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一限の数学、宿題を忘れたことで飴善は先生にこっぴどく怒られ、連帯責任として宿題が三倍になった。僕はあいつを絶対に許さない。
教室の扉の前でゆらゆらと左右に揺れている紅の腰まで伸びた長い髪を三つ編みに結った少女。
彼女は飴善の姿を視界に捉えると大きく手を振った。
「あーくん、あーくん!」
「あ?あぁ、りんごか」
飴善を廊下から呼ぶ単細胞によく似た少女。彼女は飴善りんご、飴善の双子の妹だ。
「ライチ、お弁当忘れてったでしょ」
「ありがとう、助かった」
りんご……またの名をリア充。
その隣に佇む金髪碧眼、スタイル抜群の少女は何を隠そう、僕の双子の姉。月見里レモンだ。
母が僕らを出産し、ふと見舞品に含まれていたフルーツバスケットの中にライチとレモンが入っていた。それが、由来だと聞かされた時はこの両親頭おかしいのでは? と、思ったが本当に僕たちの両親は頭がおかしいのだ。
「そうだ、さっきの家庭科でねパウンドケーキ焼いたんだ! 二人で食べてね」
「……今、僕はダイエット中だから遠慮させてもらうよ」
「お前、この間服のサイズが一つ下がったって言ってなかったか?」
……くっ、覚えていたか。単細胞のくせに!
飴善妹の料理は絶望的だ。
あれは去年のハロウィンのこと。かぼちゃのケーキを作ったと持ってきたのは可愛らしくデコレーションされたかぼちゃ。
美的センスに優れているのか見た目は美味しそうだが、味は最悪。飴善は都合良く味音痴なのでここは飴善に全て食べてもらうしかない!
「それ飴善が全部食べていいよ」
「言われなくてもそのつもりだが?」
ほっ。こいつが単細胞で助かった。
「ダメだよ!」
「「え?」」
僕の安堵はリア充によって阻まれてしまった。解せぬ。
「らーちゃんは細すぎるんだから食べなきゃダメだよ!」
あああっ、もう! なんで僕は太っていなかった! この時ほど僕は自分の女子にも負けずとも劣らないこの体型が恨めしいよ!
単細胞め! 『なに、お前も食うの?』みたいな顔すんのやめてくんない⁉︎ 出来ることなら僕はあんな殺戮兵器食べたくないよ! でも、食べさせられる状況なんだよ! アホ!
なんとかしてこの状況を脱しなければならない。
チャイムがなるまであと五分……。奴は隣のクラス。終わった……。
「どんまい、ライチ」
「そう思うなら助けて」
「ごめん、無理」
「それが双子の弟に対する扱いか」
「ライチ、来月の雑誌表紙だよね」
「え?……うん、まぁそうだけど」
「その雑誌私も載るんだよね、ほんと私の方が先にモデル始めたのに、なんでライチの方が先に表紙なのよ……」
「ものっすごい私怨なんだけど!」
レモンに裏切られた僕は、毒々しい何かを醸し出す可愛くラッピングされたパウンドケーキ。正直、口にしたくない。だが、口にしなくてはならない状況が揃っている。僕は死ぬしかないのか?来月に姫のライブが控えているというのに!
(※姫とは、ライチが好きで追っかけしているアイドルの通称である)
「もー冷めちゃうよ?」
「りんご、それちょっと貸してくれる?」
「いいよ〜」
「……自分の運命を恨むんだね、ライチ!」
「ぐふっ!」
レモンによって、パウンドケーキという名の殺戮兵器は僕の口の中に放り込まれ、僕は気絶してしまった。
目が覚めた時僕は、保健室のベッドで寝ていたとさ。