第4話 共同生活を営む上での約束……ッ!
⬛︎クリスマスなど滅びてくれ––ッ!
「さて、これからのことについて話しましょうか」
来賓室のソファに腰掛けながらリーコック辺境伯、もといカインが足を組み直した。
真剣な面持ちの彼の顔を見て私はカップをソーサーの上に戻して居住まいを正す。
「貴女の部屋は用意してあります。急な話でしたので衣服や化粧品など一通り揃えてありますが、足りないものがあれば教えてください」
カインが背後に控えていた使用人の一人、マホガニー色の髪が特徴の女性を呼ぶ。彼女は一歩前に出ると頭を下げた。
「セレナだ。分からないことは侍女長でもある彼女が教えてくれるでしょう」
「お気遣い感謝します。セレナ、ですね。よろしくお願いします」
セレナに微笑みかければ彼女も微笑を浮かべ、軽く会釈をする。
顔合わせが終わるとセレナは他の使用人と同様の列に戻る。使用人達の振る舞いも洗練されたものであり、その質は王宮と大差ないだろう。
「貴女には私の代理として領民と話して頂く機会があるとは思いますが、それは追々説明します。そして、私から一つお願いがあるのですが……」
「私に出来ることであれば」
カインは言いづらそうに左右に視線を泳がせた後、紅茶を一気に飲み干す。空のコップとソーサラーを使用人に渡すとふうと息を吐き出した。
『先程貴女に優しく接したのはこれから食べる為でした』みたいな巧妙な罠ではありませんように!
「難しいことではありません。城の最上階に部屋があるんですが、そこには絶対に立ち入らないでください」
「最上階に部屋、ですか」
想定外の怪しいお願いに面食らう。城の最上階というただでさえ人が立ち入らないであろう場所。そこへの立ち入りを禁じるなんて確実に『やばい』。
見てはいけないものを見た人間の末路は童話でも語られている。夫の秘密の部屋に入った貴婦人のお話なんて有名だ。
触らぬ神に祟りなし。知らぬが仏。触らないようにしておこう。
「分かりました。最上階の部屋には近づかないようにしますね」
「理由を聞かないんですか?」
使用人が紅茶を注いだコップをカインの前に置く。使用人の技術により最低限の音に留められたそれからダージリンの良い香りが辺りに漂う。
わざわざ近づかないでくれ、とお願いしているのだから何かしら大事なものや危険なものがあるのだろう。それを尋ねるのは野暮というものだ。
かといって関心がないと答えるのも角が立ちそうな予感がしたので誤魔化しておこう。
「カイン様が知るべきだと判断したときに教えてくだされば問題ないかと」
「そうですね、いずれお伝えします」
フッと笑いながら紅茶を啜るカイン。嘲笑なのかただ笑っただけなのかは定かではない。
袖から覗く手首に輝く金のブレスレットに目が行きがちだが、男性特有の骨張った関節は私の知る貴族のものと異なる。どちらかといえば衛兵のものと共通点が多い。
辺境伯という役職上戦闘の指揮を取る機会が多いとは思うが、自ら前線に立つとは考えにくい。『人食い』という噂や掌の剣ダコといい、謎の多い人物だ。
部屋をノックし、使用人が入室する。私にお辞儀をするとカインに向き直った。
「ご歓談中、失礼いたします。旦那様、食事の用意が整いました」
「ああ、もうそんな時間か。今日はもう疲れたでしょうから、食事が済み次第部屋で休んでもらっても結構です」
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、今日は休ませていただきます」
パッと見た限りでは整った顔立ちや柔らかい物腰は令嬢に好印象を与えるだろう。社交界で話題になっていてもおかしくないはず……。
その辺りの事情も侍女長のセレナは知っているかもしれない。次点では各地を移動する機会の多い御者のヘクターか。
明日それとなく探りでも入れてみようかな?
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