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転生の旅  作者: mattsu
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第17話 転生とドラゴン

ここから人物の名称表現が若干入れ替わります。

御注意下さい。


 士官学校に入学してから8ヶ月が経過し、40日の休暇を与えられていた。

いつ休暇を取るかは生徒次第である。


 兵器工作の方はクリスタルが届き、その加工に手間取っていた。

綺麗なレンズを作るのは、何気に難易度が高かった。

この手の作業をやった事が無いので、色々工夫した。

教官にアドバイスを求めても良かったが、秘密裏に作ると言った手前、聞けなかった。


 取り合えず、簡単なコンパスを作って円を描き、その弧の部分を切り取った。

それを型紙にして、まず木を削ってレンズの形にした。

その木型を石膏で模りし、溶かしたクリスタルを流し込む。

すると、ほぼレンズが出来る。

後は磨くだけだ。

そんな感じで大小2つのレンズを作り、日々磨いて形を整えている。



 転生魔法の転写作業は終わっていた。

転生魔法の魔道書の写本が出来上がり、内容のチェックをしていた。

一応、2人それぞれで同じ内容を書き写して、チェックしてきたが、間違えれば命取りである。

念には念を入れなければならない。


「問題ないわね?」


 健介が確認する。


「ええ、無いわ。

 でも、どうやって持ち出すの?」


 フィはそれが心配で仕方が無いらしい。


「それじゃ、秘策をお目に掛けましょう。」


 健介がもったいぶって言う。

健介は予備の鎧として持っていた、以前着ていた鎧を見せる。


「それ鎧よね?」


 フィは眉をひそめる。

何でそんなものを、と言いたいのを堪えているかのようだ。


「判らないかな。

 じゃあ、これでどう?」


 健介は自動書記用の触媒を見せた。


「あ! そうか。」


「やっと判ったようね。」


 健介はニヤリと笑う。


「盲点だったわ。

 その鎧に転生魔法を転写するのね?」


「良く出来ました。」



 自動書記は何も紙だけが対象では無い。

鎧だろうと身体だろうと、書ける物なら何でも良い。

それに文字の大きさなどは、自在に変更できる。

読めない程小さな文字でも構わない。


「それじゃ、休暇を取りましょう。」


 フィは早く元の身体に戻りたくてうずうずしている。


「そうね。

 クリンとエンドーラも誘わないとね。

 エンドーラはともかく、クリンは拗ねるから。」


 健介は笑う。


「ええ、誘いましょう。

 それにしても、いよいよね。」


 フィは緊張と期待感のこもった声で言った。


 ようやく元の身体に戻れるのだから無理も無い。

約5年、シーリアはフィレイの身体にいて、フィレイとして過してきた。

シーリアの身体にいる健介と身体を交換して、シーリアは真のシーリアに戻る。




 4人は休暇届を出して2週間後、人工島を離れた。

予備の鎧は売りに行くと言って誤魔化したが、全く見向きもされなかった。

鎧に禁書の内容が転写されているなどとは思いも寄らないのだろう。


 4人が取った休暇は10日。

その間にシーリアと健介は入れ替わる。儀式自体は1日あれば余裕で終わる。

エンドーラは4日目以降は、実家に帰るらしいから5日目以降に実行に移す。

クリンには詳しい事情は話していないが、極秘の大事な用を手伝うようにお願いしていた。


 3日間、久しぶりの町中で4人と1匹は買い物や露店の食べ歩きなどをして楽しんだ。

軍人の卵とは思えない、女の子女の子した3日間である。


 ランも帽子と色付き眼鏡を掛けさせて、銀色の目を目立たなくさせたから、騒ぎにはならなかった。

逆に、ランのその姿が護衛と言うか用心棒のような感じになっていて、周りの若い男達が4人に声を掛けることが出来なかったのである。

ランは時々気配を消すのを止めて、威圧感を与えていた。

すると、集まってくる若い男達は、怯えたように逃げ去るのだった。

それが面白いらしい。


 4人はそんなランを見ても何も言わなかった。

限られた休日を邪魔されないのだから、それで良しと言う事だ。


 4日目の朝。


「それじゃ、また学校で会いましょう。」


 エンドーラは馬車で行ってしまった。



「さて、そろそろ計画を始めますか。」


「ええ」


 健介とフィは行動を開始した。

その横でクリンは何? という顔をして首をかしげている。


 この日の為に偽名で取った宿の大きな部屋。

結構いい部屋だ。

儀式で使う魔法陣に必要な空間を確保する為、ちょっとした金を使っている。

使用人用の小部屋もあるところから、貴族が使う部屋なのだろう。

一応、健介とクリンも貴族ではあるが・・・


 部屋の一番広いスペースにあるテーブルをどかして、用意しておいた厚手の布を敷いた。

この布はキャンバス布をさらに滑らかにしたような布で、丈夫で滲みにくく、魔法陣を描くには最適だ。

その布をピンで木の床に止める。

そして、その布に魔法陣を注意深く描いていく。


「ねえ、何をするの?」


 クリンが魔法陣を見て不安そうに聞いてくる。


「もう少し待って、後でちゃんと説明するから。」


 フィが布の上に顔を近付けて、専用の器具を使いながら文様を描きながら応える。

健介も別の場所に文様を描いている。


 魔法陣を描き終わり、それが乾くのを待っている間にクリンに事情を説明した。

クリンは最初冗談だと思っていたようだが、細心の注意を払った目の前の魔法陣を見て、冗談では無いと納得したようだ。

冗談で書くような代物ではない。

クリンにはその魔法陣の精密さが判る。


「フィの中身がリアで、リアの中身は別人?

 じゃ、フィの中身の人は?」


 クリンの問いにフィと健介は首を横に振る。


「私達も詳しい事情は判らないのよ。

 ただ、気が付いたらこんな状態だったの。」


 健介はまた首を振る。


「クリンも協力してくれるでしょう?」


「え、ええ、もちろんよ。」


 フィに頼まれて、クリンは戸惑いながらも了承した。

まあ、戸惑わない方がおかしいだろう。


 事前に説明して置けば良かったのだ。

しかし、クリンは嘘がつけなさそうな性格なので、健介とフィは積極的に説明する事はしなかった。

そんな感じである。


 魔法陣が乾くと、儀式を始めた。

2時間近くの間、フィと健介は魔力を使って魔法陣と魔道書を結合していき準備を整える。

そして、フィと健介が魔法陣の上に寝そべる。

最後にクリンが魔法陣の外から、転生魔法を発動した。


 転生魔法の発動は、拍子抜けする程に地味だった。

魔法陣が光り輝く訳でなく、そういう何か劇的な自体は何も無かった。

ただ、ぼんやりと魔法陣と魔道書が光っただけである。

しかし、それが魔道書によって魔法が次々に発動している証拠であった。


 転生魔法が発動した後、数分。

クリンが見守る中、シーリアが目覚めた。


「ああ、私の身体。」


 シーリアは自身の身体を両手で抱き締める。

少し涙目になっている。

余程嬉しいのだろう。

シーリアが涙ぐむなど、滅多に見られるものでは無い。


「リア?

 ええと、フィだった人?」


 クリンが呼び名に迷う。

それを聞いてシーリアは小さく笑う。


「ええ、フィの中にいた本当のシーリアよ。」


 リアは立ち上って、フィレイを見る。

フィレイの方はまだ目覚めていない。


「フィレイも起しましょう。」


「止めた方が良い。主よ。」


 クリンが前に出てフィレイを起そうとしたが、ランが止めた。


「フィレイの身体と主の精神と魂が定着すれば自然に目覚める。

 それまでは放っておくべきだ。」


「そ、そうなの。

 判ったわ。」


 ランの説明にクリンはちょっと怯えたように後退る。

その意見にリアも頷く。


 それから2人と1匹で、フィレイが目覚めるのを待った。

他人の身体だからなのか、なかなか目覚めなかった。


 40分ほどして2人が不安になりだした頃、ようやくフィレイが目覚めて起き上がった。


「あ、シーリア。

 って事は、私はフィレイね。

 成功したようね。」


 フィレイの健介は2人を見上げ、自分の身体を確かめる。


「良かった。

 なかなか目覚めないから心配したわ。」


 リアは安心して微笑む。


「そうなの?

 他人の身体だからじゃない?」


 健介の方はサバサバしている。


「えっと、リアだった人ですよね?」


 クリンは少し混乱しているようだった。

そんなクリンを見て、健介は小さく笑った。


「ええ、そうよ。

 今からフィと呼んでね。」


 とは言え、以前からフィレイの身体はフィと呼ばれていたのだから、余計に混乱するかもしれない。

案の定、クリンは首をかしげてブツブツ言っている。



 健介はフィレイの身体を確かめるように運動した。

それを見て、シーリアも運動し始める。


「やはり、ちょっと違和感があるわね。」


 健介は表現しようの無い違和感を覚えていた。

最初にシーリアの身体に転生させられた時は気付かなかった違和感。

あの時はそれが普通だと思っていたが、今回ははっきりと違和感を感じていた。


「私は何も感じないわ。

 以前よりも調子良いみたい。」


 リアはちょっとはしゃぎ気味だ。

楽しそうで何よりだが。


「リアは自分の身体だからよ。

 これからはリアとフィの力関係が崩れるわね。」


「そうなの?」


 健介の予想にクリンが首をかしげる。


「そうかもしれないわ。」


 リアも自分の身体に戻って、自身の力を感じているようだ。


「クリン、リアはリアの身体に戻って、本来の力を発揮できるのよ。

 私は今まで通り、他人の身体。

 今まで力が拮抗していたのなら、リアが有利になるのは当然の事よ。」


「そっか。

 じゃ、フィは弱くなるの?」


 健介の説明に納得したクリンは、若干期待の目で健介を見ている。

健介は笑った。


「クリン、何期待しているの?

 確かに、慣れるまでは少し弱くなるかもしれないけど、それだけよ。」


「えへへ、そっか。」


「なかなか面白い魔法だ。

 興味深い。」


 先程から黙って事の成り行きを見ていたランが徐に会話に入って来た。


「ドラゴンでもそう思う?」


 リアは珍しく個人的な感想染みた事を言う欄に聞いてみた。


「ああ、他者と身体を交換するなど、思いも寄らないことだ。」


 ランは少し興奮気味に応える。

余程興味を惹かれたらしい。


「まあ、それはそうと、さっさと片付けましょう。

 誰かに見られたら不味いわ。」


 健介はやばい物を片付けたかった。

この魔法陣をぱっと見て禁書の魔法陣だと判る者はそう居ないだろうが、部屋の中に大きな魔法陣を描いていれば、興味を引かれるのは必至。

後でばれる可能性もあるし、やばい物はさっさと始末するに限る。


「待ってくれ主よ。」


 ランは何か悩みが有るような顔で作業を止めた。


「フィレイの中の主よ、頼みがある。」


「頼み?」


 健介は珍しいランの頼みに、何事かと興味を引かれた。


「私と身体を交換してもらえまいか?」



 部屋が静寂に包まれた。

リアとクリンが目を丸くしている。

いち早く健介が気を取り直す。


「あ〜、理由を聞いても良いかな?」


 健介は理由が気になった。


「私は人間に興味があったのだ。

 あのダンジョンで負けたあの日から、人間を観察してきた。

 今では人間になりたいとも思っている。」


「でも、人間の姿になっているでしょ?」


 リアが指摘する。


「だが、人間ではない。

 あくまでドラゴンの姿が人間になっているだけだ。」


 とラン。


「ラン、人間の姿になっても、ランはランなのよ?

 そう変わらないと思うけど。」


 と健介。


「ならば、身体を交換してはもらえまいか?」


 ランは再度言い募る。


 健介はランを見つめて考える。


(ドラゴンになるのもちょっと面白いかな?)


 元々この世界の人間ではない健介。

人生?最後は面白そうな方へと進みたい。


「判ったわ。」


 健介はランの頼みを受け入れた。


「ええ!?

 ちょっと正気なの?」


 リアはちょっと慌てている。


「転生魔法のせいでおかしくなったとか?」


 クリンが失礼な事を口走った。


「何を人聞きの悪い。

 私は正気よ。

 別に死に別れる訳ではないのよ?

 そんなに驚かないで。」


 健介がピシャリと言いつける。


「でも、盟約は?」


 クリンがランに尋ねる。


「盟約は魂の契約。

 入れ物である身体は関係ない。」


「そう言う事よ。

 手伝ってね。」


 健介が言うとリアとクリンは渋々頷いた。



 休憩を挟んでから再び儀式を始めた。

5時間後、健介はドラゴンの身体に入っていた。

今回は異種族の転生の為か、目覚めに更に時間が掛かった。


「うむ、これが人間の身体か。」


 フィレイの身体に入ったランがぎこちなく身体を動かす。


「う〜ん、違和感が強いな。

 さすがに種族が違うと、慣れるのに時間が掛かりそうだ。」


 ランの身体の健介も、まるで病み上がりの身体を動かすようにしている。


「大丈夫なの?」


 リアが心配そうに聞く。


「問題ないわ。

 じゃ無くて、問題ない。」


 健介は女言葉が抜けない。

リアはそれを聞いて小さく笑う。


「休みの残りは、身体に馴染むように軽く訓練しよう。」


 健介が提案する。

このまま学校に戻るのは不味い。

まだ休みは残っているし、早く馴染ませなければ。


「そうね。

 私も自分の身体とは言え、やはり軽く訓練しておきたいわ。」


 リアも賛成した。


「フィ、フィ、ラン。」


 健介がランを呼ぶ。

ランは自分がフィレイになった事に自覚が無い様だ。

と言うか、人間になった事に夢中らしい。


「ああ、何だ主よ。」


 ランはいつも通りの口調だ。


「お前は今からフィレイなんだ。

 フィと呼ばれたらちゃんと反応しろ。

 それから、言葉遣いもフィレイの記憶の通りに話せ。」


 健介が叱る。


「ああ、わか、判りましたわ。」


 ランは相当戸惑っているようだ。

フィレイの記憶があっても、女性として振舞うのは難しいらしい。

ドラゴンは男女の概念すらないのだから、仕方ないのかもしれないが。


「それから、フィも訓練に参加するんだぞ?

 聞いてたか?」


 健介が確認する。


「そうか、そうだった。」


「言葉遣い。」


「そ、そうね。

 そうだったわ。」


 ランが言いなおす。

健介とランとやり取りを聞いて、リアとクリンは横で笑っていた。

言葉はともかく、フィ(ラン)の困った仕草が面白い。




 翌日、転生魔法の転写を消した鎧を売った。

鎧から作成した写本は、厳重に封印してヴァージル領のシーリアの屋敷へ送った。

ドラゴンに入った健介がまた使うかもしれないから、シーリアが気を利かせたのだ。

学校に隠してある写本は、帰ったら処分しなくてはならないだろう。


 町を出発し、湖の辺を歩いて町の無い方へと歩いて行く。

町から1日ほど歩いて行くと、ちょっとした草原が広がる場所に出た。


「ここは良さそうね。」


 リアが草原を見渡して言う。


「そうだな。

 ここならドラゴンに戻っても人目に付かない。」


 健介も草原を見て同意する。

草原の周囲は木立があって、目隠しになっているから丁度良い。


「そ、そうね。」


 フィ(ラン)も積極的に会話に入ろうとしているようだが、不自然だった。

フィの中に居るランは、まだ人間である事に戸惑っているようだ。

不満は無いようだが、身体性能はドラゴンに比べれば格段に落ちるし、ドラゴンには無い様々な生理現象もある。

これから色々大変だろう。


「それじゃ、俺はあっちで一人で訓練するから。

 後でな。」


 健介は草原を歩いて3人と離れる。


 健介のドラゴンの身体は、1晩寝たら少しは慣れてきていた。

人間の姿のまま、まずは軽く格闘の練習をし、魔術の練習へと切り替える。

人間の身体よりも格段に性能が高い身体。

膨大な魔力。

それを制御するのは難しかった。

それでも、元々人間だった健介は細かい魔力操作を会得していたのが良かった。

ドラゴンの魔力は膨大で扱いにくいが、それでもランよりはずっと高度な扱いが出来た。


 遠くで剣戟の音が聞こえる。

見るとリアとクリンが剣を交えていた。

リアの動きは、以前健介だった頃に比べて鋭いように見える。

クリンは苦しそうだ。


 リアとクリンから少し離れた場所で、フィは1人で剣を振っている。

型に添って剣を振っているようだ。

今はそれだけでもぎこちない動きが目立つ。


 健介は今度はドラゴンへと姿を変えた。

全長15メートル程の巨体であるが、重いとは感じない。

空に向かってブレスを吐いて見る。

炎が空に向かって吹き荒れる。


 そのまま魔術を使って身体強化しつつ、広い草原を巨体で走り回る。

ドドドドドという軽い地響きと共に、草原の土が草ごと舞い上がっている。


(きっと傍から見ると間抜けなんだろうな)


 とドラゴンが四足で走り回る姿を想像してしまう。


 止まって、今度は飛ぶ事にした。

姿を見られると厄介だが、飛べるようにしないといざと言うときに困る。

士官学校ではリア達の下僕と言う事は判っているはずだから、最悪大きな問題にはならないだろう。


 翼を広げて飛び立った。

ドラゴンの翼はある意味飾りだった。

飾りと言っても、無意味なのでは無い。

翼自体が魔法の道具のような物で、その魔法で飛ぶのであって、翼で揚力を得て飛ぶのでは無いという意味だ。


 草原の上を何度か旋回し着地する。

やはりドラゴンの身体は性能が高い。

さすが、最強の種族。


 人間の姿に変身して、3人の元に戻った。

何だかんだと1時間近く経っていた。


「どう?

 ドラゴンの身体は?」


「ああ、問題ない。

 大分馴染んできた。」


 何故かニヤニヤしているリアの問いに、健介が応えた。


「空を飛んでる所は壮観でしたよ。」


 クリンは少し感動したようだ。


「走り回っているのは、ちょっと間抜けだったけどね。」


 リアがニヤつく。

それがニヤニヤの原因か。


「そう言われると思ったよ。」


 健介は苦笑する。

いつも自分の顔としてみていた顔が、自分でなくなったのに微妙な寂寥感を感じる健介だった。



「フィはどうだ?」


 健介がフィを見て様子を伺う。


「ええ、大分馴染んで来たわ。」


 フィは昨日より大分マシになっているようだった。

健介もそうだが、昨日はどちらもフラフラだった。

リアとクリンがしきりに心配していたくらいだ。


「でも、まだぎこちないのよね。」


 リアの方は絶好調のようだったが。


「そうですね。

 まだ私に勝てないし。」


 クリンはそれが少し嬉しそうだ。

こんな状態でも、いつも負けている相手に勝てるのは嬉しいらしい。


「まだ時間はある、焦る事は無い。

 身体を馴染ませる為の訓練だからな。

 後5日、じっくりやれば良い。」


 健介は自分とフィに言い聞かせた。




 夕方まで訓練して、野営をする。


「う〜ん、剣でも買おうかな。」


「どうして?

 ドラゴンには不要でしょ?」


 健介の呟きにリアが問う。


「いや、そうでも無いよ。

 ドラゴン自身はその強さから、人間の使う剣など使わないと思うけど。

 人型の時は剣を持てば、ドラゴンの力に剣の力が加わる訳だよ。」


「なんか、それは怖いわね。」


「心配しなくても、リア達と殺し合うことは無い。

 俺が3人を守ってやる。」


「えへへ、たのもし〜」


 クリンが嬉しそうにしていた。



 ランの身体に健介が入った事で、クリンのランの身体に対する忌避感の様なものが無くなった様だ。

それはリアも同じなのだろうが、リア自身の態度からは判らない。

クリンは判り易い性格でバロメーターの役目を果たしてくれて助かる。




 翌日、健介は一人で町に戻り、剣を調達してきた。

さすがに上級士官学校の近くと言う事もあり、良い剣が何本かあった。


 リア達と模擬戦をするなら、少なくとも強化魔術が付加された物で無ければならなかったが、強化と軽量化が付加された物があった。

双剣の中古品らしいが、状態は良い。

剣自体の質もそこそこ良質だったので、渡りに船とばかりに購入した。

双剣はあまり売れないらしく、安売りしていたのも良かった。


 購入後、改めて確かめて見ると、魔術付加の添付魔力も十分強力で、魔力が十分高い者が処置したものらしい。

全く持って良い買い物だった。


(双剣はそんなに売れないのか?)


 健介は改めて、町行く人たちの腰周りを見て見る。

確かに、ざっと見回しても双剣をぶら下げている者はいない。


 そこで気が付いた。

リアだった時と同じ感覚で、そのまま双剣を購入してしまった。

だが、ドラゴンの身体の感覚では双剣よりも一刀の方が良いかもしれない。


(・・・まあいいや)


 ドラゴンの身体でそこまでギリギリに切り結ぶ事は無いだろう。

そんな相手は、同じドラゴンくらいである。

健介は草原へと向かった。




 ドラゴンの身体で身体強化を長時間維持するのは骨が折れた。

町までの往復4時間を、身体強化して走って慣れて来てはいたが、それだけで疲れ果てた。

慣れの問題もあるが、膨大な魔力を制御するのは疲れる。


「あら、今日はお終い?」


 リアがからかうように言う。


「ああ、ドラゴンの魔力操作は疲れる。

 今日はもう駄目だ。」


 肉体的には大して疲れていないが、魔力操作で精神的に疲れていた。


「そう、剣を持ったドラゴンと訓練しようかと思ったのに。」


 リアが残念そうだ。


「まだ3日ある。

 そう急ぐな。

 それに、学校に帰ってからでも訓練は出来るだろ?」


「まあね。」


「フィの様子はどうだ?」


 フィは今、クリンと訓練をしていた。

なかなか良い勝負の様だが、それでは駄目だ。


「昨日よりは大分良くなっているわ。

 帰る頃にはクリンには勝てるようになってると思うけど。」


 リアがフィの状態を説明する。


「うむ、それならいいか。

 学校で聞かれたら、調子が悪いと答えさせれば、誤魔化せるだろう。」



 リアが微妙な雰囲気を纏って健介を見た。


「あなた、男だったのね?」


 リアが声を落として話を変えて来た。


「ははは、やはりばれたか?

 心配するな。

 シーリアの身体はまだ無垢なままだ。」


 健介がからかうように言う。


「そ、そんな事判ってるわ。」


 リアが赤面する。

身体に残っている記憶は共有される。

健介が何かしていれば、リアにも判る。


「そうやって顔を赤くして恥らっていると可愛いな。」


「もう、からかわないで。

 そろそろ何者なのか教えてくれてもいいんじゃない?」


「そうだな。

 そろそろ良いか。」


 健介は空を見上げる。

見ているのは空ではない。


「俺はこの世界の生まれではない。

 別の世界で生きていた初老に差し掛かった男だ。」


「別の世界?」


 リアが眉をひそめる。

疑っているようだ。


「その顔は疑ってるね?

 まあ、仕方ないかな。

 だが、俺のような人間を見た事があるか?

 博識だが学者でも貴族でもない者。

 俺の国では、こっちの学者よりも遥かに様々事を15歳までに義務として教えられる。

 後は人によって様々だが、更に学問をする人が大半だ。

 俺もその中の一人だったから、学者ように博識に見えるのさ。」


 健介は自分の事を博識と評するのにちょっと抵抗があったが、こっちの世界では十分博識である。

このまま学者として生きる事だって出来るだろう。


「そうなんだ。

 確かに、あなたみたいな人は見たことが無いわ。

 信じられないけど。」


 リアの気持ちは最後の一言に集約されていた。

健介としては、自分が別の世界の住人である事を信じてもらう必要性を感じていないので、どうでも良かったが。

ただ、疑いの気持ちを持たれるのはちょっと寂しかった。


「まあいい。

 元の世界でも魔術師みたいな事をしていたしな。

 それに信じようと信じまいと、俺たちの関係は変わらない。

 いや、ドラゴンになってしまったから、少しは変わらざるえないか。」


 IT技術者やプログラマなどは、ある意味情報に限った魔術師みたいなものだろう。


「ふふふ、そうね。

 少しは変わるかもね。」


 リアはいつもと少し様子が変わって妖しげに笑う。


「何かその笑い、怖いな。」


「ドラゴンの癖に怖がりなのね。」


 リアは少し潤んだ目で見つめてくる。


「中身は人間だからな。

 女の怖さを知っているのさ。」


 健介はニヤッと笑う。

リアも微笑む。

なんとも微妙なやり取りである。


 リアの健介に対する態度は、少し変わってきていた。

相手が男と判ったら嫌われる事を懸念していた健介だが、逆に懐かれたようだ。


(懸念材料が1つ減って良かった。)


 最大の懸案事項であったシーリアへの身体の返還も無事終わり、後はそれに関る小さな問題を片付けていくだけ。

その内の1つは解決した。



 クリンとフィが訓練から戻ってきた。


「お疲れさん。

 フィ、調子はどうだ?」


 健介は何事も無かったかのように、フィに訊ねる。


「ええ、順調だと思うわ。」


 フィ(ラン)は息を切らしている。

やはり異種での肉体交換は慣れるのに時間が掛かっているようだ。

いつものフィならクリン相手にそこまで息切れはしない。




 翌日。

リアの所望に答えて、健介は剣で戦った。


「双剣同士で戦うのは初めてね。」


「そうだな。

 良い経験だ。」


 健介はリアの身体で双剣を覚えたから、双剣が一番使いやすい。

と言うより、通常の剣術の経験はリアの時の最初の短い期間だけだから、事実上、双剣しか扱えない。

フィレイの身体に入った時間も短く、その辺りの経験も吸収できていない。


 健介とリア、2人の剣筋はほぼ同じ。

体格の違いがあるだけで、同じ記憶による経験が双剣の技量をほぼ互角にしている。

シーリアは自分の身体でより強くなっているが、健介もドラゴンの身体でより強くなっている。

だが、健介はその力を出し切れない。

ドラゴンの身体による戦闘力向上率の方が圧倒的に高いはずだが。


「まだ本気じゃないでしょ?」


 リアは少し息切れしながら言う。


「まあね。

 今は身体を慣らす為にやってるから。」


 健介はまだ余裕だ。

体力だけなら努力とは関係なく、ドラゴンが圧倒的に有利だ。



 リアとの訓練の後、再びドラゴンの姿へと戻り、身体を動かしてみる


「大分良くなったな。

 人型での訓練でも、本来のドラゴンの姿に戻っても馴染んでいるようだ。」


「へえ、じゃあずっと人の姿のままで良いんじゃない?」


「そうだな。

 だが、折角のドラゴンの身体だ。

 存分に楽しまなければな。」


「あなたって、不思議な人ね。」


 リアは少し呆れ気味に言う。


「そうなのか?」


「ええ、あなたといると飽きないわ。」


「それは褒めているのか?」


「さあ、どう思う?」


「褒められたと思っておこう。」





 翌日の昼。

何故かエンドーラが現れた。


「あなた達!

 私に隠れて訓練だなんて、どういうつもりですの?」


 エンドーラはお冠だ。

矛先は当然、リーダーのリアである。


「ち、違うのよ?

 隠れて訓練と言う訳じゃないの。」


 リアが取り繕うとする。


「じゃあ何をしてますの?」


 エンドーラが詰め寄る。


「えと、く、訓練?」


 リアは困ったような上目遣いでエンドーラを見る。

クリンと健介はガックリと脱力した。

まさかリアがこんな落ちを出してくるとは・・・


 シーリアはこういう時の対応にまだ慣れて居ない。

今までは健介がやっていたから。


「ですわよね?

 こんな所で訓練してたら、隠れて訓練してると言うのではありませんの?」


 エンドーラが仁王立ちで睨んでいる。

こういう所が無ければ、エンドーラも結構な美少女なのだが。


「そ、そうかも。ははは」


 リアは笑って誤魔化そうとする。

そして、リアは健介を見て助けを求めるような視線を送っている。

しかし、ランの立場では助けてはやれないので、目を逸らす。

ご愁傷様。


「そんなにしてまで私との差を開いておきたいの?」


 エンドーラは冷たい視線をリアにねじ込む様に向けた。


「違うの。本当に違うのよ?

 その、そう、偶々訓練しようと言う事になったの。

 エンドーラに秘密とか、そう言うことじゃないの。」


 リアは面白いほど必死だ。


「・・・本当に?」


 エンドーラはまだ疑わしげな眼差しを向けている。


「もちろんよ。

 ほら、エンドーラも一緒にやりましょう?」


 リアは笑って誘う。

とにかく一緒に訓練をさせて有耶無耶にしようと言う作戦に出たらしい。


「ふん、まあ良いですわ。

 訓練に参加してあげますわ。」


 エンドーラはいまいち納得してないようだが、一緒に訓練する事に異論は無いらしい。

リアを含め他の者はホッとしていた。



 エンドーラを含めて訓練を再開した。


「ところで、どうしてランが剣を差してますの?」


 エンドーラはランの腰にある剣を指差す。

なかなか目敏い。


「え、ああ、それはランが使いたいって言うから。」


 とリア。


「へえ、ランがねえ。」


 エンドーラは興味無さそうに呟く。

彼女は目敏いが興味ないものは切り捨てる。

難しい女だ。



 エンドーラはいつものようにクリンと訓練を始めた。

リアは疲れたように健介を見る。

健介はニヤッと笑う。


「少しは手伝ってくれてもいいじゃない。」


 リアが小声で抗議してきた。


「それは出来ないね。

 今の俺はランだから。」


 健介がすまして言うと、リアはため息をついて首を振った。


「この程度でため息をついてたら、学校に戻った時に大変だぞ?

 これからもリアがリーダーなんだから。」


「ああ、そっか、そうだよね。

 上手くやっていけるかしら。」


 リアが不安そうな顔をする。


「リアなら大丈夫だろう。

 俺の心配は、フィの方だよ。」


 健介が顎で示す。

フィは1人で剣を振っていた。

剣技のシャドーボクシングの様な事をしている。


「実力の方は大分戻ったでしょう?」


 リアもフィを見る。


「実力の方は心配してないよ。

 問題は魔力量だな。」


 健介が予想を言う。

学校での模擬戦などでは魔力量が問題になるほどの戦いはやらないから、実力に影響は出ない。


 普通は人の魔力量が落ちるのは老化か、病気になったときくらいだ。

だが、今のフィは魔物の精神と魂が入ったせいで、魔力量は落ちていると予想される。

まだまだ少女と言えるフィが、魔力量を落とすというのは不自然すぎる。


「そんな、どうしよう。

 ばれないかしら?」


 リアがオロオロする。

その姿がミレーヌに似ていて、健介はクスクスと笑う。

やはり親子だ。


「な、何がおかしいのよ。」


 リアが膨れた。


「いや、何でもない。

 確か、魔力測定をするのは1年目の終わりだ。

 後4ヶ月はある。

 それまでに最低限、前回の魔力量まで引き上げさせれば良いから、何とか成ると思う。」


「そっか、それなら何とかなりそうね。」


 リアが考え込む。

フィにやらせる訓練メニューでも考えているのかもしれない。


「さあ、フィと訓練してきな。

 エンドーラに怪しまれるよ。」


 健介が促す。


 リアは素直にフィの方へと行って、フィと模擬戦を始めた。


 その後、少ししてエンドーラとクリンが戻ってきた。

エンドーラがリアとフィの模擬戦を見ている。


「クリン、フィの動きですけど、少しおかしいですわね?」


 さすがエンドーラ、直に見抜いた。


「そ、そうですね。

 ・・・調子が悪い見たいです。」


 クリンは必死に考えて言った。

クリンも父アルマン同様、嘘が苦手なようだ。


「そう、調子悪くてもあれだけやれれば十分ですけどね。」


 悔しいのが先にたって、クリンの不自然さに気付かないようだった。


 フィの実力は既にエンドーラ以上に回復している。

リアの方は実力が上がっているが、フィの相手をしている為とエンドーラが見ている為、その実力は見せてない。


「クリン、少し休んだら、またやりますわよ。」


 エンドーラが拳を握る。

クリンは諦めたように頷いた。

クリンもエンドーラの相手をするようになって、更に実力が伸びている。

やはり良いライバルのようだ。


「エンドーラ、どうしてここに私達がいるのが判ったの?」


 クリンが訊ねた。

確かに教えていもいないのに現れたのは不思議である。


「そんな事、簡単ですわ。

 町ではこの周辺に現れたドラゴンの噂が飛び交っていますもの。

 ここいらに居るドラゴンと言ったら、ランしかいませんからね。」


 エンドーラが人差し指をランに向けながら説明する。

健介がドラゴンの姿に戻って、空を飛んだ時にでも見られたのだろう。


「そうだったんですか。」


 クリンが納得した。

健介も納得した。


「士官学校からの通知があって、ドラゴンは使役されているから無害だから手を出すなと、衛兵が布告していましたわ。

 学校に戻ったら、叱られますわよ。」


 エンドーラが警告する。


「ええ?!

 そんな」


 クリンが健介に訴えるような視線を投げる。

健介は顔を背け、リアとフィの戦いを見る振りをした。

クリンは口を尖らせた。


「どうしましたの?」


「い、いえ何でもないです。

 そろそろやりましょうか?」


 クリンは誤魔化して誘った。

エンドーラが頷いて離れていった。


「やれやれ」


 健介は呟いた。

とりあえず、叱られるのは健介以外のリア、フィ、クリンの3人だろう。

ドラゴンである健介は黙ってみて居れば良い。


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