表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢と人食い辺境伯  作者: 清水薬子
『人食い』辺境伯
10/12

第9話 ヘクターは反抗期……ッ!

 陽が傾き始めた頃、演習の結果発表と締めの挨拶に移ったようだ。私のいる位置からは朧げにしか聞こえないので諦めて冷め切った紅茶を飲む。


「まさか終盤で逆転するとは思わなかったわ……」


 私はため息をつきながら体を背もたれに預ける。白熱した勝負を観戦しているうちに体に力を入れていたようで、疲れがドッと押し寄せた。


「奥様にお楽しみいただけたようでなによりですッ!」

「……ッ‼︎」


 目を離した隙に背後に回り込んでいたオクタヴィアンにいきなり話しかけられてビックリしたものの、勿論澄まし顔で対応する。


 いついかなる時も冷静沈着であれ。さすればチャンスは逃さない、とは私の人生から得た教訓だ。


「あら、姿が見えないと思ったらそんなところにいらっしゃったなんて驚いてしまいましたわ」

「これは大変失礼しました」


 ビックリしたショックで手が震えているから紅茶を飲むのはやめておこう。溢したら洒落にならない。


 コップの底とソーサラーに小指を挟みながらゆっくり置く。こうすれば音が出にくい、と貴族マナーを教えてくれた家庭教師が昔教えてくれた。


 視界の端で直角に腰を曲げて謝罪するオクタヴィアンを認識しつつ、バレてないと確信してこっそり息を吐く。


「馬に乗りながら的を射るなんてすごい技術ですね」

「ええ、習得には時間がかかりますが騎士には必須ですッ。ヘクターは群を抜いて優秀なのですが、滅多に全力を出さない問題児ッ……」


『教官として不甲斐なし』とでも言いたげに眉を顰め、拳を握るオクタヴィアン。


 大声ではないのだが、彼の発する一言一言に並々ならぬ熱量が込められているような気がする。もしや彼は魂を削って喋っているのだろうか。


「兄が申し訳ありません……」

「いえセレナさんが謝ることではッ!クッ、俺はなんて浅慮なんだッ‼︎‼︎‼︎‼︎」


 言われてみれば確かにセレナとヘクターの髪色や質、顔立ちが似ているような気もする。兄妹だからこそなのか、性格は真反対のようだ。


 オクタヴィアンの慟哭に何事かと片付けに取り組んでいた騎士たちが振り返る。彼らはセレナの姿を見つけると、数人がかりで逃げようとしていたヘクターを連行してきた。


「なんスか」


 必死の抵抗虚しく引きずられてきたヘクター。そんな彼の機嫌が良いはずもない。オクタヴィアンを睨みつけ、威圧するような低い声で用件を訊ねる。


「奥様の前だぞッ。もっとしゃきっとしないかッ!」

「ウッス」


 丸めていた背中を渋々伸ばすヘクター。眠たげな目尻や気怠げな振る舞いを改めない所が彼らしい。


「一昨日は迷惑をかけましたね。改めまして、私はルチア・フォン・クロウハイツです。先程はすごいご活躍でしたね」

「……どうも。ヘクターと申します。そこのセレナの兄です」


 目があったので微笑んでおくとフイと顔を背けた。うーん、扱いが難しそうだな。


 ヘクターの返答に目元を押さえるセレナに気にくわないオクタヴィアン。彼の眉が段々と吊り上がっていく。


 握り拳をプルプルと震えていたのを目撃した私は、この先ヘクターに落とされる特大級の雷を回避するべく慌てて周囲を見渡す。


「ヘクターッ!貴様、奥様に向かってなんだその態度––––」

「あ、あー!ルロンさん!あの鳥なんていう名前でしょう!」


 多少強引ではあるものの、オクタヴィアンとヘクターの間を遮るように割り込む。偶々視界に入った鳥を指差し、大声で関心を引くのも忘れない。


「むッ⁉︎……ああ、あの鳥はこの時期にやってくる渡り鳥のキビタキですッ。黄色と黒が特徴的ですッ」


 面食らいながらも律儀に答えてくれたオクタヴィアン。怒るタイミングを見失ったらしく、苦い表情を浮かべているが私は無視する。巻き込まれる私の気持ちも少しは察して欲しい。


「片付けに戻れッ。他のやつも何を見ているッ!」


 彼が涼しげな目元を釣り上げて睨みつければ、蜘蛛の子を散らすように騎士達は片付けの作業に戻った。ヘクターは他の騎士に小突かれている。意外にも同僚には恵まれているようだ。


 演習も終わったようだし、後は片付けだけというのでここら辺で立ち去るのが良いだろう。変に気を遣わせても、さっきのようにトラブルに巻き込まれるのも避けたい。


「ルロンさん、日も暮れてきましたのでそろそろお暇致しますわ」

「左様ですかッ。では騎士一同で見送りをッ」

「気持ちだけで充分です!ほら、皆さん疲れてると思うので!」


 ありがた迷惑な申し出を丁寧に辞退する。ただでさえ教官らの『いつまでチンタラ片付けている!?』という怒鳴り声も聞こえてきているというのに見送りなんてさせたらどうなるか。


「それでは失礼いたします」


 立ち上がってカーテシーを行った途端、使用人がテキパキと椅子やテーブルをしまい出す。


「ルチア様、まもなくカイン様がお戻りになられるそうです。これから向かえば馬車が到着するまでには間に合うかと」

「教えてくれてありがとう、セレナ。それじゃあ早速向かいましょうか」

「お供いたします」


 セレナの案内である程度道を覚えた私は足取り軽く城のホールへと向かった。

12/31までに頂いた誤字脱字の報告に目を通し、該当箇所を修正しました。


⬛︎ありがとう、名も知らぬ読者––––ッ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ