ノースポールの村で
アイビーが部屋の窓から空を見上げると、まるでビーズを散りばめたような星空がひろがっていました。時刻は、ちょうど午前0時。アイビーは、チェストの上に飾ってあった写真立てをそっと手に取りました。そこには10年前の、森のガゼボで無邪気に微笑むアイビーと、そしてローレルの姿がありました。クローバーで作った花かんむりを頭にのせて……。
写真立てを伏せると、アイビーは「二度と戻らないんだから」とつぶやき、裸足のまま森の中へと消えてしまいました―。
アイビーは、先月16歳の誕生日を迎えた、乗馬と木登りが得意な、元気で明るい女の子。自慢のロングヘアーをカールして、ローレルの帰郷を心待ちにしていたのですが……。
「ただいま!」
アイビーが部屋のベッドに寝転がり本を読んでいると、玄関からローレルの声がしました。大学生になったローレルは、この4年間を大学の寄宿舎で生活していたのですが、就職先も決まり、やっとこのノースポール村へ帰ってきたのです。
アイビーはベッドから起き上がると、大急ぎで髪を整え部屋を飛び出しました。そして、
「ローレル!」
と、大きな声でローレルの名前を呼ぶと、先に出迎えをしていた母親のフリージアとハグをしていたローレルが顔を上げ、ニッコリと微笑みました。アイビーは、いつものようにローレルの元へ駆け寄り、その胸に飛び込む……つもりでしたが、ローレルの後ろには、見知らぬ女性の姿がありました。アイビーが表情を曇らせたそのとき、
「彼女は同じ大学のジュリアン。……僕の、大切な人なんだ」
ローレルの言葉に、アイビーはショックを隠せず、後退りして部屋に閉じこもってしまいました。
アイビーとローレルは幼い頃から、いつも一緒に過ごしていました。あるときフリージアが、
「アイビーとローレルが結婚をして、本当の家族になれるとうれしいわ」
と言いました。そのときから、アイビーはローレルのお嫁さんになることだけを夢見ていたのです。
アイビーが部屋に閉じこもって6時間。時折、ローレルとフリージアが交互にアイビーの様子を窺 (うかが)いにやってきたのですが、そのたびに「あっちに行って」と、追い返していました。しばらくすると、アイビーはローレルを困らせてやろうと思いついたのです。そして、その計画を実践することにしたのです―。
アイビーは歩き慣れた森の遊歩道を、ぐんぐん奥へと進みます。15分くらい歩くと、アイビーの大好きなガゼボが姿を現しました。そのガゼボの屋根の色はグリーンで、風見鶏が取り付けられています。
「ローレル……、早く迎えに来てよ」
ベンチに腰をかけると、アイビーは膝を抱えしょんぼりとしています。すると、辺りが急にパーッと明るくなったのです! 驚いたアイビーは目をぎゅっと瞑 (つむ)りました。そして、恐る恐る目を開くと、一瞬にして夜が明け、町が誕生していたのです。そして、そこでは……動物たちが生活していました。
青空の下で、英語を教えているオウムの先生。花柄のワンピースを着て、ショッピングを楽しんでいるリスの姉妹。浜辺でサーフィンをしているペンギンたち。そして、広場では盛大なパーティーが催されていました。すると、アイビーの姿に気が付いたカンガルーの親子が「こっちにおいでよ!」と、手を振っています。アイビーは喜んで、その輪に加わりました。
「これは、何のお祭りなの?」
アイビーが訊ねると、カンガルーの子供が
「チェリーブラッサムフェスティバルだよ!」
と、元気に答えてくれました。食事をご馳走になり、おしゃべりをしたりゲームをしたり……。しばらくすると、広場の片隅で、ワーッと歓声が沸き起こりました。ハンサムなジャガーが、彼女の前でひざまずきプロポーズをしたのです。
「俺と、結婚してください」
すると、彼女は何度もうなずいて、OKしました。ハンサムなジャガーが彼女を抱き上げくるりとターンをすると、歓声はさらに大きくなりました。
アイビーも、とても嬉しくなりました。こんなにも祝福され、とても幸せそうなふたりの姿に、胸がジーンと熱くなりました。そして「いつか、きっと……」と、理想のプロポーズを空想しました。そのとき、ローレルとジュリアンのことを思い出しました。
アイビーはそっと広場を離れ、大きな樫の木を見つけると、根元に座りため息をつきました。そして、「どうして祝福してあげられなかったのだろう」と、ひどく後悔しました。
すると、優しいオオカミがやって来て、アイビーの悩みを聞いてくれました。オオカミの名前はフロックス。フロックスは、何も言ってはくれませんでしたが、傍にいてくれただけで、アイビーは心が癒されました。
だけど、どうしても自分の住む世界に戻りたいと、アイビーは泣き出してしまいました。すると、女神が現れ、
「お前には翼があるのだよ。その翼で、どこにでも飛んで行けるのだよ」
と助言しました。しかし、フロックスはアイビーを元の世界に返すまいと、
「ここにいれば、ずっと幸せに暮らせるよ」
と引き止めました。
アイビーは勇気を出して、大空へと羽ばたきました。すると、まるで鳥になったように、背中の羽で自由自在に飛行することが出来たのです。アイビーは、大きな樫の木の上空を二回りすると、「ありがとう」とつぶやいて、ノースポール村を目指しました。しばらくすると、前方に大きな虹の架け橋が出現しました。アイビーは迷うことなく、その虹のゲートを目指し、羽ばたき続けました。そのとき、ふとフロックスのことが気になり、振り返って引き返そうとしのですが……、その瞬間にアイビーはバランスを崩してしまい、地面へと叩きつけられそうになってしまいました。「もうダメだ!」と、思ったそのとき、アイビーはベットから落ちて目を覚ましたのでした。
アイビーは、これまでの出来事が夢だったのかと、頭を傾げながらリビングへ行くと、そこにはローレルの姿がありました。
「とても不思議な夢を見たの」
「へぇ~。どんな夢だったの?」
ローレルは、温めていたミルクをマグカップに注ぐと、アイビーに差し出しました。そのマグカップは、いつもアイビーが使っているネコの足跡が描かれている、お気に入りのもの。「ありがとう」と笑顔で答え、マグカップを受け取りました。
「もう、忘れちゃった」
そう言って、アイビーは肩をすくめたのでした。
「それより、あの森のガゼボに行かない? その……、ジュリアンも誘って」
「……えっ?」
ローレルは、フリージアから「きっと、ふたりの婚約を受け止められないのよ」と聞かされていたので、驚いてしまいました。
「それじゃ、先に行って待ってるからね」
そう言い残すと、アイビーは部屋に戻りました。
ローレルがジュリアンとガゼボへ向かうと、そこには約束通りアイビーの姿がありました。すると、アイビーはクローバーで作った花かんむりを、ローレルとジュリアンの頭にのせたのです。そして、
「おめでとう!」
と、大きな声で叫び、フラワーシャワーで祝福しました。
ジュリアンは、大きな瞳に涙を浮かべています。そして、アイビーはローレルの耳元で「昨日はごめんね」と囁きました。すると、ローレルはアイビーの頭をクシャっと撫でて、
「ありがとう」
と、優しく微笑んだのでした。
アイビーはふたりの幸せそうな姿を見ることが出来て、とても嬉しく思いました。そして、素直な気持ちで「いつか、きっと……」と、よつ葉のクローバーに願いを込めたのでした―。
<終>