私は魔女じゃないから
朝、登校している最中から自然に暗殺されかけた。満員電車で胸を一突きされたことから始まり、階段を下りる時は突き飛ばされ、それぞれ処理に非常に困った。胸を一突きされた穴と血の染みはすぐにトイレに入って替えの制服に着替えて、突き飛ばされた時は肩が脱臼したのか素晴らしい方向に曲がってしまったので誤魔化すのに苦労したが山蛇になんかそれっぽい光を出してもらって魔法で治したように見せかけることで何とか事なきを得た。
一番痛いのはその両方とも誰にやられたのかその姿を見ることができなかったことだ。匂いを覚えるぐらいしかできなかった。
「……疲れた」
ホームルーム前のわずかな時間を利用して金平糖を口に含む。博士曰く、なるべく常時摂取している方がいいらしい。
そのために二百数十年前から未だに親しまれる球体を二つ重ねたようなロボットの漫画に出てくるような物理法則無視のどんな大きいものでも入る巾着袋を渡された。ちなみに替えの制服も巾着袋の中から、サイズピッタリな制服が数十着この中に入っているのは少し気持ち悪い。せっかくだから教科書も入れようとしたら真理恵先輩に駄目だと言われた、鞄に教科書が入っていない様に見られたら困るしなるべくマジックアイテムを持っている様には見られない方がいいとのことだ。
まぁ見られると魔術科はうるさいし普通科は恐れるし校則違反になるかもしれないしとても困る。生き延びたいとは思うが生き延びられない方が可能性は多分大きいのだし、学校生活と命では今の私には学校生活の方が大切なのだ。
授業中は特に何もなかった、どこかから視線が感じられたりしたけれどそれだけ、前みたいに闇魔術の痕跡や何かも無く、(授業中だから監視にそんなものいらないだけな気もする)あったとしても私には気づけないレベルだ。
「咲ちゃん!放課後なんだけど……」
「今日は甘いもの食べに行くから却下」
そう言うと響はよほど驚いたのか口をパクパクとさせながら私を見送る。私の甘味補給が学校限定のものだとでも思っていたのだろうか、それとも話を危機すらしなかったか。どっちにしてもあまり響を巻き込みたくはないし、今までの統計的に一人になったところを狙って来ることが多い。一緒にいると二重に面倒だ。
いつもの公園へ寄り道する、鞄の中に手を入れるのは武装するからだ。確か大量虐殺一人でできるもんがキャッチコピーだったっけ、改めて考えるとすごいキャッチコピーだと思う。見た目は意外とそうでも無いのに。
ちびちびと金平糖をつまみながら待っていると狙撃とかじゃ無く堂々と正面からごぼうみたいなおじさんが出てきた。二メートルぐらいはありそうなのに横が細い、ローブにマントといかにもなだぼだぼの格好をしているにも関わらず線が細く見えのだから相当細い。
「我、薊の団の者、二百年前の因縁、今この時を以って晴らさん!」
あのアホ猫が何をやったか知らないが白い顔を真っ赤にするそのおじさんはなんだかとても可哀想に見えた。
「ごめん、私は魔女じゃないから簡単に殺される気は無いんだ」
鞄から、正確には鞄の中の巾着袋から腕を引き抜く。腕を覆うのは青い手袋、と言ってもなんだか近未来的で手の甲のところにはなかなか嫌な予感のする膨らみがあったりとかするのだが。そしてその手に持っているのがさらにつけるパーツだ。二の腕に巻くものと肘に被せるものがある、ぱっと見はプロテクターだが大量虐殺用のもの。
つけた上で何もつけていない左手を巾着袋に入れてまた別のものを取り出す。今度は手から肘まで一つで覆い、腕の周りは丸く覆われ、片腕全部が銃火器になった様に見えてなかなかだ、デザインも右と左でのちぐはぐさが酷い。
「光よ!我が導きに応え燃焼せよ!!」
男の杖から光の玉が出て私を狙う。動き自体は遅いけれど微妙に追って来るのがイラつかせる、燃焼とか言っていたし避けたいけどなんかしょぼそうなのは私でもわかる。判断に迷うところだ。
「ほっ」
こういうのの定番は敵に突っ込んで行くことだって色々な漫画でやっていたので走ってみる。走って見て気づいたが私の足ってこんなに速かっただろうか、それともこれも一人で虐殺できるくんの効果なのか。
とにかくごぼうおじさんの懐に入り込み、右手で首を掴んで持ち上げる。これは間違いなく虐殺できるくんの効果だろう、そうじゃなきゃ私の右腕がゴリゴリのボディービルダーみたく服らんでいるのは夢だ。どういうテクノロジーかわからないけど科学すごい。
じゃあ普通に首も片手で絞められるか、折れるかなと思ったが何かに阻まれた。ものすごい首の肉が硬い。
「我は先祖の二の舞を演じるつもりはない。一族の開発したこの魔法、弱体化した貴様に破れるものか!」
だから魔女じゃ無いし弱体化とかしてないんだけどと思いながら少し考えようとして、背中に熱を感じた。
瞬く間に広がった炎は私の体を包み、髪と服を燃やす。鞄は投げ捨てたが服はほぼ全焼、とても描写するわけにはいかない格好になってしまった。救いは、替えの服があることか。
「やはり化け物か……!」
そう言われたのは煤けたぐらいで私の皮膚は火傷すらしていなかったから、炎は髪も毛先ぐらいしか燃やせずに消える。その毛先もすぐに元通り、とても人には思えないだろう、自覚はある。でも私は人間だ。
「私は魔女でも化け物でも無い、魔女になりたくないただの人間」
しかしどうしようかと思う、かなりこのおじさんは硬い、私の骨ぐらい皮膚が硬いとなると銃弾も弾けるかもしれないし、跳弾したらこの近距離、次に当たるのは私で確定している。
よし、聞こう。そう判断するのに躊躇いなんてものない。魔法のことは魔法使いに兵器の使い方は製作者に聞くのが一番だ。
この左手の奴は手首と腕に固定されていて指の数だけ何かしらの機能が付随されている。その中の一つに通信機が確か内蔵されていた筈。親指は確か口径80mm砲で人差し指が12.7mm機関銃だった筈だから中指か薬指か小指。
なんとなく小指のトリガーだったかと引いてみると三つの口の一つから炎が出た、おじさんは熱がってはいるが殺すのに時間がかかりそうで、次こそはと薬指のトリガーを引いた。
『……はいはい、咲ちゃんどうかした?』
一秒ぐらいの間が空いた後で真理恵先輩の少し面倒くさそうな声がする。とりあえず左手の薬指は通信用だと覚えておこう、困ったらこれで聞けばいいわけだ。左手の薬指の特別さが少し憧れる様な物とは違うがまぁ仕方がない。
「襲って来た魔術師の皮膚が硬くて跳弾しそうなんですけど。あ、とりあえず右手で首は掴んでます」
『うーん……親指のやつもあるし咲ちゃんに首掴まれるような雑魚の魔法なら十分撃ち抜けるだろうけど、反動で骨は軽く折れるだろうし右手で捕まえてるなら右手の機能でサクッと首の骨折りたいわよね』
とりあえずすぐに終わるなら何でもいいのだけれど正直昨日はよく武装の話を聞いていなかったので改めて話を聞きたいところではある。
『右手は昨日も言ったけど基本的に……まぁ色々な方法で筋肉を強くするんだけど、コマンドで特定の動作をサポートするのね。今回は手で首を掴んでいるんだから……Pick……いや、Gripね。とりあえず手に力を込めて握ろうとしつつGripって言ってみて』
「ぐりっぷ」
手の甲の膨らみに私の髪の毛とかも巻き込まれそうなぐらいの多量の空気が一瞬で吸い込まれ、私の指も潰しそうな強さで指の爪側を何かが圧迫し、腹側からは急激に引っ張られる。それに任せつつ私も力を籠めれば、指の形にあれだけ堅かった首の肉が抉られ微妙につながった皮の部分に依存するようにして首が背中側に垂れ下がる。それを見て手をだらりと下げると右手の平からぶしゅうと空気が吐き出されていたいぐらいに握り込まれた指を柔らかく開いた。
首の骨を折るという話はどこに行ったのか、そう思うぐらいの威力だったけどまぁ一瞬で終わったのだからいい気もする。
びくんびくんと痙攣する体は見ていて何とも言えない気持ち悪さを誇るが後々これが私の体の中に入ってくるのだ、とりあえず地面に倒れない様に背中に手を回して支える。
「首が折れるっていうか抉られるっていうか……そんな状態になりました」
『うん、とりあえずまぁ殺せたならいいかな。巾着の中に入れてくれればこっちで処理しとくから』
「はい」
通信を切り、適当に首を戻して木に立てかけて左手の装備を取って、鞄に手をかけて巾着袋を取り出す、それとほぼ同時にこめかみに鈍い痛みを覚えた。
あぁ、流石に馬鹿すぎた。こんな武装が無くても山蛇がいれば私でも殺せそうなのが気づかれずに胸を刺してきたりするような奴らのわけが無かった。階段から突き落とされたのは別としても胸を刺されたのは正面にいたはずなのに臭いを覚えることしかできなかったんだからなんかこう、気配を絶つようなものに長けていると気付くべきだった。
ところでいつになったら私は服を着れるんだろうか。
「……ッ痛いんだけど?」
頭蓋骨にまで食い込んだ矢を抜く。銃弾よりも威力が高くて気づかれないとか本当に暗殺向きな気がする、同じ場所ばっかりを狙われたら流石に困るし目玉とか撃たれたら貫通しそうな気もする。とりあえずごぼうおじさんのマントを剥いで体に巻きつけ最低限の恥じらいを取戻し、虐殺できる君を左腕に改めて装備する。
確か索敵の機能もあった筈だ、魔法相手にどの程度効くのかわからないけど。消去法で中指のトリガーを引くが何も起きない、疑問に思っている間にまた一射、全然違う方向から矢で撃たれて右耳に刺さる。無理に抜こうとすると返しが耳に引っかかって痛そうだ。
ぐりっぷと言って右手で矢を握り折って抜く、すぐに耳の穴は塞がるけれど血が固まっていてあまりよく聞こえるとは言えない。私は地味に優等生だから校則破ってピアスの穴をあけたりするタイプではないし、開けたくも無い。迷惑だ。
とりあえず薬指のトリガーを引く。
「新手が来まして、場所を探りたいんですけど中指のトリガー引いてもうんともすんとも……痛ッ」
今度は肩、貫通もしなかったし力を入れれば筋肉に押し出されるけどやっぱり殴られるよりもかなり痛い、熱とかのほうが熱いだけだし楽なのになんでこんな殺傷力の高そうな攻撃をしてくるのか。そうか殺すためか。
『うん、多分イヤホン入れるの面倒だからって入れてないでしょ索敵した情報はイヤホンを通じて脳に3Dマップで認識されるって昨日説明したわよ』
「イヤホンってどこに……痛ッ」
『左肘よ』
背中に三本ぐらい矢が当たったのを感じながら左肘をカバーしている部分についていたイヤホンを左耳に入れる。刺さらなかったのはきっとこの布も何か防御の魔法がかけられているかだろう。
入れると同時に視界と別に3Dマップが本当に見えるのだから驚きだ。ついでに見えている?という真理恵先輩の顔も脳裏に浮かぶし音声もイヤホンから聞こえる、通信機能もこれを付けてやるやつだったのかもしれない。
「またわからないことが出るかもしれないのでこのままやりますね」
地面に落ちた矢から匂うのは朝襲って来た誰かの匂いだ。ならばここで始末してしまえば今度から朝の通学時は比較的楽に安全に通えるんじゃなかろうか。
3Dマップには漁師の使うような聴音機が表示されていて私の後ろに回り込もうとしている音源が一つある、多分あれかなと左腕を向けて人差し指のトリガーを引く。
――ダダダダダダダダダダダダダダ……
左腕にある三つの口の内の一つがせり出し、腕の周りを覆う丸い部分の中で何かが回転する音が聞こえ、薬莢と銃弾が絶え間無く吐き出される。確かに虐殺君に相応しい名前だけど聴音機がうるさすぎて何の意味もなさなくなっている、おまけに私の鼻も硝煙の匂いしか感じていない。
とりあえずと一度止めると真後ろに音源があった。
「May your spirit rest in peace(貴方の魂が安らかに眠らんことを)」
そんな言葉をかけられるとほぼ同時に首の横をナイフが切り裂いて私の血が辺り一帯を真っ赤に染めるぐらいに噴出した。魔法的な何かがあったのか血の勢いが弱くなるし回復の兆しこそ見えるものの塞がり切らない。血を流し過ぎているからか頭もボーっとして両手に力が入らなくなってきた。悪くない死に方のひとつかもしれない、アホ猫に体を取られるよりはいい。
でもまだ死ぬわけにはいかない、私には来週末の新作和菓子決定会議に出席する義務がある。それまでは死ねない、死んでたまるか。
「何語かわかんないけどうるさいッ!!」
まだ後ろにいるのは聴音機でわかっている、右手で掴めば腕の一本や二本握り潰せるのはさっきの通りだ。左手を裏拳っぽく振り回すと満員電車に乗ってそうなサラリーマン風の男がいた、黒っぽい茶髪に染めているけど顔立ちは西洋系だ。しゃがんで避けてもう一撃と考えているらしい。
『殴る時のコマンドはThumpだからね』
「たんぷッ!」
そう叫ぶと肘の部品から空気が吹き出し、さっきと同様に強制的に握り込まれた拳が私の体のバランスを崩しながら男の右ひざに突き刺さる、骨を砕き肉を裂きながら拳は突き進み、肘ぐらいまで刺さったところで逆向きに空気が噴射されて逆再生の様に腕が引き抜かれ耐性が戻る。勢いが強すぎて頭に当てられなかったのが少々残念だ。
今度こそと右手をその顔に伸ばした時、この男が弓も矢も持っていないのに気付いた。聴音機がそれなりに離れたところにもう一つ音源があるのことを知らせる。しかし振り向くこともできずに背中に矢が三つ当たり、ボッと軽い音と共に爆発した。