第7話 シェフによる熱烈なトーク……ッ!
セレナが私を案内したのは、城の中庭にある温室だった。様々な種類のハーブや薬草がブロック毎に区切られている。
「こちらはカイン様が各地で取り寄せたハーブや薬草を栽培しています」
セレナの解説に相槌を打ちながら温室の道を進む。少しでも気を抜くとスカートの裾が植物を痛めてしまいそうなので慎重に、それでいてはしたなくないようにたくしあげる。
通路を進んだ先に人影が見えた。しゃがみながら葉っぱを一枚一枚丁寧に観察しているのはシェフのジェイクだった。
隣に置いた籠にぽいぽいと摘み取った新芽や若葉を放り込んでいく。こちらに気づくと人懐こそうな笑みを浮かべ、立ち上がって挨拶した。
「これはこれはルチア様、今日はいい天気ですね。本日はどのような御用件でここへ?」
「楽にして構いません。ただの見学ですわ」
「左様ですか。特に楽しいものはありませんが、僕にわかる範囲であればお気軽にお声掛けください」
天井をガラスで覆った温室には燦々と日光が降り注ぎ、手入れの行き届いた植物たちが青々と葉を茂らせていた。
その中の一つ、昨日のステーキにアクセントとしてのせられていたハーブを見つけた。
「このハーブ、昨日の料理に使われていましたね。他にどんな料理に使うんですか?」
「タイムですね。紫色の小さな花が沢山咲くんです。酸味が料理の味を引き立てます。肉料理、とりわけ鶏肉との相性は格別です」
「それは楽しみね」
王宮での料理は牛肉や豚肉が主体なのだが、何分野菜が少ない。ハーブがふんだんに使われたソースは味付けがかなり濃い。率直な意見を述べるのなら、飽きやすい。
似たような味付け、基本的には肉、ごく稀に魚。前世の記憶を取り戻す前は特に何も感じなかったが、今ではあんな不健康まっしぐらな食事は勘弁願いたい。
「ルチア様は苦手な野菜や料理とかありますか?」
「そうですね、極端に辛いものでしょうか」
「辛いものですね。気をつけます」
わすれないようにするためか、『辛いもの辛いもの』と数回呟く。彼はポケットから手帳を取り出すと鉛筆でメモを取る。
貴族や学者はともかく、生産職に従事する人間の識字率は高くない。統計を取った訳ではないが、日常的に使わない語句は他人の手助けが必要だ。
仮に読解はこなせたとしても文字を書けるとなると数は限られてくる。文字が綺麗というだけで聖職者への道が開けるほどだ。
ジェイクが淀みなく文字を書き連ねる様を見て、昨日の話を思い出す。たしか、昔は王宮に勤めていたという経歴を持っていたな。
「文字は王宮で習ったんですか?」
ジェイクはキョトンとした顔をした後、すぐに手帳に書いた文字に気づいて納得した。
「いえ、王宮では口頭でしかレシピを共有しませんので……。文字はカイン様が『読み書きできて困ることはない』と教えてくださったので、週一度の講座に出席しているんです」
「まあ、日々の仕事もあるというのに大変ですね。私よりもスラスラ書けていて羨ましいです」
気恥ずかしくなったのか赤くなった頰をポリポリと掻いているものの、表情は満更でもないジェイク。
なんとなく予想はついているが、カインのことについても彼から聞き出しておこう。
「ああ、そういえば聞きたいことがあったんです」
「僕にお答えできることであれば……。な、なんでしょう?」
「身構えなくて結構ですよ。貴方から見たカイン様について伺いたいんです」
どんな事を尋ねられるのかと緊張していたジェイクがほっと胸を撫で下ろした。
私が観察していることにも気づいていない辺り、つくづく嘘がつけない男だと評価を下す。
「カイン様はそれはもう素晴らしいお方です!王宮を追い出された時、僕の話を親身になって聞いてくださっただけでなく、『君の料理を必要としている人がいる』と雇っていただいたんです!」
「あらそうなの……」
「それに比べて王宮のシェフども!どいつもこいつも頭の固いポンコツ野郎ばかり!毎日口に入れるものにどうしてああも無関心でいられるのか!」
王宮シェフへの不満が爆発するとは想定外だったな。余程鬱憤が溜まっていたのか、罵倒は止まる気配がない。
「日々の積み重ねによって今日の体は形成されているというのに奴等とくれば、生肉を触った手を碌に洗わず食器をベタベタ触りやが」
「ジェイク!……ルチア様の前です」
ヒートアップしていくジェイクを諫めたのはセレナだった。たった一度の一喝だけでジェイクの口は止まり、背筋がピシッと伸びる。
諫めてくれたセレナに感謝の意を示しつつ、直角に頭を下げながら謝罪するジェイクに苦笑いを浮かべる。
それよりも先ほどの話で気になったことがあったので聞いてみた。
「私は気にしていません。それより、どうして生肉を触った手で食器を触ると良くないのですか?」
この時代の科学技術では細菌やウィルスなどの肉眼では捕らえられない微細な生き物がいることさえ証明できていない。
酷い話であればコーンをまぶした汚れたシャツを置けば鼠が湧くと信じられていたほどだ。
「血や油で汚れるからです。加熱していない肉汁が万一口に入れば体を壊してしまいます!」
「あら、まるで経験してきたかのような口振りですね」
「お恥ずかしながら一度、やらかしたことがありまして。あれはもう二度と体験したくないです」
お腹をさすりながら目を伏せるジェイク。どうやら彼は『食中毒』という概念はないものの、加熱していない生肉や肉汁は体に良くないと理解しているらしい。
「王宮のシェフに話したんですが、『たまたま体の調子が悪かったか神の試練だろう』と笑われた挙句、その後味付けの責任を押し付けられて辞めさせられました……」
「それは災難でしたね」
ガックリと肩を落とすジェイクに気休めの言葉をかける。
「なんの話でしたっけ。ああ、そうカイン様です。料理人を諦めきれなかった僕にここを紹介してくださったんです。帝国からのレシピだけでなく平民のレシピも取り入れられるここはまさに理想郷です!」
「だから楽しそうに働かれるんですね」
「はい、自分の仕事が他の人の生きる糧になっている。これに勝る喜びはありません!」
キラキラとした瞳でそう告げるジェイク。な、なるほどセレナと同じく彼もカインの崇拝者らしい。
ここで迂闊に異名の話など持ち出そうものなら激昂するのは必然。轍は踏まない、それが私だ。
「あら、私ったらつい夢中になって……!仕事中だというのに邪魔してごめんなさいね。夕食も楽しみにしています」
「いえいえ、僕もお話できて楽しかったです。夕食も楽しみにしていてください!」
腕を捲り、不敵に微笑むジェイク。まさしく料理をすることが彼の生き甲斐なのだろう。
彼に見送られながら温室を後にする。風のない温室と比べると外は爽やかな風が吹いていた。知らずのうちに汗をかいていたようで、乾いていく感触が心地よい。
上司も変わっているなら、部下も変わっているんだなあ……。
そんな感想を抱きながらも私はセレナの案内に従って次の場所へ移動する。
なんでもカインの愛馬だけでなく、騎士の所有する馬を世話する馬小屋らしい。セレナの話によれば騎士による合同演習が開かれるというので楽しみだ。
令和に生きる人間だって、まだバレてないよな……!