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「お前のせいで英語赤点だっただろーが!」
「プリント無くすお前が悪いんだろ! バーカバーカ!」
二年生の教室の前を全力ダッシュする、赤と青。周囲の生徒は信号……?と笑いを堪えているが断じてそんない。ありえない。
俺は飴善あんず、月詠学園に通う高校二年生。
そして、追いかけているのは海を思わせるような青い髪、紅と碧のオッドアイ。俺より4cm高いが華奢な身体。靡くスカート。月見里ライチは紛うことなく変態中二病である。
「違うから! 僕変態じゃないから! その説明間違ってるよ! アホ善!」
人をチンピラだの単細胞だのコケにしたお返しだ。中二野郎。
「中二病ってことは認めるんだな?」
「僕のは自前だ!」
「とりあえず殴るから止まれ」
「絶対に嫌だね」
前を走る月見里、追いかける俺。三回にある二年教師から一回の三年教師まで、鬼ごっこを続ける俺ら。あいつとは同じクラス、そして席は前後。持久戦がもつれようとも、あいつは授業をサボらない。ならば、俺が勝ったも同然。このまま追いかけるのみ!
「あ、飴善あんず君。いたいた」
英語科の安藤先生に捕まってしまった。
「これ、補習プリント。やっておいてね」
「……はい」
「じゃあ、僕はこれで」
安藤先生に別れを告げ、再び月見里を追おうと前方を見るが奴は既に居なかった。
そして、無常にも鳴り響く金の音。現在地は一階職員室前。目的地は三回二年三組。
「うおおおおおおおおお!」
今の俺には走ることしか出来なかった。
結果3分遅刻してしまった俺は、息も耐え耐えに席についた。
この時限が古典の花京院先生で助かった。担任なだけあって理解がある。
机に突っ伏している俺に月見里はノートの切れ端を丸めたものを俺のノートの上に乗っけた。
中を開くとそこには……『ざまぁwwwwww』と書いてあった。
月見里ライチ……俺は貴様を絶対に許さない。
『死ね』と一言書いて中二病の頭に丸めてぶつける。月見里は振り向き、舌打ちをかまして、再びノートの切れ端にペンを走らせる。その紙には『お前が死ね単細胞』と書かれていた。そんなやりとりをしていると、ガタン! と、教卓の辺りで大きな音が聞こえた。
「大変だ! 花京院先生が鼻血を垂らし貧血で倒れたぞ!」
教卓の前に座っていたこのクラスの委員長が先生を抱え叫ぶ。
「とりあえず、私と委員長で保健室へ先生を連れて行ってきます! 皆は自習しててください! 行きましょう、委員長」
「あぁ、ありがとう。助かるよ」
委員長と副委員長に連れられ、教室を後にした花京院先生に俺らは深くため息をついた。
「飴善に月見里、お前らいちゃいちゃして授業妨害すんのいい加減やめろよ、古典が全く進まないだろ」
クラスメートの一人が教室の端っこにいる俺らに苦言を呈す。いつ誰が、中二病といちゃいちゃしたというんだ。
「「「自覚なしかよ!!」」」
全員に突っ込まれ、への字に口を歪ませる月見里を『……かわいい』と言ってカメラを向けるお前らもどうかと思う。
花京院撫子。担当教科は古典で、二年三組の担任。趣味が多少特殊で、男子生徒をくっ付けて妄想に耽る、所謂腐女子という人種なのだ。しかし、美人で巨乳で優しいと生徒たちからは人気がある。
授業中、暴走すると大量出血(主に鼻から)で貧血になり授業が中断されてしまうので、注意が必要なのだが、最近出血がやたら多いので、代わりの先生がそろそろやってくるだろう。
「飴善ってさーそれなりの容姿してるのに浮いた話が一つもないよな」
「あー分かる。そこんとこどうなの?」
それなりのってなんだ、それなりのって。どうせ俺は普通だよ。
「この童貞のことだし、どうせ初恋でも引きずってるんだろ」
月見里が発した言葉に俺は一瞬ドキリとする。本来ならここで『は? 何言ってんだよ、お前は一生使うことないだろ』と返すのだが、言葉が出て来なかった。
「なに、図星?」
「別に……」
「ふーん」
代わりの先生が来てしまったため、クラスメートはいそいそと板書を始めた。
ーー初恋か。