バレンタイン小咄
…ここはとある城塞都市の一角にあるオープンカフェ。
今は紫の月(2月)だが季節はずれの暖かい陽気。
テラス席の椅子に、もたれ掛かって脚を組み、顔には開いた雑誌を乗せて軽くイビキをかいて寝ている金髪の男が居る。
丸い小さなテーブルにはコーヒーとクリームタップリのラテ。対面には淡い碧色の髪の少女が座り同じ雑誌を広げて見、ウムム…とたまに呟いている。
白い革の胸当てに腰には長剣。少女は剣士の様だ。
雑誌の表紙には【求ム冒険者】とか【高収入】とか
表記されている、いわゆる求人フリーペーパーの様だった。
少女剣士はチラッと寝ている金髪男の方を見てハア…とため息をつき言った。
「マリス…マリスッ!」
マリスと呼ばれた金髪の男はなんの反応も示さない。
少女剣士はうぐぐ…と嘆き立ち上がって息を吸い込む。
「……ッ起っっきろぉーーー!」
少女剣士が辺り数百メートルにも届かんばかりの大声で叫ぶ。
ここは外。
道を歩く人達がびっくりしてこちらを見た。
「……っせぇなぁ……」
マリスはふぁ~っとあくびをして顔に乗せた雑誌をとり、女の子剣士の方を見た。蒼い目をした金髪の男、マリスの顔立ちは整っては居るが眠たい目をしていて表情に締まりはない。
「叫ばなくとも聞こえてるぜ~マナちゃんよぉ」
マリスはへらっと笑い言った。
「嘘つけッ!それにちゃん付けで私を呼ぶなって何回もいってるでしょ!」
マナと呼ばれた少女剣士は大きな緋色の瞳でマリスを睨み付けて言った。
「まあ落ち着けって。コーヒーでも飲んでよぉ」
マリスはクリームタップリラテのカップをぐいっとマナの顔の前に差し出した。
マナは奪うようにカップを受け取り、ちょこんと椅子に座ると両手でカップを持ち、チロっとクリームを舐めて言った。
「…まあいいわ……それより……」
「もうお金が無いのよ……何かクエストを受けないと……」
ため息をつきながらマナは言った。
「めんどくせぇなぁ…簡単に稼げるヤツないの?」
めんどくさがりな男マリスはコーヒーをすすりながら言う。
再び大きなため息をつきながら大きな瞳をジト目にしてマナは返答した。
「……そんなのあるわけ無いでしょ…」
「ううっちょっと寒くなってきたなァ……」
飲み干したカップの底を眺めてマリスが呟いた。
「温かいコーヒーをもう一杯…」
「ダメよ。お金が勿体ない。」
食い気味にマナが答えた。
「ええー…」
マリスは残念そうに呟いたがハッとした表情で指を鳴らしマナに言った。
「そうだ、マナちゃん。お得意のアレでなんか温かいもの出してよ?」
ハァ~?と呆れた表情でマナは返答した
「このチカラは結構危険なのだから。そんなクダラナイ事に使うものじゃないの!」
マリスはニヤリと笑い
「あれれぇー無理なの~?やっぱあのチカラはイマイチ使いこなせてないのものねぇ~」
とマナを煽った。
「うぐぐ…解ったわよ…やってやるわよ!どうなっても知らないからね」
マナは滅法煽りに弱かった。
マナは立ち上がり両手を前にかざし、目を閉じて念じ始めた。
(温かいもの…温かいものね…)
そして大きな瞳をハッと見開いた。
し~ん…
「なんも起きねぇなぁ……失敗かぁ」
椅子にふんぞり返りながらマリスが言った。
バチン!
マリスの頭上ではじけるような音がした。
ああん?とつぶやきマリスは上を見上げた。
10センチ位の【黒い穴】が空間に開いているのが見えたが
次の瞬間視界が茶色く染まった。
ベチャリ!とマリスの顔に茶色の液体が降り注ぐ。
「あっつ!なんだこれ!?あっつぅ~!」
流石のマリスも驚いて立ち上がる。
湯気を立てたその液体を両手で拭おうとしている。
それを見ていたマナは
「アハハハ!だからいったでしょ~」
とケラケラ笑った☆
「ちきしょーめ……ん…コレは?」
悪態をつこうとしたマリスだったが茶色い液体をペロリとひと舐めた。
甘い香りのするこの液体。
「甘くて美味い…チョコだなこれは」
ペロリともうひと舐めしながらマリスは言った。
「チョコレート?半分成功ってとこかな…あっ…」
マナはハッとした。
「チョコかぁ…んん?」マリスも何か思い出した。
往来する人達を眺め見ると、心なしか恋人達が多い様な気がする。
「今日はバレンタインだったなぁ」
ナプキンでチョコを拭いながらマリスが呟いた。
…異世界にバレンタインがあるのかって?
あるんだから仕方がない。
マリスはマナを瞳をじっと見つめて言った。
「なる程これはマナちゃんからのバレンタインチョコのプレゼントだったんだねぇ」
「え?その、ち、ちが…」
顔を真っ赤にしながら否定しようとするマナ。
おもむろに椅子を立ちマリスはマナに近づいた。
長身のマリスが小柄な少女マナの前に立つ。
マリスは片手でマナの腰に手を当て、グイッと引き寄せた。
身長差がかなりあるためにマナの両足は地についていない。
今まで見たことも無いまじめな表情のマリス。
その蒼い瞳はマナの緋い瞳をジッと見つめる。
余りの突然の出来事にマナは射竦められ動くことが出来なかった。
「それじゃぁオレからもプレゼントあげないとな…」
マリスは小さく呟いた。
「は…ぇ……えぇっ?」
マナは余りの驚きにおかしな返答を返す。
ゆっくりとマリスの顔がマナの顔に近づく。
(近くで見るとマリスって結構睫毛長いんだ…)
とかマナは一瞬思ったが
「ま…まって私…いや俺はっ」
何故か男口調で呟くマナ。
マリスはそんな事は意に返さず、マナの顔に近づいていく。
(あああっ…)
マナの心臓は高鳴る。
そして覚悟を決めて目をギュッと瞑った………
マナの唇に暖かくて柔らかいものが触れる。
(……甘い……チョコの味……)
マナはそう思いながら瞳をゆっくりと開けた……
(ん……)
「んええっ!」
マナが瞳を開くとマナの唇にはマリスの指が二本。
ピッと押し当てられていた………
マリスはいつもの締まりない顔に戻り言った。
「冗談だよぉ 驚いちゃった?」
「な、な、な、なぁぁ~!」
マナはマリスに膝蹴りし後ろに飛び退いた。
「いてぇ…全くマナちゃんは手加減ねぇなあぁ」
マリスがにやけながら言った。
「こ、こ、この!」
「アンポンタン!オタンコナスー!」
顔も耳まで真っ赤にして古典的な悪態を尽きながら
マナは走り去っていった…
「………」
マリスは頭をかきながら空を見上げて言った。
「………仕事……探すかな……」
遠くに見えるマナの後をとぼとぼ歩いて行った……。
終わり
少し前……
ここはなんの変哲も無い地球。
ひとりの中学生少女が自宅のキッチンで何やら作っている。
それは明日のバレンタインデーに思いを寄せる人にあげるための本命チョコレート。
ボウルに板チョコをいれてお湯で温めて湯煎している。
少女がまばたきをその一瞬で
ボウルからチョコが消え去った。
少しの液体も残らず、まるっとすっかり。
「え、ええーっ!」
「なんでぇーー…!」
少女の悲鳴が冬の夜に木霊する…
今日も地球は平和だった。