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転生の旅  作者: mattsu
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第16話 新しいチームメイト


 エンドーラチーム対ドラゴンの騒動から数日後。

3人と1匹が食堂で食事をしていると、エンドーラ達が隣の席に座った。


「クリンさん。

 この前は、その、ご、ごめんなさいね。」


 とエンドーラが明後日の方を見て言う。

顔が赤い。

クリンは自分を見てない人が謝っているので、ちょっと困っている。

健介とフィはその妙な現場を見て、口を手で押えて笑いを堪えている。

折角、謝っているのに笑っては駄目だ。


「あ、いえ、その、判って貰えればいいです。」


 とクリンは噛みつつ応える。

エンドーラはクリンの言葉を聞いてホッとしたようだ。


 少しの間食事を続けていると。


「ねえ、シーリア。」


 とエンドーラが呼んで来る。


「ん? なに?」


 と健介。


「あなた達はどうやってドラゴンと戦ったんですの?」


 とエンドーラ。


「ん〜秘密。」


 と健介は少し考えて応えた。


「どうしてですのよ?

 教えてくれたって良いじゃないですの。」


 とエンドーラは不満顔である。


「いや、だって、ランが嫌がってるし。」


 と健介がランを指差す。

ランがウンウンと頷いている。


「ちょ、下僕なんかに気を使ってますの?」


 とエンドーラが唖然としている。


「エンドーラ、あなたはまた何か勘違いしているようね。

 ランは確かに私達の下僕だけど、仲間となった以上、蔑む理由は無いでしょう?

 それにランはドラゴンなのよ。

 我々人間よりも強力な種族なの。

 そのドラゴンが理由はどうあれ仲間になったのなら、それなりの敬意を払うのが礼儀ではなくて?」


 と健介。

こっちの世界の人達は、魔物は全て同じ扱いだから、ドラゴンだろうと知能の無い小物だろうと関係ないところがある。

もう少し柔軟に考えてほしいものである。


「まあ、そうかもしれないけど。」


 とエンドーラが口ごもる。


「どうしても知りたいなら、教えてあげても良いけど。

 ランが居ない所でね。

 例えば、魔族が人間を殺す算段をしているのを聞いたら、あなただって嫌でしょう?」


 と健介。


「そうね。

 確かにそうですわね。

 後で時間が出来たら教えてね。」


 とエンドーラは素直に頷いた。


 健介はエンドーラと少し居心地悪そうにしているエンドーラのチームメイトを見くらべる。


「話は変わるけど、エンドーラ。

 あなたのその仲間は、ひょっとして腰巾着?」


 と健介。

向かい側でフィがお茶を噴出した。


「汚いわね、フィ。」


 と健介がわざと平然と言う。

フィは咽て涙目で睨んできた。

健介は微笑みで返す。


「腰巾着って、失礼ではなくて?

 私が先に言った事ではありますけど。」


 とエンドーラはあまり強く出れない。


「いや、ごめんね。

 ちょっとからかっただけ。

 でも、その2人はあなたに比べて実力が劣りすぎると思うわ。

 ランも同じ意見だし。」


 と健介。

ランはまたしてもウンウンと頷いている。


「そ、それは、そうかもしれませんけど。」


 とエンドーラがまた口ごもる。

さっきから痛いところを突かれてばかりだ。


「誤解しないでね。

 別に責めてる訳じゃないの。

 ただ、今のままだと実力に差がありすぎて危険よ?

 先に2人があっという間にやられて、あなたはサポートも受けられずにやられる。

 実際に昨日はそうなったし、これからもそうなる可能性があるわ。

 ドラゴンとの戦い方よりも、まずはそっちをどうにかした方が良いと思うわ。」


 と健介。


「・・・確かに、シーリアの言う通りですわね。」


 とエンドーラは呟くように言って、考えに沈んだ。


 その後、エンドーラを見かけはしたが、特に接触しては来なかった。





 運の良い事があった。

魔術研究の方で、転生魔法の魔道書を見る機会が出来そうだった。


 魔術研究は主に2つの方法で研究する。

1つ目は既存の魔法の魔術構成を解読して、そこから新たな魔法を作り出すこと。

これには効率を良くした魔法なども含む。

2つ目は全くの新規に魔術構成を作り出し、新たな魔法を作ること。


 健介とフィは1つ目の方法で、転生魔法の共同研究を申請していた。

この上級士官学校にも転生魔法の禁書が保管されている事が判明していた。

上手くすれば、シーリアはもうすぐ元の身体に戻れるだろう。


 そして恐らく、元の身体に戻ったシーリアは、実力を1ランク上昇させるはずだ。

本来の肉体、精神、魂が揃うのだから。

健介は異世界の、しかも男の精神と魂では適合率は低くならざる得ないはずだから、それだけ実力が劣っていると考えられる。


 申請した研究目的には、転生魔法から転移魔法を開発する事を謳っている。

つまり、テレポートをする為の魔法を作ろうというのだ。

調べた限りでは、テレポートが出来る魔法は無い。

軍としても、転移魔法が作れるなら研究しておきたいはずだ。

戦略的に大きなアドバンテージになる。



 フィと健介の成績は中の上程度、186人中72位だ。

さすがにトップを取る事は出来ない。

上には上がいるものだ。


 中の上という成績は他の理由もある。

この学校は学年と言うものが無いからだ。

つまり、成績は先輩である生徒達とも同列で比較される。

そう言う意味での、中の上である。


 先輩の生徒に十数人、フィやリアの様な天才が居るし、訓練期間の差もある。

リア達の年齢で1〜3年と言う訓練期間の差は非情に大きいのだ。


 クリンもなんとか中の中辺り、118位に食い込んでいる。彼女も意地を見せていた。

しかし、クリンやエンドーラ並の実力者も30人前後はいるようだった。

超エリートが集まる上級士官学校と言うのは伊達では無いらしい。


 健介とフィは別段対抗意識は燃やしていない為、その先輩達や他の実力者の事は全く無視していた。

2人にとって大切な最優先事項は、転生魔法の魔道書を入手し、それを使ってシーリアを元の身体に戻す事だ。

それさえ出来れば、後はなるようになれば良い。



 そうこうしている内に、転生魔法の研究の許可が下りた。

セキュリティの厳しい研究室で、転生魔法の魔道書を見ることが出来た。


「これが転生魔法の魔道書。」


 と健介が手にとって中身を開く。

古びた革表紙の魔道書は、予想通り中身は難解であった。

ただし、中身を理解していなくても、その魔道書の指示通りに儀式を行えば、転生魔法を使うことは可能だ。


「ど、どうする?」


 とフィが緊張した様子だ。

念願の魔道書が目の前にあって閲覧できるのだし、一番それを欲しているのはフィレイの中に居るシーリアなのだ。

これの為に今まで努力してきたのである。

緊張もするだろう。


「落ち着きなさい。

 どの道、持ち出しは出来ないし、ここでは使えないわ。

 準備には時間が掛かるわよ。」


 と健介。

フィは深呼吸して落ち着きを取り戻した。


「そうね。

 準備が必要よね。」


 とフィ。


「持ち出せないから、内容を転写して魔道書をもう1冊作るしかないわね。」


 と健介。

魔道書には魔術構成が書かれているが、複雑すぎて覚えきれるものではない。

転写するにも、記号の模様の様なものであり困難だ。

だが、やってやれない事はない。


「でも、この人工島から出る時には、持ち物検査とかされるんじゃない?」


 とフィ。

禁書の流出を避けるため、人工島から出る時には持ち物検査がある。


「それについては秘策があるわ。

 だけど、その秘策もまずは写本を作らないと出来ないから、地道に少しずつ写していきましょう。」


 と健介。


 2人は解読作業と同時に、魔術構成の記号を少しずつ紙切れに写し、それを部屋に持ち帰って写本用の本に写した。

この研究室では、自動書記の魔法は使えない。

写本の作成を防ぐ為だ。


 1日に数行を写し、全部で600行弱を写さなければならない。

この行と言うのは、より正確には模様と言った方が良いだろう。

通常の文章とは異なり、魔術構成に使われる文字は模様のように並べられる為、1ページ1模様の魔術構成が書かれる。


 故に、1日数行写すだけでも困難であり、半年前後の長期戦が予想される。

さらに、解読と研究もしなければならないし、島の外に出られる休みは半年以上先になる。


 この士官学校は定期的な休み以外は、基本的に長期休暇は無い。

入学した日から8ヵ月後に、有給のようなものが40日与えられ、その休暇を自分で申請する方式だ。

今は確実に、正確に写す事だけを考えれば良い。




 健介が選択した用兵は、健介から見ると少々原始的に見えたが、健介も特別用兵に詳しい訳では無いのでまずは素直にそれを受け入れた。

魔術戦士の存在のせいか「多勢を持って小勢を制する」という基本が無かった。

確かに優秀な魔術戦士1人いれば、普通の兵士を10人単位で相手にする事は可能だ。

恐らくその為に、少数で敵を撃つという思考から離れられないのだろう。

だが、それとは裏腹に、魔術戦士の確保が戦略上の最優先事項となっている。

結局は多数で無ければならないと判っているのだが、それを用兵の考え方に還元出来ていないと言う所か。


 さらに、魔術戦士の運用に関しては、イマイチ納得できないものがあった。

単独、または少数での捨て駒のような扱いが見られるのである。

健介はこの国の用兵の根本をある程度把握すると、随所にある問題点を指摘し始めていた。

用兵の教官からは嫌な顔をされていた。



 フィとクリンから聞きかじった医術は、意外と普通であった。

傷の洗浄と縫合術、包帯の巻き方などは魔術学校の方で教わっている。

その先の知識として、人体の身体の構造を色々教わっているらしい。

今後は死人の解剖をすると言う事だ。



 クリンの選択した薬品研究は、薬草から薬品を作る、或は、その薬品から別の薬品を作るのが主な研究だ。

魔術と組み合わせた魔法薬なども研究する。

問題は薬品を作る方ではなく、効能を調べる方にあると言う事だ。


 これは現代の医薬品開発でも同じ事であるから、不思議は無かった。

現代の技術なら何万種と言う薬品を簡単に作る事は出来るが、その効能と言う事になると容易に調べることは出来ない。

これは細胞実験や動物実験など、様々な条件で繰り返して地道に調べるしかないのである。

その状況はこっちの世界でも同様で、実験用のねずみの様な小動物が飼われているらしい。

場合によっては、死刑囚で実験する事もあるとか。


 そんな訳でこの薬品研究はハードルが高く、途中で別の学科へ切り替える生徒が多いとか。




 小さな問題は色々あったが、それなりに楽しく半年を過していた。

転生魔法の写本作成も順調で、後1ヶ月も掛からないと思われる。


 今、気になっているのは、フィの事でもクリンの事でもランの事でもなかった。

あのエンドーラの事である。


 エンドーラのチームは全体としては平凡な成績であった。

エンドーラと他の2人の成績を平均するとそうなってしまうらしい。

エンドーラは間違いなく優秀なのだが、他2人がどうしても足を引っ張ってしまうようだ。


 一応、この上級士官学校に入学したのだから、その2人も素質はあるはずだ。

だが、その実力差は開くばかりである。


 他のチームでも似たような事があり、チームの解散と新しいチームの結成などが行われている。

そして時々、落伍者が出る。

いつの間にか、生徒数は180人を切って、176人になってた。


 そこで、健介はフィとクリンに了解を取って、夕食後、エンドーラを呼び出した。


「まあ入って、エンドーラ。」


 と健介が部屋に招く。


「お邪魔しますわ。」


 とエンドーラが部屋に入った。


「このベッドに座って。」


 と健介がベッドを指差す。

健介は向かい側のベッドに座る。

エンドーラはベッドに腰掛け、健介を見た。


 フィとクリンは健介の据わっているベッドの上段のベッドに座ってエンドーラを見ている。

全てのベッドが2段ベッドだ。

ランはそのベッドの脇に立っている。


「回りくどい事は言わないわ。

 エンドーラ、チームを解散してうちに来なさい。」


 と健介。

エンドーラは少し驚いた様だが、直に落ち着いた。

予想はしていたのだろう。


「でも、私は・・・」


 とエンドーラは躊躇いながら口ごもる。


「エンドーラ、細かい事をウジウジ悩まない。

 あなたらしくないわ。

 あなたの実力を活かして伸ばすには、うちのチームは最適よ。

 逆に、あの2人もあなたと一緒にいては、落ち込ませるだけだわ。

 返事は明日まで待ってあげる。

 話はそれだけよ。

 明日、また着てね。」


 と健介は強引に勧誘すると、さっさとエンドーラを部屋から追い出した。

エンドーラはその強引な交渉にも何も言わず、黙ったまま出て行った。


「リア、もうちょっと優しくしてあげなよ。」


 とクリンはどこか悲しげに言う。


「いいのよ、あれで。

 彼女はあれで結構悩んだのでしょうから。

 これ以上、ウジウジ悩んでも意味が無いわ。

 最善の方法は何か?

 それだけ考えさせればいいのよ。」


 と健介。

フィは複雑そうな顔で見ているだけで何も言わなかった。



 翌日、昼休みの時間にエンドーラとチームメイト2人を見かけた。

2人のチームメイトは落ち込んだ様子である。

その3人は教官のいる建物へと入って行った。


「チーム解散するのかな?」


 とクリン。


「そうでしょうね。」


 とフィ。


「夜になれば判るわ。」


 と健介。



 夕食後、エンドーラが部屋にやって来た。


「それで、返事は?」


 と健介。

訊くまでも無かった。

エンドーラは昼間、チームを解散していたのを知っていた。

それでも聞くのは儀式のようなものだ。


「ええ、あなたのチームに入れて頂きますわ。」


 とエンドーラ。

健介はそれを訊いて頷き、クリンに合図した。


 クリンとフィがビンとグラスを持ってきて、グラスを配りビンの中身を注ぐ。

人口島内で唯一売られている果実酒だ。


「それじゃ、エンドーラがチームの一員になったのを祝って。

 乾杯。」


 と健介が音頭を取る。


「乾杯。」


 と他の者達。


「か、乾杯。」


 とエンドーラが恥ずかしげに小声で言う。


「エンドーラ、放課後は自主訓練があるから、訓練場に集合よ。」


 と健介。


「あなたの腕前見せてもらうからね。」


 とフィ。


「宜しくお願いします。」


 とクリン。


「ええ、頑張りますわ。」


 とエンドーラは微笑んだ。




 エンドーラを含めた自主訓練で、彼女の実力を実際に確かめる事が出来た。

通常授業の訓練では、エンドーラのチームとは別々のスケジュールになっていたからだ。

だが、今後は同じチームとして訓練をすることになる。


 結果、クリンより少し上の実力と判った。


「あ、あなた方、化け物ですわ。」


 とエンドーラが息を切らして言う。

フィと健介が順に訓練の相手をし、その2人の訓練を見ていた。

それを訊いたクリンが噴出して笑う。


「何がおかしいの?」


 とエンドーラが憤慨してクリンを睨む。


「ああ、ごめんなさい。

 ただ、私もフィとリアにはいつも化け物って言ってるから、ついね。」


 とクリンは微笑む。


「まあ、いいですわ。

 確かにこのチームなら強く成れそうですもの。

 今に見てなさい。

 あの2人を追い抜いてやりますから。」


 とエンドーラは燃えていた。

昨日までの落ち込みから抜けたようだ。




 健介とフィの魔術研究は順調にだった。

写本の方ではなく、本来の研究の方である。


 健介がフィに指導しながら魔術構成を解読し終えて、それを改造しつつ再構成していた。

魔術構成はコンピュータのプログラムに似ており、健介はプログラミングには慣れていた。

その為、こっちの世界の人に比べれば簡単に理解できた。

フィの方は、さながら新米プログラマといった所だ。


 転生から転移への修正は、ほぼ終了していた。

実を言えば、転移に比べれば転生の魔術構成の方が余程複雑なのだ。


 簡単に言えば転移は「物体を丸ごと」ある場所からある場所へ移動させれば良い、大雑把な魔法である。

対して、転生は生物の「精神と魂」を引っこ抜き、それを別の生物に突っ込む、結構繊細な魔法なのだ。


 健介がやった事を大雑把に説明すれば、転生魔法の魔術構成から不要な部分をごっそり削る。

不要な部分と言うのは、精神だの魂だのと言うものを扱う部分である。

そして「精神と魂」を転送している部分を「物体丸ごと」に代えただけである。


 今は小規模の実験を繰り返し、魔術構成の問題点を調整している段階である。


「それにしても、毎度思うんだけど、あなた何者?」


 とフィ。


「答えはいつも同じよ。

 秘密。」


 と健介。


「もしかして、魔女?」


 とフィ。

健介は笑う。


「もし魔女だったら、転生魔法くらい使えるでしょう?

 だったら、ここには来てないでしょうね。」


 と健介。


 魔女とはいつの時代にも2・3人は存在する、不思議な女性たちだと言われている。

彼女達は誰かに教えられるまでも無く、その世界に存在する魔法を使うことが出来るらしい。

魔力は人間の域を超えており、寿命は200〜300年と言われている。

ただし、それ以外は普通の人と同じであり、魔女は普通の人として潜んで暮らしている事が多い。

大きな戦や魔族の侵攻があった時に、魔女が戦を止めさせ、魔族を退ける力の一端となった。

その為、「世界の調停者」とも言われている伝説的な存在。


 健介としては魔女は存在しないと思っていた。

そんな強力な存在が人として生きているなど、ちょっと考えられない。

ドラゴンと言う基準で考えても、そんな桁外れな存在が居るとは思えなかった。

こっちの世界の御伽噺だ。


「まあ確かにそうね。」


 とフィ。



 健介はフィに魔術構成について色々指導をしていた。

魔術学校の時からしていたが、そう頻繁に使うものでもないから、なかなか慣れないらしい。

慣れさえすれば健介のレベルにまですぐ到達できる才能があるはずなのだが。


「いい?

 私達がダンジョンで使った魔術付加した札、覚えてる?」


 健介が聞くとフィは頷く。

フィはあまり使っていなかったが、クリンは良く使っていた。


「この魔道書を見て、この1ページ1ページが、あの札の1枚1枚と同じなの。」


 健介が改めて説明する。

魔術構成とは、魔力の流れを制御し、魔力を魔法に変換し、発動させるもの。

転生魔法の魔道書にある約600ページに及ぶ魔術構成は、約600もの大小様々な魔法が段階的に発動し、その複合的な作用によって達成される。

それが最終的に転生魔法になるのだと。


 それ以外にも魔法陣による魔法の補正がある。

転生魔法の儀式とは、魔法陣と魔道書の魔術構成を、魔力で結合する為の行為である。

それによって魔術の微細な制御を行うのだ。


 転生魔法とは、繊細で複雑な魔法なのだ。


「だから、あの札は最小の魔道書と言えるわね。」


 健介によって改めて語られる説明に、ウンウンと頷いているフィ。

そして、武器や鎧に刻み込んだ魔術構成も同様と言う事で補足説明し、転移魔法の魔術構成の説明に入っていく。


 しばらくして


「こんなに必死にやらなくても、転生したらミコトのこの知識は、私のモノになるんでしょう?」


 フィが限界に達したのか、頭を抱えて珍しく泣言を言う。

まあ、単純になったとは言え、転移魔法の魔術構成も一度で理解出来る代物では無い。


「確かにそうだけど共同研究なんだから、フィとして、しっかり勉強しないとね。

 教官にフィが質問されて応えられないとなったら、私だけ卒業かもよ?」


 と健介。

フィはそう言われて、しぶしぶ転移魔法の魔術構成の勉強に戻った。




 用兵の授業では、健介は完全に教官に目を付けられていた。

と言っても、良い意味ではない。


 成績自体は悪くないのだが、それは模擬戦略戦での成績が優秀だからだ。

ペーパーテストでは健介独自の用兵理論を展開し、良い点は取れていない。

それらが気に食わないらしい。


 模擬戦略戦とは、簡単に言えばストラテジーゲームを卓上でやっているようなものだ。

2人以上が対戦し、順番に駒を置いていく。

駒は兵士だけでなく城壁や要塞、食糧生産や資源採掘などもあり、単純な戦術戦を競うものではない。

一度始まると、ほぼ丸1日を費やして戦略ゲームが行われる。

他の授業の日程もそれを考慮して変更される。


 これまで1回の総当たり戦で、総合優勝をしている。

負けたのは最初の方で、やり方をイマイチ把握しきれていなかったせいだ。

やり方を把握しておけば、後は殆ど楽勝だった。

大抵の場合、相手の戦力を削りつつ補給を断つだけで、相手の戦力を孤立化、弱体化して包囲殲滅することが出来た。

どうも体力バカの猪突猛進タイプが多いらしい。


(これはお国柄なのか?)


 と首をかしげる健介だった。



 基本に忠実に、しかし応用を考えて実行に移せば、楽勝な相手達であった。


「シーリア君、卒業試験をしてみる気はあるかね?」


 と教官。


「は? 卒業試験ですか?」


 と健介は戸惑う。

まだ半年程度しか経っていないのに。


「卒業試験と言っても、この用兵学科の卒業と言うだけだよ。」


 と教官。


「はあ、それで何をするんですか?」


 と健介。


「簡単だよ。

 私と模擬戦略戦をして、一定以上の戦果を挙げれば良い。

 勝つのが最上だけどね。」


 と教官は挑発の感じを滲ませて言う。

健介は頷いた。


(その挑戦受けて立つ!

 いや、俺が挑戦者か?)


 などと思いつつ


「判りました。

 卒業試験を受けます。」


 と健介。

教官は受けて立つと言いたげに笑った。


 健介は教官がどういう意図を持って卒業試験などと言い出したのか判らないが、教官と戦えるのは面白そうだった。

卒業試験の対戦の為に、休みを返上して対戦室へと向かった。


 対戦室には見届け人として、他の教官が2人いた。

対戦が始まると、さすがに教官だけあって猪突猛進はして来なかった。


(されては興ざめだが。)


 と思いつつ、必要な食料を蓄積して、兵力で防備を固めていく。


 先に動いたのは健介だった。

少数精鋭の部隊を敵陣に向けて移動させる。

補給は最小限で、移動を重視していた。


 駒の強さは表面上、相手には判らないようになっている。

強さを測るには、駒をぶつけなければならない。


 教官がそれを迎え撃つように兵を出してくる。

健介の部隊を包囲するように動かしていた。


 健介はその包囲ギリギリの線で撤退を開始する。

その先に、別の兵を配置しながら。


 教官もそれを見て兵の再編をしながら更に兵を出してきた。

ここから総力戦に出るつもりらしい。

健介の狙い通りだ。

教官は健介が勇み足をしたのだと思ったに違いない。

健介が戦列を立て直す前に叩くつもりだろう。


 健介は、教官が自分を侮っていると見ていたので、それを逆手に取って誘い出す事にしていた。


 健介の少数精鋭部隊は、用意した別の兵団の先端に組み込まれた。

その兵団は幾つかの塊が斜めに配置されていた。

例えて言うなら、右肩上がりの棒グラフのような布陣だ。

その一番高い天辺に少数精鋭部隊が居る。


 教官はその配置を見ても何も警戒していなかった。

稚拙な布陣とでも思ったのかもしれない。

小数部隊を追っていた兵を方陣にして突っ込ませてきた。


 健介の少数精鋭部隊を取り込んだ兵団は、もっとも強い兵の駒の集団であった。

教官の兵団はあっという間に削られていく。

教官はそれならばと、その兵団の側面を狙いに後続の兵団を回り込ませる。

だが、その教官の兵団は、健介の別の兵団に側面を突かれてしまう。


 その兵団は棒グラフの一段低い方に居たもので、教官の包囲の動きと同時に動かしていた。

健介が用意していた別の兵団は、あまり強くない兵の集団だったが、側面を突いた為に十分な戦果を上げていた。


 教官は健介の斜めに布陣した兵団がいつの間にか自分の兵団を半包囲しているのに気が付いた。

良く見れば、更に外側から包囲されつつある。

教官は慌てて自分の兵団を撤退しに掛かる。


「見事だ。」


 見物していた教官が呟く。

もう1人も頷く。


 教官の判断が早く、健介は結局包囲しきれ無かったが、教官の兵団を追撃して、包囲殲滅した分と合わせて5割方を潰した。

これで勝敗は決した。


 この戦略戦は敵兵を自陣に入れたら負けである。

教官の兵力はもう、健介の兵力を押し留める力を残していない。


「勝負あり。

 勝者、シーリア。」


 と見届け人の教官が宣言した。


 これだけの戦いで、5時間弱掛かっていた。

全て手作業で行うので、かなり疲れる。


 後片付けをしていると、教官が話しかけてきた。


「シーリア君、用兵学科、卒業おめでとう。」


 と教官。


「あ、教官。

 ありがとうございます。」


 と健介。


(こんなんで卒業でよいのか?)


 などと内心で問うてしまう。


「ところでシーリア君。

 あの戦い方はなんだい?」


 と教官。

負けたせいか、態度が違う。


「あれはまあ、思い付きです。

 斜めに布陣した先端を攻撃したくなりますよね?

 包囲し易そうですし。

 ですから、その先端の兵団を強力なものにしておきます。

 すると、教官がしたように包囲しようとするはずなんです。

 あとは、お分かり頂いていると思います。」


 と健介。

思い付きではなく、どっかの武将がやっていた戦法だと記憶していた。

いつ誰に教わったのかも忘れてしまったくらい昔に聞いた、記憶も曖昧な戦法だ。


 教官と他の教官も話を聞いていた。

しきりに頷いて、熱心に話し合っていた。


「それでは、失礼します。」


 健介は対戦室を後にした。

卒業出来たのなら、もう用は無かった。



 後日、用兵学科の教官から正式に卒業証明書が手渡された。

半年ほどで、卒業してしまった。

まあ、用兵などは、基本以外は才能の問題である。

実際の戦いでは様々な要因が絡み合うのだし、1人の才能に頼ることは無いはずだ。

だから、この程度でも良いのだろう。




 健介は用兵学科を卒業してしまったので、他の学科を追加する事にした。

兵器工作を選択した。

兵器工作といっても、大した物ではない。


 こっちの世界では魔法が主体であるから。

作られるのは弓や石弓、攻城用のバリスタや投石機程度で、その改良を行うという意味合いしかないらしい。

しかも、弓や攻城兵器よりも魔法を重視している人が圧倒的に多い。

そんな訳で、兵器工作を選んだ人は健介だけだった。


「君も物好きだね。」


 と汚れた白衣を着たキスリン教官が暢気に言う。


「暇そうな所ですね。」


 と健介は見回す。


 2人がいるのは初日に見た、町工場と鍛冶屋を足したような場所だった。

2人だけでは広すぎる工場。


「ははは、まあ否定はしないけどね。

 君は天才と言われているようだから、適当にやってていいよ。

 何かあったら呼んでくれ。」


 とキスリン教官は、奥の部屋に引っ込んだ。


「適当にと言われても・・・」


 と健介は途方にくれた。


 健介は考え込んだ。


(やっぱ、大砲とかは作っちゃ駄目だよなぁ・・・)


 構造が単純な大砲なら、簡単に作れる。

だが、そんな物をこっちの世界に持ち込むのは気が引ける。

今は平和なのだから、少なくとも大砲は平和な時期に作るような物ではない。


(ならばもっと平和的なもので、軍が欲しがるもの?

 何がある?)


 暫しの黙考のあと、健介はぽんと手を叩く。


「あった!

 望遠鏡が良い。」


 こっちの世界には無かった。

船乗りも肉眼で周りを見ていた。

探査魔法は魔術師しか使えないし、並みの魔術師では数十メートル程度しか把握できない。

望遠鏡は森の中では使えないが、平野や海の上であれば、肉眼では見えない何十キロ先でも見える。


 何より簡単に作れて、軍が欲しがる平和的な兵器と言えば、これしかないだろう。

望遠鏡が兵器? と思われるかもしれないが、それは素人の考え方である。

兵の運用を効率良く行う為の物が兵器である。

索敵を効率良く行える望遠鏡は、立派な兵器である。

また、この望遠鏡をうまく使えば、遠方との連絡も光信号で可能である。

昼間なら手旗信号でも良い。

情報戦もばっちりだ。


 さっそく、クリスタルを調達するようにキスリン教官に依頼した。


「クリスタル?

 そんな物何に使うの?」


 とキスリン教官が不思議そうに聞く。


「秘密・・・じゃ駄目ですか?

 絶対後悔させません。

 驚かせて上げますよ。」


 と健介はにっこり笑う。


「ふふふ、いいだろう。

 退屈していた所だし、驚かせて満足させてくれたら、そのまま卒業させてあげよう。」


 とキスリン教官は楽しげに言う。

余程暇なのだろう。


「ありがとうございます。

 楽しみに待っていて下さい。」


 クリスタルが届くまで、兵器工作は中断である。




 ある日の昼休み、フィとクリンが食欲なさげにしていた。


「どうしたのフィ、クリン?」


 と健介。


「ええ、まあ。」


 とクリンは言いにくそうにしている。


「医術の授業がね。」


 とフィも良いにくそうだ。

医術と聞いて健介はピンと来た。


「ああ、死体を解剖したのね?」


 と健介。


 フィ、クリン、エンドーラの食事の手が止まる。

3人に抗議の視線を送られる健介。

そう言えば、エンドーラも医術を選択していたっけ。

以外にも選択科目はクリンと同じだったはず。


「あははは、こ、これ位で食欲を無くしてたら駄目よ?」


 と健介は誤魔化す。


 エンドーラはどうか知らないが、フィとクリンは盗賊を殺して、内臓が飛び出ている所は見ているはずだ。

ダンジョンではバラバラに食い散らかされた遺体も見ている。


 今回はそういう損傷した死体ではないはずだし、そんなに精神的なダメージを受けるとも思えないのだが。


(俺がおかしいのか?)


 健介はちょっと不安になる。


 3人はため息をついて、食事を続けた。

健介はちょっと居心地が悪いので、話題を変える。


「エンドーラ、私達のチームに入ってどう?

 満足してる?」


 と健介。


「ええ、満足していますわ。

 卒業までに必ずリアとフィを越えて見せますから、そのつもりで。」


 とエンドーラはにっこりと笑う。

エンドーラの後ろが揺らめいて見えるのは錯覚だろうか?


 エンドーラは殆ど毎日の自主訓練でフィとリアに負け続け、かなり来ていた。

クリンにとってはちょうど良い訓練相手となっている。

クリンよりちょっと強い程度のエンドーラなら、お互いに全力で戦える良いライバルとなる。

フィとリアのように。

だが、エンドーラの視線はクリンではなく、フィとリアに向かっている。


「クリン、エンドーラを見習いなさい。

 あなたも頑張って、私たちに追いつきなさいな。」


 とフィ。


「あう。」


 とクリンは困った顔をする。


「駄目よフィ、クリンは私たちで引っ張り上げないと。

 クリンはエンドーラと違って自分で駆け上ってくるタイプじゃないから。」


 と健介。


「酷い言われようね。クリン。」


 とエンドーラがクリンの肩に手を置く。


「いえ、本当の事ですから。

 フィとリアが私を鍛えれくれなかったら、今頃は普通の魔術戦士として軍に配属されていたはずです。」


 とクリンは微笑んだ。


「そうよ。

 逆に言えば、クリンはそれだけの素質があると言う事なんだから、これからもビシビシやるわよ。」


 と健介。


「あうう〜優しくして〜」


 とクリンは涙目で訴えた。



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