木霊姫の迎え火
――壱――
「婿様をお迎えに参りました」
墨染めの暗夜に峙って見える大木の――。
と、よく視めてみれば、それは五尺三寸(約二メートル)もある大男――だった。
その膚は、あたかも木の幹かと思わんばかりの、堅く、薬研の底の、擦っても垢一つ出てきそうもないほどで。赤ら顔の鼻高の、篠懸と袈裟に身を包み、錫杖を手に持った、修験の男であった。
中から出てきた壮年の男性と婆様や、その縁者と思わしき幾人の家人達は顔を見合わせて、頭に疑問符など浮かべている。
その中の壮年の男性が、代表として、身を整え、口火を切る。
「これはこれは天狗様。ようこそいらっしゃいました。僭越ながら申し上げますと、私どもにはさっぱりと分からないことなのでございます。ここにいるのは年寄りか、すでに婚姻を済ませたものたちばかりでございます。あとに残りましたのは乳離れの出来ていない嬰児が多数と、本日に亡くなりました爺だけでございます」
修験が大仰に頷くと、あたかも旋風が巻き上がりそうな気勢と迫力に、男達は一歩後ろに下がりそうになった。
修験は、承知しているとばかりに、首を打ち振り、黒鬚を軽く撫で、
「然り」
と答えた。
その修験の言葉に、彼等はますます疑問符が重なること甚だしく。
「それに婿とはいったい誰の婿ということなのでございましょうか」
「我らが森の主様であらせられます木霊姫様の婿様ということでございます」
と云うと、勿怪そうな顔つきとなる。
誰か、彼の者の知己となった者がいたかと、無言で、視線をぐるりと這わせるが。順番に首を振るばかりで要領を得ない。
「私どもにはとんと心当たりがございません。それに私どもは通夜の最中でございます。そのような日取りに祝言などいうのも解せぬことでございます。天狗様はいったい誰のことを仰っているので御座いましょうか?」
その言葉に再び頷くと、鬚を撫で、錫杖を打ち鳴らし、修験は云う。
「然り。そこに横たわりあそばすご老人の魂をお迎えに参り申す」
――弐――
「ああ忙しい。忙しい」
荘厳なる森厳の、水晶殿裡のさなか。忙しなくも動く影あり。それも複数。
前髪で目元の隠された、その表情の、目線の視める先は、とんと掴めず。
薄紫色の、洋風の、給仕服に身を包んで、腰巻を摘んであっちこっち。それも姉妹か、あるいは同一規格なのか、皆、寸分変わらず同じ容姿で。
扮装も残らず、服の皺の付き方さえも同一なのではと錯覚さえ起こす。
扉を叩いた修験は、その侍女より招き入れられた。
「これはこれは弾正坊様ではございませんか」
「お久しぶりです」
「あ、わたしは今朝お会いしましたよ」
「ええっ、そんなこと一言も言っていなかったじゃない」
「相変わらず背が高くて羨ましいです」
「あなた、もっとすらりとしたいって言っていたものね」
「まあ、これ以上伸びることはないんですけど」
「でも、横には伸びるかもしれないわね」
「それは嫌だなぁ」
「どうぞもっと中へお這入りくださいませ」
ぺこり、と一礼しては夥しくも、わらと集まってくる侍女軍団に、一人が仕事の続きと渇を入れれば、さあっと、散っていくことこれまた夥しく。
数人ほど残ったのだけれども、修験には、いったい誰が誰なのか分からないという有り様で。双子や三つ子の一卵性の多生児でもここまで似ないだろう。さながら、大量の二重影にでも遭遇したような、狐か狸に化かされたような、そんな気勢。
修験は鼻を掻きながらも、非常に困惑したように、あるいは面目なさげに答えた。
「大変申し訳ござらんが。僧にはどなたがどなたなのかさっぱり分からぬので……」
「わたしたちは、まあ、そういうモノですから」
「そうそう。気にするだけ無駄ですよ」
「あんまり悩んでいますと頭髪が薄くなってしまいますよ」
「ええい。まだ禿げておらぬ。ちょっとばかし額が寂しくなっただけじゃ。鞍馬のと一緒にして貰っては困るというもので……」
なにやら見苦しく言い訳を始める様であるが。
確かに、やや寂しくなったとはいえ、頭髪は黒々と残っている。半分ほど。
ごほん、と一度咳払い。
青碧の天井の、高らかに昇った太陽の。
白光を受け、山稜の頂から地上へと傾くにつれ、瑠璃や翡翠や瑪瑙や琥珀を帯び、虹色へと階調を次第に変えてゆく。曰く水晶殿裡と名の由来の通り、三稜鏡のごとく七色を反射する。
壁龕には百合、桔梗、曙升麻、と夏の顔の装いをして、常夜の森の主である木霊姫の顕現を祝福しているようであった。
しかし柔らかな光が修験の額に伸びると、少し嫌そうに天井を打ち仰ぐ。まるで、自分の額が万華鏡のように姿を変え、艶やかに反射っているようではあるまいか。などと、仄暗い考えを胸中で呑み込んだ。
「姫様にお目通りをお頼み申す」
「承知いたしました。ただ、ちょっといまご機嫌があまり宜しくないようでして」
「朝にご機嫌伺いに参った節には、待ち望んだ輿入れだと大変はしゃいでいた様子でござったが……」
「急に不安になってしまったんでしょうか」
「いわゆる結婚の憂鬱ってやつですかねー」
「姫様にお会いしましたらなるべく優しくしてあげてください」
「それはもう、蒲公英の綿毛にくるむように」
「否定するようなことは仰らないほうが良いと思います」
火の付いた花火でもあるまいしと、比較的穏やかな木霊姫のことをおもんばかっては鬚を撫でる。
扉に刻まれた胡蝶蘭の、金と銀と白の絢爛な細工に目を奪われながらも、それが修験には美しい物としか認識できず、自分が鑑定士だったのならば、この素晴しい彫刻の価値を知り得たのかもしれないと口惜しく。いや、もしかしたら知らぬ方が風情を愉しめるのかもしれぬと、無知を恥じるどころか、得意気な鼻になったのは、本人の素養だったのかもしれない。つまり、天狗の。丸太の人形ならば鼻でも伸びているところであったが、すでに鼻は高く、また、嘘を吐いているわけではない。
侍女に案内されるまま、扉を潜る。
そこは鈴蘭の花の衝立で区切られた、女性の姿。
「姫様。弾正坊様がお見えになりました」
ぐっと、いつの間にか、腹の辺りの、臍下丹田に力が入る。
思いがけず侍女にさんざん脅かされたためか、自然と身構えてしまっていたようだ。
あるいは、高貴なるものへの根源的な敬意からか。雅やかに、夏だというのに、春めいた風情が殿裡に香った。
「爺。よくぞ来られました」
良く透き通った、薄荷を思わせる声を響かせ、物腰の柔らかな、そして厳かな雰囲気を漂わせている。挙措と言葉だけで、品位を知ることが出来るならば、きっと向こうにいる人物は相当の気品と美貌の持ち主なのだろうと、否応なしに想像をかき立てられることになるだろう。
が、見知ったはずの声は、もっと生彩を放っていたはずだと、修験の記憶に新しく。衝立の内から覗く気配に、悄然とした気色が混じる。
化野森の銀蚕に、紡がれた正絹の鳳凰の舞う白無垢姿に身を包み、高島田に結われているこの人物こそが、くだんの木霊姫その化生であった。
「姫様におかれましては、この度の儀、まことにめでたく存じ上げます」
「良いのです。爺と私の仲ではございませんか。それほど改まることではございません。なれど、お気持ちは十二分に受け取りましょう」
「さらにお綺麗になられました。その容色に恵まれた様を視めましたのならば、桜の蕾も春かと開花するほどでございます」
姫は微笑みつつ。
「衝立で姿も見えぬのに気を遣うことはありませんよ」
「気など遣っておりませぬ。美貌など表面的なことだけではございません。裡から漂って来るのでございます」
褒められれば気分が良くなってきたのか、悄然とした雰囲気が、いくらか和らいだ。
しかし、今度は不安の色に気色ばむ。
「それで、彼の様子はどうでござましたか?」
「はい。姫様のご顕現の日と同じくして、人としての命を終えて御座います」
「人の命とはなんとも短いものでしょうか。私が力を取り戻している間に――申し訳ないことをしました」
「しかしながら申し上げますと、まだ、魂は彼岸に捕られてはございませぬ。彼の者の魂は体の裡に留まって御座います」
眉目の険が取れ、ほっとしたように胸をなで下ろす。
姫の慕情に震えた声に、艶が匂う。
何よりも申し訳なさ、とか、その身のうちに溜めていた瘤が、ついっと、あふれ出したようで、清水のごとき清流に、いささか激しい、雪解けの水が流れ込む。
少しばかり濁ったものが、あたかもすべてを洗い流そうとしているのだろうと、言の葉に籠めた思いを吐き出す。
「まだ未練だと。少しは心のわだかまりも溶けました。私との契りは失われてはいないのですね」
「左様であります」
「契りは血よりも濃いことでございます。ですが、ああ、老い朽ちさせてしまった私を恨んでいるのではないでしょうか。一番美しいときに、結べなかったことを恨んでいるのではないでしょうか」
「かようなことございません。人は、老いて朽ちていくことに幸福を感じる生き物でございます。長く、細く、生きながらえることが美徳と聞き及びます。したがって、姫様を恨むなどということなどございますか」
「さようで御座いますか?」
「左様で」
「それは私にはあまり縁のない考え方でございます。老いて朽ちることに幸せを感じるなどと申すのは。芽も残せぬようになり、咲くことも出来なくなることになんの意味があるのでございましょうか。老いて朽ちてゆくのならば、そこを新しきものに明け渡すのが、我々の慣わし故に」
「人は短命ゆえ、なるべくその場に座していたいのでございましょう。彼等の体はあまりにも脆く、そして儚い」
「我らの元に迎え入れられれば、そのような心配など無用でございましょう」
「しかしながら、強く、美しい、もしくは姫様に寵愛された魂ならば、我らの夥多となることにございましょうが。少しはぐれた魂を受け入れれば、たちまち美姫を喰らう蛾となるでしょう」
「ああ、それは困りましたね。あれがあまりにも増えれば、私どもも難儀することとなります。なれど、やはり待たせたことが憂慮かりなのでございます」
「なれど、待たせた。と申すは姫様のせいではござらん。あの雷神の倅のせいでございましょう」
修験と同じくして、侍女達が碧の天井を打ち仰ぐ。
いささかの非難と、いささかの怒りを含みながら。
「そうですよ。恐れ多くも姫様を嫁に欲しい、などと」
「あの豚面で、父親の神力と威光に頼るしかない坊のくせに」
と、姫は片手を軽く上げ。
「そう悪く言う物ではありませんよ。悪戯に怒りを買ってしまったのは、私の不徳の致すところでございます」
順番に侍女達が口を開く。
そのぴーちくぱーちく喧しい様とは、姦しいとはよく言ったもので。
「ああ、姫様」
「なんとお労しいことでございましょう」
「ただ、契りを結んだ者がいるから、お受けできないと断っただけなのに!」
「それを、自分をないがしろにしたなんて、言いがかりも良いところです!」
「単なる嫌がらせじゃない!」
などと、さえずる彼女等の声を遮るように、姫の声が凜と響く。
「私の依り代が稲光に打たれて済んだことです」
と、姫の装いが整ったようで、一斉に、道を創るように、侍女達が立ち並んだ。
「ご用意が出来ました」
「皆感謝いたします」
「もったいないお言葉です」
「爺。結納の品はあれで足りるでしょうか?」
「足りぬ、と言えば姫様のお心のままにどれだけでも御蔵を開くだけでございます」
「それでは輿入れに参りましょう」
「姫様。恐れながら申し上げますと、婿を迎え入れるのでございますから、入り婿、あるいは婿取りと言うべきでございましょう」
「ならば婿取りに参りましょう。さあ、火を」
「御意に」
ぼっと、手提灯に蒼い火が灯る。
従者達が順に、手に掲げ、暗夜に浮かぶ鬼火のごとく夥しく。
修験を先導に行かせ、百鬼夜行のごとき行列は進み始めた――――
――参――
「義兄の魂を持って行かれたら、私どもはいったい何を拝めばよいのでございましょう」
壮年の男の横にいた婆が、修験の男の前に躍り出た。
物怖じしないその態度、などと申すことは出来ない。震える手と、体を、必死で繋ぎ止めているさまは、なんともいじらしい姿だろうか。婆とは思えない端整な顔貌に、婆とは思えない胆力を有しているようであった。
修験は、彼女の言葉に鬚を撫で、しばし考える仕種をした。
強き意志への敬意か、あるいは最大限の譲歩か。
兎に角、悪戯に害することがない、というのは事実である。
「人の子は、故人を拝み、彼岸へと旅立つのを見送ると聞き申す。なれば、祖霊を拝むことも、同じことではござらんか。送り出した者の、刻まれた記憶を拝んでいるのだと」
「なればこそ、義兄が浄土へと旅立つまでお待ち頂けないでしょうか?」
「承知致しかねる」
「それならば、私どもも委細承知とはとても言うことが出来ません」
修験は、然り、とばかりに鼻を鳴らし、錫杖を打ち鳴らし、宣言するように、高らかに言い放った。
「故に、結納の品をお持ち申した。気兼ねなく受け取られよ」
瞬間。どこに隠れていたのか、目元の隠れた、洋風の扮装の侍女達の姿が現れる。その数、十か、二十か、修験の言葉とは打って変わって、呑気な気配さえ混じる。
「はーい。こちらでございまーす」
などと、羽毛よりも軽そうな声で、鉛よりも重そうな荷物を運び始めた。
寿留女に瑠璃の子安貝。
優曇華の花に、寿恵廣の金銀扇子。
酒精の棲む地下水脈の酒清水。
その酒を封じ、閻浮那陀金を沈めた一対の柳樽。
瑠璃、翡翠、紅玉、琥珀に金に銀に真珠の真玉。
閻浮那陀金の金包包み。
雪の振袖。緋綾帯
様々な山の幸の群れ。夥しいほどの米俵の数。
見たこともないような財貨と食糧が順繰りに運ばれる。
その数、一代で財を成すことが出来るほどの量で、いや、一代どころか、二代、三代と続いていけるだろう。
無数の宝物を打ち眺めて、親類の目の色が変わった。
一人の仏の対価としてはあまりにも多い。それも、躯を損壊させようという腹づもりではない。魂を受け取りたいという申し出はあまりにも破格に映ったのだろう。
それでも一人、難色を示す者がいる。先程の婆である。
良人を亡くし、それなりの間、義兄である老人と暮らしていたのだ。もはやそういうことなど起きないとしても、情が湧くのが人情というものだろう。いや、彼女は情などと柔和な気持ちなどではなく、もっと深い、思慕の念さえ感じられる。
老人の身内は兄弟と、従兄弟、甥や姪ばかりで、遂に所帯を持つことはなかった。
穏やかな人物ではあったが、死の最後に、婆が見た姿は、なにか憂慮かりを残していたと、そんな気さえしたのであった。
不意に、ぼっと、山の向こうより明りが灯った。
ずらりと、その夥しい数の鬼火が、彼等の目の前に突如として現われたのだ。
この家まで繋ぐ、何十里という距離を、一斉に、手提灯を掲げた従者達が、姿を見せる。
婆は、提灯というのは少し趣が違うと、違和感を覚える。あれは、手提灯だと思った物は、蓮華灯籠なのだろう。うっすらと、この世の火ではとうてい出せない色の、青白い炎。映し出されているのは、蓮の花。
此岸と、彼岸が繋がってしまったのか。
一部の親類は平伏し、ひたすらに念仏を唱えるばかりで役に立ちそうもない。
あの明りの中を、悠然と歩く、女性の姿。
綿帽子に、白無垢姿。鳳凰の紋様が浮かび上がる。
角隠しとは、鬼にならぬために付けるのだという。しかし、もとが化生の者だったとしたのならば、いったい何を隠すというのか。
それ故に、すっぽりと、頭を覆った綿帽子なのだろうか。いや、あの額の隙間から見えるのは、確かに二本の、樹枝如き角ではないのか。
あれが木霊姫なのだと、婆たちは確信に至る。
彼女等の前で立ち止まると、柔和に微笑む。
寂寞の中に、美麗に立って、白珠の真珠の如き肌に、翡翠の如き双眸に藍碧の光を溜めた。
禁忌、とまでの美しさに、薄荷の清涼さを纏い、甘やかで、艶やかな、姫の所作に合わせ、春が薫る。
壮年の男性はおろか、その父ですらも、陶酔とした感覚に身を酔わせる。
たぐいまれなる美酒を呷っているような、夢見心地で、胡蝶の翅を広げて、どこまでも飛んでいってしまいそうな気勢さえ感じた。
「旦那様を迎えに参りました」
「旦那、と申しましても、義兄はすでに物言わぬ身でございます。それを私どもから奪っていくというのでございますか」
「貴女方は良うございます。彼と過ごした記憶が、年輪の如く刻まれているのですから。ついに私には刻まれることのなかった人の証が」
「だから許せ――と」
姫は横に打ち振る。
それは否定とも肯定ともいえない、やんわりとしたものだった。
「私と彼は契りを結びました」
「契り、とは?」
「彼の、人で申せば幼少のみぎり、婚姻の約束を致しました。なれど、今世は結ばれることは難しいだろう、とも申しておりました。その矢先、私は稲光を受け、依り代を失してしまいました。再び芽吹かせ、顕現する六十年という月日で、老い朽ちてゆく様は、なんとも心苦しいものでございました。私たちの刻ではほんの一時だけれども、生涯で一番長い一時でございました」
「化野森の姫様。ご無礼をお許し願います」
「人の子よ。私の顔に唾を吐きかけるならいざ知らず、胸の裡を申すことが、なんの失礼になりましょうか」
「それでは、私の気持ちが晴れぬのでございます」
姫は婆の胸の裡の一端を識ってか、憂慮わしく手を伸ばし、頬に触れれば、優しく語りかける。
「それはどうしても出来ぬのでございます。貴女達には、記憶と躯を置いていきましょう。私は魂を連れていきましょう」
一拍置き、離れ、両の手を天に捧げると、月明かりが降ってくるように、きらりと、姫の手の中に留まる。
「彼の死の日に、私は顕れることが出来ました。まだその躯に、思慕の炎が燻って見えます」
唄うように、響くように、谺が、暗夜に反響し、溶け込んでいく。
昏く、濁ったものなど感じさせず、ただ、清しい光が溢れるばかりで。
「さあ、おいでませ。私の愛しい旦那様」
ぼっと、老人の躯から、薄明の火を点した光焔の燈りが熾る。
鬼火よりももっと明るく、蛍火よりももっと美しく、激しく燃え盛る。
「人の魂とは、老いてもなお、美しいのですね」
婆の横を通り過ぎ、姫の隣へと佇むと、形を作る。段々と若き。人の姿へと。
老人は――壮年は――青年は、最後に一度振り返り、穏やかに微笑むと、あとはもう……。
「ああ…………義兄様が行ってしまう……………………」
婆は彼等を追いすがる。
必死で追いすがる。
追いすがるが、その後ろ姿に、ついに追いつくことはない。
迎え火を道しるべとして、無数の従者を引き連れ、繰り出すは化生の花嫁行列――。
参考文献
泉鏡花(1942)『海神別荘』(鏡花全集 第二十六卷)岩波書店、青空文庫.