第09話 2回目のダンジョン2
地下12階へ降りると、メタトロンの群れに襲われた。
「うわ!」
と健介。
「クリン宜しく。」
とフィ。
「ええ?!
何で私?」
とクリン。
メタトロンとは体長1メートル前後の狼に似た魔物だ。
見た目に反して走れないらしく、足は遅い。
一般人が走る速度と同じくらいで、敏捷性は更に低い。
それでも厄介なモンスターで、強さ的には10段階で3程度だが、ある能力のお陰で6にまで上がっている。
それは強力な再生能力だ。
切っても、殴っても直に傷が治って襲い掛かってくるのだ。
「クリンの剣は炎が出せるでしょ。」
と健介。
メタトロンは炎で焼くのが一番倒し易い。
「あ、そうか!」
とクリンが思い出したようだ。
クリンが1体1体焼き殺している間に、フィと健介は他のメタトロンを引き裂き、蹴り飛ばし、殴りつけて押し留めていた。
クリンが焼き殺しているメタトロン以外は、直にまた襲い掛かってくる。
クリンが最後の1体を焼き殺した時には、20分ほど経過していた。
メタトロンは全部で18体。
厄介な相手であった。
「ハルカントより疲れたわ。」
と健介。
「本当よ、もう。」
とクリンが少し息切れしていた。
「少し進んでから休憩しましょう。」
とフィ。
この程度の相手に無駄に魔力を使うことは出来ないが、体力的には少しきつかった。
初めての相手だけに、魔力の使用分配がいまいちだった様だ。
3人はメタトロンの死体を跨いで通路を進んだ。
地下12階はだだっ広い空間に地下水が湧き出たような小さな泉と、苔むした床が広がっていた。
どこか公園のような雰囲気である。
他に通路はなく、端の方に地下13階への階段があった。
「休むには良さそうな所ね。」
とクリン。
「そうね。
ここで野営しましょう。」
と健介。
広々とした空間で隠れる所も無いが、それは敵も同じ。
3人にとってはその方が気が楽だった。
泉で水の補給をして、野営の準備をする。
木が無いので焚き火は出来ないが、魔法の火で軽く肉を炙って食べる。
「ここまでは順調ね。」
とフィ。
「うん、ハルカントも上手く倒せたし、それだけでも十分な功績じゃないかしら。」
とクリン。
「あれ?
もう怖気ついちゃったの、クリン?」
と健介がニヤニヤして言う。
「ち、違うわよ!」
クリンが可愛い顔で睨んでくる。
「ほらほら、こんな所でクリン苛めちゃだめよ。」
とフィ。
「いやあクリンって、つい苛めたくなっちゃうのよ。」
と健介が笑う。
「その気持ち、凄く判るけど。
ここでは駄目よ?」
とフィもにっこり笑う。
「もう!
2人とも私を何だと思ってるの?」
とクリンが頬を膨らませた。
「もちろん、大切な仲間よね?」
とフィ。
「うん。
大切な仲間であると同時に、マスコット的存在かな?」
と健介。
「うんうん、それそれ。」
とフィも頷く。
「も〜、2人して私をおもちゃにして・・・」
クリンは毛布に包まって横になった。
不貞腐れてしまったようだ。
「まあまあ、これが私達の愛情表現なのよ。
私達、クリンの事好きよ。
ねえ?」
と健介がクリンを慰める。
「そうよ、クリンは私たちに愛されてるのよ。」
とフィ。
クリンが顔を赤くする。
「な、何よ急にそんな事言って・・・」
クリンが口ごもる。
「ふざけて言ってるんじゃないのよ。
ダンジョンに一緒に入る人は、私達だって選ぶわ。
クリンはそれに合格したのよ。
仲間としてね。」
と健介。
「そう、そしてマスコットとしてね。」
とフィがクスクス笑う。
フィはクリンがマスコットと言うのが気に入ったらしい。
クリンは複雑そうな顔をしているが。
周囲に簡単な結界を張って寝たが、何事もなく朝(?)を迎えた。
「ダンジョン内だと、朝って気がしないのよね。」
とフィが身体を解しながら言う。
ダンジョン内は当然、日の光は差し込んでこない。
だが、明かりを消しても真の闇にはならない。
何で出来ているのか判らないが、ダンジョンを構成している石が僅かに発光している。
本当に僅かな光だが4方から光が来るので、40センチ以内なら何とか人の顔を判断できる程度には明るい。
ダンジョン内の魔物なら、この程度の光でも十分なのだ。
3人が使っているトーチ代わりの光を発する魔法具は、僅かにだが魔力を消費する。
この3人なら1日中光を出していても、魔力を1割も使用しないが、その僅かな差で命を左右する場合もある。
しかし、トーチやランタンは光が安定しないし、光の届く範囲も狭い。
戦闘中に消える可能性も高い。
そう言う意味で、リスクで言えばトーチやランタンの方が大きいから、魔法具を使っているのだ。
「今日も一日頑張りましょう!」
とクリンが昨夜の事も忘れたのか、或は、覚えているからか、元気に言った。
それから10日間の間に、地下24階まで下りていた。
ダンジョンの1フロアが広い為、ほぼ1日1階くらいしか降りられていない。
遭遇する魔物は11階のハルカント以降、あまり強いものは居なかった。
とにかく順調に降りてきていた。
食料はまだまだ十分にあった。
途中、食料に出来る部類の魔物が居る階があり、そこで肉を手に入れていた。
食べられる苔や草もあり、1年とかの長期間でなければこのままダンジョンに居座ることも可能だった。
だが、荷物は増える一方だった。
魔物を倒せば、殲滅証明部位を剥ぎ取って荷物に詰めているが、これが結構重い上にかさ張る。
それに探査魔法で見つけた魔物の隠し財宝なども、結構な重さになっていた。
フロアの探索にこの重い荷物を担いで行うのは、かなりの重労働だった。
「参ったわね。
これ以上重くなったら、帰るのも大変よ。」
と健介。
「本当に困ったわね。
一度戻る?」
とフィ。
「戻るには、最短距離で行って3日くらいかな?
往復7日として、残り10日くらいだね。」
とクリン。
「それだと戻ってきても進む時間は5日程度しか取れないわね。
ちょっと悩む所だわ。」
と健介。
「もう少し先に行って、戻る時に食料とか要らない物を捨てたら?」
とフィ。
「それがいいかな。
出来るだけ先に行って、限界になったら要らない物を捨てて戻る。
これでいい?」
と健介。
フィとクリンは無言で頷いた。
地下25階に下りた3人は、早々に引き返すことになった。
通路を慎重に進んでいくと、先に探査魔法で捉えていた生き物の声が聞こえてきた。
それは女性の悲鳴と、微妙に人では無さそうな男の声だった。
慎重に、かつ、足早に通路を進む。
「ははは!
人間の女は久しぶりだ!
ここで味見していこうぜ。」
人では無い声が言う。
他に同じような声質の数人の声が聞こえた。
「誰か助けて!
ミルト!」
こちらは人間の女性の声だ。
「あははは!
叫んでも助けなど来ないぞ!」
その時点で、その現場を見ることが出来た。
地面に転がる男子生徒2名。
同じく1名の女子生徒に1人の人では無い人型のモノが、女子生徒の胸を押さえ込むように踏んでいた。
その周囲に他に3人の人型のモノ。
それは魔族だった。
魔族を見て健介達は一瞬緊張したが、相手が気付いていないのなら勝機は十分にある。
油断している相手を殺すのはたやすい。
健介は新たに作成しておいた「静寂」の札を取り出して、フィとクリンに見せる。
2人は「静寂」の札の効果は知っていたが、音を無くしてどうするのか一瞬わからなかった。
不思議そうに見詰めてくる2人に説明している暇はなかったので、健介はその札を音がしないように軽く投げて発動させた。
次の瞬間、健介は手で合図をして突撃した。
魔族は泣き叫ぶ少女の服を脱がす事に気を取られているし、健介達の掛ける足音が聞こえない為、気付いていない。
先頭の健介がまず、速度を落とさずに周囲の魔族の間を通って少女の上に乗って押さえつけている魔族の首を切り落とした。
全速で走った速度の乗った身体、魔力で身体強化した状態で、さらに魔力で強化された剣なら少女でも首を切り落とすくらいは容易なことだ。
魔族はいきなり現れた少女剣士と殺された仲間の首に意識を奪われて、後ろから迫るフィとクリンに気付かない。
駆ける音がしないのだから気付きようも無いのだが、健介も魔族を牽制して後ろの2人に気付かれないようにする。
そして、魔族が身構えた所で2人が魔族の後ろから剣で貫いた。
貫通した剣が胸から出てくる。
魔族が仲間が貫かれるのを見て、魔族の視線が健介から外れた瞬間、その魔族の胸に双剣の片方が突き刺さっていた。
魔族は身体能力も魔力も基本的に人間を上回る強敵だが、油断している者を殺すのは簡単だった。
そう言うところは人間と変わらない。
「大丈夫?」
健介が女子生徒を、首のを失った魔族の死体の下から助け起こす。
その間に、フィとクリンは男子生徒の方を見に行った。
「あ、ありがとう。
私は大丈夫。」
と女子生徒は男子生徒の方を気にしていた。
「フィ、クリン、そっちはどう?」
と健介が男子生徒の様子を訊く。
「この人は駄目です。」
とクリンが首を振る。
「こっちはまだ息がある。
治癒魔法を使うから、他宜しく。」
とフィが淡々という。
「判ったわ。
クリン、荷物をここに持ってきて。
結界を張るわ。」
と健介はその場所を中心に、周囲に札を置いて回る。
クリンが荷物を持って来た後、結界の防壁を発動させる。
これで小1時間はこの場所は安全である。
そうしている間に、助けた女子生徒が死んだ男子生徒の脇に座っていた。
「4年生ですか?」
と健介は女性に訊く。
見覚えは無いし、下級生には見えない。
「え、ええ。」
女子生徒は放心したように、死んだ男子生徒を見つめている。
女子生徒も怪我をしている。
健介は黙って治癒魔法を彼女に使った。
30分ほどでフィが治療していた男子生徒は意識を取り戻したが、まだ戦える状態ではない。
「もう少し休憩してから、戻りましょう。
クリン、魔族の荷物を漁って目ぼしい物は荷物に入れて。」
と健介。
フィも治療魔法で大分魔力を消費していた。
瀕死状態から生還させたのだから、彼女も疲れているだろう。
ダンジョン内では同じ生徒が出会う事がよくある。
全滅している場合には遺体を放置して探索を続行する。
だが、生きている場合には一緒にダンジョンを脱出する事が推奨されている。
健介達も発見した2人の上級生を連れてダンジョンを脱出する事にした。
出発前まで、殆ど誰も話さなかった。
「この人は置いていくしかないか。」
と健介。
死んだ人間1人を担いでいくのは、普通に大変だしダンジョン内では危険だ。
それに、他の荷物も沢山ある。
「ねえ、私が操ろうか?」
とクリンが躊躇いながら言う。
フィと健介は顔を見合わせる。
名案では有るが、乗り気はしない。
そもそも、ゴーレム魔法で人の遺体を操るのは道徳的に禁止されていたはずだ。
だが、死んだ男子生徒の遺体をダンジョン外へ運び出すには、その方法しかない。
普通ならその場に置き去りにするし、ハルカントに殺された生徒も残してきた。
「判ったわ。
私が命令します。
クリン、この人をゴーレムとして操りなさい。」
と健介。
ここでリーダーとして、嫌な役は引き受けなければならなかった。
と言っても、健介がリーダーと言うのは明確に決まっている訳ではないが。
健介は皆の視線を感じた。
何か問題になるとしても、健介にその責任追及が向けられるだろう。
クリンは頷いて、死んだ男子生徒に魔法をかけた。
男子生徒の遺体が痙攣した後、むくりと起き上がる。
健介はゾンビ映画を思い出した。
気持ちの良いものではない、目を閉じているのが救いだ。
先輩の女子生徒は顔を背けて見ようとはしなかった。
5人と死人ゴーレムはダンジョンを戻っていった。