君をのせて駆け抜けた夏
遥彼方さま主催「夏祭りと君」企画参加作品。
河川敷のトイレには、先住民が住んでるのは、当然の事。名前はハナコさんやらふんばり入道やら、カイナでってのもあるけれど、この街のそこには、青い作業着のおっさんがいるという話。
「レインボー、て全部かけ食べるのかよ!美味しいの?それ」
カラフルなフラッペを手にした美緒に、少しばかり引きながら話す。ほい、兄ちゃんはいちご、と屋台のおっちゃんから俺はそれを受けとる。
「幸宏くんだって、いちごじゃない、男子だからレモンとか、ブルーハワイだと思った」
シャと太いストローを山から抜き、先端の広がっている所に、シャクリとすくうと、原色カラーな甘いそれを口に運ぶ。カキ氷はいちごだろ、と夏祭りの人混みの中を俺達は、他愛のない話をしながら、ほろほろと歩く。
下駄を履いている美緒は、カタカタとしたように歩く。浴衣ってのも大変だな、と俺は思いながら時折出会うクラスメートに、照れた笑い顔を返す。賑やかな河川敷の会場を楽しんでいた。
「土手の上で見る?それともここでいい?」
そろそろ祭りのメインイベント、打ち上げ花火が始まる時間が近づいた様子、よく見える位置に、移動が始まる人の流れ。ここからでもよく見えるのだが、少し離れた橋の近く、そして土手の上だと、バックライトに照らされたここよりも、灯りが幾分少ないので、夜空がキレイに見える。
「う………ん」
立ち止まり、うつむき考え込むように返事を返してきた美緒、来たときは、絶対に土手の上で花火を見ようね、と笑顔で張り切っていたのが、嘘のようにおとなしい。
どうしたの?と俺が聞こうとしたとき、ゴクンと何かを呑込み、意を決したように、少し青ざめた顔を、真剣な眼差しを向けてきて、重々しく一言。
「お腹が痛い」
ザワザワ、ガヤガヤ、キャッキャッ、早く行こー、始まるよー、俺達を置いてけぼりにしている様な声が、通り 過ぎる。一瞬どうしようか、と思った俺だったが、軽く震える美緒の、助けてほしいというような視線をうけると、ハッと我に返る。
「え…………、だ、大丈夫?そ、そう、トイレだよな、え………ここのトイレ、イヤ!行こう!ほら!」
「いやー!出る!青い作業着のおっさんが!絶、対、に、イヤー!出るんでしょう!イヤよぉ!う、お腹いたい」
お腹に手を当て、フルフルと首をふりながら、どうしようと目を潤ませてくる。助けてと俺にすがってくる。
「で、でも仕方ないから、トイレに行かないと、外で待っててやるから………」
軽くパニックになり、しどろもどろな俺に、ブンブンと頭をふって絶対にいや!と目に膨らむ涙。ああ!もうどうすりゃ、仕方ない!
「帰ろう!な、花火は来年もあるし、今日は帰ろう!」
いち、に、さん………空白の無言の時、決断の時。
うん、帰る、ごめん、とはらはらと、涙を流す美緒、
目一杯平静を装い、しゃーねーだろ、な、帰ろう、と俺。
そして手首を掴み、くっと引きながら人混みの薄いところをついて走る。とりあえず、置いてある俺の自転車の処まで行かないといけない。引かれるままに走る君。
何時もは、今いるグランドの駐輪場におけるのだが、今日はその場所がちがう。土手を登って道路を横切り、おりた反対の場所にとめてある。
そう、一度土手を登らないといけない。階段がある所まではここから少し離れている。そしてそこから自転車がおいてある場所までは、更に少し歩かなければいけない。
美緒を振り返り見ると、切羽詰まった青い顔をしている。そんなに時間がないのかもしれない。土手を行くことにする。
「これ履け!でかいから、紐締めろ!」
皆が向かう場とはまるで違う離れた方向、土手の下に来るとそこは明るかった会場とは違う世界、少し離れた所は闇にとろりと隠れている。かけ登ろうとした時、美緒の足元に気が付き、俺は慌ててスニーカーを脱ぐ。
え、でも、という彼女に下駄じゃ、だめだろ、と戸惑う彼女の足元にそれを置く。うろたえた様に目を泳がしていたけれど、切羽詰まったモノが、押し寄せてたのか、わかった、と下駄を脱いで、ガバガバに大きいそれを履き込んだ。
「ふ、う………、すん、お腹が痛くて結べない………」
「あー!かせ!」
とりあえず脱げない様にだけ、気休めかもしれないけれど、スニーカーの紐をぎゅっと締める。下駄を、小さな袋の紐を手首に絡める様に持つ。そして………、
青い顔の美緒に手を差し出した。
こくんと頷き、差し出された手をしっかりと握る。
くっ…………思えば初めて手をつないだ、色気もクソもない!俺的な計画だと、花火大会の時にそろっとつなぐのを…………!クソ!かき氷。
ぐい、と強引に引っ張る、青草が刈り込まれた土手を駆け上る。ソックスは履いているが、足の裏にゴツゴツ地面の感覚。花火大会の為に、生い茂っていた夏草か、短く刈り込まれていた事が良かった。
ボコ!、痛!水とかのやーらかいペットボトル踏んだか!夏休みの地域参加型課題、ボランティア活動で、ここのゴミ拾ったのに、もうポイ捨てしてるのかよ!
…………あ、あ、わんわんの落とし物、無い事を祈る、流石に今…………踏みたくない、そんな事を思いつつ、ハアハアと息が上がっている美緒を、強引に上に誘導していく。
辿り着く、花火がよく見えるポイントの橋に、向かう人の流れを横切る。部活動で通いなれたグランド、自転車は今下りる場所の近くに置いている。
あれ?もう帰るの?お前ら、と声が聞こえたようなきがしたが。関わらずにアスファルトをジグザクに進む。そしてザザザ!と斜めに下りていく。美緒の鼻を鳴らす声が聞こえている。手に熱い体温。
のぼるのより、下りるのが大変だな、下ろした一歩の片足に、ぐっと力を込めながら美緒を支える。懸命に後ろ手につなぐ俺に、すべてを託している。大丈夫か、と振り返り見る。
頷く美緒、ぼう、とおぼろげに浮かんだその顔を、手から伝わる温度、すっぽり包む青草の匂い、別の世界のワイワイ賑やかな声。それらが全て混ざり合い………
俺は、オレは!正義の味方というか、お姫様を守る騎士の様な、ヒーローは俺だ!の様に気持ちが高まり、血が熱を、白く明るく輝くものが身体を支配した!
一番近いのは!と俺は考える。彼女を守るのは俺だ!自転車が街灯の下に、輝いて見える!それは白馬の様に、勇者が操るドラゴンの様に、音速で進む乗り物アイテムの様に、キラメキを俺のボロの愛車に感じてしまった!
ガチャン!スタンドを外す、乗れ!という俺、くつ!という美緒、美緒の下駄を、袋を通学用サイクルの前カゴに放り込む。愛車よ、帰ったら磨いてやろう!
いい!俺の家が近い!帰るぞ!と後ろに座った美緒に声を張り上げ、前を向き踏込もうとした時、うわぁぁんと泣き出す彼女。
「イヤー!初めてお邪魔するのに、トイレは、イヤなのぉぉぉぉ!お腹がいたい」
はぁー?イヤって!自転車にまたがる俺にしがみつき、美緒はわんわん泣いている。恥ずかしいから、お願い、家に連れて帰って、わぁぁん!イヤぁあー、お腹がいたい………。
その答えに呆れた俺は、振り向く、肩の下に涙顔の美緒、もしも家に連れてけば………何かが壊れる、頭にパッと浮かんだビジョン。その未来にならないように、心を決める。
「は、恥ずかしいって………、あー!もう!わかった!家まで送るわ!我慢しろよな!」
グン!と力を込めてペダルを踏み込む。ギュとしがみつく。お腹がいたい………、くすんくすん声が背中にはりつく。
ドドーン!ドンドン!わぁぁー!きれい!ドンドン
花火の音が、レース開始の合図となった。美緒の家まで自転車フルで飛ばして十五分!間に合うか!
夜空に響く音、後ろでひくひくと響く美緒の声。大丈夫かあー?俺はわめく。大丈夫………、だいじょうぶぅぅ、わあわぁん。大丈夫じゃねえのかよ!
「あ!そこに田中の家があるからそこで!」
「もっといやぁァァ!田中の家なんてイヤぁー!お腹いたい………」
田中の家になんかに寄ったら別れるぅぅぅー、うわぁぁん!早く帰りたいのぉぉ!しがみつきながら、まさかの別れる発言。あー!借りる位大丈夫だろ!お腹いたいって言ってるじゃねーかよ!
「長谷川の家は!田中の隣だ!お前の友達じゃん!」
「女子でもイヤぁー、学校行けなくなっちゃぅぅぅぅ………お腹いたい」
あー!めんどくせいなぁ!もう!この辺りは住宅街だから、表通りにまで出ないと、コンビニは無い!結構不便な場所なのだ。都会の田舎と俺達は言う。
背後の空、ドンドン、ドドーン、それに被さるお腹がいたい。懸命にこぐ自転車、今日ばかりは、サッカー部の俺の脚力を、褒めてやりたい。
間に合うか!大丈夫、間に合うか!大丈夫………間に合うか?…………お腹がいたい、え!我慢しろ!う、う、んわかった………繰り返す俺達、遠ざかる花火の音。
家の屋根がようやくちらりと見えた。早くついてぇぇ、としがみつく手に力がこもる。おわぁお!間に合わねーのかよ!と後ろを振り返る余裕など無く聞く。
「頑張るから、早くついてぇぇ!」
漕ぐ足に力がこもる。流石に息が上がってきた。最後の力をふり絞る、アディショナルタイム!
スピードを上げる。ジャッ!と進む。右にまがり、左に、真っ直ぐ、入り組んだ住宅街を道を選び取り、駆け抜ける。ムワッとした熱気が俺達を包み込む。
時折歩く大人達に、暴走気味の二人乗りを咎めるように、呆れた様に、見られた気がしたが、気にする余裕はない。
「ついたぞぉぉ!」
キィィ!ズザ!ガチャン!と横付けに止まる。美緒が降りるのと合わせて俺もおりる、ガシャァァャンと派手な音を立て、たおれる自転車。用は済んだ、ご苦労だった。
お腹がいたい………、とその場にうずくまった美緒、俺は代わりに門扉のボタンをせわしく連打する。
カシュカシュカシュカシュカシュ、ひんぽん、ぴんぽんぴんぽん、ピンポーン!
「ハイ!誰!」
そのまるで、イタズラの様な呼び出し音に苛立ったのか、厳しいめな大声がそこから聞こえる、美緒が猛然と立ち上がりインターフォンにしがみつく様に立つ、そして叫んだ。
「開けてぇぇ!おかあさぁぁん!トイレに行きたいのぉお!お腹が、痛いのおぉぉ!トイレぇぇぇ!」
うん、間に合ったぞ!俺ってエラい、ミッション終了………。
ふぅと息を吐いた。ドドン、ドーンドン、音が空から降るように聞こえてくる。振り返り空を見上げる。マンションや木々や屋根の隙間から、ちらりと落ちる光が………見えた。
お、わ、り。