。


 しかしながらリア達の手伝い虚しく、薬品はあれど使い道が判明せず、と言う状態のままであった。

こればかりは健介の知識でもどうにもならない。



 そんな中でリアと健介が協力し、兵器工作のキスリン教官の協力を取り付けて、クリン用の持ち運び出来るゴーレムを作成した。

それは一見すると人の骸骨の様にも見えるが、鋼鉄製の骨組みに専用の保護鎧を着けたものである。

身長164センチ、重さは57キロだが、折り畳めるようになっているし、車輪を取り付け可能で移動に便利にしてある。


 先のダンジョンでの魔族との戦いで、クリンがゴーレムを使えたら状況はもっと良くなっていたと考えた。

以前から、クリンがダンジョンでゴーレムを使えないのは残念な事だとも思っていた。

そんな訳で、今回持ち運び出来る戦闘用ゴーレムを作ってみたのだ。

リアと健介が暇だったからと言うのもある。



 放課後の自主訓練の際、クリンにお披露目した。


「わ〜! ありがとう!」


 クリンは飛び跳ねて喜んだ。

子犬の様で微笑ましい。


 クリンはそのゴーレムに触れて、ゴーレム魔法を使う。

クリンの操作でゴーレムが動き出し、立ち上がった。


 ただの鋼鉄の人形だった時は感じなかったが、ゴーレムとして動き出したソレはかなり怖かった。

鋼鉄と言う素材は、土より遥かに威圧感がある。

耐久力、攻撃力も格段に高いだろう。


 クリンは特性を探るようにゴーレムを操作する練習を始めた。

歩かせるだけなら練習するまでもないのだが、戦闘に使うとなれば土ゴーレムとはまるで違った操作感になるらしい。


 土のゴーレムと鋼鉄のゴーレムでは操作感は全く異なる。

土のゴーレムは間接と言うものがなく、その辺りは曖昧に曲げて行けば良かった。

鋼鉄のゴーレムは間接でしか曲げる事が出来ない。

操作感の一番の違いはそこにあった。


 土のゴーレムと鋼鉄のゴーレムは重量的にはそれほど差が無い。

土は意外に重いし、鋼鉄のゴーレムは骨格と補強用の鎧しかない。

鋼鉄のゴーレムの方が若干重いか、場合によっては軽いだろう。

重さ的にはなんら問題はなかった。



 十数日してクリンが鋼鉄のゴーレムに慣れた様なので、リアと模擬戦をする事になった。


「手加減はいらないわよ?」


 リアがクリンに言う。

挑発するように上から目線だ。


「今回は自信あるんだから!」


 クリンはゴーレムを立ち上がらせて、リアに向き合った。



 ゴーレムの動きは以前見た土のゴーレムよりも速い。

クリンの魔術の錬度が上昇している事もあるだろうが、鋼鉄のゴーレムの特性の効果でもある。

土の塊を曲げるより、関節で曲げる方が楽と言う簡単な理由だ。


 クリンとゴーレムの予想以上の強さに、リアは気を引き締めた。

クリンはゴーレムにあえて武器を持たせていない。

鋼鉄のゴーレムは素手でも普通に鈍器である。

しかも、ゴーレムは素手の挌闘家の如く、蹴りも出してくる。

土のゴーレムでは考えられない動きだった。


(面白い!)


 リアは思わず笑みを浮かべた。


 クリンの斬撃、ゴーレムの腕と足の打撃をリアは双剣で巧みにかわし、隙を伺う。

以前、シーリアがまだフィレイの身体に居た頃、同じようにゴーレムを駆使したクリンと模擬戦をした事があった。

あの頃はクリンとゴーレムの動きに乱れがあり、その隙を容易に付くことが出来た。

だが、今はそれが殆ど無い。


(隙が無いなら作れば良い。)


 リアはゴーレムの動きを一瞬でも遅らせれば良かった。

隙とも言えない小さな隙は、ゴーレムの方にある。


 リアはその隙を突いて、ゴーレムが蹴りを放つ瞬間に軸足を蹴りつける。

ゴーレムは転倒し、クリンはゴーレムを起き上がらせる為に、注意が逸れてしまった。


 その瞬間に勝敗は決した。

クリンはリアを一瞬見失い、気付いたら首に剣を突き付けられていた。


「あう」


 クリンが涙目になってリアを見詰める。


「クリン、ゴーレムに頼ってちゃ駄目よ?

 ゴーレムが倒れたら、それを無視して攻撃に転じるくらいの気合を見せなさい。

 でなければ、今のようにやられるわよ?」


 リアが不味い点を指摘した。

クリンはゴーレムを使うとゴーレムに依存心を抱いてしまう。

リアはそこを突いたのだ。


「だって〜」


「だってじゃなの!」


「あう〜」


 ダンジョンで魔族8人を倒して来たチームのメンバーとは思えないやり取りをして、見物人達を無駄に和ませる2人だった。



 ゴーレムには一長一短ある。

ゴーレム魔法が耐えきれなくなる程のダメージをゴーレムに与えれば、魔法が解除されゴーレムは倒れる。

それ以外は術者を倒すか、魔法の効果の範囲外へ引き離せば良い。

逆にそれが出来なければ、ゴーレムは一定時間だけ、不死身の化け物と同じである。


 ゴーレムを使う上での弱点と言えば、常に魔力を消費する事。

常にゴーレム操作を意識しなければならない為、精神的に疲労するし、他の事に関する注意も削がれる事。

これらの弱点がある為、ダンジョンでのゴーレム使用は現実的ではなかった。

これらの弱点を克服するか、弱点にならない範囲で使用する事で、ゴーレムを有効に使うことが出来る。


 また、ゴーレムの速度は術者の魔術錬度やゴーレムの素材や構造によって変わって来る。

だから、一概に遅いとも速いとも言えない。

しかし、クリンが鋼鉄のゴーレムを使った場合、かなりの速さである。

さすがに、クリン自信の全速力には付いていけないが、1ランク下の魔術戦士並の体捌きを見せる。


 使いどころによっては極めて強力な武器となるが、逆に使いどころを間違えると被害が増す、難しい兵器と言える。



 クリンとエンドーラの薬品研究が長引いた為、リアの説得で他の選択科目、魔術研究を選択させた。

エンドーラも学校卒業には贅沢を言っている場合では無いと思ったようで、素直にリアの助言に従った。

そして、リアの指導の下、念話魔法の開発を開始したのである。


 念話とは思念通話ともいう。

これも転生魔法の応用であった。

精神の表層意識だけを相手に送る魔法であり、送る方も送られる方も危険は無い為、魔術構成も簡単である。

7枚の小冊子程度の魔道書があれば、視認出来る相手に表層意識の言葉を送る事が出来る。


 もっと複雑にして魔法陣も使用する事で、電話ボックスならぬ、念話ボックスが作れるのだが、そこまですると開発に時間が掛かる。

それに健介が影でサポートするのにも限界があった。


 そんな訳で、トランシーバーのような念話魔法を開発させる事にしたのだ。

エンドーラはそんな事は気付いていないだろう。

リアが言葉巧みに念話魔法の開発に誘い込んだのだった。


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