プロローグ
オレンジ色の間接照明だけが灯る、薄暗いライブハウスの舞台袖。
私たちの登場を待ち望んでくれている観客のざわめきが、黒いカーテン越しに聞こえる。
まるで寄せては返す波のよう。徐々に重なり合っては、広がっていく。
ギターのタク、ベースのカズ、そしてドラムのタカシ。
メンバーとそれぞれ顔を見合わせる。
そして呼吸を整え、お互い、力強くうなづく。
……
中学生の時、DVDで伝説のシンガーを見て、私は心打たれた。
ほとばしる汗、マイクを投げるパフォーマンス。ステージに倒れ込む姿、そして観客達の叫び声。
音楽というのは、こんなにもすごいんだ。
こんなにも人々を熱狂させるものなんだって。
歌手になりたい!
私も歌手になれるんだろうか?
ちっぽけな私でも人々を感動させることができるのだろうか?
窮屈に感じる、周りからの声。
少しずつ巻き込まれていく、よくわからない世の中へのいらだち。
水中で息ができないくらいに、苦しい。
当時お金のなかった私はギターを手に入れることができず、ただノートの片隅に歌詞とも呼べないようなシロモノを書いて、うっぷんを晴らしていた。
高校生になり、バイトをしてようやく中古のギターを買った。
一万円で手に入れた、ネックが反っていてボディに傷がついた相棒。
それからは、狂ったようにギターと音楽にのめりこんだ。
ネットで音声配信を始めて、私の歌を良いって言ってくれる人が少しずつ出てきて。
路上ライブもした。
風がすごく強い日で。
譜面台が倒れて、楽譜が何度も風に飛んでいった。
かわいそうに思ってくれたのか、お客さんが譜面台を持ってくれた。
「今日、マイクスタンド持ってくれた人、譜面台持っててくれた人。いつか自慢させてあげるから! 路上ライブの時に『オレ、マイクスタンド持ってた』『私、譜面台持ってた』って!!」
みんなの気持ちがうれしくて、逆にそんなつよがりを言ってしまったっけ。
ただ、私の想いをいつまでも歌い続けていたかった。
私の歌に共感してくれる、そんな人と出会えるのが嬉しかった。
ある日、バンドメンバーとして、タク、カズ、タカシを紹介された。
私も含めてバカみたいなヤツらだけど、瞳だけはすごいキラキラしてて、それぞれに夢持ってて。
年代も同じくらいで、すぐに仲良くなった。
毎晩遅くまで練習して、楽器について、好きな音楽についてずっと語り合った。
コイツらと一緒に音楽をやっていきたい!
やっとそういうメンバーに出会えた。
小さなライブハウスで歌うことも増えた。
ネットで知ってくれたリスナー達も見に来てくれた。
そんな活動を続けていくうちに、いつしかメジャーデビューの話がきた。
正直、メジャーデビューなんてどうでもよかった。
でも、このメンバーで音楽をやり続けることができるなら。
メジャーの世界だって突っ走ってやる!
私たちは浮かれていた。
すぐとなりで、深い闇が口を大きく開けているのも知らずに。
ある日突然、事務所のエラい人に呼ばれた。
「今のバンドメンバーは下手クソだからやめとけ。そんなのとつるんでたらオマエの価値が下がる」
えっ……
「次のライブで、このメンバーでやるのは最後だ。もっとオマエにふさわしいアーティストを選んでやるから安心しろ」
なぜ……
この人達はやっぱりお金のことしか考えてないんだ。
私をうまく売り出して、今までにかかった費用を回収しようとしてるだけだ。
でも、メジャーデビューの話は、もはや私のチカラが及ばない所でどんどん進み始めていた。
まるで虚像、いつしか作り上げていた自分の姿。
私は、うなだれるしかなかった。
自分の部屋で何回も泣いた。
時代の波に流されずに、自分の音楽を貫く。
そう心に決めたはずだったのに。
私は……何も出来ていない。
次のライブ。インフルエンザからの病み上がりのせいもあって、私は最後まで歌えなかった。
アンコール中に過呼吸で倒れてしまった。
心のツラさが全身にまで広がって、もうちぎれそうだった。
観客の悲鳴。そして私の涙。
薄れゆく意識の中で私は思った。
やっぱり、こんなの私じゃない。
私はこのメンバーと音楽をやりたいの!
私は体調が復活するとすぐに、偉い人に直談判した。
「このメンバーで音楽をできないのなら、辞めます」
きっぱりと、そう宣言した。
偉い人は何やら考えているようだった。
メリットとデメリットを秤にかけていたのだろうか。
でもそんなのどうだっていい。
私は私を貫く。もう、自分は曲げないって決めたんだ。
お互いの視線が交錯した。そして。
「……ったく。甘い世界じゃねえぞ。そんなに言うんならやってみろ」
ついに、向こうが折れてくれた。
自分のやりたい事のためなら、自分の信念は曲げちゃいけないんだ。
自分のやりたいことに悩んでる人、迷ってる人、たくさんいると思う。
でも「時代の波に飲まれても、流されちゃいけないんだ」って私が証明してみせる。
私の時が止まったライブから、5ヶ月後。
もう一回、同じステージ。
ファンはチャンスをくれた。
私の姿を見に、遠方から駆けつけてくれた人もいた。
少ないおこづかいをやりくりして、ライブチケット代を出してくれた若い子もたくさんいる。
見てて、必ずみんなに、私の、私達だけしかできない、音楽を届けるから。
……
さあ、いくよ!
ライブの前に円陣を組む。メンバーの熱が、肌を通して伝わってくる。
ヤケドしそうなほど、痛いほど、まっすぐに。
お互い、チラりと目を合わせた。
その瞳には、確かな意思が感じられる。
視線が、そして心が通じ合う。
一呼吸置いて、私は、思いのたけを叫ぶ。
「さあ、私たちの物語をはじめよう!」
「私たちのプロローグは、ここからだ!!」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
久々に書いた小説。お楽しみいただけたでしょうか?
このお話は実は、私の敬愛するとある若手シンガーソングライターをモデルにしています。
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ではまた、どこかでお会いしましょう。
詩野紫苑、ことファンタジスタ!うたの