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 うららかな春の日ざしが、見渡すかぎりの新緑の絨毯に降り注いでいる。

 草原を柔らかな風が駆けるたび、きらきらと萌黄の輝きが返る風景の中、レキとハナは店先のベンチにあった。

 時折高く笑声をあげながら、なにやら楽しげに手元を覗きこんでいる。どこから摘んできたのか、時季にはすこし早い蓮華がはいったかごが二人の間には置かれていた。


「ほら、こうやって……っと」


 レキが器用に手先を動かして、編んだ蓮華を輪に繋げる。


「これで花冠のできあがり」


 得意げに目前へと掲げたそれに、ハナは小さく手を叩いた。


「わぁ、レキ、すごーい!」

「はい、ハナ。プレゼント」


 素直にはしゃぐハナの頭へと、レキは得意げに蓮華の花冠をのせた。


「ありがとう。にあってる?」

「うん、可愛いよ。どこかのお姫さまみたいだ」


 くすくすと顔をよせて笑いあう。


「ねえ、レキ、わたしも作ってみたい!」

「うーん、ハナは手がちっちゃいからね、上手にできるかな」


 言いながらも、花かごから蓮華を三・四本抜きとり、レキは丁寧にハナに編み方を教えはじめた。手本を示しながら、懸命に手を動かすハナの具合をたしかめる。

 作業に夢中になっていた二人が、近づいてくるそれに気づいたのは、花を編む手元が翳ってからのことだった。


「やぁ、こんにちは」


 突然暗くなったかと思うと、同時に朗らかな声が頭上から降ってくる。

 揃って顔をあげたレキとハナの目に映ったのは、にこにこと人あたりのよい笑みを貼りつけた青年の姿だった。

 イサよりはいくつか年上だろう男は、きょとんと自分を見上げるこどもたちの前で膝を折った。目深に被っていた帽子のつばを持ちあげ、視線をあわせる。

 深い青色の瞳が、静かに瞬いた。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……いいかなぁ?」


 間近に迫った顔に、レキがわずかに身をひいた。

 興味をひかれたようでいて、戸惑う風でもあるレキの視線を受けながらも、男はいっこうに構う様子もない。変わらぬ笑顔で首を傾げ返答を待つ様は、あくまでも人懐っこい。

 レキとハナは互いに顔を見合わせると、躊躇いがちに顎をひいた。


「聞きたいことって、なに?」

「ありがと。簡単なことなんだけど――きみたち、今、幸せ?」


 レキの促しに、唐突に問う。

 今度はレキが首を傾ける番であった。質問自体はごく簡単なものだったが、あえて問われるその意味を図りかねているようだ。

 それでも、レキはおずおずと頭を縦にした。


「う、ん。毎日楽しいし、幸せだよ?」

「そっかー、じゃぁ、そっちの女の子は?」

「わたしも、幸せ」


 むけられた矛先に、こちらは特に悩む様も見せずハナが微笑む。

 男はうんうんと嬉しそうにあいづちを返した。


「よかった、二人とも幸せなんだ。じゃぁ、さしつかえなかったら、すこしお兄さんに協力してくれないかな?」

「協力?」

「そ。あ、難しいことじゃないよ? ここで座っててくれればできることだし――どうかな?」


 レキとハナは再び視線を交わらせた。

 青年の絶やしたことがないような笑みとあたりの柔らかさは、接する者に警戒心を抱かせない。

 けれど、それを逆手にとったようななにくわぬ強引さは否めなかった。

 そんな雰囲気は幼心にも感じるらしい。笑顔の中に困った色を隠さないハナが、じっとレキを見つめた。

 レキは瞳を移すと、探るように注意深く男の上から下までを眺めやった。

 男はこどもたちの露わな不信感に、まいったな、と頬を掻く。


「うーん、そんなに怪しいかな?」

「ちょっと、ね。ぼくたちみたいなこどもが、お兄さんに協力してあげられることなんて、あるとは思えないもの」

「いやいやいや、そんなことはないよ? 本当にたいしたことじゃないんだ」


 そこまで言われると、正直、レキも興味をひかれないではいられなかったらしい。もともと好奇心旺盛な性質の少年なのだ。


「……じゃあ、協力するかどうかは別にして、なにをするのか、教えてもらってもいい?」


 レキの提案に、青年の表情がぱっと輝く。


「もちろん。きみたちのね、幸せの欠片をわけてもらいたいんだ」

「幸せの、かけら?」


 繰り返して呟いたハナに、男は二度三度と大きく頷いた。


「そうなんだ。あ、もちろん、欠片をわけてもらったからって、きみたちが不幸な目にあったりするわけじゃないよ?」


 そんなの、おれだって後味が悪いからねぇ。


「お兄さんにぼくらの幸せをわけてあげて、それってどうなるの?」

「うん、それを今度は不幸だと思ってる人に、おれがわけてあげるんだよ。そうしたら、その人に幸せだと思えることが起こるんだ」

「欠片をわけてあげただけで?」


 ほんのわずかな欠片でなにが変わるとも思えない、とレキの琥珀の双眸が純粋な疑問を映すのに、男はしばし言葉を探した。


「そうだなぁ、こう言えばわかりやすいかな。不幸っていうのは、闇の中にいるみたいなものなんだ。真っ暗で、まわりも見えない。自分がどこにいるのか、どこへいけばいいのかもわからない。それって怖いことだろう?」

「う、ん」

「そんな暗闇の中で、細い一筋の光でもさしこめば、それがどんな些細なものでもその人にはまぶしく感じられると思わない? きっと明かりにむかって歩きだそうって思えると思うんだよね、おれは。明かりが手元を映すロウソクの炎みたいなものでも、束の間の安らぎを得ることができると思うんだ」


 だから、例えロウソクの明かりくらいの価値しかないとしても、幸せをわけてあげたいなって。


「――ということで、きみたちの幸せ、わけてもらえないかな?」


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