第15話 エンドーラ
王都に近い湖の中央付近にある人工島。
その島は湖の地下に続くダンジョンへの入り口でもあった。
人が作った島ではない。
何者が作ったのか判らないと言う点では、ダンジョンと同じである。
この島のダンジョンは、昔に魔族の侵攻があったダンジョンである。
人工島には幾つかの建物があり、それが上級士官学校であった。
人工島は王国軍と上級士官学校の管轄下に置かれている。
学校があるので判らないが、この島全体がダンジョンに対する要塞の様になっているのだ。
魔族の侵攻対策であるが、ここ数百年使われたことは無く、老朽化している。
湖の辺に幾つかの町があり、一番島に近い町にシーリア、フィレイ、クリンが集まった。
島にはその町から船で半日かかる。
「久しぶりね。クリン。」
と健介。
「久しぶり、クリン。」
とフィ。
「お久しぶり。リア、フィ。」
とクリンが嬉しげに微笑む。
「何だか上機嫌ね?」
とフィ。
「だって、久しぶりに会えたんだもん。」
とクリン。
「久しぶりとは言ったけど、まだ1ヶ月経ってないのよ?」
と健介が呆れたように言う。
「リアは嬉しくないの?」
とクリンが不満げに見つめてくる。
「う、嬉しいわよ?
ねえ、フィ?」
と健介は思わず台詞を噛みつつ、笑う。
健介も少女生活が長い為、普段は忘れているがクリンは美少女である。
油断していたところに、不満そうな中に寂しさが滲んだような表情で見詰められると、さすがに健介もグッとしてしまう。
「もちろん嬉しいわ。」
とフィは何気なく笑って応えた。
クリンも機嫌を直してルンルン気分に戻った。
女って奴は・・・
3人は期限3日前に会ったので、1日宿に泊まる事にした。
そこで、この1ヶ月間の事を話し合った。
健介とフィはクリンが積極的に討伐に参加したことに驚いた。
いつもは消極的で自信なさげなクリンなのに。
「少しは成長したのね。」
と健介。
「そのようね。」
とフィ。
「何?
何が成長したの?」
とクリンは首をかしげる。
たまに天然が入るクリン、自分が成長したと言われた事に気付かなかったらしい。
「色々よ。」
と健介は笑う。
「何よ〜また秘密なの?」
とクリン。
「違うのよ、クリン。
あなたが成長したって言ったのよ。」
とフィ。
「もう、ばらしたら駄目じゃない、フィ。」
と健介。
「クリンで遊んじゃ駄目よ。
可哀相でしょ。」
とフィ。
「もう、また私をからかってたの?」
とクリンが膨れた。
「そう言うクリンが可愛いから、苛めたくなっちゃうのよ。
悪気は無いのよ?」
と健介がクリンの頭を撫でる。
クリンは少し顔を赤くして顔を背けた。
翌日、船に乗って人工島へ向かった。
同じ船に乗っていた人の大半は、3人と同じ目的だろう。
大半が若い人だった。
そして、ランを怪しげに見ていた。
人工島に着くと、警備の兵士が身分証を確認していた。
他の人が入学許可証を見せて入っていくのを見て、3人も入学許可証を見せて入った。
警備の兵士はランを見て目を丸くしたが、何も言ってこなかった。
ドラゴンの人型が来るのが知らされていたのだろう。
そうでなければ大騒ぎになる。
係員らしき人が「入学者受付」と地図の書かれた看板を持って立っていた。
3人は地図を見て指定の建物へと歩いて行く。
歩いていると、恐らく先輩であろう生徒達が訓練をしているのが見えた。
目的の建物は島の周囲にある建物の1つで、講堂のようだった。
そこに入学者が集まっているらしい。
建物内の席は名前の札が置かれており、3人の名前の札もあった。
ご丁寧に「ドラゴン」と書かれた札もある。
3人と1匹は席に座って待った。
そう言えば、集合時間とかの案内が無かったから、いつ係りの人が来るのか判らない。
他の人も待っているし、3人で話しながらしばらく待つことにした。
1時間くらいして、講堂に軍服を着た人が入ってきた。
「私はこの上級士官学校の教官をしているグオールだ。
素質ある者たちよ、ようこそ上級士官学校へ。
まず始めに言っておくが、この学校は非常に厳しい。
素質が開花しない、或は、諦めた者は即座に退学になると思ってくれ。
だが、この学校を卒業した暁には、王国軍での重要な地位が約束される。」
とグオール教官が説明を始めた。
この上級士官学校では学年と言う概念は無い。
数ある科目の中で、基本科目2科目+選択科目2科目の4科目の試験に合格知れば卒業できる。
その試験はそれなりに高度なものとなる。
また、4科目の試験に合格したからといって、必ずしも卒業しなくても良い。
ただし、最大6年で強制的に退学、或は、卒業させられる。
退学者は通常の兵役を、卒業者は特務部隊の高級士官として兵役に就くことになる。
また、基本科目ではチームで訓練を行う為、3人以上6人以下のチームを組むこととされた。
基本科目は戦術戦闘と魔術。
選択科目は用兵、医術、薬品研究、兵器工作、魔術研究
一通りの説明を終えたグオール教官は、講堂の生徒を先導して宿舎へと案内した。
宿舎は全部が4人部屋で、健介達3人と1匹は1つの部屋に纏められた。
「良かったね、一緒の部屋で。」
とクリン。
「そうだね。
ちょっと安心した。」
と健介。
部屋には予定表と地図があり、今日の予定は無いようだ。
予定表では、2日後に先ほどの講堂に集まる事になっていた。
「2日間はのんびり出来そうね。
後で散歩がてら、見て回らない?」
とフィ。
「そうね。
どこに何があるのか知っておいた方がいいわ。」
と健介。
荷物の整理が終わった後、3人と1匹は宿舎を出て学校内を見て回った。
講堂は先程のも含めて4つあり、土嚢で囲まれた50メートル四方程度の訓練場が4面あった。
他に図書館のような建物と、研究施設のような建物が3つあった。
さらに、町工場と鍛冶屋を足したような場所。
そして、人工島の中心にダンジョンの入り口を覆うように、ずんぐりした大きい建物があった。
あれが要塞なのだろう。
長い年月、風雨に晒されて表面はボロボロだ。
宿舎に戻る途中、食堂で食事をした。
エリートの空腹を満たす食堂だけあって、メニューも豊富で美味かった。
宿舎へ歩いていると、午前中と同じ光景が同じ講堂で繰り広げられていた。
やはり定期的にやっているらしい。
部屋に戻ると、選択科目について話し合った。
「私は用兵と魔術研究にするわ。」
と健介。
「私は医術と魔術研究ね。」
とフィ。
魔術研究だけは外せない。
「えっと、私は医術と薬品研究かな。」
とクリン。
次の日も、数人が島へやって来たようだった。
そして、予定表初日、宿舎の生徒の内で新入生が講堂に集まった。
そこで選択科目を報告し、その科目の教科書などを貰って解散した。
さらに3日後、授業日程が発表され、同時に授業が行われる講堂や訓練場なども発表された。
次の日から、授業が開始された。
4科目だけとは言え、その内容は魔術学校に比べても濃いものだった。
どうやら授業内容は魔術学校卒業組みと、新規組みで分かれている様である。
才能ありと認められた者を、この学校の関係者が見つけて引っ張り込んだのだろう。
そう言う生徒が数人居て、今から魔力の操作を学んでいる。
彼らにとっては、この学校は魔術学校よりも高いハードルになるだろう。
3人は他の者達に比べて、比較的順調に訓練をこなしていた。
自主訓練の成果である。
教官のしごきにクリンも耐えられた。
「さあ、クリン。
自主訓練よ。」
と健介。
「ええ〜もう勘弁して〜」
とクリンが泣言を言う。
教官の扱きに耐えられはしたが、限界のようだ。
「だらしないわね。」
とフィ。
「だから〜、あなた達2人が化け物なのよ〜」
とクリンが毎度同じ事を言う。
健介とフィは笑ってクリンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
健介とフィが模擬戦を始め、それをクリンが見守っていた。
そんな風に1ヶ月ほどを過した。
そして、予想していた事だが、予想を超える事件が起きた。
それは、こんな言葉から始まった。
「あなた、あの2人の腰巾着なんでしょ?
ドラゴンを下僕に出来てラッキーだったわね。」
と金髪縦ロールの少女がクリンに嫌味を言っていた。
クリンは悔しそうに俯いている。
それは授業が終わった講堂前、クリンが先に食堂へ席を取りに行こうとして捕まったようだ。
クリンの両隣には金髪縦ロール少女の仲間が囲っている。
クリンをおまけとか、腰巾着だと思われる事は承知の上だったが、まさかここまで明ら様な行動に出るとは予想外だった。
このエンドーラと言う少女、色々な意味で只者では無い。
「何の話かしら?」
と健介は金髪縦ロール少女を睨みながら言う。
話し声が少し聞こえていたから、大体判っているが。
フィも健介の隣に居る。
(確かこの子も結構な実力者だったはず。)
健介は他人の成績など気にしなかったが、フィと2人以外での実力者と言われているのは目立つので少し覚えていた。
「あなた方も大変ね。
出来の悪い仲間が居ると、足を引っ張られるでしょう?」
と金髪縦ロール少女。
「いいえ、足を引っ張られた事は無いわ。
それより、あなた名前は?」
とフィ。
フィも彼女の事は気にして無かったらしい。
「あなた達、私を知りませんの?
エンドーラですわよ。エンドーラ。」
とエンドーラは名前を強調した。
名前が知られていなかったのがショックだったようだ。
「エンドーラさんとやら、誤解している様だけど、クリンはあなたと同じ実力者ですよ。
私とフィが居るから目立たないだけ。
そもそも、ただの腰巾着じゃドラゴンとは戦えないわよ?
あなた、ドラゴンと戦ったことある?」
と健介。
「な、無いわ。」
とエンドーラ。
「じゃあ、一度戦ってみる?
エンドーラのチームと私達のドラゴン、ランと戦わせて上げるわよ?」
とフィ。
「上等ですわ。
その挑戦、受けて立ちますわ。」
とエンドーラ。
「じゃあ、1日時間をあげるわ。
私達もドラゴンと戦った時には時間を掛けて戦略を練ったから。
明日の昼休み、第1訓練場で良いわね?」
と健介。
「ええ、いいわ。
ドラゴンを殺してしまったらご免なさいね。」
とエンドーラ。
「そちらこそ、死なないようにしてね。
死ななければ、私達3人が治癒魔法で治してあげるから。
ドラゴンは巨体だから手加減出来ないのよ。」
と健介はにっこり笑う。
エンドーラの周りに居た仲間が健介の言葉に顔を引きつらせる。
エンドラー自身は、さすがに不敵な笑みを浮かべていた。
それでエンドーラ達と別れて、食堂へ行った。
「主よ。私は手加減しなくて良いのか?」
とランが訊いてくる。
「手加減はいらないわ。
私達と戦った時と同じくらい本気でやりなさい。
ただし、私達が止めと言ったら、攻撃を止めて距離を取りなさい。」
と健介。
「それじゃ危ないんじゃないかな?」
とクリンは心配そうだ。
「それが見極められない人は、どの道生きて行けない所よ。」
と健介。
死者を出すのは本意ではないが、手加減させてはドラゴンと戦って生き残った者達を愚弄する者に、事実を悟らせる事は出来まい。
彼ら自身にも、その侮りが死を招く可能性がある事を知ってもらう必要があるだろう。
健介はリアとクリンに、明日は負傷者治療の為に待機して置くように打ち合わせておいた。
翌日の昼。
どこから漏れたのか噂が広がり、第一訓練場は戦いを見に来た生徒達で混雑していた。
「なんだかねぇ」
と健介は呆れたように呟く。
「ひょっとして、あのエンドーラが噂を流したんじゃない?」
とフィ。
「え、そうなのかな?」
とクリン。
「まあ、考えられなくも無いけど。
ラン、調子はどう?」
と健介はどうでもいいので無視した。
皆が見てるのなら、それはそれで都合が良い。
ドラゴンは甘くないことを知れば、今日以降、クリンが侮られる事は無いだろう。
「問題ない。」
とラン。
「それじゃ、行きますか。
どいて! どいて!」
と健介が歩き出し、集まってきた生徒達を押し退ける。
健介を先頭に、第一訓練場の中へ入る。
既にエンドーラ達が待っていた。
「ようやくお出まし?
逃げたかと思ったわ。」
とエンドーラは自信満々だ。
何処からその自信が来るのか聞いてみたい健介であった。
健介はエンドーラを無視してランを残し、訓練場の外へと避難する。
ランはエンドーラから離れてから、徐にドラゴンの姿へと戻った。
観衆がどよめく。
エンドーラ達もうろたえていた。
ドラゴンを侮っていたのが見え見えである。
全長15メートルほどの巨体。
自分達の身長より長く太い豪腕と、その先にある鋭く太い爪。
しなやかで太い尻尾には鋭い棘が幾つもあり、その一撃の恐ろしさを窺わせる。
最強の魔物だけあって、研究されているから魔物の書物には絵も載っているし、その特徴もかなり詳細に記述されている。
しかし、書物で見るのと現物を見るのとでは、雲泥の差がある。
「始め!」
と健介が叫ぶ。
戦闘が開始された。
ランはエンドーラ達へと突進し、豪腕の爪を振るう。
まずは挨拶代わりと言うところだろう。
本気では無さそうだ。
だが、エンドーラの仲間の1人が爪に引っかかり、吹っ飛んだ。
訓練場の観客の生徒から悲鳴が出る。
負傷を負った彼は、もう瀕死だった。
鎧は大きく歪んでおり、胸が裂けて血を吐いていた。
健介は訓練場に入ってその彼を担いだ。
そばに魔術負荷された札が落ちている。
(これを使おうとしてよそ見したのか?)
健介は彼の迂闊さに苦笑しつつ、訓練場を出て鎧を脱がせた。
そして、クリンに治癒を任せた。
健介は戦いを止めさせるタイミングを見ていなければならない。
その間にも戦いは続いていた。
エンドーラは大口叩いただけあって強いが、かなり苦しそうだ。
もう1人の仲間も必死に逃げ回っていて、既に限界だった。
ランの連続攻撃をかわし切れず、魔法の直撃を受けた。
爆風に吹き飛ばされて訓練場の外へと落ちていった。
「フィ、お願い。」
と健介が言うと、フィは頷いて落ちた場所へ走って行く。
ランと1対1の戦いになって、完全に劣勢に追い込まれたエンドーラはランに遊ばれていた。
健介は首を振ってため息をつく。勝負は付いた。
訓練場に入って叫ぶ。
「止め!」
と健介が叫ぶと、ランは攻撃を止めて素早くエンドーラから離れ、健介の側に来た。
エンドーラは肩で息をして、立っているのがやっとの有様だった。
振り返ると、ランはいつの間にか人間に変身していた。
「どうだった?」
と健介はランにたずねる。
「駄目だね。
主達3人に比べれば、チームの連携もなっていないし、あの女以外は弱すぎる。」
とランは酷評した。
ランは掠り傷も負っていない。
健介は黙って頷いたが、少し引っかかった。
エンドーラ以外の2人は弱すぎる。
(この学校はエリート揃いではなかったのか?)
そう思いはしたものの、貴族社会のこの国ではそう言う突っ込みは意味が無いと思い直した。
怪我人の様子を見に行った。
最初の負傷者は大分回復してもう問題は無い。
フィの方へと行くと、大火傷と打撲を負っている生徒は治癒魔法を掛け続ければ命に別状は無さそうだった。
「怪我はどうなの?」
と後ろからエンドーラが訊いてきた。
健介は振り返った。
「大丈夫よ。
2人とも今日中には自力で歩けるようになるわ。」
と健介。
エンドーラは安心したようだ。
周りを見ると、見物人は大方解散していた。
「ドラゴンとの戦いはどうだった?」
と健介が感想を聞く。
「強いわね。」
とエンドーラはボソリと言う。
大分ショックを受けているようだ。
「腰巾着程度の者がドラゴンとの戦いに一緒に参加できると、今でも思う?」
と健介。
エンドーラは黙って首を横に振った。
「判ってもらえて嬉しいわ。」
と健介。
交代で負傷者を治癒しながら、食事を取って昼休み中に様態を安定させた。
その後、彼らの部屋のベッドに寝かせる。
「それじゃ、後の治療は宜しくね。」
と健介はエンドーラに治療を任せた。
3人は午後の授業に出る為に宿舎を足早に出た。
エンドーラ達は午後からの授業には出られないだろう。
この騒動は教官達も見学していたらしいが、お咎めは無かった。
生徒達の刺激になると言う事なのだろう。