第18話 達成の後で・・・
学校へ戻ると、リア、フィ、クリン、エンドーラの4人は校長から厳重注意を受けた。
それだけで罰が無かったのは、この士官学校に「ドラゴンを使役する者まで居る」と言う示威の宣伝効果があった為だ。
良くも悪くも、目立つチームである。
なぜか巻き込まれて厳重注意を受けたエンドーラはしきりに悔しがっていた。
数日後、健介、リア、フィ、クリンは密かに魔力測定器のある場所に集まっていた。
エンドーラにも内緒である。
士官学校に入学の際には、魔術学校最後の測定結果が添付されているので、測定していない。
その当時の測定結果はシーリアが2800、フィレイが3400、クリンが2100だった。
今回、シーリアとフィレイの中身が入れ替わった為、当然魔力量も変動しているはずだった。
その為、魔力測定をしておこうと言う事になったのだ。
今回の魔力測定の結果はシーリアが3800、フィレイが2900、クリンが2400である。
ちなみに、健介の魔力は測定不能であった。
全員閉口である。
「リアすご〜い」
とクリンが小声ではしゃいでいる。
「リアの結果は予想通りで問題ないが、フィレイの結果が不味いな。」
と健介が呟く。
「そうね。
次の学校の魔力測定は4ヶ月ほど先だけど・・・」
とリアがフィを見る。
フィ(ラン)は何が心配なのかいまいち理解出来ていないようだ。
「フィ、人間は若い内は成長する生き物なんだ。
だから、魔力が減るなんて事は無いんだよ。」
と健介がフィに説明する。
健介はリアとクリンを含めて相談し、フィレイに魔力を底上げする為の訓練を追加するようにした。
次の魔力測定までに、入学時の値以上にしておかなければならない。
例え上昇率が僅かであっても、上回ってさえいればよい。
後は何とか誤魔化せる。
下回っていると、誤魔化すのは容易ではない。
病気でもないのに、そんなことになったら、不正入学の嫌疑を掛けられる恐れもある。
そうなったら厄介である。
「フィ、とにかく魔力を上げる訓練を中心にやれ。」
と健介はランに念を押した。
健介は予想に反して、あまり余裕のある時間を過せなかった。
ある時はリアに、ある時はフィにと状況を聞いて助言をしなければならなかった。
リアもフィも、以前の記憶が身体に残っているからと言って、そのままでは上手く事が運べない。
それでばれる事は無いが、下手に目立つような事は避けたい時期だった。
健介が途中まで作成していた望遠鏡を、リアに仕上げさせた。
そして、リアに望遠鏡について、出来るだけ詳しく説明した。
単に遠くを見ると言う説明では足りない。
星の観察をするのに役に立つし、光信号で連絡を取り合う事が出来るなどである。
注意事項として、絶対に太陽を見ない事と言い渡した。
下手すると失明しかねない。
まあ、この世界の治癒魔法は再生も出来るから、この手の失明も治せるが、そんな事は避けるに越したことは無い。
リアは望遠鏡を覗いて喜び、健介の説明に興味深げに頷いていた。
喜んでいるリアは、普通の女の子の様で可愛い。
普段は可愛いと言うより凛々しい感じだし、ほんの数日前までは自分の身体だったから、何とも妙な感じなのだ。
リアは望遠鏡とその作成方法と使用方法の報告書を持って、キスリン教官へ見せに行った。
「その筒の様な物が、君が作った兵器?」
キスリン教官が興味深げに見る。
何か楽しそうな表情だ。
期待に目を輝かせている。
望遠鏡はレンズがクリスタル製、筒の部分は革を使用している。
木や金属を使う製造技術はリアには無いし、簡易に望遠鏡を作るなら黒く塗った革で十分だ。
それでも望遠鏡の倍率は凡そ4倍くらい。
明るくはっきり見えるし、十分使い物になるだろう。
初めて作った望遠鏡としては上出来だった。
「はい。
これは望遠鏡と言って、遠くを見る為の物です。
この様にして使います。」
リアは望遠鏡を覗いてみせる。
「どうぞ、使って見て下さい。
ただし、望遠鏡で太陽は絶対に見ないで下さい。
失明します。」
リアは望遠鏡をキスリン教官へ渡しながら説明する。
キスリン教官は望遠鏡を受取り、望遠鏡を遠くの建物に向けて覗いた。
「おお〜、良く見える!
凄いじゃないか!」
キスリン教官が望遠鏡を彼方此方に向ける。
「その望遠鏡の作成方法と使用方法はこれになります。」
リアは報告書を出す。
「ああ、その辺置いといて。」
とキスリン教官は望遠鏡に夢中だった。
しばらくして望遠鏡から目を離したキスリン教官は、リアに見詰められているのに気付いた。
「ええっと、報告書は・・・これだね。
ふんふん、良いんじゃないかな。
素晴らしい!
合格だよ!」
キスリン教官は取り繕うように褒めた。
約束どおり、リアはこれで兵器工作学科は卒業と言う事になった。
1年足らずでリアは2つの学科をクリアしてしまい、またもや注目を集める事になった。
クリアした学科の1つが、兵器工作だった事も原因の1つである。
魔法が存在して機械兵器が軽視される世の中で、兵器工作で卒業資格を取るのは至難と考えられていた。
しかも、軍上層部だけでなく、望遠鏡の噂を聞きつけた王族にも評判が良いらしいと噂が流れれば、注目されない方がおかしい。
リアが数ヶ月かけた望遠鏡の製作を、職人達は十数日で製造したらしく、それを持ってキスリン教官が軍上層部に売り込みを掛けたのが原因だった。
ガラス職人が製造したレンズは、リアが丹念に研磨したレンズに比べると歪みは大きかったが、見れない事は無かったらしい。
閑職である兵器工作の教官のキスリンとしては出世の大チャンスだろうから、この機会を逃す手は無かった。
少なくともこれで予算は増えるだろう・・・
それから数日後の昼休みの食事の席
「全く、リアの頭の中を覗きたいですわね。
どうしたらそんな簡単に2つの学科をクリアできますの?」
エンドーラが悔しげに言っていた。
「あはは、覗かないでね?」
リアが頭を両手で押える。
「比喩ですわよ。比喩!」
エンドーラが突っ込む。
エンドーラの選択した医術と薬品研究で、医術は既に合格レベルまで達しているようだ。
クリンもそれに続いている。
医術は何かの成果を挙げるのではなく、一定の知識を得て実習を済ませれば卒業出来るらしい。
「でも薬品研究の方は先が見えないですわ。」
エンドーラがため息をつく。
クリンも頷いている。
やはり薬品は難しい様だ。
「なら他の学科も選択してみれば?」
リアが提案する。
健介は先ほどから発言していないフィ(ラン)を見る。
フィはニコニコしていた。
会話を聞いているだけで楽しいらしい。
変な元ドラゴンである。
「いえ、薬品研究の方にもう少し時間を割きたいですから、しばらくは他のものは選択しませんわ。」
エンドーラは退くとか、諦めるとか、そう言う言葉が似合わない女だ。
「そう言えばフィはどうなの?」
とクリン。
「え?
えっと、医術をクリアした、わ」
不意の質問に、ランは女言葉を忘れそうになった。
「え? もうクリアしてたの?
そんな・・・」
エンドーラががっくりとうな垂れた。
リアだけでなく、フィにも対抗意識を燃やしている彼女は、フィよりも先にクリアしたかったのだろう。
そして、同日夕方、またしてもエンドーラの対抗意識を直撃する出来事があった。
リアとフィの共同研究である、転生魔法の解読と転移魔法の構築が終了し、魔術研究もクリアしたのだ。
その夜、エンドーラは枕を濡らして眠ったという。
休暇から帰ってから1ヵ月半程経った頃、校長からリアチームが呼ばれ、訓練場へと向かった。
そこには校長の他に教官が2人と、見かけないデザインの鎧を来た4人の兵士と貴族らしい男がいた。
「校長、お呼びですか?」
とリア。
「ああ、来たね。
実は折入って頼みがあるのだよ。」
校長は貴族と話していた。
リアは校長と兵士達と貴族を見た。
そして、校長へと視線を戻す。
「君達のドラゴンを、そこにいる兵士と戦わせて欲しいのだ。」
「ランと戦わせる?」
「ここだけの話し、そこの大貴族が自分の兵士の腕試しをさせたいらしいのだ。」
校長はリアに小声で話す。
「そんな事にランを付き合せないといけないんですか?」
リアが校長に小声で返す。
「すまんな。
この士官学校に多大な寄付をしてくれている方なのだ。」
校長が説明する。
「・・・判りました。
でも、殺さないで下さいよ?」
リアが校長を責めるように言う。
「もちろんだ。
君達のドラゴンを失うのは、大きな損失だ。
そんな事はさせない。
それは向うも了解している。」
校長もすまなそうにしていた。
リアはため息をついて、健介に話しかける。
「ええと、聞こえてたかもしれないけど、あの兵士達と戦って欲しいの。」
リアは健介を見る。
「ああ、構わないよ。
でも、ドラゴンの姿になると手加減出来ないけどいいかな?」
健介は何でもないと言うように微笑んだ。
この様な事態は予想済みだ。
恐らく、今後もこういう連中に付き合わされる事になるだろう。
「ええ、構わないわ。」
「ああ、もう1つ、俺は人間の戦い方を知っているから、他のドラゴンとは違う事を知っておいて貰った方が良い。
俺は他のドラゴンより強いから。」
健介が忠告した。
後で詐欺だと言われては適わない。
健介の精神と魂が入ったドラゴンは、日々鍛錬を行っているし、戦闘経験も豊富で、人間の戦い方と心理を知っている。
その辺にいるドラゴンに比べれば、強いのが道理だ。
リアはその事を校長に話し、校長が貴族に話した。
貴族はその事には興味が無いらしく、ドラゴンなら構わないと聞こえてきた。
健介はリアに頷く。
訓練場に入って、健介はドラゴンの姿に戻る。
4人の兵士はそれを見て、感嘆の声を上げた。
(ん?
あれは・・・オルンか?)
4人の兵士の内1人は、よく見るとあのオルンだった。
こんな所で再会するとは。
顔が少し隠れるヘルメットを被っている為、リア達も気付いていないが、オルンはリア達に気付いている。
オルンと出会ったのは魔術学校に入学した当初から。
あの時は健介もリアの身体に居て、フィ(リア)と出会ってからそれほど間もなかった。
確か、オルンはリアの騎士とか言っていたな・・・懐かしい。
教官の合図で戦闘が始まった。
健介はまず、包囲されない様に地面を蹴って素早く接近してブレスと魔法で攻撃した。
攻撃の着弾地点は考えてあった。
ブレスをわざとずらして放ち、兵士が避け易い方向に魔法を放つ。
2人の兵士が爆炎の魔法に巻き込まれて吹き飛んだ。
2人とも地面に転がって、大火傷を負い気絶した。
(大した事無いな。
さて、オルンは?)
健介はそれで動きを止めず、素早く後退した。
オルンを含めた2人の兵士は健介のわき腹に攻撃しようと寄って来ていたが、後退されて攻撃は出来なかった。
兵士の動きは、いまいち鈍い。
今度は斜めに突撃し、2人の兵士の横へと進んだ。
2人の兵士はそれを見ながら身構えた。
健介は魔法とブレスで攻撃して、2人が逃げる方へ突進した。
2人が体勢を整える前に、豪腕の爪で薙ぎ払う様に攻撃し、魔法で追撃する。
そして、攻撃後は一旦後退して攻撃をまともに受けないようにする。
こっちの2人の兵士の動きはまだマシと言えた。
しかし、鍛錬が足りない。
2人の兵士は直に息を荒くして、動きがさらに鈍ってきた。
あまり高速戦闘に慣れていないのだろう。
高速戦闘に耐えられなくなって、連続攻撃を避ける事が出来なくなった。
オルンともう1人の兵士は、魔法の爆発に巻き込まれたのだった。
4人の兵士が地面に転がっていた。
健介は人の姿になった。
戦いを見ていた貴族の男は唖然としていた。
自慢の魔術戦士だったのかもしれないし、確かにそれなりの実力はあったが、多分、普通のドラゴンにも勝てないだろう。
普通のドラゴンになら多少の傷を与えたかもしれないが、それは健介が始めてドラゴンと戦った時のような展開になるに違いない。
決定打を与えられずに、ジリ貧になって撤退を余儀なくされる。
「もう戻っても良いぞ。」
校長がリアに言っていた。
兵士達の治療は教官がやっていた。
リアチームの面々はその場を後にした。
本日の授業が免除、と言うより延期になっているので、食堂へ行って時間を潰す。
「あっけなく終わったわね。」
リアが健介を見る。
「そこそこの実力のある兵士だったが、クリン程の実力は無い者達だったな。」
健介が感想を述べた。
クリンが少し照れた。
「この前と戦い方が全然違うじゃない?」
エンドーラが指摘する。
相手の動きを読んだフェイント攻撃に気付いたようだ。
「エンドーラ、ドラゴンを舐めすぎだぞ。
我々ドラゴンは強すぎて、それ以上強くなろうとは思わないのが普通だ。
だが、私は違う。
3人の人間に負け、人間の戦い方を観察してきたのだ。
ドラゴンとて成長するのだよ。」
健介は相手も成長するのだと言う事が言いたかった。
大抵の魔物は強さがほぼ一定だが、そう思い込むのは危険だ。
「まあ、言われてみればそうですわね。」
エンドーラが渋々認める。
「今、私達とランが戦ったら、どっちが勝つかしら?」
リアが挑戦的な目を向けてきた。
「多分、俺だな。」
健介が控えめに応えた。
「あら、どうしてですの?
以前は負けたのに。」
エンドーラも挑戦的な目を向けてきた。
「理由は簡単だ。
私は強くなり、お前達の手の内も知っている。
先ほどの戦いも、全力では無い。
相手が弱い事が判って、時間を掛けて殺さないようにした。
以前の最初に戦った時と同様、お前たちは決定打を与える事が出来ず、劣勢へと追い込まれて終わるだろう。」
健介が予想を言う。
ドラゴンの性能を完全に引き出せていない今でも、恐らく健介が勝つ。
ドラゴンの強力な身体性能と、健介の人間として戦ってきた経験と知識。
この2つがあるのだから。
リア達の才能と実力は侮れないが、多分勝てるはずだ。
「そう、それは厄介ですわね。」
エンドーラは困ったように頷く。
エンドーラはドラゴンのランにも対抗意識を持っていた。
この前負けたのが、余程悔しかったのだろう。
リアは何か楽しげに健介を見ていた。
「気にするな。
ドラゴンと人間、肉体の性能がそもそも違うのだから。」
男女間でも体格の差から、女性が不利と言われるが、ドラゴンと人間はその差を遥かに凌駕する。
正に桁違いの差だ。
そもそも、ドラゴンの討伐には魔術戦士が10人単位で派遣されるのが普通だ。
才能あるエリート魔術戦士だったとは言え、リア、フィ、クリンの3人で勝てたのは、ダンジョン内と言う狭くて有利な場所だった為である。
そこで魔法で防壁を作って更にドラゴンの動きを制限し、付加魔術の札を使った攻撃でドラゴンの不意を突けた。
それでドラゴンが転倒したのが勝因であり、運が良かっただけとも言える。
秘密裏に改良した粒子魔法が強力だった事もあるが・・・
もし、ドラゴンが転倒しなかったら、隙を突けずに疲労して撤退を余儀なくされていたはずだ。
もし、ドラゴンが空を飛んで攻撃を開始したら、3人には余り打つ手が無くて、同じように撤退していただろう。
「そんな事より、さっきの貴族は何だったのかな?」
クリンが話題を変えた。
確かに少し気になる。
「さあ、私はそう言うの興味ないから。」
リアは伯爵令嬢にあるまじき発言をした。
この辺は健介に影響されたのかもしれない。
「あの貴族は、ミュレンジ侯爵じゃないかと思いますわ。
前に一度だけ見た事がありますの。」
エンドーラが説明してくれた。
やはりエンドーラが一番貴族っぽい。
「へえ、ミュレンジ侯爵ね。
どっかで聞いた事がある気がするけど。」
リアが首をかしげている。
「ミュレンジ侯爵は門閥貴族ではありませんが、先代のミュレンジ卿が戦功を上げて侯爵になりましたの。
その後も先代のミュレンジ卿の手腕でミュレンジ領は繁栄、現在のミュレンジ卿に受け継がれた訳ですの。
現在のミュレンジ卿は普通の人と聞いてますわ。
ちょっと子供っぽい所はあるようですが。」
エンドーラは仕方ないと言う顔で、しっかり説明してくれた。
「そう、するとあの兵士とランとの模擬戦は、単なる自分の兵士の腕試しって所かしら。」
リアがエンドーラに聞く。
「多分そうだと思いますわ。
迷惑な話ですが。」
エンドーラも同意見だ。
「まあいいわ。
どうせ暇だし、自主訓練でもして汗を流しましょう。」
リアが立ち上がって歩き出した。
健介は悩んでいた。
(オルンの事は話すべきか?)
オルンがミュレンジ侯爵お抱えの魔術戦士になっていたのはまあ良い。
しかし、訓練場でのあのオルンの表情を思い出すと、同じ男として同情を禁じえない。
シーリアは気付いていなかったとは言え、シーリアの前で無様な負けを晒してしまったのだから。
確かに、あの頃よりは格段に腕を上げていたように見えたが・・・単純に努力が、訓練が足りない。
(オルンは素質はあると思うんだがなぁ・・・今回は口を閉じて置こう。
武士の情けじゃ。)
健介はそう判断し、オルンの事は忘れる事にした。
その後、フィの人柄が変わりつつあった事は、成績と強さの方が目立っていたから周りに気付かれる事はなかった。
エンドーラも元々深い付き合いがあった訳では無いから、地が出てきたのだと思っているのだ。
そのフィ(ラン)は、入れ替え当初こそ女性という立場に困惑気味だったが、慣れてくると逆に女性らしくなっきた。
女と言う存在に興味を示していたのが原因だろう。
ドラゴンに性と言う概念は無い。
性別がないからだが、そのドラゴンのランは人間の女性の身体に影響を受けているようだった。
とにかく、ランが人間生活を楽しんでいるようで何よりだった。
逆に健介の方は、女性の身体から性別なしのドラゴンに入った訳だが、表立っての影響は無かった。
元々、男性の健介が女性の身体に入っていて、次にドラゴンに入ったのだ。
性別の差による弊害は少なくなっているはずだった。
ただ、性欲を感じる身体では無くなっただけである。
フィ(ラン)の魔力増幅の為の訓練は毎日深夜まで行われ、さすがにお疲れのようだ。
だが、あまり休んでいる訳にもいかない。
この問題を解決しない限り、安らかな眠りは訪れないのだ。
来月で1年目を終えようと言う日、つまり来月に魔力測定が迫っている日に、また密かに魔力測定を行った。
今回の魔力測定の結果はシーリアが3900、フィレイが3300、クリンが2500である。
「後1ヶ月、ギリギリね。」
とリア。
これまでのペースで魔力量が上がれば、何とか乗り越えられる。
「フィ、もう少しの辛抱だ。」
健介は励ました。
フィは疲れたような顔をしていたが、先が見えた事で気分も立ち直ったらしい。
表情に力が出てきた。
フィは選択科目を休止状態にしていたが、必須科目の戦術戦闘と魔術の授業はしっかり出ている。
必須科目は魔力量アップに繋がる授業でもあるからだ。
一応、リア、フィ、クリン、エンドーラは必須科目のクリア条件は満たしている。
正確には、何時でも満たせる状態である。
戦術戦闘と魔術は4人の錬度であれば、入学当初から卒業レベルに近かった。
あれから1年の間に、卒業レベルを超えたと言う事だ。
ただし、これは一定の基準であり、それ以上を目指すのが普通だ。
今、学校を卒業できるのはリアだけだ。
他の3人はまだ選択科目をクリアしていない。
エンドーラはリア、フィ、クリンが何か自分に隠してやっている事は知っていたが、それを問い質そうとはしなかった。
一応、フィが何か問題を抱えている事は判っていたし、自分に協力できる事があれば言ってくるだろうと思っていたのだ。
協力が要請されれば、応じる覚悟はあった。
だから、それまでの間は自分の事に集中していた。
エンドーラの最大のライバル、立ちはだかる厚い壁。
そう、シーリアを越える為に日々鍛錬をしていたのだ。
忌々しい事に、ここ数ヶ月でリアは格段に実力を上げていた。
更に引き離されてしまったのだ。
(これでは追いつけませんわ!)
挫けそうになるが、負けん気の強さで弱気を跳ね返した。
挫けている暇は無いのだ。
エンドーラのすぐ後ろにクリンがピッタリ付いてきているのだから。
(あの小動物的なクリンに負けるなど許せませんわ!)
そう思って自分を奮い立たせるのだった。
難儀な性格である。
1年目の終わりの前日、締めの魔力測定が行われた。
フィのこれまでの努力が報われるか否かが決まる日であった。
「やれる事はやった。
自信を持っていけ。」
と健介はまるで試合前の選手に声を掛けるトレーナーの様な事を言った。
魔力測定をするだけなのだが・・・
魔力測定の結果はシーリアが3900、フィレイが3500、クリンが2500である。
ちなみに、エンドーラは3000だった。
シーリアとクリンは先月からの差が出ず、フィレイはラストスパートが効いたようだ。
胸をなでおろす3人と1匹。
魔力の増加量が少ないのは適当に誤魔化せる。
影でサボっていたとか何とか。
成績は良いから退学にはならないだろう。
フィレイの魔力量は他の生徒に比べても最上級なのだし。
教官からの説教は喰らうだろうが・・・
ともかく、危機は去った。
シーリアとフィレイの身体の交換も済んだ。
ついでにフィレイとランの身体の交換もしてしまった。
その後のフォローもほぼ終了だ。
シーリアと健介のこの約6年に渡る努力は、成功裏に終了したと言えるだろう。
後はこの学校を卒業し、適当に軍役を果たして帰るだけだ。
健介はそんな風に考えていたが、
(そう言えば、俺に帰る所は無いな。
しかもドラゴンだし・・・)
健介は失笑した。
我ながら虚ろな笑いだった。
軍役の事もあるし、まだ数年はリア達と一緒に居る事になるだろう。
その後は、この世界を見て回るのも面白ろそうだ。
ドラゴンの身体なら、盗賊などに襲われても問題にならない。
猛獣や雑魚の魔物なら近付きもしないだろう。
細かい事を気にせずに旅が出来る。
健介は不意に襲ってきた、帰る所の無い寂寥感を、冒険への期待感で塗り潰した。