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「――ということで、きみたちの幸せ、わけてもらえないかな?」


 大の男が折った両膝を抱き、小首を傾げてレキたちを見上げる様は、どこか滑稽ですらあった。

 おまけに人のために役立てるのだと言われれば、断るのも自分の方が悪人のようで気分が悪いものだ。


 例にもれず、レキはその大きな子犬のような男の仕草に小さく吹きだした。


「わかったよ、お兄さん。ぼくはなにをすればいいの?」


 折れたレキに、ハナが負けじと「わたしもー」と声をあげる。


「おぉっ、やってくれるかい?」


 ありがたい、と青い目が輝く。

 探るように内ポケットに手をいれた男が、掌に収まるほどの小袋をとりだした。こどもたちがじっと視線を注ぐ中、黒い手袋をはめた右手に口を開けた袋を慎重に傾ける。

 コロコロとでてきたそれは、大豆くらいの――というよりは、大豆そのもののような粒であった。


「――た、ね?」


 掌を覗きこんだレキが、自信なさげに正体らしき言葉を口にすれば、男から「あったりー」と陽気な声が返る。


「福花禍実の種だよ」

「フッカカジツ?」


 耳慣れない単語に、ハナが目を瞬かせる。


「人の幸せを栄養にして花が咲くんだ。で、不幸な人がその花を手にすると、幸せをわけてあげるのとひき替えに、この種が実るってわけ」

「じゃあ、これは不幸の実ってこと?」


 率直なレキの言に、男が苦笑った。


「うーん、言葉は悪いけど、そういうことになるかなぁ」


 ふーん、と手袋にのったそれに手を伸ばしかけたレキを、


「ちょっと待った」


 青年は掌を握りこんで遮った。不思議そうに見つめるレキと藍のまなざしがゆっくりと交わる。


「いい? これは手にとった瞬間から、成長がはじまるんだ。直に種に触れたら、待ったなしだ――本当に、大丈夫だね?」


 なにをそれほど注意することがあるのかと怪訝そうながら、こくりと頭を縦にしたレキに男が再度掌を開いた。

 うかがう視線を投げかける男に構わず、レキが伸ばした指で種をとりあげる。

 続いたハナに、


「お嬢ちゃんも、いいね?」


 かけられた声に頓着する風もなく、少女は摘んだそれを自らの掌に転がした。


「じゃあ、それを握ってくれるかな」


 おとした声で指示されたとおり、二人は揃って種を拳に納める。


「これ、どうなるの?」

「まぁ、もうすこしすればわかるから」


 レキの問いかけを手で制し、青年はじっと小さな手を見つめた。倣ってレキも種を握った右手に目をおとす。

 ほどなくして、レキは彼の言葉を実感することになった。

 あ、と短く声をあげ、ぱっと顔をあげる。


「なんか、掌がむずむずしてきた!」


 とっさに手を開こうとして、男の大きな手にやんわりと止められた。


「おっと、そのまま握ってて。それはきみの手の中で種が成長してる証なんだ。内側から押される感じがしたら、ゆっくりと指を開いていくんだ」

「ぼくの手の中で育つの?」

「そうさ。きみの幸せを感じて、種が育って花をつけるんだ。――そろそろ芽がでてくるんじゃないかな」


 そう男が言うころには、確かにレキの握った拳を押し開こうとする力が感じられた。


「握ってる力を抜いていくんだ。そう……伸びてくる芽に添う感じで、手を開いて」


 囁く男の声にあわせ、レキが蕾が綻ぶように右手を開かせていく。

 小さな掌に、萌黄の双葉が顔をだした。

 レキが食いいるように注視する先で、芽は瞬く間にその葉を増やし、上へ上へと伸びていく。

 二十センチほどにも達したころ、今度はてっぺんに蕾をつけはじめる。緑で固く閉じていたそれは、そうと見る暇もなく、膨らみを増し淡く色づいた。

 そうしてついには、秋桜にも似た白い花を咲かせたのである。

 白とはいっても、花心に近づくほど薄く紫がかっている。


 声もなく花を見つめたレキが、感嘆に息をついた。


「……この花って、こんな色なんだ」

「そういうわけじゃないけどね。これが、きみの幸せの色ってわけだ。綺麗だねぇ」


 満足げに頷き、レキの掌から花を手折る。儚く折れたあとには、レキの手にはなにも残ってはいなかった。男の手に花がなければ、幻かと思うほどだ。

 男が傍らに置いた籐で編んだ大きな鞄の留め具を弾き、口を開く。

 中にはいった色とりどりの花に目を奪われていたレキは、とすっと肩にあたった軽い感触に、


「あ、ハナのはどんなだった?」


 首を捻って、少女を見遣った。

 瞬間、琥珀の双眸が驚いたように瞬く。

 レキの声に花を鞄にしまっていた青年も顔をあげ――帽子のつばを押しあげてあたりを見回した。


「あれ、お嬢ちゃんは? ついさっきまでここにいたよね?」

「う、ん。いるよ、ここに……けど、寝ちゃったみたいだ」


 いささか戸惑うレキに、男は怪訝さを隠さない顔をむけた。


「え、いるって、どこに?」

「お兄さんの目の前にいるじゃない」


 きょとんとレキが自らの隣を指さす。

 その仕草に、青年の優面に困惑といらだちがいり混じる。


「……いるって、これは――人形でしょう?」


 男が投げた視線の先にあったのは、見紛うことなき女の子の人形であった。


 大きさは五・六十センチほどもあるだろうか。

 いかにも手作りなそれは、柔らかな茶色の毛糸の髪に蓮華でできた花冠を飾り、ぱっちりとした黒い瞳と小さな微笑みを浮べた愛らしい少女だ。

 その少女の人形が、レキの肩に頭を預けるようにして、さきほどまでハナが腰かけていたベンチに座っている。

 そして、レキはこれこそがハナであると、至極真面目な顔で指し示していた。


「ハナは眠ると人形に戻っちゃうんだ。ちゃんときてる服だって、花冠だって、一緒でしょう? それに、ほら」


 レキが人形の柔らかな手をとった。


「芽がでてる」


 しっかと、布でできた小さな手は握りこまれている。その指の隙間を縫って、細い頼りない芽が顔を覗かせていた。

 青年は目を見開いて、人形の手をレキからひったくるように自分の手におさめた。凝然と芽が生えたそれを見下ろし、ついで人形の顔を見遣る。


「――……った」


 呻くように呟いて、反対の手で目を覆った。



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