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悪役令嬢と人食い辺境伯  作者: 清水薬子
『人食い』辺境伯
6/12

第5話 かなり気さくな辺境伯と夕食––ッ!

 案内されたのは厨房も併設したダイニングルームだった。差が設けられたダイニングルームからシェフが慌ただしく用意している光景が見える。


「ダイニングルームから厨房が見えるとは珍しいですね」

「料理を運ぶ手間を考えたら隣接させた方が良いという結論に至りまして。シェフの料理を眺めて待つというのも楽しいものですよ」

「そうなんですね」


 ダイニングルームと厨房は緩やかなスロープになっている。ワゴンを押すことも考慮した設計だ。使用人のスカートも脛までの長さに統一されていたのも裾を巻き込まないためだろうか。


 使用人の仕事の手間まで考えるとは変わり者である。上に立つ者ならば優秀だが、住まいまで効率化を実施するとは生粋の効率化好きかもしれない。


「この大理石のラウンドテーブルは一点ものなんです。辺境伯を拝命する前に留学に行っていた隣国のクゼンタ帝国で一目惚れしまして」

「随分と珍しいですね……」


 カインがラウンドテーブルの表面を撫でる。


 以前私がユリウスの婚約者(黒歴史)として過ごした王宮では長方形の長テーブルを使用していた。生家でもそうだったので一般的だった。


 使用人に促されるままにカインの隣に着席すると厨房がよく見える。暫くすると使用人が銀のトレイに料理を載せて運んできた。


「他にご家族はいらっしゃらないんですか?」

「ん?ああ、父と母はクゼンタ帝国で交易をしている。来週ごろには帰ってくる予定だ」


 兄弟姉妹の話題を出さないというのとは一人っ子か。


『親の関心が集中するから嫁姑が拗れやすい』という話を社交界で聞いたこともある。幸いにも帰ってくるまで時間はあるので、それまでに仲間や後ろ盾が欲しいところだ。


 使用人が料理の皿を全てテーブルに置くと、被せてあった銀の蓋を外す。ふわりと湯気があがり、香辛料の香りが鼻腔をくすぐる。


 料理はグレイビーソースのかかったステーキをメインディッシュとして、マシュマロの乗った甘芋(ヤム)やパルメザンチーズが振りかけられたシーザーサラダ、ミネストローネなど彩豊かなものだった。


 壁を背にしていた使用人の一人、垂れ目の男性がラウンドテーブルに近づく。


 彼は料理を切り分け、全ての料理を小分けにして手に持っていた小皿に移す。ジッと見つめてから口に運び、咀嚼すると口をハンカチで拭った。


「毒は入っておりません」

「分かった、下がっていいぞ」

「失礼します」


 彼は一礼すると使用人の定位置である壁際に戻った。


「最近私の命を狙う輩がいるので、やむなく毒味させています。時期に解決するとはいえ、気分の良いものではありませんね」

「大変ですね」


 いきなり不穏な空気になった。もしやこの部屋の構造は厨房を監視するためなのだろうか。王宮でも毒味なんてやらなかったのに用心深いな……。


 うっかり厨房に近づこうものなら毒を盛ったと疑われかねない。厨房も近づいてはいけないリストに放り込んでおこう。


 カインは顔の前で両手を握ると、目を閉じて祈りを捧げ始めた。私もカインに倣い、両手を握る。


「主神フォルセポネよ、あなたの慈しみに感謝して、この食事を頂きます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください」


 祈りの定型文を唱え終えたカインが目を開く。チラリと私を見ると目を丸くした。


「なにも貴女まで祈る必要はないというのに、律儀な人ですね。お待たせしました、頂きましょう」

「頂きます」


 食事の作法(マナー)を守りながら料理を口に運ぶ。



 まずはシーザーサラダ。2種類のレタスや薄く切った玉葱がアクセントになっている。鶏卵も添えられたそれに舌鼓を打つ。


「……っ!」


 危ない危ない。食欲に負けてサラダを完食するところだった。


 貴族の食事は少しずつ食べるのが好ましい、ということを忘れるところだった。



 次にミネストローネをスプーンで掬う。


 トマトをベースに作られるそれでは、小さく賽子(サイコロ)状に切られた人参やブローコリーの色が殊更に際立った。ベーコンの脂味も相まって私好みの味だった。思わず顔が綻ぶ。


「美味しい」

「それは良かった。ジェイクも喜ぶだろう、王宮を追い出されて落ち込んでいたからな……」


 カインが厨房に視線を向けるとクスリと笑った。気になったので私も視線を向ける。


 コック帽を持った男性、ジェイクが感極まった顔で立っていた。視線が合うと瞬発的に直角に腰を曲げる。


「聞こえていたようだな。……ああ、本当に良かった」


 カインは感慨深く呟くと気を取り直して料理を食べ始める。


 シェフについて聞きたいことはあるものの、空腹に負けて私も料理を平らげることにした。


 メインディッシュのステーキをなるべく音を立てないように切り分ける。断面は綺麗なミディアムレアだった。ソースをつけて口に運ぶ。


 固すぎず、程よい食感の肉を咀嚼するとまったりとしたグレイビーソースの味が舌の上に広がる。


 実はステーキがあまり好きじゃなかったが、このシェフが焼いたステーキはとても美味しかった。


 ちょくちょくパンを千切って口に放り込む。胡桃(クルミ)の入ったそれはとても食べ応えがあった。


 甘芋(ヤム)はホクホクとした歯触りだった。甘芋(ヤム)の甘みが少し焦げたマシュマロの甘みを引き立てている。


 私がステーキを半分ほど食べ終えた頃、カインはとっくに食べ終わっていた。


 既に使用人が食器を下げ、手持ち無沙汰となった彼はワイングラスを傾けながら私を眺めていた。


 何も言わない彼の視線に耐えつつ最後のステーキを嚥下し、水の入ったグラスに口をつける。


 御馳走様と呟き、ナプキンで口を拭うと使用人が食器を下げた。


 空腹なのも手伝って完食にはそれほど時間は掛からなかった。はしたないと思われていないといいけど。


 最後まで私を眺めていたカインはワインを飲み干し、おかわりを注ごうとする使用人に首を横に振る。


 テーブルの上に肘をついて足を組む。爛々と瞳を輝かせ、口を開いた。


「貴女は本当に変わっていますね。玉葱や人参を食することに躊躇いがない。おまけに胡桃(クルミ)入りのパンにケチをつけることなく完食した」

「あっ!やべっ!」


 口を押さえるが、これは悪手だと気付いた。澄ました顔で開き直るべきだった……ッ!


 貴族の食卓は肉類が一般的である。野菜、特に地中に埋まっているような根菜は貧しいものの為にあるという考えは広く信じられている。


 甘芋(ヤム)や人参、玉葱など箱入り娘な貴族の令嬢であれば見かける事自体ないかましれなあ。


 アクセントとして葉や茎が使用されるぐらいだ。


 さらに胡桃(クルミ)入りのパンは貴族の食卓に相応しくない。小麦粉をふんだんに使えない平民が嵩増に入れるものだ。


 前世では一般的な食材だったし、貴賤なんて気にするような文化じゃなかった。疲労も手伝って思考が鈍っていたらしい。


 ここに来て前世の記憶に足を引っ張られるとは……ッ!


「面白半分で引き取ってみたが、これは面白い拾い物をしたな。君の事が知りたくなった」


 よく分からないけど、どうやら好印象だったようだ。嫌われなかっただけマシだと思うことにしよう。


 曖昧に笑って誤魔化しておこう。困った時はこの手に限る。


「それはそうとカイン様、砕けた口調も素敵ですね?」

「ん?何のことやら……」


 仕返しとばかりに微笑んで威圧すればカインはたまらず視線を逸らした。彼はふう、とため息をつく。


「バレてしまってはしょうがない。実は俺は堅苦しいのが苦手なんだ!アッハハハ!」


 カインが笑うとそれまで瀟洒に控えていた使用人が一斉に頭を抱えて呻いた。


 口々に『上手く行ってたのに……!』やら『なんで自分からバラしちゃうかなあ!』という嘆きも聞こえる。


 使用人の悲鳴が聞こえているというのに、カインは戯けたように肩を竦める。


「というわけで君も肩肘を貼る必要はない。これから夫婦になるわけだからな。まあ、無理にとは言わん。君のタイミングで大丈夫だ」

「お気遣いありがとうございます……」


 もう取り繕わなくてもいいと分かるとフランクになったなあ。ウインクまで飛ばしてくる勢いだ。


 よっしゃ!なんか上手く話を逸らせた!



 カチッ


 ポーン……ポーン……


 心の中でガッツポーズをしていると、一定の間隔で鐘がダイニングルームに響いた。


 音に釣られてそちらを見れば、前世ではアンティークショップでよく見かける振り子時計が置いてあった。その時計盤の針は9時を指し示している。


 上質なダークブラウンの木材が使われた振り子時計を観察する。王宮でも見かけなかった代物だ。


「驚いたかい?あれも帝国から仕入れたんだ」


 まるで悪戯が成功した少年のようにクスクスと笑うカイン。


 しかし、帝国か。ゲームでもチラリと交易相手の一つとして社交界に話題に出るような国だ。私たちがいるミエリ王国とは文化も宗教も何もかもが違うらしい。


 王宮内でも眉を顰められる輩は多い。王国共通の認識として相応しいのは、未発達の『蛮国』だろう。


 その帝国と好んで取引を行うとは、カイン・ジェラルド・リーコック。やはりこの男、筋金入りの変わり者だ。


「もうこんな時間か。疲れているのに引き留めて済まなかった。名残惜しいけど話の続きはまた後日にしようか」


 椅子から立ち上がると私の手を取る。楽しくてたまらない、とでも言わんばかりの眩しい笑顔を浮かべている。


 私は慣れないスキンシップに戸惑いながらも立ち上がるのを手伝ってもらう。軽くカーテシーをし、感謝の意を示す。


「それではおやすみなさい」

「おやすみ、どうか良い夢を」


 カインに見送られながら私は自分に割り当てられた部屋へ向かうのだった。

物語の舞台は中世です(曇りなき眼)

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