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Silent Guitar  作者: 香月智歩
2憧れ
7/7

憧れの裏側と、才能

「何で俺を付け回すんだよ……」

「それは君が私の話を聞いてくれないからだよ」

 午前の授業が終わり、今は昼休み真っ只中。

 購買でパンを買っていると突如後ろから話しかけられ、面倒だからと逃げる俺を執拗に追い回すのだ。それは昨日腐れ縁の店主がいる楽器屋に連れて行った女子。興味なかったから名前は覚えてない。

「何で聞かなきゃいけないんだよ……」

「私が聞いて欲しいから」

 何とも勝手な言い分だ。それに昨日とはずいぶん態度が違うような気もする。

「どうせギター関係のことだろうから言っとくけど、俺はギターを辞めたんだよ。どうせ啓輔からも聞いたんだろ?」

「うん、聞いたよ。でも昨日の演奏を聴いて私分かったもん、君はまだギターを弾きたいと思ってるって。そうじゃないとあんな心弾む演奏できっこないよ」

「随分無茶苦茶な言い方だな」

「そうかもしれない。でも、君はそれでいいの? 私は嫌だよ。あんなに心を引きつけられる演奏が聴けなくなるなんて」

「……。」

「私にギターを教えてくれなくてもいいし、鬱陶しいならもう追い回さない。だから、」

「悪いけど俺のギターが冴えていたのは昔のこと。もう一度なんてないんだよ」

 そう言い捨て俺はその場を後にする。流石に諦めたのか彼女もそれ以上は付いて来なかった。

 俺のギターが金輪際輝くなんてありえないし、あんな思いもう二度としたくない。

 教室に戻るとまだ昼休みなため人影は疎らで、ふと黒板の端に書かれた日付に目が留まる。

 そういえば、今日は例の日か……。

 そう思うだけで自然とモヤモヤした気分になり、足取りも重くなる。



「あのなぁ、なんでお前がここにいるんだよ……」

「何でって、バンドマンの私が楽器屋にいたらおかしい?」

「いや、そういうことを言ってんじゃなくて」

 もう追い回さないんじゃなかったのかよ……。

「まあそう言うなよ。楓ちゃんさ、うちの常連さんになってくれるんだってよ?」

 満面の笑みを浮かべる啓輔に軽く殺意を覚えながらも、呆れてもう開いた口からは溜め息しか出ない。

 昨日ここに連れて来たのは間違いだったか……。

「なら俺は帰る」

「おい、何言ってんだよ。今日は撮影の日だろ?」

「興が冷めた……」

「いやいや、元からやる気ないんだろ? なら同じじゃんか」

「どうせそいつに今日のこと教えたんだろ?」

 でなければこんなにタイミングよく店にいるはずがない。

「おぉ、なかなかに鋭いな……」

 分が悪くなったためどうしたものかと考える啓輔に彼女が提案する。

「お邪魔なら今日は帰るよ。演奏は動画がアップロードされてからでも観れるしね」

 そう言って別れの挨拶もほどほどにその場を立ち去ろうとする、その背中が妙に気に食わなかった。

 俺が負い目を感じることは何一つないのだが、このまま帰られては夢見が悪くなりそうだ。

「はぁ……、もう好きにすれば? でも一度たりとミスなんてする気ないから、すぐに終わると思うけど」

 俺はそれ以上何も言わず、レジ横の通路から一つ目の扉をスルーし従業員専用スタジオに入る。そこにはアンプや調整中のギターが雑然と並べられており、机上には紺色のセーラー服と灰色のカーディガン、ロングヘアのウィッグという一式が違和感満載に置かれていた。

 つまり俺は今から撮影ではお決まりの衣装に着替えるのだが、毎回この時間が一番辛い。

 元より女装趣味などはない俺だが、特にその類に関する嫌悪もない。しかし、だからといってセーラー服、特に普段履くことのないスカートを身に付ける事には多少の羞恥はある。だから業務的にこなしているとはいえ、ふと我に返ると「俺は何をしているんだろう……」と思ってしまうのだ。

 だがこの姿は表舞台から消えた天才少年ギタリストこと橘唯織を、ネットで話題の素性は一切不明の天才ギタリストスイレンと紐づけられないようにする迷彩服(一番の迷彩は性別なのだが)であるため簡単に拒否することも出来ないのだ。今になって考えてみれば着ぐるみという選択肢もあったのだろうが、イメージが定着した今では後の祭りだ。

 俺は手慣れた手つきで着替えを十分ほどで済ませ、撮影の準備が整っているであろう1番スタジオに入る。いつもと違うのは気が重いということ。

 扉を潜るとそこで彼女と目が合う。何か信じられない物を見たかのように見開かれた眼を。

 やっぱ引き止めない方がよかったか……。



 う、嘘でしょ……。この子が唯織、なの……?

 私はあまりの事態に全てを呑み込めずにいた。

 十分前に素っ気なくも見学の許可をもらった私は、一足先に撮影場所の1番スタジオで壁際に用意されたパイプ椅子に座ってその時を待っていた。セーラー服を着て現れるであろう唯織のことを。

 しかしそこに準備を終えてやって来た彼は予想していたような、男の子ではなかった。

 長い髪はウィッグなのだろうが本物のように艶やかで、男子制服を着ている時はシルエットがよく分からなかったがスカートから伸びる脚は恐ろしく細く流麗。動画で観ていた時よりも格段にスタイルが良く、その姿はまるで女子そのものというか、化粧でもすれば彼を男と識別出来る者がどれ程いるかというレベルだった。

 その時私の中で巻き起こった感情はスイレンが予想に違わないルックスだったことによる高揚感と、男の唯織にスタイルで負けてしまったという敗北感。それが渦巻いて複雑な表情になってしまう。

「ガッカリするなら帰ってもいいんだぞ?」

 すかさず見た目からは予想もつかないほどに辛辣な言葉が飛ぶ。

「いや、そんなつもりじゃなかったんだけど」

 唯織はこちらの言い分など一切聞かずその場を離れ、カメラのセッティングをしていた啓ちゃんと何やら話し始める。

「ガッカリっていうか複雑っていうか……」

「唯織君めちゃめちゃ可愛いよね」

「なんていうか、まさかあそこまでとは思わなくって……」

「私もね、もっと可愛くなるからメイクしてあげようかって何度も言ってるんだけど、その度に断れちゃって」

「まあ唯織の性格ならそう言いって当然……、えっ―――」

 それまで何気なく会話していたがふと我に返り声の方に振り向くと、そこにはスタジオの入り口から様子を窺っていた女性店員がいた。確か昨日来た時に店長である啓ちゃんに春花と呼ばれていた店員で、啓ちゃんの実の妹。

「あっ、昨日はギター調整してもらってありがとうございました。春花さん」

「あれくらい大したことないよ。それに私も初心者にあんな状態のギターを売りつけるような楽器店が許せないからね。その楽器店から調整代を貰いたいくらい」

 見た目はあまり似ていない二人だが、経営理念というか信念は共通のものがあるらしい。あと気が強い所も似ているのかも。

「楓ちゃんは和宮高校の軽音部に所属してるんでしょ?」

「えっと、一応メインボーカルとギターをやらせてもらってます……」

「もしかして、バンド上手くいってないの?」

 私の反応から何かを察したのか春花さんは優しく尋ねる。

「私は昔から歌うことが好きだったので合唱部に入ろうかと悩んでて、そんな時にスイレンの動画に魅了されてそのどっちもが出来るのは軽音部しかないって思って入部しました。でもいざ入部してみたら部員は四人しかいなくて、そのバンドにはボーカルがいないらしく私が抜擢されたんですけど」

「そっか、軽音部のメインボーカルってことはギターもそれなりに弾けないといけないわけだ」

「えっ、知ってるんですか?」

「うん、私も同じ高校の卒業生だからね」

「あっ、そうだったんですか」

「でも、無理に気負うことはないと思うよ。バンドっていうのは一見ボーカルとギターだけが花形に見えるけど、お互いがお互いを支え合い音楽を作り上げていくものだからね」

 その言葉は楽器店の店員であることを抜きにしても圧倒的な説得力があった。

 そこで撮影の準備が整ったらしい啓ちゃんがこちらに声を飛ばす。

「春花、今から撮影始めるからそこ閉めといてくれ」

 その声に手を上げる合図で答えると、仕事に戻るのかスタジオを後にしようとする春花さんに私はすかさず声を掛ける。

「あ、あの……。私にも出来ますか?」

 春花さんは一瞬驚いた表情を浮かべるものの、言葉の意味を理解すると優しく微笑んで見せる。

「楓ちゃんが音楽に真摯に向かい合えば、きっと」

 それからすぐに動画の撮影が始まり、白い壁の前で唯織は黒いレリックのストラトを自分の手足のように操って見せた。その動作一つ一つが優美で、瞬きも忘れてしまうほどの超絶技巧。まるで彼(見た目は彼女なのだが)のソロライブを見ているかのような感覚になる。

 唯織が準備前に言っていた通り動画二本分の撮影が一度のミスもなくすんなりと終わった。時間にして二曲の尺通り十一分程度。

「やっぱ、さすがだな」

 啓ちゃんの褒め言葉にも特に反応を見せず、唯織はそのまま業務員スタジオに向かう。どうやらすぐにでも着替えたいらしい。

 私はすごく可愛いと思うんだけど、それを言ったらまた怒られちゃうよね……。

「いつも観てた動画の裏側はどうだった?」

 啓ちゃんが片付けをしながら嬉しそうに訊いてくる。

「もう圧巻でした。あっという間過ぎて、少し物足りないくらい」

「そりゃ態々知らせた甲斐があったな」

「でももうお仕舞なんですか? 音のレコーディングとかは」

 私も散々弾いてみた動画を観てきた中で多少の知識は身についているつもりだ。

 弾いてみた動画の撮影法は動画を撮影しながら音録りもする『一発撮り』と動画と音を分けて収録して後で合わせる『別撮り』の二つがあり、主流なのは後者。別撮りは後からの変更が容易というメリットがあり、多くの人がその方法を採用しているらしい。

 ちなみに私は動画投稿など一切していないので、これは単に興味本位で調べたことにより身についたものに過ぎないのだが。

「あぁ、あいつはとにかく早く済ませたいみたいだからいつも一発撮りなんだよ」

 やはり唯織の腕があってこそこの方法が最適なのだろう。

「じゃあ、俺は帰るわ」

 そう言い残し着替え終えた唯織がその場を去ろうとしたのだが、それを啓ちゃんが慌ただしく追いかけ捕まえる。

「ちょ、ちょい待ち」

「何だよ、ちゃんと約束通り二本分の撮影は終わっただろ?」

「確かに撮影は終わったけど、契約での拘束時間は一時間のはずだぞ? まだ二十分くらい残ってるだろ」

 えっ、この撮影って契約なの!? ということは唯織にとってはアルバイトのようなもので、もしかしたら時給も発生してたりするのかも?

「何させるつもりだ。店の清掃か? まさか店の呼び込みとかじゃないだろうな?」

「いやいや、俺もそこまで鬼じゃない。なに、簡単な話さ」

 そこで勿体ぶり、啓ちゃんは唯織に睨まれる。

「楓ちゃんの練習を見てやってくれ」

「はぁ……!?」「えっ!?」

 そこで私と唯織の声が同調した。

「お前のことだ、どうせ楓ちゃんにギター教えるつもりなんてないんだろ?」

「あぁ、ない」

 取りつく島もないほど淡白な回答。しかしそれは啓ちゃんにも分かっていたこと。

「なら残った時間で練習を見てあげろよ。別に教えてやれなんて言う気もないし、椅子に座って見てるだけでもいいから。な? な? な?」

 念押しのしつこさに顔をしかめる唯織だったが、深い溜息を吐くと「あと十九分経ったら帰るからな」と言うと鞄を扉の近くに置き、壁に立てかけてあったパイプ椅子を置きそこにドカッと腰を下ろす。

 それを見届けた啓ちゃんは私の肩に手を置くと満足げに言う。

「機材とか出しっぱなしで悪いけど、一時間はこのスタジオ自由に使ってくれていいから」

「えっ、でも」

「いいのいいの。どうせこんな散らかった状態じゃ客なんて入れられないし、今日はスタジオの予約もないしな」

 そこで啓ちゃんがすかさず耳打ちをしてくる。

「それにあいつを震わせるような演奏が出来たら、ひょっとしたらひょっとするかもな」

 そう言うと何ともいえない笑顔を残し、啓ちゃんはスタジオの片付けに戻る。

 一瞬躊躇いはしたものの、相手の好意は無下にできない。それに私はスタジオ練習は経験がなくそれなりに興味があったため、好意に甘えることにした。

 私はギグバックから昨日調整してもらったSGを取出し、シールドでアンプに繋ぐ。クリップチューナーで簡単にチューニングを済ませ、少しずつアンプのボリュームとゲインを上げる。

 そして弦にピックを滑らせると今まで家や学校で練習していた時とは桁違いの音がアンプから出力される。腹の底に響くような低音と凄まじい音圧。ついさっきまで唯織が弾いてはいたものの、それが自分になれば感じ方も変わってくる。

「す、すごい……」

 ただ解放弦でジャラーンと鳴らしただけなのだが、まるでプロのミュージシャンにでもなったかのように錯覚してしまうほどの迫力がそこにはあった。自然と気分も高揚してくる。

 私は啓ちゃんに言われた『ひょっとしたら』を現実にするためにも散々練習してきたバンドの課題曲を思い切り歌い、弾いた。歌に集中できない個所やミスタッチ、テンポの乱れなど多々あったものの、総合的に見て自分の中ではそれなりに悪くない出来だったと思えた。

 だから尚更不意に発せられた彼の言葉が刺さったのかもしれない。

「どうせ啓輔に妙なこと吹き込まれたんだろうけど、無理だろうな。素質は確かにある方だと思うけど、歌はよれよれだし演奏はただ譜面をなぞってるだけで何も感じられない。下手くそ以下」

 私が言葉を失ったのは少なからずその自覚があったからだ。変な期待をしてしまったことによりミスしないことにのみ集中してしまい、演奏そのものを楽しむことを忘れていたと。

「ギターの上手い下手はテクニックの面もあるけど、それは時間さえかければ大半の人間は嫌でも身に付く。でも本当に大事なものは演奏を楽しむこと、お前がそう言ったんだろ」

 何も言い返せない私を見て唯織は二度目の深い溜息を吐く。そして立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩み寄る。

「今の曲、楽譜かなんか持ってるなら出してみろよ」

「えっ、あぁ、うん……」

 私は足元の鞄から楽譜の入ったクリアファイルを取出し、そのまま唯織に手渡す。

 唯織はクリアファイルから取り出した譜面を見つめ、納得気に頷いた。

「なるほど。リズムギターのくせにやたらと小ネタが挟んであって、歌の足を引っ張るのも当然か。まあ教えるのは御免だけど、一回だけ弾いてやるから歌ってみろよ。そうすればイメージくらいは掴めるだろ」

「えっ、いいの!?」

「これっきりだ。時間的にも丁度いいしな」

 そう言うと唯織は私からギターを受け取ると、六から一弦までを軽く鳴らし軽く舌打ち。どうやらチューニングが甘かったらしい。

 私はスタンドマイクの位置を少し動かし、唯織と向かい合うように立つ。その間に唯織は一度楽譜をなぞり、すぐに私に突き返す。

「じゃあ始めるから」

 えっ、もう――――!? まだ五分と経ってませんけど……。

 私の驚きなどつゆ知らず、カウントが終わるとギターのイントロが爪弾かれ始める。それも完璧に。

 えっ……。こ、こんなに違うの……!?

 私はたった数フレーズのギターに驚愕した。フレーズ自体は単調なリフで、特段テクニカルなわけでもないため正確さ以外では然程差はないだろうと思っていた。

 だが、いざ蓋を開けてみれば天と地ほどの差があった。

 安定したテンポはもちろんのこと、一音一音の迫力というか艶やかさとでもいうのだろうか。同じギターを使っているとは思えないほどの差が歴然とそこにはあった。

 そこで私は何かが吹っ切れた。そして今はただそのギターの音色を聴きながら楽しく歌えたらいいと、不思議とそう思えた。

 それからの五分間はとても楽しかった。ギターの音色が自分の求めているところにドンピシャでハマり、その度に心が躍った。ドラムもベースもいないけれど、今までで一番の歌唱だったと胸を張って言える。それほどに充実した時間だった。

「やっぱ唯織はすごいね。もう完璧で、私みたいなのが心を震わせようなんておこがましかったのが身に染みてよく分かったよ」

 それは今の私の本心だった。悔しさも悲しみも何一つない、晴れ渡る空のように澄んだ心から出た言葉。

 だが、唯織の表情は曇っていた。

 あれっ、また私何かミスしちゃってたかな……。音程とか、テンポとか……。

 今のセッション中私は楽しさのあまり音程の正確さなどは考えもしなかった。それを考えている時間さえ惜しいと思えたのだ。

 しかし、唯織は不満そうな面持ち。つまりそういうことなのだろう。

「ごめん、私また何かミスしちゃったかな? ついつい楽しくなっちゃって」

「―――――――――――――んだよ……」

 その声はあまりにもボソボソとしていて上手く聞き取れない。

「えっ、何?」

「お前は何でギターなんてしてんだよ」

 二回目ははっきりと聞き取れたが、あまりにも唐突な問い。意味の理解に数秒を要する。

「何でって唯織も知ってると思うけど私は君に憧れてギターを始めて、それから軽音部に入部したらそのバンド丁度ボーカル探してたみたいで抜擢されちゃって。しかもしきたりとかでボーカルは必ずギターを弾かないといけなくってさ」

 唯織からはっきりと聞き取れるほど大きなため息が漏れる。


「そのバンドがどれ程のものか知らないけど、間違いなく足引っ張ってる」


 私だってずっと思っていた。一人だけ初心者の私が経験者の中に入って調和を乱していると。これではいつまで経ってもまともな練習すらままならないことを。

 気づいていたのに諦めるのが怖くて避けていた言葉が、唯織の口から放たれた。それは事実上の最後通告。

 そうだよね、私も居場所が欲しいからっていつまでも迷惑をかけるわけにも―――。


「そいつらが」


 その瞬間、私の中の時間が止まった。

 えっ、今『そいつら』って言った……!? 私の聞き違いじゃなくて?

「そいつらがって、それはどういう……」

「演奏技術云々は置いといて、そのメンバーには才能を見抜く目がないってこと。だからお前を見てもしきたりだか何だかを当てはめて無駄な時間を過ごすことしか出来ない」

「才能を見抜く目?」

「お前の歌を一節聴けばハードロック調な曲が明らかに向いていないのはすぐ分かるし、お前の歌唱能力はちょっとしたものだ。なら他のジャンルを模索するのが普通だろ、同じバンドのメンバーなら」

「そ、それは……」

 言い返そうにも思い当たる節がないでもない。

 私自身ハードロックやメタルなどとは無縁な人生を送ってきたため、聴く音楽もポップスや歌謡曲など一般的だ。

 そのためバンドの課題曲を初めて聴いた時はすごいとは思ったものの、特別引きつけられるものもなかった。歌の練習に入っても自分の声質では歌いこなすのが難しく、どうしても張り上げるような発声になってしまい上擦ったり、声が掠れて出ないことも多々あった。そのため何度か喉を傷めたりもした。

「今も言った通りこんなことは一度歌声を聴けば分かること。つまりはそいつらが求めているのはお前ではないんだろうな。ハードロックを難なくこなせるハスキーボイスの持ち主か、もしかしたらデスボイス狂かもな」

 つまり彼女たちは自分とは全く以て接点のないジャンルを歌いこなすボーカル像を私に求めていたのだ。

「お前はそんなバンドのボーカルになりたいか?」

「わ、私は……」

 俯き言葉を探す私に唯織はそれ以上何も言わず、時計の秒針の音が流れる。

「時間だ。精々よく考えるといいさ」

 唯織はそう言いながらSGを私に渡すと、入り口の近くに置いていた鞄を拾い上げ無言でスタジオを後にする。

 私はその後姿を見つめ、呆然と佇んでいることしか出来なかった。その時のSGは今までで一番重く感じた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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