私もお勧めのプリンを
普段なら、私は歩いてお店を回ることにしている。適度に体を動かした方が美味しいし、その日の空気に合わせて作っている様な店もあるからその日の空気を味わうのもいい。後、この体は普通の人と違って簡単には疲れないし歩いて行けば交通機関で待ち伏せされるということも無い。
そもそも休日は動きが読みづらいからかあまり狙われることは無いのだけど。一度山蛇に休日の方が来そうだけどなんで来ないのかと聞いたら咲さんは平日でも休日でも変わらず隙だらけだから確実に動きが読める平日を狙うのでしょうと言われた。
かなり脱線したけど今の私は普段とは違う交通手段を使っている。電車だ、理由はもちろん何故か私の両側を固める響と風丸さん。響はおすすめのお店を教えるという理由があるけれど風丸さんは家から出たらいた、正直怖い。
「……風丸さん、何で朝から私の家の前にいたの?」
無言で睨み合う二人に挟まれているのが居た堪れなくて話しかけてみる、これもまた火種になるだろうけどまだマシだ。車内の人は少ないし誰も話なんて電車内で行われる女子高生の会話なんて聞いてない。
「それは当然来宮さんを守るためさ、どこから狙われるかもわからないし、魔女は対科学の希望だ」
堂々とそう言い放った風丸さんに私は困惑する、言い分はどうでもいい、とにかく魔法サイドなんだなと思うだけでそんなことに興味は無い。問題は響の前で言ったことだ、響は現状なんの関係もないはずなのにそんなことを言われたら今までの微妙な距離感が壊れる。
「咲ちゃんを魔女にして下らない派遣争いに巻き込もうとするのやめない?咲ちゃんには自分らしく生きる自由があるんだよ?」
どうやら私の危惧は意味なんてなかったみたいでやっぱりねと言わんばかりに響が言い返す。なんで響まで私の事情を知っているんだろう、もうなんか思考停止してしまおうか。巾着はハンドバッグの中に入れてある、金平糖をボリボリ食べたらマナー違反だけど一個二個舐めるぐらいはいいだろう。
「魔女様に命とその体を捧げられる、それがどれほどのことかわかってないのかい?私達なら喜んで捧げるものだ」
私達、には私も含まれているのだろうか疑問だが、何も言わなくていいか。あ、この駅の近くに響と雑誌で見たお店があったっけ、とりあえず降りよう。
「君達、ならね。僕達や咲ちゃんはそんなことを望まないね、魔法も科学も両方ある歪な世界で何がいけないのかがわからない」
そう言いながら響は雑誌の切り抜きの地図を私に渡して現在地をとんと指差し、その指で道順を辿ったかと思えば私の手を引いて歩き出した。
「科学サイドは過去に世界を納めていた魔法サイドを虐げその場所を奪った、だから奪い返すんだ。それをおかしいと言うのか?後、来宮さんはきっと望んでる!」
対抗する様に風丸さんが私の腕を取る、スレンダーだと思っていたのにクッション性は高い、着痩せするタイプか、お手本の様なギャップ萌えを詰め込んでいるこのリア充怖い。私なんかの女子力はこのリーサルウェポン一つだけでも十分に吹き飛ばされそうだ。
「おかしいよ、魔法サイド、科学サイドと順番に世界を支配した。なら次は両方混じっても何の問題も無い。それに科学の発展の一番の理由は錬金術からでしょ?科学も魔法も両方知らない人から見たら不思議なもの、そこに何の違いがあるの?それに、咲ちゃんは絶対望んでない」
私より小さい響が風丸さんの手を振りほどいて私を抱え込む、ギャップなんてないとても安定感のある抱かれ心地で安心する。私の方が身長高いし歩きながらだから腰が痛いけど。
「「どう思う!?」」
響と風丸さんが同時に私に聞き、風丸さんが私を響から離して抱え込もうとする。あの隠し武器はこっちのわずかな女子力が削られて行くのでご遠慮したい。
「響の方が安定感がある」
風丸さんの手をはねのけると響がわかりやすいドヤ顔をした。ドヤ顔なのに可愛いなんてことのない素晴らしいドヤ顔だ、なんとも落ち着く。腰が痛いのは我慢することにして響の方に抱え込まれたまま歩く。
「後、私は魔女になる気も無い」
この際響の正体とかは気にしない、風丸さんも気にしない、気にしたら負けだ。そう思っていたのになんとなく答えてしまった、すぐに風丸さんの口が開かれていた。あ、来るなと思ったので耳に素早く指を刺し込んだ。
「なんで!」
「あーあー、聞こえない。後、店に入る三分前までに魔女の話題やめてくれないと殺すから」
私の発言に風丸さんが黙る。甘いものが関係している時の私は本気だと察知したのかもしれない。
「今行っているとこはプリンが美味しいんだって。カラメルソースが絶妙な苦さで濃厚なプリンなのに後味はスッキリしているんだって」
実はここは行くのは初めてじゃなくて何度目か、前食べた時には二百五十年前から変わらない固いプリンやケーキ、という感じで店主の強い意思やこだわりの様なものを感じるお店だった。美味しいお店ではあったけど雑誌で紹介される様になるほどじゃなかった気がするからとても楽しみだ。
店に行くと、確かに前に来た時よりは人が入っていた、でも前来た時にはいた層とは大分変わってして、私達ぐらいの若い人が多かった。子供と一緒に来るお母さんやおばちゃん達みたいな地元の人は見られない。レジ打ちしているおばさんも心なしか前よりいにくそうに見える。そして前の時にいたおじさんがいない、若い人がキビキビ働いているのは見えるが、逞しく多少強面だったおじさんがいなくなっている。
「いらっしゃいませー」
「あの、前作っていた人はどうしたんですか?」
十程設置された席はまだ半分空いているし、まだそう忙しい時間帯でも無いだろう。少しだけでも変わったことに関して話を聞きたいと思って話しかけた。
「あぁ、お嬢ちゃん前にうちに週一ぐらいで来てた子だね?お父さん体調崩しちやってね、半年前から入院してるんだよ。ごめんなさいねー……」
「そうですか……プリン三つとショートケーキを一つ下さい」
運ばれて来たプリンとケーキは美味しそうだったし、見るだけで美味しいのはわかったが見るだけで前とは違うのもわかった。
スプーンを入れると固い感じは無く柔らかいプリンだとわかった。
この店は多分、少しの間なら雑誌に載っても何度も載ることは無いし、ここに来ている人達もおそらく常連になることも無い。雑誌から消えても味はいいからお金には困らないだろうなとも思う。
ケーキも口に含む、美味しい。けど違和感とほんの少しの未熟さが感じられる、前の店長のそれはシンプルだがその分一つ一つの完成度と調和の取れ方が素晴らしかった、これも一つ一つの完成度は勝りはしないが劣りもしない、でもやはり食い違っている。元のそれに似せようという意識があるが似せきれていない、中途半端なものだ。
「……うん」
「咲ちゃん、どうかしたの?甘いもの食べてるのに険しい顔して」
どうしても無表情の私の表情の差をどう見分けているのか響が私を気遣う。気分でも悪いの、と聞かれるが体調は悪くない、少しだけやりきれない気持ちになっているだけで何の問題も無い。
「……とりあえず全種類食べてみるしかないか」
そう言うと風丸さんが驚いた様に目を丸くした、響が険しい顔と言った時にもぽかんとしていたし私の趣味や傾向までは調べずに来たのだろう。なのに住所は把握している、尾行されたわけではないと思ったけど。
とにかく、そんなことはどうでもいい。店にあるケーキを全種類注文し、狭い机に並べた。一つ一つ味わって食べるのは当然、美味しいし見た目も華やかだ。でも一つ一つと食べて行く毎にやるせない気持ちは大きくなっていく。
ご馳走様でした。そう言ってお金を払うとおばさんは私の目を見て悲しそうに笑った。
「お嬢ちゃんもやっぱりその顔をするんだねぇ……」
「……美味しかったです」
「でも、お父さんの味には敵わないんでしょう、他の常連さんもそう言ってたからわかるわよ」
伯母さんがやっぱり悲しそうな表情をした。多分、おばさん自身もそう思っているんだろう、実際トータルで見れば若干劣るのだ。
「いえ、プリンはお父さんの物と系統こそ違えど遜色なかったです。でもケーキは……お父さんのに似せられても無ければ自分らしさもなく、中途半端な感じで残念だなと思っただけで。今作っている人らしいものを作るならきっと今よりも美味しいものが作れると思います。また来ます」
では、とその場を後にする。私は味の良し悪しがわかっても改善することもできないしその方法もわからない、ただ通い続けて少しでも売り上げに貢献することしかできない。
「僕は前に来たことなかったから美味しいと思ったけどな、前の店長さんの作ったのはもっと美味しかったの?」
響が言う。私の悲しそうな空気を悟ってか優しい口調だ。
「美味しかった、固めのプリンも人柄もお店の空気にあっていて良かった。お店と一体になってアットホームで不思議と落ち着く店だった」
でも引きずってもしょうがないし次のお店に行こう、そう言おうと思った時聴音機に心音が捉えられた。もちろん、ただいるだけなら通行人かもしれない、でも明らかにおかしいのはその姿が見えないことだ。道の真ん中に立っている筈なのにその姿が見えない。サーモグラフィーも入れると確かにそこに体温程度の熱を持った何かが立っている。
そこそこ人の通る道で虐殺できる君を使うわけにはいかない、銃刀法違反で逮捕されてしまう。それはつまり甘いものを食べられなくなるということ、結局死ぬのと変わらない。
しかし、なんでこう少し気落ちしている時に来るのだろうか。いや、もしかしたらあの電柱の様にただの変態やただの泥棒かもしれない。うん、とりあえず殴るか蹴って判断しよう。
歩いて来て、突如足をガニ股に広げ、何か、マントでも広げる様な奇妙なポーズを取った人影の腰に蹴りを入れる。
「ぐっ!?」
悲鳴を上げた人は、その姿を見せる様になったが、裸だった。正確には裸コート、しかも予想していたのは男性だったのだが女性だった。
「咲ちゃん、こいつの相手は僕が!」
私をかばう様に前に出た響の手のひらから光の玉が現れる。変質者相手に殺しに行かなくても、と思ったが当たっ見せてはいけない部分を隠す様に宙に線を引いた。
「なっ、これでは露出の意味が……」
「君から魔力を吸い取って一ヶ月の間その光線は露出を妨げる、心療内科医必須の光魔術、謎の光線だよ。これで露出は封じた!」
帰りたい。二人のやりとりに切実にそう願いながら風丸さんの方も見てみるとなんという高度な魔術、と感心しているのだからもうわけがわからない。結局響は何者なのかもわからないし、風丸さんもまともじゃ無いし、なんで女の露出狂が私達の前で見せていたのかもよくわからない。よく知らないけど露出狂は異性に見せるものでは無いのか。
うんざりしていると露出女は風丸さんに向けて近づき、おもむろに拳を振りかざした。それに風丸さんが見事に対応して、私には受けられなさそうだなぁと思う様な高レベルの格闘戦をし始めた。
「裸の私にスピードで勝てると思わないことね!」
そう言った露出狂についに風丸さんは関節を固められる。風丸さんが体術の強いキャラでなくなったら前にやられた偽物達は本当に立つ瀬が無いがもう動けなさそうだ。目の前の露出狂は私に矢を撃ったのと変わらないぐらいか、ナイフで襲って来た方に近いかもしれない。
「動くな、私はレズよ」
風丸さんが抵抗をやめ、ガクガクと震え出す。同性愛者がそんなに怖いのか。というか脅し文句で私はレズよってなんなんだ、ナイフとかを取り出すでも無くただ変態なだけじゃ無いか。
「近づいたらこの子をレズにする魔法をかける!」
「人の思考を変える魔法、やっぱりこの人、かなりの実力者だよ咲ちゃん。多分体術だけじゃない……まだ何かある。ここは僕達に任せて次のお店に!」
思考を変える、なんていうのがすごそうなのはなんとなくわかった。でも正直風丸さんがレズになっても私にとって問題は特に無い、そもそも恋愛できない魔法がかけられた私にはレズでも恋愛できれば羨ましいとすらほんの少しだが思う。
「しかし、まさか私の魔法を見破るなんてね。透明になって露出行為に興じつつ通りがかった女性にレズになる魔法をかけレズ人口を増やす私の計画がこんなところでつまずくとは……」
なんてどうでもいい計画だろう、と、思わなくもないがもっと都会でやっていたら一日数百人単位でレズが増えていたかもしれない。そう考えるとかなり壮大な計画だ、馬鹿馬鹿しい事にはやっぱり何ら変わりは無いのだけれど。
まぁとりあえず色々回っても思うことは一つ、身近にレズは真理恵先輩だけで十分だ。クラスメイトがレズになる、それはそれで恐ろしい。だから放っておくわけにもいかない、風丸さんがレズになったら魔女に心酔していることだし外見が魔女そっくりの私はターゲットになりかねない。
「……見る限り、この子が一番弱そうね。ふふっ、運がよかったわ」
「なめるなよ……跋鬼!」
関節を極められながら風丸さんがポケットに何とか指を伸ばし札を取り出し跋鬼を呼ぶ。最初から鬼として戦うために十分なサイズを持って現れた跋鬼は露出女に向けて鋭い爪を振り下ろす。
「あらかわいい、でも爪が長過ぎよ」
そんな言葉が終わる頃には跋鬼の腕は斬り落とされている。多分常人の目には見えなかっただろう、露出女は舌で光魔術を使ってレーザーで切り裂いていた。偶然いたレズがこのレベルとはこの国も案外治安が悪かったのかもしれない、いっそ刺客であってほしいと思うのは私だけだろうか。
そして跋鬼がリアクションをする前にもう一度放たれたレーザーが跋鬼の首を貫き札に戻してしまった。今更だが透明になっていたのももしかして光の魔術だったのかもしれない。
「……情けないですね、本当」
バッグの中から現れた山蛇が心底呆れたという顔をする、その姿はすでに人間型だ。一応跋鬼も元は山蛇と同じ神に属するものだったというから情けないと思うのだろう、確かに変質者は舌しか使っていない、風丸さんもつかまったままだしこのままだと風丸さんはレズにされてしまう。
「咲さん、やりますよ。このままではこの国の神のレベルが低いと見られます。それはゆるせません」
まぁ山蛇が言うならいいかと合体すると、普段よりも鱗に覆われた範囲は多く、犬歯は牙の様に長く伸びる。なんとなく尻尾も生えていそうな気がする、獣人用の下着とかじゃないから破れているかもしれない、大分憂鬱だ。後、そろそろ次の店に行きたい。
虐殺できる君の右手の手袋だけを填めて駆ける。虐殺できる君の効果で筋肉が肥大し体は軽く感じるようになる、露出女は風丸さんを投げ捨て最初は受けに、しかし受けられる膂力差で無いと判断したのかすぐに後ろに跳んで避けた。ごぼうおじさんとは比べるのも笑える身のこなし、レーザーを撃ってこないのは殺す気が無いからか。今の露出女なら五十ごぼうおじさんぐらいの実力、いける。
左腕を伸ばし、指の先を露出女の方へ向けると山蛇が五指から水を放つ、スライムの様にまとまって鞭のようにしなる水は木の根の様に細かくわかれて道幅を完全に覆い不可避の網となる。それに対し手の中に光りのナイフを作り出した露出女は網を切り裂かんとナイフを振るい、そして網を切って飛沫を浴びながら私の懐に入った。
「なっ!?」
しかし、付着した水が蔦になり露出女の行動を封じる。念には念を入れ私は山蛇の一番の得意属性である土の魔術で首から下を岩の中に閉じ込めた。
「響、110番に通報し……」
視界を一瞬覆ったかなり遠方の熱源、多分、ライフルなんてレベルでは無い、きっとこれは砲撃だ。私でも耐えられるか怪しいぐらいの威力の、熱源の間にいる響はまず間違いなく死ぬ。そう思って間に合わないと思いつつ手を伸ばした。響にぶつかろうとしている砲弾は何故かゆっくり見えた。
まだ、まだ教えてもっらっていない店があるのに。そのお店までの道順も知らないし、それが書いてある雑誌も響が持っている、学校で土屋先輩のお菓子情報を持ってくるのも響。
「ん?おぉ?砲撃されたみたいだよ、咲ちゃん怪我してない?」
呑気に響が笑う。背中を向けていた響だったがいつの間にかその背中に翼の様に木の幹や枝を生やし、砲弾を止めて役目を終えたそれを小さく、小指ほどに圧縮すると小さな光の珠の中に投げ入れて消した。ああ、なるほどなるほど。響もアホ猫とか真理恵先輩とか博士みたいな化け物の方だったのだ。
そう知ってしまうと不思議とイケメン長身頭も良い性格もいい、ギャップもある風丸さんが途端に普通の人に見えてきた。大分ハイスペックだとは思うのだけど。
「……あ、咲ちゃん。さっきのは自動防御だから驚かせたらごめんね。咲ちゃんみたいにな肉体的な強さが無いから付けてるんだ」
驚かせたら、と言われるがまぁ確かに驚きはした、でももう諦めた。
「……次のお店に行こうか」
私は何も見なかったことにした。
次の話、いつも通り二週間後に投稿できるか怪しいです。