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Silent Guitar  作者: 香月智歩
1過去の栄光と葛藤
2/7

執着

 天才というものは生まれ持った素質と、より高みを目指すための努力によって生まれる。有名なものではトーマス・エジソンの名言としても知られる『天才とは一パーセントのひらめきと、九十九パーセントの努力』がある。この言葉からも分かるように天才には生まれ持った才能以上に努力による後天性の成長が最も重要となるのだ。

 さらにそれだけではなく、世界中には才能を持った者が腐るほどいる。しかし、そのほとんどの者は途中で努力を怠り、中には自分の才能に気づかないまま死んでいくことも珍しくはない。

 だが、誰しも才能に恵まれているというわけではないため恵まれた者は幸せ者だ。現に地味で根暗で、社交的でもない僕にも輝ける舞台がある。いや、あった。


 僕が小学三年生の夏休みにアメリカのロサンゼルスで行われた世界ギターコンテスト十五歳以下の部で二位に圧倒的な点差をつけ優勝した。もちろん世界中から実力者たちが集まっているのだから大会のレベルはプロも目を見張るものだった。その中で僕が審査員の目を引いたのは正確無比な速弾き、ではなくカッティングを主体とする独特な奏法だった。軽く心地の良いカッティング奏法と甘く太いレスポールの音色が審査員だけでなく会場中を魅了した。

 その模様は日本でも天才少年ギタリストとしてニュースで報道され、メディアへの露出も増え時の人となった。その勢いは収まるところを知らず、テレビの音楽特番や野外フェスなどで人気アイドルやバンドとコラボもしたほどだ。

 そんな僕への期待は日を追うごとに膨らんでいき、翌年の大会直前には『優勝確実』などと週刊誌や紙面で大々的に書かれた。しかし、その重圧は十歳に満たない僕の小さな肩には背負い切れないほどのものプレッシャーとなっていた。

 そんな僕が渾身の演奏を出来るはずもなく、結果はギリギリ表彰台に上ることの出来る三位となった。そこで収まれば僕もまた一から努力することが出来たのだろうが、メディアは一度持ち上げたネタをそう簡単には手放さなかった。

 翌年の大会直前には『天才少年ギタリスト、世界の頂点に返り咲き』というドキュメンタリーの特集番組が組まれたのだ。もちろん去年の二の前を避けるため断ろうとしたのだが、周りの大人たちはそれを許さなかった。僕の栄光を誇りにしていた両親は僕の意見を聞こうともせず、次々に取材やテレビ出演を受けた。

 その頃からだろうか。僕はギターを弾くことにプレッシャーを感じるようになり、ギターに触れる事を拒絶するようになった。

 そして僕は翌年の大会に参加しなかった。

 大会出場を辞退した僕をメディアは『天才、スランプか!?』と報じた。

 天才には挫折がつきものだが、挫折から立ち直るには今まで以上の努力とその壁を乗り越えるほどの精神力が必要となる。しかしギターに楽しさのみを求めてきた僕にそんな負けん気があるはずもなく、僕は表舞台から完全に姿を消した。

 そして僕はギターを辞め、相棒だったレスポールを感情にまかせ叩き折った。


 それから七年が経ち、僕は完全に過去の栄光を深い所に沈め平凡な生活を送っていた。

 しばらくは周囲の目なども気になり不登校気味になっていたこともあって、それを気にした両親が実家から少し離れた中学に進学させてくれた。その甲斐もあって高校に進学した今では周囲に僕の過去を知る者はいない。


「何で今更あの頃のことを…」


 僕の小言が無音の部屋に響き渡り、軽く空気を震わせる。

 今僕がいるのは学校から徒歩五分ほどの場所にある寮の一室。そこは学校指定の生徒寮。内装は白い壁紙で、あるのは勉強机と教科書が無作為に詰め込まれた本棚、黒いパイプベッドだけという思春期真っ只中の男子高校生の部屋にしては質素すぎるのだ。

 家具は全て備え付けの物。学生なら何かしらの趣味があるのは当然のことで、それは自然と形として表れるものだ。しかし、それがここには全くないのだ。

 僕が寮暮らしをしているのは学校が実家から少し離れているため、電車や自転車通学をするより寮を借りた方が楽だろうからということになっている。だが、実際のところはあの頃の罪滅ぼしの意識か、目の見えるところに置いているのが辛いという両親の本音だと僕は思っている。

 ここは生きていく上で、学生として模範的に生活できる最低限の環境。

 今はそれだけで十分。なのに、今でもふと思い出す。

 ガンガンに照り付ける照明の熱線。緊張感が肌にビリビリと伝わり、視線の先には沸く観衆。指先の弦の感触が浮き立つ意識を現実へ引き戻す。そんな僕の中に湧き上がる感情は今ここでギターが弾けるという純粋な喜びのみ。

 人生を狂わせたあの日々を尊いと思う自分がいる。たまにあの頃に戻りたいとすら思ってしまうほどに。

「馬鹿馬鹿しい……」

 僕はそんな執着の念を押し込めるように言葉を吐き捨て、仰向けになり枕に顔を埋める。眠ってすっきりすればこんなこと思うはずないと自分に何度も言い聞かせながら、固く目蓋を閉じる。


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