プロローグ 婚約破棄されたんだけど……ッ!
※殿方→令息に変更しました。
意気揚々と舞踏会に出席し、私の婚約者を探します。
令嬢は誰もが色とりどりの美しいチューブトップのドレスを身に纏っています。王宮で開催される舞踏会はやはり格別ですわ。
令息のお誘いをやんわりと断りつつ、目当ての方を探します。その中で目を引く眩い銀を見つけました。
早る気持ちを堪え、優雅でいて最速で彼の元に近寄ります。最愛の彼、ユリウス殿下も私に気付いたようです。
愛しの彼は私を見つけると汚らわしいものを見るような目で睨みつけてきます。会場全体に響くような大声で叫びました。
「ルチア・フォン・クロウハイツ!今日限りでお前との婚約を破棄するッ!」
金銀妖瞳を怒りに吊り上げながら傍にいる女性の肩を抱きました。
嗚呼、王太子としてなんてあるまじき振る舞い!婚前の女性の剥き出しの肩に触れるなんて!
怯えた表情の女性、ホリィさんはユリウス殿下に体をすり寄せます。婚約者である、私を差し置いて!
まるで夫婦のように振る舞う恥知らずな二人にカッと頭に血が上ります。感情のままにハイヒールの音高らかに距離を詰め、扇をバッと開きます。
「お言葉ですがユリウス殿下ッ!」
我ながら令嬢にあるまじきヒステリックな声を出してしまいました。即座に脳内で反論すべく論理を組み立てます。
ここで婚約破棄を撤回させなければ、私の将来はドン底なものになってしまいます。今まで人生を王妃になるために捧げてきたのです。努力を、時間を無駄にはさせません。いいえ、させてたまるものですか!
「この婚約は当主の取り決め……あッ⁉︎」
組み立てた理論は途中で止まる。それ以上紡ぐことは叶わなかった。
脳裏をよぎるのは私が見たこともない景色、言葉、文化。今の私とは全く異なる姿の私。とても人様には言えないような死に方をしたこと。
そして、この状況が死ぬ直前まで嗜んでいた『シンデレラナイト』という遊戯の筋書き通りだということを。
理解の及ばない現実が突然、衝撃となって襲ってきたのだ。思わず頭を手で押さえ、呻き声を上げる。
「芝居はよせ!ここにはお前の味方はいない!」
「うあっ、えっ、私ルチアなの……?」
「お前以外にルチアがいるわけないだろう!ふんっ、この期に及んで気を引こうとするとは実にお前らしい浅はかな考えだな!」
「はあ……?」
金銀妖瞳を嘲笑で歪め、腕を組んで他の貴族を一瞥するユリウス。私たちを取り囲む貴族からクスクスと笑う声が漏れ聞こえる。
「えっ、なにこの状況……?」
「ようやく自分の置かれた状況を理解出来たようだな。もっとも、理解できたところで手遅れなことに変わりないが」
ふんっ、と忘れずに嘲笑するユリウス。
何が彼をそこまで駆り立てるのか疑問である。
以前混乱の最中にある私はとにかく、一旦冷静になるためにこの場を離れた方がいいと判断した。
「すみません、体調が優れないので……」
失礼にならないよう、断りを入れてから人混みを掻き分けようとするとユリウスに腕を掴まれた。
強引に引っ張られ、体勢を崩す。辛うじて顔を庇ったが、その拍子に足を痛めてしまった。
「勝ち目がないと知って怖気ついたか。だが、もう遅い。今、この場でお前の悪行を曝け出す!」
「ここで、ですか?後で正式な手続きを経て……とかじゃダメですか?」
「つべこべ言うな!」
苛立ったユリウスがピシャリと一喝する。
あの様子ではどうあがいても私を逃す気はないらしい。内心では盛大な舌打ちをかましたくて堪らない。
「では、どうぞ私の悪行を曝け出してください」
なるようになれ、という思いで話を促す。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたユリウス。咳払いで誤魔化すと大袈裟な身振り手振りで話し出す。
「この女、ルチア・フォン・クロウハイツは嫉妬に駆られ、公爵家の名を使って使用人や他の貴族を虐めた。特に王宮に務めるホリィ・アンナ・フレイハート嬢へは殊更に厳しく当たった!そうだな、ホリィ?」
「はい、そうです。王宮を去らなければ圧力をかけると脅されて……私っ!」
「もう怯えることはないぞ、ホリィ。私がお前を守るからな」
『虐め』というフレーズに引っ掛かりを覚え、眉をしかめる。
『虐め』という言葉や『厳しく当たった』と言うよりも違法行為や法律を引き合いに出した方がこの場合は有利なはず。具体的な行動を提示しないとは、この王太子は一体何を考えているんだ?
前世の記憶を思い出して混乱している、ということも忘れてユリウスの発言に噛みつく。
「『虐め』や『厳しく当たった』とは具体的にはどのような行為でして?良ければお聞かせ願えませんか?」
「ふん、言い逃れでもする気か。その手にはならんぞ。証拠はあがっているんだ、罪を認めろ」
「その証拠とはどのようなものでしょう?」
「お前が知る必要はない」
具体的な行為について明言を避けたユリウス。傍に立つホリィは変わらず私を涙目で睨みつけていた。
考えられるのは二つの可能性。
一つは証拠隠滅を恐れて罪状を突きつけない。この考えは即座に脳内で却下された。
これはありえない。そこまで慎重であるなら、舞踏会で詰め寄るよりも憲兵や貴族に根回しをしてからことを起こすはずだ。
もう一つはユリウスが具体的な内容を知らない。正式な手続きを経ず婚約破棄を宣言してくるような男だ。確証はないが、充分にあり得る。
恐らく、後で適当な口実やら証拠をでっち上げるつもりなのだろう。
「では、私をどのような罪状で処罰するおつもりですか?」
「いいから罪を認めろ!ホリィに謝るなら減刑してやらないこともないぞ?」
手に持った扇をバッと広げ、わざとらしく驚いた表情をしながら叫ぶ。この場にいる貴族全員が決して聞き逃すことのないように、しっかりと腹の底から。
「王太子ともあろうお方が何の根拠もなく貴族を罰するのですか!一方的に婚約破棄した挙句⁉︎」
「お、おい!何を言い出すんだッ!」
ようやく自分の置かれた状況に気づいたユリウスが慌てたように叫ぶ。私の腕を掴み、発言を撤回させようと詰め寄る。
「いやぁぁぁ!婚前の女性の素肌に触れるなんて破廉恥!獣!乱暴されるう‼︎」
「やめ、やめろお!」
あらん限りの声量で悲鳴をあげればユリウスはさらに狼狽える。腕を離せばいいものを、がっしりと強い力で掴んだままだ。
「ええい、拉致があかん!クリス!この女を独房に放り込め!」
「はっ」
今まで沈黙を守ってきたユリウスの護衛が手早く私を押さえ込む。無理やり地面に顔を押さえつけられ、成人男性分の体重を背中にかけられて身動きを封じられた。
背後に纏められた両手に紐が結ばれ、強引に立たされる。
「私、何もしてません!」
「うるさい、王太子に逆らうなど生意気だ!独房で反省しろ!」
「17時38分、ルチア・フォン・クロウハイツを王室不敬罪で逮捕する。では、連行しますのでこれで……」
「よくやったぞ、クリス」
クリスはビシッとユリウスに敬礼し、踏ん張ろうとする私の背中を押して歩き出す。鍛えた成人男性に貴族の令嬢が勝てる訳もなく、無情にもズルズルと引っ立てられる。
「お、横暴だあ!」
「はいはい、静かにしましょうね」
こうして私は抵抗虚しく独房に放り込まれたのだった。