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私はそう簡単に死ねない(物理)

意識が落ちれば楽なのにといつも思う。頭を狙撃されるとぐわんぐわん揺さぶられて吐きそうになる、私が魔族でなければ流石にノーガードでは死んでいてもおかしくはないのだ、でも吐くなんて勿体無いことは絶対にしない。


『どうだ?死んでるか?』


『頭部に出血を確認、かなりの勢いで出ているが頭を吹き飛ばせてはいない』


『マジかよ、ライフルで撃ったんだぞ?意識は?』


『動きが見られない、意識が無いか意識があっても動けないか、どちらにしてもとどめを刺せ、魔族は排除するべきだ』


『わかってるよ、あるだけ撃ち込んでやる』


傍受した、というよりは実際に話しているのを聞いた様子だと近寄ってきてはくれないらしい。近寄って来てくれれば楽なのに残念だ。一人ずつやらないといけない、逃げられても困るし私だけだと手に余る。


戦いたくないがお腹は撃たれると服も破れるし頭よりも痛い、頭蓋骨が無いから内臓に直接くる。それにさっきのライフルだと心臓にかけられた術式を砕くことはできないだろうけどやっぱり痛い。それに死なない限りきっと撃ち続けるし、終わったと思ってくれても翌日元気に学校に通っていたら流石にもっと腕利きのが来るだろう。


「アホ猫、働け」


家で寝ていただろうアホ猫を呼び出す。賢いし可愛い蛇は今日はお留守番だ、アホ猫が働けばいい。


「なぁーに?動いたの?って既に撃たれた後かぁ」


「二人、狙撃に使ったのはライフル、片方か両方光か闇系統の魔術を使える」


先輩達の闇魔術を破って私を遠目から監視していたとすれば闇か光の系統の魔術は使える、闇魔術を破れるのは基本的にはこの二種だ。魔術ならと後には付くけれど魔術が一番一般的な魔法の種であることは疑いようも無いし汎用性も高いから多分そうだろう。今では普通科でも簡単な魔術は使えるしテストに出る時代だ。


「はぁ、あんまり強く無さそうね、ライフルとか全く面白く無い」


アホ猫がやだわぁやだわぁと尾を二三度振る。でも痛いのは私だ、襲われることが嫌な私にとっては強かろうが弱かろうが嫌なことには変わらない。というかそれが普通の反応というものだろう、そもそも普通なら狙撃されないという意見は却下する。それは私が魔族であり日本に生きている時点でアウト、もうどうしょうもない。高校出たら国外に出たいぐらいだ。


「早くして、美味しい紅茶でシフォンケーキ食べたいでしょ」


「私、今は猫だからおとなしく猫缶でもいただくしいいわぁ」


「私が死んだらあんた二度と二本足で立てないわよ」


「……チッ、やるしかないのね?」


「私じゃ片方は間違いなく逃げられる」


「はいはい」


口を少し大きく開けるとどろりと溶けたアホ猫が瞬間的に体の中に入って来て、体の構造が変わりついでに血も止まる。外見的な違いは人の耳が消えて頭に黒い猫耳と尻尾が生えることぐらいだが、技術は大きく変わる。魔族としてのスペックを使いきれない私と違ってこのアホ猫はその点ではスペシャリストだ。


「いつも思うけど制服ってダサいのよねぇ」


立ち上がってアホ猫がそう言うと制服の上を黒い影が這いずりまわり、黒いコートが体を覆う。手の指ぬきグローブとか頭にかぶった大きなつばの三角帽子とかいかにも魔女っていう魔女の姿を作る。ついでに服から血の染みも抜ける。


「立ち上がりやがった、撃つ!」


来る方角はわかっているから痕跡を残さないように小さな防御壁でそれを受け止める、アホ猫と一緒なら銃声が鳴って弾が届く前に動ける。従魔との合体は使役士にはできない、従魔だけでなく自分自身さえ操れるのが魔操士である。まぁそれでもこのアホ猫は大分規格外だから未熟な私でもこんなことができるのだが。


――ポポポポポッ


防御術式を展開していた側の手の指一本ずつから黒い銃弾が到底科学的にはありえなそうな軌道を描いて少し遠くの一点を集中して穿つ。さっきの防御も私には到底わからない高度すぎる術式だ、魔法側の技術なことはわかっても魔術なのか呪いなのかもっとマイナーな技術なのかとかさっぱり理論がわからない、まぁ普通科の私にはわからなくてもいいのだが。


「クソッ、化け物か」


もう一人も悪態を吐いたせいでその方向が距離が鮮明にわかる。感覚も比べようがないぐらいに鋭敏になるし、アホ猫がよくわからない術式を展開してもいる。


「座標さえわかればこんなこともできるのよぉ?」


地面を足でダンッと踏むとすぐ近くの地面に黒い穴が出る、今さらだけどこのアホ猫は本当に黒が好きらしい。今の私の姿はもう中二病真っ盛りと言った感じだ、知り合いには絶対に見られるわけにはいかない。


その黒い穴から軍隊とかがつけてそうな装備に身を包んだ男か女かも判別しづらいのが現れた。科学側でも正直そこまでいい装備では無さそうだ、大体二世代以上は前、排魔族派のテロリストだろうか。少なくとも国の軍隊とかそれに準ずるレベルのところではないだろうことは間違いない、私から見てもあまりいい装備じゃ無い。


「このッ」


「うるさい」


ナイフを振り上げようとしたから首に手を突き刺した。襲って来たのは思ったより首が細かったみたいで大きな穴だけあけたつもりだったのに首がごろりと落ちる。指ぬきグローブだから指は汚れちゃったし地面も掃除しなきゃいけないし全力でミスった。


「私って本当へたくそだなぁ」


「まったくさっちゃんは本当ダメな子ねぇ」


また地面を踏むと先に倒したらしい血を噴きだした死体が目の前に現れた。


「こんな私はあんたの陰でしょうが、あんたも汚してるし」


「とにかくちゃっちゃと処理しましょぉ?」


ととんと死体を軽く踏む、そうすると私の頭の中からもこれが誰なのかということが消える。きっと忘却の術を掛けたのだろう、誰の記憶からも対象が忘れ去られる悪魔のような魔法だ、具体的にどんな分類になるのかはアホ猫の説明を聞いてもわからなかった。難しすぎるのだ。とりあえずこれは状況から見ていつものように私を襲って来たのだろう。もう一人もすぐに私は忘れる。


誰かわからない、おそらく襲撃して来たのだろう二人に私の使える数少ない魔術の一つを使う。土の属性になるらしい、風化の魔術。肉や繊維を土に返す、一般的には野菜クズを家庭菜園で肥料にする時とかに使う。


生き物には使えないが死んでいればその限りじゃない。一瞬で腐り、土に変われば嫌な臭いだってしないし、何より骨以外は持ち帰らなくてもいい。逆に言えば骨は持ち帰らなくてはいけない、でも持ち帰るのも処理するのも骨の方が格段に楽だ。


「じゃあ私先に帰るわねぇ?」


アホ猫にタッパー類を持たせ、空いたスペースにビニール袋に入れた骨を詰め込む。アホ猫に持って帰らせないのは持って帰らないからだ。時折芋虫を足蹴にしながら公園を抜け、お茶の店によって切れかけていた紅茶を購入、何時ものお姉さんと二言三言交わして駅へ、そして家へそれだけだ。


誰も公園でで狙撃があったとは思わない。土が柔らかいなとは思ってもまさか血が染みているとは思わない。血が染みているとわかったとして、何体かあそこに芋虫の死体を積み上げできたから問題ない。誰かがベンチに腰掛けて本でも読んでいて近寄って来た芋虫を殺した、それだけだ。


最近は監視も少なくなって来てアホ猫も気づかない。アホ猫に気づかれないようなのがいたら死ねるが多分そうじゃないだろう、そんなのはアホ猫と同じ化け物だ。


あのアホ猫は私の本体と言ってもまぁいい存在だ。私が人間の両親から生まれたのに魔族な理由はあのアホ猫に全てある。私は魔族も実は見習いで、魔操士であること、普通の人間よりも魔力量が多すぎること、体が丈夫すぎること以外は実は普通の人間だ。より正確な表現をすれば私は魔族になれる素質を持った人間だ。


私の役はアホ猫の影、器、生贄、そんなあたりの言葉が適当だろう。


アホ猫は初代魔王の妻、魔物という形になって生き延びている歴史に出て来る生きた時代も住む世界も違う相手、本来なら一般家庭の私が出会う相手では無い。たまたま、魔物となって魔王派の日本人の影を探していたアホ猫に妊娠一ヶ月ぐらいの段階で会った最初の魔王派の日本人がうちの両親で、私は母親の体の中にいながらアホ猫の魔力に慣らされてアホ猫含めて魔物と合体できる魔操士となり、アホ猫が馬鹿みたいな魔力を流したからそれに適応して魔力量が多くなり、アホ猫がまだ生まれていない時点で色々と筆舌し難いことをやりまくったから体がアホみたいに丈夫になった。


私はアホ猫の魔力に当てられすぎて元々は日本の生まれだったというアホ猫の元の姿ととほぼ同じ顔になった。同じ体格になった。私が魔族になるその時、私の体はアホ猫に盗られ私は死ぬ。今主導権を握らせてもらえているのはアホ猫の気まぐれだ、私は魔操士だがアホ猫に操られる。合体する時はアホ猫に乗っ取られる危険が常にある。


アホ猫が私を乗っ取るのは私の十八の誕生日。そう決まっていて、私はそれまでにアホ猫を殺すか逃げるかしないと生き延びれない。ただ、私は丈夫なだけだ、魔法はほとんど使えない、科学に精通してもいない、聞かされたのは十五歳、せめてもの抵抗は合体する機会を減らすこと、普通科に入ることだった。科学系に入るには科学が苦手すぎた。私は今のままだと運命を許容するしか無い。


両親がそのために育てて来たから理不尽だとは思っても魔王派から中立派になるぐらいしか心境の変化は無く、心のどこかではそれを光栄だと思っている馬鹿な自分もいる。


残りは後十一ヶ月ぐらい。病気の余命宣告よりよほど正確で逃れようが無い、従魔は主の場所を知れるし私よりもアホ猫の方が速い、頼れる人脈作りは魔術科のせいで大失敗、国外逃亡もあのハイスペックなら海ぐらいは超えて来る。


そもそもこの事情を話して誰が信じるのか、信じたとして誰が助けてくれるのか、そもそも助けられる相手なんているのか。私の体を乗っ取るメリットを消すことができるのは魔法に精通するものだろう、あのアホ猫を出し抜けるほどの実力があって魔王派では無いやつなんているのだろうか。いるとしたら中立国のどこかだが、中立国のほとんどは内側に魔王派と魔族排斥派、両方を飼っているからであってだいたいそれは魔法系と科学系で分かれる。もちろん魔王派の中にも科学系はいるし魔族排斥派の中にも魔法系はいる、でも少数で期待できない、そもそもそこに繋がるパイプが無い。


それに今の私はアホ猫がいて初めて生きている。アホ猫から逃げればただの魔族として殺されるのも確か、あまり良くない装備でもただの魔法使いでも無い魔族を殺すには十分だ。


「……詰んでるなぁ」


電車内でケータイ画面を見ながらそんなことを口にした私は傍から見たら何かゲームでもやっているのだろうと思われるだろうが違う。二百五十年前の常識に生きるアホ猫に見られないインターネットで優秀な魔法使いで且つ、魔族排斥派の人を探していたのだ。ちなみに狙撃とかされたりするのは私が最初深く考えずにこのままだと魔族にされる、助けてと送ったからである。魔族になる前に殺すが送った相手の出した結論らしい。


なんとなく気まぐれでいつもより一個早めに電車を降りてみる。最寄り駅から家までは徒歩五分、隣駅だと十五分、大した違いじゃない。


普段通らない道を歩けば何か策も見つかるかもしれない、期待薄だが。


「やぁやぁお嬢さん」


道端の占い師のような格好の男が声をかけて来た。無視しようかとも思ったが私の体は下手な銃火器では殺せないし死んでも少し早くなるだけ、誘拐でもされそうになったら普通に蛇でも呼んで蹴散らせばいい。


「何?胡散臭さ丸出しの不審者さん」


そう言うと男は覆面の裏でくくと笑い、不審者なんてことはない、営業許可もとっていると言って手を取ろうとしてくる。手相とはまた古典的な手法だ、手の模様を一個の陣として捉えてそこから魔法を使うらしいが昔と違って今では技術が確立され、やろうと思えば私でもできる。そう珍しいものじゃないからあまり儲かりもしないだろう。


「来宮 咲さんか、とても丈夫な体をお持ちの様だね、例えるなら……魔族みたいな」


ぞわっと体中の毛が逆立つ。普通の手相占いじゃそんなことまで気づくことはできない、わかるのは大雑把なもので細かいことはわからないのが普通だ。


「君が魔族にならない様に、僕が君を助けよう」


そう言ったその男が懐から水晶を取り出すと、何かを呟き、私はその中に瞬く間に吸い込まれた。


『何これ、出して』


「出さないよ、目的地に着くまではね」


そう言って裏道に男は入る。だらりとした服はいたるところを擦り、見る間にボロボロになっていくが男は特に気にした様子もない。とりあえず出ようとするが腕力ではどうにもならない。アホ猫はまぁ、最終手段だとして、先に蛇を呼ぼう。


「来て、山蛇」


来ない。魔力は確かに練ったし普段と何も変わりないのに一切の応答も手応えも無い、まるでリンクが切れているかの様に。でもそんなこと普通はあり得ない、南極や北極ならともかく今の時代では魔力はインターネットの媒体にも使われるほどに満ちている、空気と共に魔力があると言ってよく、魔力さえあれば呼べる筈だ。


なのに呼べない。となると実際この空間には魔力が無いか遮断されているかしてリンクが切れている、そう考えるしか無い。


「……あんた何者?」


「魔法使いで、科学者。種族は魔人ってとこかな、君を助けたい理由は興味本位。魔法はベーシックな魔術からオリジナルの際物まで、科学は生物とか医療とかそっち専門だからパソコンとか聞かないで、もっと相応しいのがいるから」


要領を得ている様な、得ていない様な何処と無く掴めない返答に胸がもやっとする。でも一つわかるのは多分今の段階ではこの男が私の味方だということだ。


あのアホ猫ならいくらでも味方はいそうだけどあえて用意することは無い、その必要が無いし、私に味方する様にする意味が無い。でも、今の段階ではになるのは本当に興味本位ならアホ猫の方により強く興味を持つかもしれない。


「ところで魔人って何?そんな種族は聞いたことが無いんだけどどこの少数種族?」


聞いたことが無いからって存在しないなんて言い切ることはできない。私自身が聞いたこと無い状態の塊なんだからそこら辺頑固になったって何の得も無い。いる前提で聞けば教えてくれそうな、アホ猫みたいな自信満々な空気がある。


「まぁ、詳しいことは追い追い話すよ」


そう言って男は廃ビルの地下駐車場に入り、止めてあったトラックの荷台に入り込んで中から扉を閉めた。エンジン音がなると荷台の中に明かりが灯り、そこが普通の荷台じゃ無いことがわかる。金属で張り巡らされた中に別の金属で方陣が書かれている。個人的にあまりみたことの無い正方形の方陣は脈動する様に薄く光ったり消えたりを繰り返す。


「ちなみにこれは周りからの魔力を遮断する装置なんだ、君が入っている水晶と同じ。魔力による探知を受けられるとその度に新しい場所を用意しなければいけないからこれぐらいは我慢して欲しいね」


それから二度、五分置きぐらいに不自然な振動を感じた後でトラックが止まり、水晶から解放された。


開いたトラックの扉から見えたのは真っ白で広けた部屋だった。


先に荷台から降りた男が指をパチッと鳴らすと服が白衣に変わり、トラックの運転席からは大学生ぐらいに見える女が降りてくる。


「さて、僕達に君を助けさせてくれるだろうか?」

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