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「あ、ハナ。おはよっ」


 戸口に立つ、自分よりも頭一つ分低い少女に、レキが破顔して椅子を飛びおりる。

 勢いのままに走りよってきたレキに、少女――ハナも笑みを浮べた唇で、


「おはよ」


 レキとイサを交互に見遣って、小さく頭をさげ挨拶を返した。

 拍子に揺れた、肩にかかる緩く波うつ髪は栗色で、二人を見上げる瞳は黒くぱっちりとして愛らしい。

 そんな彼女の柔らかな手をとって、ドアの影から連れだしながら、レキはにこにこと話しかけた。


「これから、店の掃除するんだ。ね、一緒にやろうよ」

 それが終わったら、外に遊びにいこう。


 ひかれるままに歩きながら、ハナが笑顔で頷く。

 まるで遊びの一環のように、手に手に掃除用具を持って飾り棚へむかうこども二人に、イサは苦笑を零した。


「できる範囲でいいからね」


 その声が聞こえているのかどうか、こどもたちは大儀そうに椅子まで持ちだして、棚の掃除をはじめた。

 ハナがおぼつかない手つきで、棚に陳列された品にはたきをかける。隣で、こちらは手馴れた様子でレキが雑巾をすべらせた。


 棚に置かれた品は個々を見れば、どれもごくありふれたものだ。

 だが、全体として考えると、違和感を覚えずにはいられない一角だった。

 ひどく、統一性に欠けるのだ。


 例えば、赤いリボンの色褪せた麦藁帽子。

 色も大きさも異なる一対の手袋。

 お世辞にも上手いとは言いがたいどこかの風景画。

 そして、薔薇とかすみ草のドライフラワー。


 関連性もなければ、売り物としても飾りとしても、ぱっと見るかぎりには価値を感じられない。

 そんな品々ばかりが並ぶ棚を見上げ、ハナが不思議に思う風で、首を傾げた。


「これって、このお店で売ってるの?」

「売ってるわけじゃないよ。欲しいっていう人がいれば、譲らないわけでもないけど」


 飾られたものたちを丁寧にどかしながら、雑巾をかけるレキがあっさりと口にすれば、少女の顔が困惑を増した。


「じゃあ……飾り物?」

「うーん、飾り、とは違うかなぁ。しいて言うなら、忘れ物、かな」

「忘れ物?」

「お店にきたお客さんが、置いていくんだ。忘れていったり、わざと置いていったり、色々だけど。それぞれに思い出があって、おもしろいよ」


 これなんか、とレキはたまたま手に持っていた絵皿を、ハナの方へとむけた。

 割れたのか大きなひびが二つほどいっており、修復した跡がある。それでも直し切れなかったのだろう、淵が一欠片、欠けていた。


「だんなさんが大事にしてた、高いお皿だったんだって。でも、大喧嘩した時に、奥さんがたまたま割っちゃったんだ。ほら、ここが欠けてるでしょ? 破片を集めて繕ったんだけど、どうしてもこれだけ見つからなかったんだ」


 説明しながら、レキが絵皿を台座にゆっくりと戻す。割れて、欠けているような品であるにもかかわらず、大事な宝物を扱うように慎重だ。


「変なの。壊れてるのに、飾っておくなんて」


 不可解な思いを率直に告げたハナに、レキは愛しむように皿の淵に指をすべらせ、目を細めた。


「壊れたって、これに宿った思いはなくならないもの」


 説明するというよりは、独り言の体で呟く。

 聞きとれなかったらしいハナが、さらに首を捻るのに、レキはにこりと笑った。


「壊れても大事なものは大事だってこと。――そっちにあるドライフラワーだって」


 そう、ハナの目線より上にあるガラス花瓶にいれられた薔薇を指さす。


「あるお母さんが息子さんから、花束を初めてのプレゼントでもらったんだ。とっても嬉しかったから、お母さんはいつまでも残るようにってドライフラワーにしたんだよ? 花は枯れちゃってるけど、お母さんにとっては大事なものだったんだ」


 ね? とハナに視線を移したレキは、動きを止めた。

 花を見上げる少女が、口元に刻んだ微笑とは裏腹にどこか寂しげな、痛みを殺すような色の表情を浮べていたのだ。

 驚いて、どうしたのか、と問おうとしたレキだったが、それは背後から届いた柔らかな声に遮られた。


「それ以上は、手が届かないだろう? 棚の掃除はもういいよ。ありがとう」


 振り返ったレキに、イサがカウンターの奥から静かに首を左右にする。踏みこむな、と告げてくる紫石の輝きに、レキはなにかを察したらしい。


「ハナ、テーブル拭こ」


 かけられたレキの普段と変わらぬ声に、ハナもなにごともなかったように振りむいた。誘いに椅子から危なっかしい動作でおりてくる。


「それが終わったら、遊んできていいよ」

「うん」

「わかった」


 二人揃っての返事を受け、イサは陳列棚に一瞥を投げたあと、広げていた新聞に戻った。

 レキとハナの二人がはしゃぎながら手伝いにもならない手伝いを終え、


「いってきます!」


 元気よく外へ飛びだしたのは、それからいくらもたたない時分だった。

 二人の姿が扉に消えたあと、にこやかに送りだしたイサが、やれやれと困った風で小さく息をついた。カウンターをでて、掃除道具を手にとる。


「さて、と。僕も開店準備をしようか」


 ひっぱりだされたままの椅子を戻し、イサは換気のために店の戸を大きく開け放した。


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