第2話 究極の二択……ッ!(どちらも選びたくない)
ユリウスとの婚約破棄から二日後、婚約破棄の手続きは順調に済んだらしい。あれから一度もユリウスもゲイザーも面会には来なかった。
既に迎えの馬車は到着し、御者が出発の準備を整え終わっている。道中問題がなければ一日ほどでリーコック辺境伯の城に着くだろうとは御者の言葉だ。
御者の冷たい視線が降り注ぐなか、私は絶賛バトルを繰り広げていた。相手は勿論、ユリウスの頼れる護衛兼騎士、クリスである。
「ルチア様、観念しましょうよ……!」
「いーやーだー!私が食べられてもいいと仰るんですか!」
「ユリウス殿下の愛妾になれば解決します」
「致しません!」
遠くの方では休暇と昨日言っていた見張りの兵士がハンカチで目元を抑えている。
「この光景、どこかで見たことあると思ったら出荷された時の山羊のユキちゃんでした。生まれた頃から一緒だったのでとても悲しかったです……グスッ」
なにが『出荷されたユキちゃんを思い出す』だ!縁起でもないことを言うなっ!
「はいはい、じゃあリーコック辺境伯に嫁ぎましょうね〜」
まるで愚図る子供をあやすような口調だが、渾身の力で私を馬車に押し込もうとしている。
「こんな馬車に乗れるわけないでしょ……ッ!」
全力で嫌がるとクリスは『なら愛妾を選ぶんですね?』と顔を綻ばせる。
なんで、屑かホラーの二択しかないんですか!どっちも断りたいです!
「クロウハイツ公爵家が滅びますよ!」
「滅びてしまえ、あんな家!」
「こらっ、滅多なことを言うんじゃありません!」
「ま〜だ時間かかります?」
ついに痺れを切らした御者がサンドイッチを頬張りながら尋ねてきた。まるで他人事みたいな顔だッ!
何故私はこんなにも馬車に乗ることを拒否しているのか。それは馬車のデザインが完全に檻だからだ。扉には錠が三つもぶら下がり、鎖が巻き付けられているという徹底ぶり。
おまけに引っ張る馬の目は血走り、涎を垂らして嘶いている。手綱を握る御者は蝋のように白い肌、真っ赤な唇の端からは鋸のように尖った歯が覗く。
こんなあからさまに『今日の晩ご飯を運ぶ荷台』みたいな外見に喜んで乗るやつがいるものか!
そもそもリーコック辺境伯なんて名前、社交界でも聞いたことがないぞ!前世の記憶にも該当しないなんて碌なやつじゃない!
魔法使いが実在する世界なら当然人食いの化け物だってありうる!リーコック辺境伯が人の皮を被った化け物かもしれないでしょ!
そんなやばいやつだと確信を持って断言できるようなところに嫁ぐなんて、自殺志願者か倒錯者に違いない!
昨日までは『もしかして食欲以外の意味で食べるのかなっ?きゃっ、恥ずかしい!』みたいな希望的観測を持ってたけど、さすがにあの馬車を一目見てからは同じことを言えない!言えるわけがない!
リーコック辺境伯は私をそのままの意味で晩ご飯として食べるつもりなんだ!
「うぎゃーーー!!」
必死の抵抗虚しく馬車もとい移動式の檻に放り込まれ、非情なクリスの手によって錠がかけられた。
「はぁ……これでようやく出発できる……」
気怠げな御者が馬車を発進させる。サンドイッチの粘り気のある赤いソース(だと信じたい)をペロリと舐め取り、ズボンの裾で拭う。
それにしても何故辺境伯が没落予定の令嬢を嫁に欲しがったりしたんだろう。『人食い』として怖がられているとはいえ辺境の守護を任されるほどの実力者だ。商人の娘や未亡人などそれこそ引く手数多のはず。
もしや乙女ゲームの悪役令嬢といえども可愛らしい外見だからだろうか。
身長が低く、スレンダーな体型ともくれば威圧感もへったくれもない。辛うじて黒のネコ目が『気が強そうだな』という印象を与えるぐらいだ。
『私は強気な女が泣いて慈悲を懇願する顔が好きなんだ』とか『可愛い女の子の悲鳴を聞きながら足からボリボリ食べるのが通』なんて言い出したらどうしよう⁉︎
「うっ、うっ……。どのみち私は死ぬんだ……。せめてもの慰めは穏やかな森の景色を最期に眺められる事です」
涙で潤む視界に新緑が眩しい。陰鬱な私の気持ちと裏腹に燦々と輝く太陽や道中の泉はとても爽やかなものだ。
この馬車、天井も格子だから雨降ったらビショビショになるんだろうなあ。ふっ、これから胃袋に入る食材が風邪をひこうと矢が当たろうと問題ない、とでも言いたいのだろう。
なんて恐ろしいやつなんだ、リーコック辺境伯!
これからのことを考えると発狂しそうになってきたので大人しく体育座りをしながら遠ざかる二人を睨みつける。
連れ去られる私を晴れやかな顔で見送るクリス。その少し後ろではハンカチを振って別れを告げてくる見張りの兵士だ。
二人は忠実に職務をこなしただけなので筋違いなのも重々承知だが、憎いので最後まで睨みつけてやった。全然怖がってなかったけど。
どなどなどーなどーなー♪