私は監視されている。
熱くて痛くて軽く涙が出た。
背中に刺さった矢が爆発するとかそんなアホみたいな攻撃ありか。傷は塞がっても流れた血は戻って来ない、つまりこのままだと私は徐々に失血死していく。
もうアホ猫を呼んでしまおうか。アホ猫を呼べば三分で終わる、でも呼んだら振り出しに戻る。何をやっているかも何を狙っているかも全部暴かれる。
「……来て、山蛇!」
本当はこれも好ましくない、わかっているけど辛すぎる。こんな鮮やかな辛さは私は求めた憶えは無い。殺されて死ぬにしてももう少しタイムリミットギリギリでにして欲しいところだ。天羽々斬
『あー、もう。魔法はダメって言ったでしょ?』
真理恵先輩からのんびりとした通信が聞こえるが緊急だからと呼び出した山蛇に手を伸ばす。
『仕方ないか、経験薄いもんね。遠くのは私がやるよ』
その言葉と共に、私の背後十mぐらいのところが爆発した。一瞬聴音機に音源が映っていた場所が完全に崩壊し、ナイフの男も私も固まった。
でもとりあえずやることはわかった。山蛇に伸ばしていた右手を男の首に伸ばし、一言。
「ぐりっぷ」
少し経ち、死体を巾着にしまって替えの制服に着替えたぐらいで真理恵先輩はどこからともなく現れた。
「かなり派手にやられたね、咲ちゃん」
そう悪びれもせず告げた真理恵先輩はニコニコと笑う。邪気が無いのが余計に悪意を感じる、博士程前面に出していないだけで胡散臭くて食えない感じなのは変わらない。
「最初からいたんですか?」
「うん。咲ちゃんが心配だったからね、私は彰みたいに化け物じゃないけど色々あれば気づかれずに一掃するぐらいはね」
そう言って腰の巾着袋を開いて中に私の持っているものと比較できないレベルの大きさのものを見せた。普通持ち歩けない大きさで尚且つ扱いも私のよりかなり難しそうだ。
「腕を入れて操作して撃ち出しただけだから大したことしてないんだけどね。これも失敗作だし」
本当は携帯可能なサイズにするつもりだったと言う真理恵先輩にじゃあ縮めなければどんな威力が出るのかと聞くとこの森が消えると言われた。感覚がおかしい。
「そう気安く使えるものでもなくて小型化しても死体が残らないから咲ちゃんの武器には不適格なんだよね」
残念と言う真理恵先輩がふと何かに気づいて手をわきわきさせる。なんていやらしい手つきなのかと思ったが私の服装を見てわかった。ほぼ全裸だ、漫画みたいに都合よく隠したいところだけ布地が残ったりしていない、そしてここにいるのは多分頭の中には百合畑の人だ。
身構え、右腕を真理恵先輩に向けると流石に動きが止まって、右腕のそれを外さないまま着替えた。ガン見してくるその目玉を潰したかったが流石にやめた。どうせ再生するのだろうし。
「はい、金平糖」
渡された袋の中の金平糖を口いっぱいに頬張りがりぼり噛み砕く。本当は一粒ずつ味わいたいがストレス解消にこれ以上の方法は無いし、体がカロリーを欲しているのだから仕方がない。甘い美味い、でも口の中がざらざらするし不愉快な気分も抜けきらない。
「最初からいたなら手伝ってくれればいいのに」
そう言うと真理恵先輩は少しまじめな顔をしてそれじゃダメなんだよと言う。
「ただの魔術だけ使って来る様なのはまだまだ弱い方だからね、こっちの手札をあまり見せるといざという時殺されるよ。何時だって切り札は隠し持って置かなきゃ、彰は多分現代最強の個人の一人だけどばれてたら対策されかねないし、個人でも集団には勝てないからね」
「その理屈だと私も大量の魔法使いに攻められたら助けられる前にやられるんじゃないですか?」
たった一人だし、虐殺できる君もあくまで一般人相手なら、一般兵士相手ならだろうし助けられる前に終わってしまいかねない。
「あ、その点は大丈夫。衛星で咲ちゃんのこと二十四時間監視してるし数をそろえるのは私の得意分野だから」
適当なところで拉致ると言えたのもそうやってプライバシーなんて無かったと言わんばかりの監視体制故だったのかと思いつつ、おいでおいでと言われるままに真理恵先輩の巾着袋の中に入った。やっぱりどう考えても四次元のあれだと思う。まぁ実際は保管庫に直接空間を繋げているとかいうものらしいのでどこでもいける扉の方が近いのかもしれない。
そんなわけで入った巾着の中は戦車や軍事ヘリ、なんとなく本とかで知っているようなものに似ているけれど少し違う、おそらくは本とかのそれよりも強力なものがいっぱい置いてあった。真理恵先輩に聞くと自立AIが入っているだけだから兵器としての質は低いよとよくわからない謙遜が入った。確かにこれも数に入るのだろうと考えるとかなりえげつない。
「これが私の最高傑作、有機外殻自立機械兵。まぁ簡単に言うと生身に限りなく近い人型ロボット兵」
そう言って見せてくれたそれは口にマスクの様なものを付けられた裸の女性、いくつかパターンはあるようだが皆なんとなく既視感を感じるのは私と同じように筋肉質でスレンダーな体型をしているからだろうか。もう少し誤魔化せそうな体型にすればいいのに。
「私や彰と同じ魔人の細胞を使ってあるから生身部分は再生するし、人型だけど人じゃないし、AIの入っているチップの位置は三十種類あるからそう簡単に機能停止しない、兵装全部無くなっても戦い続ける。いざという時はこれを投入するから大丈夫。一体で並の兵士十人分、魔術師五人分ぐらいは戦える、咲ちゃんの巾着から繋がっている保管庫にも十体置いてあるし。量産できるのは魔法にはそうできない事、科学だからできる科学者の強み、数で負ける気はないよ」
真理恵先輩は得意げに言いながら金平糖を私の口に放り込む。指まで口に入れようとして来るのはかなり危ない傾向だと思う、いっそ噛み砕いてしまおうかとも思うがどうせ再生するし私のことを食べたと喜ぶドMだった時のことを考えると軽はずみなことはできない。
それより大分外れたけれど私は助けられるような状況にそもそもなりたくない、魔女みたいな頭のおかしな化け物にもなりたくないが痛いのは嫌だ。筋力や何かほどじゃないが感覚も微妙にこの肉体は鋭敏なのだ、嗅覚はあんこの種類もを嗅ぎ分けられる、耳と目はそこまでじゃないが舌も結構鋭くて土屋家の誰が作ったものかまでわかるぐらいだ。痛覚もおそらくは普通の人よりも敏感だろうと思っている。
「……だから物量戦になれば私の手元には国会議事堂を完全占拠するぐらいは損失もほとんど無く……って聞いて無さそうだね咲ちゃん」
「それよりも痛い目に遭いたくないんです。時間も使いたくない、美味しいお菓子を食べるのに時間を使う以上に有意義な時間の使い方は存在してないですし」
最初気づかなかったがこう毎日襲われると初恵さんの和菓子屋にいる時に襲われる可能性もある。それは恐ろしい、初恵さんにはまだ死んでもらう訳にはいかない、それは困る。初恵さんの笑顔から繰り出される和菓子に私がどれだけ救われているか、時々おまけと言って砂糖菓子をくれたりもするのに。
「私も協力できないとなると咲さんは訓練も受けていないですしね」
そういえばずっといた山蛇が言う。真理恵先輩も忘れていたらしく山蛇を見る目が泳いでいる。
「あ、そのことだったらもういいよ。山蛇の系統は魔女から離れているからむしろ積極的に合体して……あれ?僕の顔に何かついてるかい?」
ふと振り向くと博士がいた。真理恵先輩の眉根が徐々に寄って行き今にもくっついてしまいそうになっている。
「何勝手に私のラボに入ってるの?」
真理恵先輩が床の一点を爪先で叩くと四体のアンドロイドが動き出し、ナイフを持って突撃して行く。
「確かに僕はもやしだけど流石に、ね!」
博士が自分の鼻に水を掛けるとその体の周りに風が巻き、突撃して行った四体が風に押されて後ずさる。その風にも慣れたのかすぐに元通りとは言わなくとも前に進むと博士がポケットに手を入れて長剣を一振り取り出すと一振りで四体の首を胴体から飛ばした。
「天羽々斬は八岐大蛇の首を切った剣だ、切れないものは少ないよ、もちろん魔法による再現だけど……」
そう得意に言う博士だがその剣が欠け、罅が入り折れる。
「確かその剣、八岐大蛇の尻尾の中にあった草薙の剣に当たって折れたんじゃ無かったっけ?」
最後に切られた四体目の首から剣の先が出ている、どうやらそれに当たって欠けたらしく博士も予想外だと言う顔をしている。
そして博士が体制を立て直す前に首の無いままに四体は博士の腕を取り、首に顔面にナイフをめった刺しし始めた、なかなかスプラッターな上に確か味方同士であった筈だ。真理恵先輩の言っていた数の力とか科学の力は大分証明された気がするけど。とりあえず金平糖のお供にはあまりよろしくない気持ちの良い光景ではない。
「……とりあえず。対策してると結構簡単に倒せるのはこれでわかったでしょ?彰は日本神話系の魔法を使うって知ってるだけでいくつか罠を用意できる。咲ちゃんもとにかく先手を打っておくことが基本、聴音機は常につけて置いて場所をこっちから把握して先に攻撃を仕掛ける方がいい。山蛇の力も活用してね」
山蛇の力とは?と思ったけどすぐに思い当たる。畑の中の魔物を探り当てたあの力だろう、確かに正確な位置を測れそうではある。ただ、聴音機の方が問題だ。
「聴音機ってあのでかいやつつけないと使えないんじゃないんですか?」
左腕に着けていたあのでかいやつ、火炎放射器にマシンガンに戦車砲サイズの砲までついたあれを学校で着けていたら銃刀法で捕まる、まぁ普通の銃や刀より魔術師の方がよっぽど危険だけど。
「……咲ちゃんはやっぱり昨日の説明を聞いてなかったみたいね?聴音機だけのやつもあるよって……精度は落ちるけど。後その分だと覚えてないだろうけどサーモグラフィで見れるコンタクトもあるし大体先手は取れるはず」
そう言って私の巾着袋からぱっと見音楽プレーヤーにしか見えないものとコンタクトレンズを取り出す。渡されたそれをみて見るとどうやら音楽プレーヤーとしても使えるらしい。特に好きな曲は無いけど響あたりが聞いてきそうだからなにか入れておこう。
「後は……」
話が長くなりそうなので巾着から金平糖を取り出す。やっぱりただ甘いというだけで私の意識は持っていかれる。甘い、美味しい、人の体だと知らなければ多分さらに美味しいが流石にそれはもうどうしようもない、そういえば死体を回収していないんだけどどうしようか。
そう思ってちらりと真理恵先輩を見ると後ろから顔面が修復した博士に肩を叩かれた。血の跡は消えず残っているのでできれば近寄っては欲しく無い、返り血や出血はもう仕方ないものと見ているが血だらけの顔を放置するのは何か違う、そこはせめて拭いて来い。
「死体は僕が回収して置いたから大丈夫、心配しなくていいよ」
あれ、心読まれたかなと思っていると読んで無いよ。顔に出ていると言われるが私のあだ名は能面だったことすらある。読んでいたのは確実だ、そう思って睨むと真理恵先輩がそれに気づいて今度は五体けしかける。別の術式を使うも対策されていたからか結局飛びついた一体の後ろから放たれた砲弾に博士の体は吹っ飛んだ。まぁ復活するしいいだろう。金平糖のじゃりじゃりが口に残るのを流す方が先決だ。やっぱり人骨から作ったお茶を飲む、やっぱりまぁまぁであって特別美味しいとは言えない。
疲れたので真理恵先輩に軽く数学の宿題を教えてもらって今日は帰ることにした。一瞬土屋先輩の家の洋菓子屋に寄ろうかと思ったけどやめた、疲れている今の私は格好のターゲットだろう、家にまっすぐ帰った方がいい。まぁこの家も安全である保証はないが大抵はアホ猫がどうにかするだろう、私と合体しなくてもアホ猫は十二分に化け物なのだから。




