第14話 クリンの婚姻騒動
クリンは自分の家の屋敷へ帰る途中、何度も騒ぎに巻き込まれた。
原因はドラゴンのランである。
一見すると美青年のランであるが、瞳が銀色である為、人間でない事が直にばれてしまう。
町に宿を取れば、宿の客や主人が騒ぎ出し、町中を歩けば通りすがりの人々が騒ぎ出す。
魔術学校の近くの町に行った時のような変装をさせておくのだったと、後悔していた。
途中で気付いたのだが時既に遅し、帽子も伊達眼鏡もリア達が持って行ったし、途中の町では買い物できる状態ではなかった。
その都度、わたわたと説明してまわるクリンは、屋敷にたどり着いてもまた騒がれて心底疲れていた。
「な、なんだそれは!
クリン?」
とクリンの父トモセーヤ男爵アルマンがランを見て驚く。
クリンはまたかと、うな垂れてた。
「お父様。
後で説明しますから、落ち着いて下さい。」
とクリンは疲れたように言って、ランを連れて屋敷に入って自室へと向かった。
アルマンは何か言おうとしたが、クリンの背中を寂しそうに見送った。
クリンは自室で一休みした。
ランはクリンの部屋を興味深げに見ている。
「あなたの部屋も用意しないといけませんわね。」
とクリン。
「私はどこでも構わん。
ベッドは不要だ。」
とラン。
ドラゴンのランには木の床でも気持ち良いのだ。
「でも、一人になりたいでしょ?
私も久しぶりに1人で眠りたいわ。」
とクリンは言って、部屋を出た。
メイドを見つけて部屋を用意するように頼もうとするが、ランを見て怯えていた。
初めて銀色の瞳で見詰められたら、確かに怖いだろう。
「心配しないで、この子はラン。
私のドラゴンだから、害はないの。
ランの部屋を用意してくれる?
また直に家を出るから、客室で良いわ。」
とクリン。
「は、はい、承知しました。」
とメイドはランを避けるようにして走り去った。
「人間とは面白いな。」
とラン。
人間が小動物を見ているような目で、逃げ去るメイドを見ている。
「面白がってないで、怖がらせないように努力なさい。」
とクリンはちょっと呆れている。
夕食の席で、クリンは父アルマンにランを紹介した。
事前に手紙でドラゴンが下僕になったことを知らせてはいたが、屋敷に来るとは思っていなかったらしい。
「ランの分の食事もお願いね。」
とクリンがメイドに指示する。
食卓のテーブルにはランの食事が無かった。
クリンにとっては既に家族も同然のランだったが、父アルマンにとってはただの魔物である。
アルマンは苦い顔をしていた。
「怖がらないで、お父様。
ランは無闇に人を襲ったりしません。
化け物と言うなら、ヴァージル領を襲った盗賊団の方が余程化け物ですわ。」
とクリン。
「お前がそう言うなら、そうなんだろうが。」
とアルマンはいまいち納得していない様子。
ランの食事も運ばれてきた。
クリンの隣の席で、一緒に食べ始める。
アルマンとクリンの食べ方を見て、ぎこちないがナイフとフォークを使って食べている。
さすがドラゴン、学習能力がある。
ドラゴンはダメージさえなければ、食事なしでも生きられるそうだ。
一体どんな身体の構造をしているのかと、リアはとても興味深そうにしていた。
だが、さすがに試してみようとは言い出さなかった。
クリンは父アルマンに魔術学校でのことを話し、ダンジョンでのランとの遭遇と戦いについて話した。
その他、色々話して一息ついた。
「ところでお父様。
こちらでは何か変わった事はありました?」
とクリン。
ヴァージル領で盗賊団が現れた事件以降、トモセーヤ領も心配になった。
トモセーヤ領はヴァージル領よりも小さく、当然兵も少ない。
今まで特に連絡は無かったが、聞かずにはいられない。
「ふむ・・・あるにはあるが、お前には話さないで置こう。」
とアルマン。
嘘が付けない性格なのか、思わせぶりな事を言ってしまう。
「どうしてですか?」
とクリンは不満そうな顔をする。
「クリンは知らない方が良いことだ。」
とアルマンは困ったような笑みを浮かべている。
クリンはアルマンをじっと見て、表情を探った。
嘘と言う訳では無さそうだが、その物言いから自分に関係がありそうだとクリンは感じた。
「お父様、私はもう子供じゃありません。
嘘はつかないで下さい。」
とクリンは強い口調で言う。
「クリン、私は嘘なんて・・・」
「お父様!」
アルマンの言葉をクリンが遮る。
アルマンは驚いたような顔でクリンを見る。
これまでクリンは父に対してこの様に強く出た事は無かった。
「私はこれでもトモセーヤの次期党首です。
トモセーヤ領に何かあれば、それは私にも関係のある事ですわ。」
とクリン。
アルマンはクリンを見てため息をついた。
「クリン、お前は強くなったな。」
とアルマンはクリンとランを見る。
「お父様、はぐらかさないで話してください。」
とクリンは催促する。
「判ったから、そうせっつくな。
・・・実はな・・・」
とアルマンが事情を説明し始めた。
その内容はこうである。
隣の領のロンバル伯爵からクリンへ婚姻の申し出があったのだ。
その申し出をアルマンが断った。クリンが上級士官学校へ行くという理由で。
伯爵側は婚約だけでもと申し出をしてきたが、アルマンはこれも断っていた。
クリンの将来の選択肢を狭める事はしたくなかったと言うのが理由だ。
上級士官学校といえば、エリート達の集まる場所と有名だ。
実力のある結婚相手を見つける事も出来よう。
卒業してからも、上級指揮官として軍に身を置く事になり、同じように良い男にめぐり合う機会が多くなる。
ロンバル伯爵の子息との婚約をしてしまえば、その機会の尽くを失うのだ。
それは父アルマンとして娘を思うと受け容れられない事だった。
その後、嫌がらせが始まったと言う。
「その嫌がらせって、どんな?」
とクリンは複雑な顔をしている。
クリンにとっても、やはり結婚とは特別なことである。
「うむ、それがな。
ロンバル領の境界に近い村々が盗賊に襲われるのだよ。」
とアルマン。
「まさか・・・それはロンバル伯爵がやらせていると?」
とクリン。
「私の兵士の報告だと、盗賊では無いと言っていた。
ロンバルの兵士が、盗賊の真似事をしているのだろう。」
とアルマンが苦りきった顔だ。
隣のロンバル伯爵は名門とは言えないが、アルマン男爵よりも広い領土を持ち勢力も強い。
まともに反抗して戦争になれば、大きな被害を被るのはトモセーヤ側である。
「なんて汚い真似を!」
とクリンが拳を握る。
「主よ、落ち着きなさい。
シーリアにも言われたであろう?」
とランがクリンを注意する。
「ええ、そうだったわ。
ありがとう。」
とクリンは深呼吸した。
戦いにおいては常に冷静である事。
リアはそう言って、彼女はいつも冷静で合理的に見えた。
クリンは思い出す。
リアは戦う前に可能な限りの準備を怠るなといっていた。
その準備には装備などだけでなく、相手を知ることも重要だと言っていた。
相手に合わせて、戦い方を変える事。
魔術学校での授業で教官が言っていたことよりも、リアの言う事を思い出す。
同じ事を言っているのに、リアの言う事の方が判りやすかった。
「お父様、ロンバルの戦力は調査していますか?」
とクリンは立ち直り、冷静になっていた。
「ああ、一応はしてあるが。」
とアルマン。
アルマンの少ない情報網で調べた結果、ロンバルの兵力はトモセーヤの約3倍。
クリンの知りたかった魔術戦士の数と質については、判らなかった。
魔術戦士の数と質次第で、戦局は大きく変わる。
ランがいれば大抵の事は何とかなるが、場合によってはリアとフィに助けを求めるか、ロンバルへ嫁ぐしかない。
「情報が足りませんわね。
お父様、誰かをロンバルへ行かせて魔術戦士のことを調べさせてください。
噂程度の事でも構いませんから。」
とクリン。
「ああ、判った。」
とアルマンは素直に従う。
成長したのだなと、内心で感心していた。
「明日、私も村の警備に参加しに出発します。
情報は村の方に届けてください。」
とクリン。
「クリン、大丈夫なのか?」
とアルマン。
さすがに現場へ向かわせるのは心配だ。
「ええ、お父様、任せてください。」
とクリンが微笑んだ。
そこに居るのはアルマンの知る甘えん坊の小さな少女ではなく、凛々しい騎士だった。
翌日、クリンは最も最近被害を受けた村へと馬を走らせて向かった。
ランは自力で走らせている。
2日掛けてたどり着くと、村の家の半数は焼け焦げていた。
「酷いわね。」
とクリンは呟く。
村に駐留している兵士の話では、被害は徐々に大きくなっているとの事だった。
最初は1〜2軒の家を燃やされる程度だったのが、今は人的被害も出ている。
エスカレートして本当の盗賊に成り果てようとしているらしい。
それがロンバル伯爵の指示なのかは判らないが、クリンは同じ貴族として許せなかった。
村は兵士に任せて森へ向かった。
ロンバルの兵士達が潜伏しているとしたら、クリンの向かっている森しかない。
手馴れた探査魔法を使って警戒しながら相手を探す。
「居ないわね。
別の場所に移ったのかしら。」
とクリン。
彼方此方に踏み荒らされた後はあるが気配は無い。
「微かに男達の臭いが残っている。
移動したのはここ1日だろう。」
とラン。
ドラゴンは鼻が利くらしい。
「そう、どっちに行ったか判る?」
とクリンは期待の眼差しを向ける。
「いや、そこまでは判らない。」
とランが首を振る。
踏み荒らされた後だらけで、足跡を辿るのは困難だ。
クリンは仕方なく、感を頼りに近くの別の村の方へと進んだ。
今回、クリンはロンバルの兵士を闇討ちして殲滅することにしていた。
ロンバルの魔術戦士の情報が届いたら、その情報に応じて戦い方を変えるつもりだ。
どう変えるかは、その時の情報次第。
今のうちは自分の実力を信じて、盗賊に扮している兵士達や魔術戦士を殲滅する。
闇討ちはトモセーヤ領内で行うし、クリンの存在を知らせる事も無いから、こちらも盗賊のせいだと惚ける事が出来る。
無論、これはクリンが負けないと言う前提での話である。
クリンが負けて捕縛されたら元も子もないのだが、そこはランの存在が大きくものを言う。
ロンバルの兵士達は、まさかドラゴンが居るとは思っていないだろう。
ランが居れば、戦いに勝てなくても逃げる事は容易である。
夜もふけてきた頃、盗賊らしい集団を見つけた。クリンの感が当ったようだ。
同時に向うもクリン達を見つけたらしい。
数人がクリンとランのほうへ向かってくる。
「ラン、私が良いと言うまで、殺しちゃ駄目よ。」
とクリンが戦闘準備をする。
ランは無言で頷いた。
やって来た者達は聞いた通り、揃いの鎧を来た兵士達であった。
トモセーヤの兵士ではない。
なら、答えは出ている。
クリンはやって来た5人の兵士を殆ど瞬時に殺していた。
魔術の使えない一般兵の彼らは、いつ致命傷を負ったのか気付かないうちに死んで行った。
それを察知したのか、探査魔法で捕捉していた集団が向かってくるのが判る。
「ラン、この鎧の兵士は殺してもいいわよ。」
とクリンは地面に手を付けてゴーレムを作った。
敵兵の集団はクリン達を包囲するようにして襲ってきた。
クリンは大体の判断で15人前後と判断した。
しかし、集団内に明らかに魔術戦士がいる。
相手も探査魔法を使っていたのは明白であった。
クリンはゴーレムと連携して兵士達を次々に倒していく。
クリンの正確で速い剣の突きとゴーレムの堅い腕が、敵兵の頭部を貫き、顔面や喉を潰していく。
ランも淡々と兵士達を素手で倒していた。
その手刀はまるで金属で出来た槍のように、敵兵の首を裂き、鎧ごと胸を貫いた。
敵兵の剣はクリンとランの身体にも届いているが、傷を与えるには至っていない。
彼ら一般兵の剣では、身体強化されて魔力防壁に包まれた身体を傷付ける事は極めて困難だ。
クリンは1人の敵兵が逃げ出すのを察知した。
移動速度からして、魔術戦士に違いなかった。
「ラン!
ここはお願い!」
とクリンが叫び、その魔術戦士を追いかけた。
途中に居た兵士達をなぎ払って、包囲を抜けたところでゴーレムを捨てた。
ゴーレムを操作しているとそれだけで魔力が削られるし、クリンの全速力に付いて来れない。
全力で走ることしばし、敵の魔術戦士に追いついた。
クリンは追いついてそのまま攻撃に転じる。
敵の男は息を切らしていたが、クリンの初撃を何とか剣で受けた。
が、男は力負けして押し倒された。
勢い余って地面をゴロゴロと転がり、木にぶつかって起き上がろうとした。
クリンは男に反撃の機会を与えず、男の胸に剣を突きたてた。
男を生かして捕らえるなど考えていなかった。
クリンが今まで経験してきた戦闘経験が、それを拒んでいる。
ダンジョンで女子生徒をいたぶっていた魔族を殺した戦い。
ヴァージル領で大規模な盗賊団を殲滅した戦い。
どちらも、相手が油断している隙を突いて仕留めていた。
どんなに強くても、油断すれば簡単に殺される。
そんな強迫観念とも言えるものがクリンの中にあって、とても生かして捕らえるなどと言う発想は出来ないのだ。
心にいつもの余裕が無い。
そばにリアやフィが居れば話は違うのだが・・・
男の死を確認して、所持品を調べた。
唯一の魔術戦士なら隊長だろう。
ロンバル軍の命令書があり、内容は村の襲撃を指示していた。
これは明白な証拠である。
クリンはそれを大切に懐へ入れ、ランの所へと戻った。
既にラン以外に動いている者はいないのは探査魔法で判っていた。
その場は、既にうめき声すら聞こえない。
クリンとランと敵兵の死体だけだった。
「村に戻るわ。」
とクリンは少し青い顔でランに言って、軽く走り出す。
リアとフィが居ない今、大勢の人の死体がある現場に長居したくなかった。
それから10日ほどは村々を移動しながら、同じ事を繰り返した。
例のロンバル軍の命令書は、兵士数人に託して父の元へ届けさせてあった。
あの様な明白な証拠があれば、王都へ出向いて王の裁定を得る事が出来る。
村を襲撃していた部隊は3つ殲滅していた。
その中には魔術戦士は居なかったし、隊長らしき人物は命令書などを持っていなかった。
あの魔術戦士の隊長は怠慢から証拠隠滅の手間を惜しんだのだろう。
自分は殺されないとでも思ったのかもしれない。
クリン達には幸いしたが、ロンバル伯爵には痛恨事に違いない。
そろそろロンバル軍の方も、クリンのやっている事に気付いている頃だろう。
昼間、村で休んでいるとトモセーヤ領の兵士がやって来た。
「クリン様、トモセーヤ男爵閣下からのお手紙です。」
「ありがとう。ご苦労様。」
クリンは手紙を受取って読んだ。
内容は父としての普通の手紙と、ロンバルの魔術戦士の調査結果。
そして、ロンバル軍の命令書についてだった。
ロンバルの魔術戦士は判明しただけで4名。
内1人はクリンが既に始末していた。
以外に少ない人数だ。
判明していない魔術戦士も居るかもしれないが、クリン以上の魔術戦士は居ないだろう。
それだけの魔術戦士なら、名はともかく存在を知られている。
(これなら一気に攻められない限り、私とランで対処できるわ。
まあ、ロンバル側は密かにやろうとしているから、それは無いでしょうけど。)
ロンバルとの戦力差を考えて、一安心する。
まだ傭兵を雇うという事も考えられるが、クリンはそこまでは考えが至っていない。
ロンバル側も傭兵を雇えば、例え傭兵がロンバル伯爵に雇われたと証言しても、知らぬ存ぜぬで通す事が出来たのだ。
それだけの金が無かったのか、傭兵を使う頭が無かったのか?
それを追求する者はここには居ない。
ロンバル軍の命令書は王都へと運ばれ、この件の王の仲裁を待っていると言う事だった。
処分の内容は、
・この様な暴挙に出たロンバル伯爵は爵位を剥奪。
・トモセーヤ男爵領の損害を埋める為、ロンバル伯爵の領地の一部がトモセーヤ男爵家の領地として割り振られる。
・婚姻の話は当然無かった事になる。
と言う感じで、貴族間の調整が進んでいるらしい。
王の裁定と言っても、貴族間の根回しが必要と言う事だ。
それでも、もう少し頑張ればロンバル軍は撤退すると言う事だ。
それから5日、ロンバル軍は見かけなかった。
村は平穏で復旧が進んでいる。
ロンバルの方は王都での審議にそれどころではないのかもしれない。
そして、また父から手紙が来た。
内容は、王の裁定が下ったから戻って来るようにと言うものだ。
クリンは早速屋敷に戻った。
クリンが風呂に入って一休みした後、アルマンと話しをした。
「ご苦労だったね。クリン。
この前送った手紙の内容で、裁定が下ったよ。」
とアルマンが上機嫌で言う。
「そうですか。
ではもう大丈夫ですね。」
とクリンは安心して微笑んだ。
「ああ、クリンのお陰だよ。」
とアルマンも微笑んだ。
「それじゃ、お父様。
私は明日、上級士官学校へ向かいます。」
とクリン。
忘れていたが、そろそろ出発の時期だった。
「そうか、気を付けるんだぞ。
無理はするな?」
とアルマンは心配そうだ。
クリンもエリートとして選ばれたとは言え、やはり親としては心配なのだ。
「もう、お父様。
子供じゃないんですから。」
とクリンは笑った。