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監獄タイムマシン

作者: ゆたすよこ

憂鬱な横顔の青年。彼は天才的科学者である。

発明家でもある彼は世間に広く知られる有名人だった。

そんな彼の暗澹たる眼差しには理由がある。

恋人に裏切られたのだ。

厳密には親友に恋人を寝取られたと言ったほうが正確だろう。

彼は親友に対する復讐を誓った。だがすぐには実行に移せなかった。

だがそれによって彼自身が逮捕され、何十年ものあいだ研究設備から引き離されて拘束されるというおそれが、彼を思いとどまらせていたのだ。

彼にとってはかつての恋人と同じぐらい、自らの抱えたいろんな研究や発明は重要だったからだ。

塞ぎ込んだ気持ちのままいくつもの季節を通り過ぎ、彼の手がけたなかで最大の発明がついに完成をみる。

彼はその「ちいさな装置」をある部屋に設置することを決意した。

ある部屋とは、とある刑務所の一室。

そして彼が作り上げたのは、小型のタイムマシンだった。


有名な発明家である彼は、囚人の待遇を改善するために特殊なアメニティを設置するという名目で刑務所へ入ることは容易だったし、実際そのような設備(囚人たちの気持ちを安らがせる効果のあるものなど)を発明して設置もした。

そして同時に、彼はある一室にタイムマシンを設置することに成功したのだ。そこは間もなく出所することが決まっている囚人の部屋だった。


彼の計画の概要。

いまや元恋人の夫となった親友を殺害したのち逮捕され、裁判ののち目的の部屋へ収監される。そして刑期と同じ時間を未来へ跳躍するのだ。

彼自身にとっては、収監されたその日のうちにその若さを残したまま出所できることになる。

ちいさな装置なのであまり長い時間旅行はできないが、彼に必要なのは未来への片道切符だけだからそれで事足りた。


計画は思いのほか順調に展開した。

まず彼は、目的の部屋が空きになったことを確認してから犯行に及んだ。

彼はすぐに自首をし、裁判では罪状を全面的に認めたので異例のスピード裁決となった。

彼が最大の危惧を感じていた「目的の部屋に入れるかどうか」ということも、なんなくクリアした。その部屋の前に連れてこられた際、彼は思わず快哉を叫ぶのをこらえるのに苦労したほどだ。

しかし彼が予測しなかったことがひとつだけ起きていた。

部屋にはなぜか別の収監者がいたのだ。

看守たちは気づかなかったようだが、奥まった場所にあるベッドの上で壁のほうを向いて横たわっている男の姿があった。

顔は見えないが、まだ若い男のように見える。

この部屋の前の住人とは違うことに気づいたが、彼はたいして気にも止めなかった。どうせすぐに自分は刑期を終えるのだ。

彼はタイムマシンに釈放の期日を入力し、さっさと未来へ旅立って行った。


未来で彼が目撃したもの。

部屋は2段ベッドでひしめき合い、収監者は10人ほどに増えていた。

近くにいた囚人に問いかけたところ、この数十年の経済恐慌と政治不安で凶悪犯罪者が急激に増え、いまではどこの刑務所も定員オーバーとなっているらしい。彼ら自身もその事実のないままに独裁政権によって政治犯として捕らえられ、重い刑を課されてここへ投獄されたという。

看守が鉄の扉を開け、一人の年老いた囚人を選び出し連れ出そうとした。

この日で釈放になる囚人らしい。

彼は看守の元へ駆け寄り、今日で刑期満了なのは自分だと訴えかけた。

看守は見かけない囚人が紛れ込んでいたことに戸惑い、彼を詰問する。

数十年不在だった彼はもちろん看守の問いに答えることができない。

看守は彼が囚人たちの脱走を援助するため潜入した政治犯だと決めつけて捕らえようとする。この時代、政治犯の逃亡を助ける者は死刑と定められていた。

死刑になってはかなわないと考えた彼は、再び元の時代へ戻る覚悟をする。

これなら最初から刑期をまっとうに務め上げたほうがいい。

タイムマシンはもう一度だけ使える状態だった。看守たちに捕まるや否やという危ういタイミングで、彼は彼がいた時代へ再び戻るためのボタンを押す。

彼の二度目の時間旅行も成功する。

疲れ果て失意した彼は、観念してベッドに横たわることにした。

これからこの部屋にはどんどん囚人たちが増えてゆくのだから、せめて一人でいられる間だけでも寛いでいたい。


まどろむ彼の後ろで、鉄の扉が開かれる音がする。

もう一人目の同居人が入ってきたのか。

彼は内心舌打ちしながらも、深い眠りに落ちてゆくのだった。

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