5
「――ということで、きみたちの幸せ、わけてもらえないかな?」
大の男が折った両膝を抱き、小首を傾げてレキたちを見上げる様は、どこか滑稽ですらあった。
おまけに人のために役立てるのだと言われれば、断るのも自分の方が悪人のようで気分が悪いものだ。
例にもれず、レキはその大きな子犬のような男の仕草に小さく吹きだした。
「わかったよ、お兄さん。ぼくはなにをすればいいの?」
折れたレキに、ハナが負けじと「わたしもー」と声をあげる。
「おぉっ、やってくれるかい?」
ありがたい、と青い目が輝く。
探るように内ポケットに手をいれた男が、掌に収まるほどの小袋をとりだした。こどもたちがじっと視線を注ぐ中、黒い手袋をはめた右手に口を開けた袋を慎重に傾ける。
コロコロとでてきたそれは、大豆くらいの――というよりは、大豆そのもののような粒であった。
「――た、ね?」
掌を覗きこんだレキが、自信なさげに正体らしき言葉を口にすれば、男から「あったりー」と陽気な声が返る。
「福花禍実の種だよ」
「フッカカジツ?」
耳慣れない単語に、ハナが目を瞬かせる。
「人の幸せを栄養にして花が咲くんだ。で、不幸な人がその花を手にすると、幸せをわけてあげるのとひき替えに、この種が実るってわけ」
「じゃあ、これは不幸の実ってこと?」
率直なレキの言に、男が苦笑った。
「うーん、言葉は悪いけど、そういうことになるかなぁ」
ふーん、と手袋にのったそれに手を伸ばしかけたレキを、
「ちょっと待った」
青年は掌を握りこんで遮った。不思議そうに見つめるレキと藍のまなざしがゆっくりと交わる。
「いい? これは手にとった瞬間から、成長がはじまるんだ。直に種に触れたら、待ったなしだ――本当に、大丈夫だね?」
なにをそれほど注意することがあるのかと怪訝そうながら、こくりと頭を縦にしたレキに男が再度掌を開いた。
うかがう視線を投げかける男に構わず、レキが伸ばした指で種をとりあげる。
続いたハナに、
「お嬢ちゃんも、いいね?」
かけられた声に頓着する風もなく、少女は摘んだそれを自らの掌に転がした。
「じゃあ、それを握ってくれるかな」
おとした声で指示されたとおり、二人は揃って種を拳に納める。
「これ、どうなるの?」
「まぁ、もうすこしすればわかるから」
レキの問いかけを手で制し、青年はじっと小さな手を見つめた。倣ってレキも種を握った右手に目をおとす。
ほどなくして、レキは彼の言葉を実感することになった。
あ、と短く声をあげ、ぱっと顔をあげる。
「なんか、掌がむずむずしてきた!」
とっさに手を開こうとして、男の大きな手にやんわりと止められた。
「おっと、そのまま握ってて。それはきみの手の中で種が成長してる証なんだ。内側から押される感じがしたら、ゆっくりと指を開いていくんだ」
「ぼくの手の中で育つの?」
「そうさ。きみの幸せを感じて、種が育って花をつけるんだ。――そろそろ芽がでてくるんじゃないかな」
そう男が言うころには、確かにレキの握った拳を押し開こうとする力が感じられた。
「握ってる力を抜いていくんだ。そう……伸びてくる芽に添う感じで、手を開いて」
囁く男の声にあわせ、レキが蕾が綻ぶように右手を開かせていく。
小さな掌に、萌黄の双葉が顔をだした。
レキが食いいるように注視する先で、芽は瞬く間にその葉を増やし、上へ上へと伸びていく。
二十センチほどにも達したころ、今度はてっぺんに蕾をつけはじめる。緑で固く閉じていたそれは、そうと見る暇もなく、膨らみを増し淡く色づいた。
そうしてついには、秋桜にも似た白い花を咲かせたのである。
白とはいっても、花心に近づくほど薄く紫がかっている。
声もなく花を見つめたレキが、感嘆に息をついた。
「……この花って、こんな色なんだ」
「そういうわけじゃないけどね。これが、きみの幸せの色ってわけだ。綺麗だねぇ」
満足げに頷き、レキの掌から花を手折る。儚く折れたあとには、レキの手にはなにも残ってはいなかった。男の手に花がなければ、幻かと思うほどだ。
男が傍らに置いた籐で編んだ大きな鞄の留め具を弾き、口を開く。
中にはいった色とりどりの花に目を奪われていたレキは、とすっと肩にあたった軽い感触に、
「あ、ハナのはどんなだった?」
首を捻って、少女を見遣った。
瞬間、琥珀の双眸が驚いたように瞬く。
レキの声に花を鞄にしまっていた青年も顔をあげ――帽子のつばを押しあげてあたりを見回した。
「あれ、お嬢ちゃんは? ついさっきまでここにいたよね?」
「う、ん。いるよ、ここに……けど、寝ちゃったみたいだ」
いささか戸惑うレキに、男は怪訝さを隠さない顔をむけた。
「え、いるって、どこに?」
「お兄さんの目の前にいるじゃない」
きょとんとレキが自らの隣を指さす。
その仕草に、青年の優面に困惑といらだちがいり混じる。
「……いるって、これは――人形でしょう?」
男が投げた視線の先にあったのは、見紛うことなき女の子の人形であった。
大きさは五・六十センチほどもあるだろうか。
いかにも手作りなそれは、柔らかな茶色の毛糸の髪に蓮華でできた花冠を飾り、ぱっちりとした黒い瞳と小さな微笑みを浮べた愛らしい少女だ。
その少女の人形が、レキの肩に頭を預けるようにして、さきほどまでハナが腰かけていたベンチに座っている。
そして、レキはこれこそがハナであると、至極真面目な顔で指し示していた。
「ハナは眠ると人形に戻っちゃうんだ。ちゃんときてる服だって、花冠だって、一緒でしょう? それに、ほら」
レキが人形の柔らかな手をとった。
「芽がでてる」
しっかと、布でできた小さな手は握りこまれている。その指の隙間を縫って、細い頼りない芽が顔を覗かせていた。
青年は目を見開いて、人形の手をレキからひったくるように自分の手におさめた。凝然と芽が生えたそれを見下ろし、ついで人形の顔を見遣る。
「――……った」
呻くように呟いて、反対の手で目を覆った。