表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

桜子さんのショートショート

君をのせて駆け抜けた夏

作者: 秋の桜子

遥彼方さま主催「夏祭りと君」企画参加作品。

 河川敷のトイレには、先住民が住んでるのは、当然の事。名前はハナコさんやらふんばり入道やら、カイナでってのもあるけれど、この街のそこには、青い作業着のおっさんがいるという話。



「レインボー、て全部かけ食べるのかよ!美味しいの?それ」


 カラフルなフラッペを手にした美緒に、少しばかり引きながら話す。ほい、兄ちゃんはいちご、と屋台のおっちゃんから俺はそれを受けとる。


「幸宏くんだって、いちごじゃない、男子だからレモンとか、ブルーハワイだと思った」


 シャと太いストローを山から抜き、先端の広がっている所に、シャクリとすくうと、原色カラーな甘いそれを口に運ぶ。カキ氷はいちごだろ、と夏祭りの人混みの中を俺達は、他愛のない話をしながら、ほろほろと歩く。


 下駄を履いている美緒は、カタカタとしたように歩く。浴衣ってのも大変だな、と俺は思いながら時折出会うクラスメートに、照れた笑い顔を返す。賑やかな河川敷の会場を楽しんでいた。


「土手の上で見る?それともここでいい?」


 そろそろ祭りのメインイベント、打ち上げ花火が始まる時間が近づいた様子、よく見える位置に、移動が始まる人の流れ。ここからでもよく見えるのだが、少し離れた橋の近く、そして土手の上だと、バックライトに照らされたここよりも、灯りが幾分少ないので、夜空がキレイに見える。


「う………ん」


 立ち止まり、うつむき考え込むように返事を返してきた美緒、来たときは、絶対に土手の上で花火を見ようね、と笑顔で張り切っていたのが、嘘のようにおとなしい。


 どうしたの?と俺が聞こうとしたとき、ゴクンと何かを呑込み、意を決したように、少し青ざめた顔を、真剣な眼差しを向けてきて、重々しく一言。


「お腹が痛い」


 ザワザワ、ガヤガヤ、キャッキャッ、早く行こー、始まるよー、俺達を置いてけぼりにしている様な声が、通り 過ぎる。一瞬どうしようか、と思った俺だったが、軽く震える美緒の、助けてほしいというような視線をうけると、ハッと我に返る。


「え…………、だ、大丈夫?そ、そう、トイレだよな、え………ここのトイレ、イヤ!行こう!ほら!」


「いやー!出る!青い作業着のおっさんが!絶、対、に、イヤー!出るんでしょう!イヤよぉ!う、お腹いたい」


 お腹に手を当て、フルフルと首をふりながら、どうしようと目を潤ませてくる。助けてと俺にすがってくる。


「で、でも仕方ないから、トイレに行かないと、外で待っててやるから………」


 軽くパニックになり、しどろもどろな俺に、ブンブンと頭をふって絶対にいや!と目に膨らむ涙。ああ!もうどうすりゃ、仕方ない!


「帰ろう!な、花火は来年もあるし、今日は帰ろう!」



 いち、に、さん………空白の無言の時、決断の時。



 うん、帰る、ごめん、とはらはらと、涙を流す美緒、


 目一杯平静を装い、しゃーねーだろ、な、帰ろう、と俺。



 そして手首を掴み、くっと引きながら人混みの薄いところをついて走る。とりあえず、置いてある俺の自転車の処まで行かないといけない。引かれるままに走る君。


 何時もは、今いるグランドの駐輪場におけるのだが、今日はその場所がちがう。土手を登って道路を横切り、おりた反対の場所にとめてある。


 そう、一度土手を登らないといけない。階段がある所まではここから少し離れている。そしてそこから自転車がおいてある場所までは、更に少し歩かなければいけない。


 美緒を振り返り見ると、切羽詰まった青い顔をしている。そんなに時間がないのかもしれない。土手を行くことにする。


「これ履け!でかいから、紐締めろ!」


 皆が向かう場とはまるで違う離れた方向、土手の下に来るとそこは明るかった会場とは違う世界、少し離れた所は闇にとろりと隠れている。かけ登ろうとした時、美緒の足元に気が付き、俺は慌ててスニーカーを脱ぐ。


 え、でも、という彼女に下駄じゃ、だめだろ、と戸惑う彼女の足元にそれを置く。うろたえた様に目を泳がしていたけれど、切羽詰まったモノが、押し寄せてたのか、わかった、と下駄を脱いで、ガバガバに大きいそれを履き込んだ。


「ふ、う………、すん、お腹が痛くて結べない………」


「あー!かせ!」


 とりあえず脱げない様にだけ、気休めかもしれないけれど、スニーカーの紐をぎゅっと締める。下駄を、小さな袋の紐を手首に絡める様に持つ。そして………、



 青い顔の美緒に手を差し出した。


 こくんと頷き、差し出された手をしっかりと握る。



 くっ…………思えば初めて手をつないだ、色気もクソもない!俺的な計画だと、花火大会の時にそろっとつなぐのを…………!クソ!かき氷。


 ぐい、と強引に引っ張る、青草が刈り込まれた土手を駆け上る。ソックスは履いているが、足の裏にゴツゴツ地面の感覚。花火大会の為に、生い茂っていた夏草か、短く刈り込まれていた事が良かった。


 ボコ!、痛!水とかのやーらかいペットボトル踏んだか!夏休みの地域参加型課題、ボランティア活動で、ここのゴミ拾ったのに、もうポイ捨てしてるのかよ!


 …………あ、あ、わんわんの落とし物、無い事を祈る、流石に今…………踏みたくない、そんな事を思いつつ、ハアハアと息が上がっている美緒を、強引に上に誘導していく。


 辿り着く、花火がよく見えるポイントの橋に、向かう人の流れを横切る。部活動で通いなれたグランド、自転車は今下りる場所の近くに置いている。


 あれ?もう帰るの?お前ら、と声が聞こえたようなきがしたが。関わらずにアスファルトをジグザクに進む。そしてザザザ!と斜めに下りていく。美緒の鼻を鳴らす声が聞こえている。手に熱い体温。


 のぼるのより、下りるのが大変だな、下ろした一歩の片足に、ぐっと力を込めながら美緒を支える。懸命に後ろ手につなぐ俺に、すべてを託している。大丈夫か、と振り返り見る。


 頷く美緒、ぼう、とおぼろげに浮かんだその顔を、手から伝わる温度、すっぽり包む青草の匂い、別の世界のワイワイ賑やかな声。それらが全て混ざり合い………


 俺は、オレは!正義の味方というか、お姫様を守る騎士の様な、ヒーローは俺だ!の様に気持ちが高まり、血が熱を、白く明るく輝くものが身体を支配した!



 一番近いのは!と俺は考える。彼女を守るのは俺だ!自転車が街灯の下に、輝いて見える!それは白馬の様に、勇者が操るドラゴンの様に、音速で進む乗り物アイテムの様に、キラメキを俺のボロの愛車に感じてしまった!


 ガチャン!スタンドを外す、乗れ!という俺、くつ!という美緒、美緒の下駄を、袋を通学用サイクルの前カゴに放り込む。愛車よ、帰ったら磨いてやろう!


 いい!俺の家が近い!帰るぞ!と後ろに座った美緒に声を張り上げ、前を向き踏込もうとした時、うわぁぁんと泣き出す彼女。


「イヤー!初めてお邪魔するのに、トイレは、イヤなのぉぉぉぉ!お腹がいたい」


 はぁー?イヤって!自転車にまたがる俺にしがみつき、美緒はわんわん泣いている。恥ずかしいから、お願い、家に連れて帰って、わぁぁん!イヤぁあー、お腹がいたい………。


 その答えに呆れた俺は、振り向く、肩の下に涙顔の美緒、もしも家に連れてけば………何かが壊れる、頭にパッと浮かんだビジョン。その未来にならないように、心を決める。


「は、恥ずかしいって………、あー!もう!わかった!家まで送るわ!我慢しろよな!」


 グン!と力を込めてペダルを踏み込む。ギュとしがみつく。お腹がいたい………、くすんくすん声が背中にはりつく。


 ドドーン!ドンドン!わぁぁー!きれい!ドンドン


 花火の音が、レース開始の合図となった。美緒の家まで自転車フルで飛ばして十五分!間に合うか!



 夜空に響く音、後ろでひくひくと響く美緒の声。大丈夫かあー?俺はわめく。大丈夫………、だいじょうぶぅぅ、わあわぁん。大丈夫じゃねえのかよ!


「あ!そこに田中の家があるからそこで!」


「もっといやぁァァ!田中の家なんてイヤぁー!お腹いたい………」


 田中の家になんかに寄ったら別れるぅぅぅー、うわぁぁん!早く帰りたいのぉぉ!しがみつきながら、まさかの別れる発言。あー!借りる位大丈夫だろ!お腹いたいって言ってるじゃねーかよ!


「長谷川の家は!田中の隣だ!お前の友達じゃん!」


「女子でもイヤぁー、学校行けなくなっちゃぅぅぅぅ………お腹いたい」   


 あー!めんどくせいなぁ!もう!この辺りは住宅街だから、表通りにまで出ないと、コンビニは無い!結構不便な場所なのだ。都会の田舎と俺達は言う。


 背後の空、ドンドン、ドドーン、それに被さるお腹がいたい。懸命にこぐ自転車、今日ばかりは、サッカー部の俺の脚力を、褒めてやりたい。


 間に合うか!大丈夫、間に合うか!大丈夫………間に合うか?…………お腹がいたい、え!我慢しろ!う、う、んわかった………繰り返す俺達、遠ざかる花火の音。


 家の屋根がようやくちらりと見えた。早くついてぇぇ、としがみつく手に力がこもる。おわぁお!間に合わねーのかよ!と後ろを振り返る余裕など無く聞く。


「頑張るから、早くついてぇぇ!」


 漕ぐ足に力がこもる。流石に息が上がってきた。最後の力をふり絞る、アディショナルタイム!


 スピードを上げる。ジャッ!と進む。右にまがり、左に、真っ直ぐ、入り組んだ住宅街を道を選び取り、駆け抜ける。ムワッとした熱気が俺達を包み込む。


 時折歩く大人達に、暴走気味の二人乗りを咎めるように、呆れた様に、見られた気がしたが、気にする余裕はない。


「ついたぞぉぉ!」


 キィィ!ズザ!ガチャン!と横付けに止まる。美緒が降りるのと合わせて俺もおりる、ガシャァァャンと派手な音を立て、たおれる自転車。用は済んだ、ご苦労だった。


 お腹がいたい………、とその場にうずくまった美緒、俺は代わりに門扉のボタンをせわしく連打する。


 カシュカシュカシュカシュカシュ、ひんぽん、ぴんぽんぴんぽん、ピンポーン!


「ハイ!誰!」


 そのまるで、イタズラの様な呼び出し音に苛立ったのか、厳しいめな大声がそこから聞こえる、美緒が猛然と立ち上がりインターフォンにしがみつく様に立つ、そして叫んだ。



「開けてぇぇ!おかあさぁぁん!トイレに行きたいのぉお!お腹が、痛いのおぉぉ!トイレぇぇぇ!」



 うん、間に合ったぞ!俺ってエラい、ミッション終了………。


 ふぅと息を吐いた。ドドン、ドーンドン、音が空から降るように聞こえてくる。振り返り空を見上げる。マンションや木々や屋根の隙間から、ちらりと落ちる光が………見えた。



 お、わ、り。





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あああ、最高です。 堪らないっ! 誰でも急激な腹痛は経験あるハズ。 最悪なタイミングでした。 しかし! お話的には最高!! 可哀想なのに笑ってしまいました。 [一言] 間に合って良かっ…
[一言] 「駆け抜けた」というフレーズから、甘酸っぱい実らなかった初恋のお話かと思いきや、まさかの! いえいえ、きっと人生でここまで必死に漕いだことはないというくらい駆け抜けたことでしょうねえ。もし…
[良い点] 笑いました。 乙女心が、一生ネタになりそうですね。 [気になる点] もしかしたら、同じお祭りで焼きそばを買って、お母さんの病室に走る女性がいたのかもしれない、と妄想してしまいました。 も…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ