第8話 騎士というより軍人……ッ!
※タイトルの話数を間違えていたので修正
馬小屋に行くと丁度騎士団が演習の準備に取り掛かっていた所だった。
見学させてもらえるということで、使用人が用意してくれた椅子に座らされ、セレナが甲斐甲斐しく日傘の影で涼みながらチラリと彼らの方を見る。
城の一画、街で見かけたような小屋であれば五つほどの広さがあるスペースの中央に彼らは前後左右を等間隔で並んでいる。
「あちらにいらっしゃるお方がッ!我らが主、カイン・ジェラルド・リーコック様の奥様であるルチア・フォン・クロウハイツ様だッ!その無能な頭にしっかりと御尊顔を刻み付けておけええええッ!」
低音でありながら耳を劈くような怒声をあらん限りの声量で放つ男。
彼の名前は鋼鉄騎士団の団長、オクタヴィアン・マチュー・ジャン・ルロン。
隣の領地を治めるルロン伯爵家の三男であり、家を独立した際にここへ入団。めでたく騎士団長に出世したらしい。
グラデーションのかかったスカイブルー色の髪と涼しげなエメラルドブルーの瞳とは裏腹に、かなり情熱的な性格の持ち主である。
まだ正式な婚約を交わした訳でも結婚式を執り行った訳でもないというのに、彼の中では私は「カインの妻」としてインプットされてしまったらしい。
何度か訂正を試みたが、『言わずとも分かります』とでも言いたげな顔でうんうんと頷くばかりだった。
セレナやジェイクらと一切違うことなく彼もまた、カインに心奪われている。ここまできたら宗教だと思う。
「テメェら返事はどうしたア゛ア゛ア゛ン゛⁉︎」
「「「アイ・アイ・卿ッ‼︎」」」
オクタヴィアンが苛立ったように地面をダンッと踏むと直立不動だった部下がビシッと敬礼をする。
もうちょっとこう、騎士って甲冑とか鎧とか身につけていたような気がする。長剣や盾を装備しているはずではなかったのか。
目の前に整列する騎士団は首まで詰めた紺の長袖に黒のスラックス、黒の革ブーツを身につけている。頭に被る帽子には鉄製のバッヂが煌めいていた。
騎士というより軍人という言葉の方が適切な気もするけど、まあいっか!
「とても、その……訓練された騎士団ですね」
「お褒めいただき恐縮です、奥様ッ!」
苦し紛れの褒め言葉を呟いたのだが、地獄耳の彼には聞こえたらしい。もう奥様の件に関しても放置しておこう。
晴れやかな顔で敬礼を返すオクタヴィアン。明日への希望と使命に満ちた顔が眩しいです。
「それではこれより総合演習を始めるッ!」
「出発地点から到着地点までに設置された障害物を制限時間内に突破する訓練です。持久力、体力、瞬発力や判断力を測るそうです」
セレナが程よいタイミングで解説を入れてくれた。指差した所に視線を向けると教官らしき人物が障害物の最終点検を終えたらしい。
セレナと話しているうちに準備が整ったようで、数人の騎士がスタート地点でジャンプしたりストレッチをしたりと思い思いに体を解している。どうやらグループに分けて行うらしい。
「位置について、よーい……はじめッ!」
オクタヴィアンの掛け声とともに一斉にスタートを切る。肘で互いを押し除け、妨害を回避しながら集団はコーナーを走り抜け、最初の障害物に滑り込む。
「最初の障害物は網潜りのようね。それにしてもあの二番目を走る青年、どこかで見たような……」
ウェーブのかかったライトブラウンを後ろに無造作に束ねている青年を眺めているうちに思い出した。
一昨日、馬車を操縦していた御者のヘクターだ。草臥れた御者服からカッチリした服に変わっていたから気づかなかった。
「早いわね」
他の騎士と差をつけて網目くぐりを突破したのは黒髪の騎士とヘクターだった。
先頭を走り抜けるのは黒髪の短髪の青年。進行上に無造作に設置された木の箱を無駄なく突破した。背が高いことを活かし、立ち止まることなく木の箱を登り超える様は圧巻だ。
二番手のヘクターは木の箱を飛び越えて最短距離を維持しているものの、先頭との差を縮めきれずにいるようだ。
その他のメンバーは大きく遅れているものの、これからの障害物を考えれば巻き返すチャンスは充分にあるだろう。
次の障害物に向けて目を凝らした私は衝撃に包まれた。認識したものが信じられず、二度見してさらに驚愕する。
「次の障害物は……⁉︎なにあれ!馬に案山子に弓と矢筒……ッ⁉︎」
なにせ、流鏑馬と人目で分かるセットが人数分設置されているからだ。
前世の知識で知ってはいたが、まさかこの目で流鏑馬を見る日が来ようとは思わなかった。
疾走する馬上から的に向かって矢を的中させるという競技である。馬に騎乗するだけでも技術が必要だというのに、さらに弓矢の技術も要求される流鏑馬。
両方の技術に長けていたとしても成功させる人は少ないという。
狙うべき的は二つ、曲がらなければならないコーナーが三つあるというシンプルなコースである。飛び越え防止の為か、馬よりも高い木の柵が設置されている。
「えっ?難易度高くない⁉︎」
「騎士たるもの、これぐらいのことは出来て当然です」
何故か騎士へのハードルが異様に高いセレナ。彼女のことはこの際置いておこう。
黒髪の青年は慣れた手つきで跨り、馬を駆る。弓に矢を番え、弦を引き絞る。スパン、という小気味のいい音と共に一つ目の的の中央に矢が突き刺さる。
黒髪の青年が的に矢を的中させた頃、ようやくヘクターも馬に辿り着いた。弓矢を引っ掴み、走るように指示した馬の鐙に片足をかけてヒラリと飛び乗る。
「すごい、走り出した馬に追いついただけじゃなくて飛び乗ったわ」
黒髪の青年よりもスムーズに騎乗したヘクターは黒髪の青年よりも遠い位置から矢を放つと的に突き刺さる。僅かに中央から離れているが、それでも彼は気にせず馬を駆る。
その間にも再び弦を引き絞る黒髪の青年。馬を器用に操りながらコーナーを曲がる。二度目の的は中央を外したが、辛うじて当てることに成功したらしい。
その様子を見たヘクターが弓に矢を番える。
その瞬間、私から離れた位置に設置された木箱に登って観戦していた他の騎士からどよめきがあがる。
「出るぜ、ヘクターのトンデモ射撃!」
しかし、ヘクターからの位置では木の柵が障害となって的は視認できないはずだ。首を傾げながらも注意深くヘクターを眺める。
ヘクターはなんと、弓を空に向けていた!
「まさか、空から狙い撃つつもり……?」
ゴクリ、と番狂わせな展開に期待が高まる。
ここでヘクターが的を入れば、後は馬の操縦に集中できる。黒髪の青年は二番目のコーナリングに手間取っているようだった。
ヘクターが弦から指を離した瞬間、ビュンという風を切る音と共に矢が空に向かって放たれる。彼は矢を放った瞬間、馬の腹を蹴った。
馬が通れるように幅は確保されているものの、全力で駆け抜けられるような曲がり角ではない。加速した状態で柵に当たれば大怪我は必定!
正に自殺行為である!
そうッ!『普通』ならばッ!
右の曲がり角に差し掛かった時、ヘクターは何と鎧から左足を外したッ!
さらに馬の上で自由になった左足で胡座をかくような姿勢になった!
寸前でヘクターの左足が在った箇所を木の柵が通過する。馬の尻をスレスレに、遠心力で広がった尻尾は木の柵の出っ張った部分をパシリと叩く。
なんという馬の操縦技術ッ!
圧倒的な空間把握能力に裏打ちされた馬との揺るぎない信頼関係ッ!
速度を落とさず、ヘクターはもたついていた黒髪の青年をすり抜けるッ!
そしてまたもその瞬間ッ!
スパァァンッ‼︎
黒髪の青年の横にあった的に矢が突き刺さったッ!
柵に区切られているとはいえ、前触れなく轟いた音に馬が動揺する。
馬は本来、臆病な生き物である。故に外敵を威嚇せんと後ろ足で立ち上がり、高らかに嘶いた!
「うわあっ!」
バランスを崩した黒髪の青年は盛大に落馬する。ゴロゴロと転げ回りながらも柵の下を通り抜けることで馬に踏み潰されるという凄惨な未来を回避した。
最後の角も問題なく曲がり切ったヘクターは一位を維持したままゴールに辿り着く。手綱を引き、馬を停止させると降りて労いの意味を込めて体を撫でた。
その他の騎士の順位は特に変わるわけでもなく、数人が流鏑馬で的を外した以外は特筆するほどのことはなく終了した。