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私が人でなくなって。

間一時間で連続で三話投稿した二話目です。ご注意ください。

そこには何もなかった。自身も、何でもなかった。


ちょっと前にアップルパイを食べた記憶のある喫茶店が現れても驚かない。席に着くと、そこにいた魔女の自分はおかえりと優しく声をかけてくれた。


ただいま。そう言おうとしたら何かが胸につかえて言えなかった。


「あら、まだ自分があるの?」


そう言われてもわけがわからない。自分はない。自分誰か、わからない。自分は何でもない自分。


だってもう、自分が見えない。手があるのに、目で見えない、鼓動の音もない。いるのはわかる。でも、わからない。


「あなたは私、さ、おいで。一緒になりましょう?」


すっと差し伸べられた魔女の自分の手を取ろうと手を伸ばしかけて、何かが引っかかって止まる。行けば楽になれるのに、行かなきゃ苦しい何かを見なきゃいけないのに、自分は腕を伸ばせない。


「駄目!」


聞こえてきたのは響の声。学校を辞めた学校にいた土屋先輩の後輩の、魔術科の、実は強い響の声。


なぜ、響はわかるのだろう。自分のことはわからないのに。


「真理恵先輩のおかげで山蛇と、鈴ちゃんが、頑張って、その、とにかく来たからね!」


真理恵先輩はレズのやばい人。虐殺できる君を作ったやばい人。


山蛇は神様で豊穣神で、可愛くて礼儀正しくて、実は少しプライド高い。


鈴ちゃんは風丸さんで、レズにされかけたそこそこ弱くて普通の感じの人。


みんなわかるのに、自分はわからない。この人達と、どう関わったのかわからない。自分はどうしてどういたのかわからない。だけど一つ確かなのは。


苦しい。


胸が詰まる様に苦しい。


喉を絞められたみたいに苦しい。


目の前でパフェの最後の一口を奪われたみたいに苦しい。


自分が誰だか思い出したらきっとそれは、もっと苦しいに違いない。


来ないで。そう口に出したのにその音が聞こえない、きっと響にも聞こえない。


聞こえてないから言葉を裏切る様にこっちに来ている。だからまっすぐ自分に向かってる。でも、なんで自分にまっすぐ向かえてる?自分が見えない自分になんで、響はまっすぐ手を伸ばせている?


「来ないでくれる?」


魔女の自分が牙を向く様に笑って目の前の何もないところから真っ暗な矢を響に放つ。


「やだ!」


響が叫ぶと白い光が矢を打ち砕いて、喫茶店のテーブルがから枝が伸びて葉がついて、魔女の自分を檻の中へ閉じ込める。そして自分の座っていた木の椅子からも蔦や枝が伸びて自分を絡め取ったかと思えば引っ張り、喫茶店から放り出し、響の前へと転がす。


なんでいないのに絡め取れる?疑問に思う自分を余所に、響が自分に抱きついた。


「来ないでとか言われても駄目だからね!」


私は自分の声も聞こえないのに、なんで響は聞こえているのかだろう?自分はなんで私の声が聞き取れないのだろう?響はなんで自分を助けに来てくれているのだろうか。なんで震えているのだろうか。なんでこんなに温かいのだろうか。


自分と響は一体どんな関係だったのか。


響は、私を知っているのだろうか?


「邪魔しないでくれるかしら」


じくじくじくと魔女の自分を閉じ込めた木の檻が腐って落ちる。腐ってできた真っ暗な水溜りから黒い龍が持ち上がり、大きな大きな黒い水の玉を吐き出す。


響はそれを大木を出して防ぐけど、見る間に腐って行き、そこから逃げるのが精一杯だった。


「⚫︎⚫︎ちゃん!⚫︎⚫︎ちゃんがしっかりしないと魔女になっちゃうよ」


それは嫌だ。何が嫌なのかもわからないけど、今の自分に言うほど嫌悪感もないけれど、私がそうしていた気がして、見えないし、存在もしてない左手を魔女の自分に向けて、何もないところで引き金を引く形を作った。


瞬間、存在してない左腕を存在している機械が覆って、撃たれた砲弾が黒い水も龍も突き破って炸裂させる。魔女の自分もどこかに吹き飛び、辺りは何もなくなる。


確かこれは虐殺できるくん。非合法のやばいやつ。で、なんで私がそのやばいやつを知っていた、なんで自分はそれを覚えていないのか。


ねぇ、自分は誰?


「⚫︎⚫︎ちゃんは⚫︎⚫︎ちゃんだよ!早くなんとかしなくちゃ……」


やっぱり声が聞こえてる。私も聞こえていないのに。でも言ってることがわからない、言葉がぐちゃぐちゃ潰れて聞こえる。


「記憶がないの?」


わからない。


「僕はわかるの?」


清水 響。魔術科の、土屋先輩の後輩で、よく使い魔について知りたくてお菓子を用意してる。得意な属性は光と木で、実は化け物。


「大体合ってるね。わからないのは自分のことだけなのかも」


ところで、なんで自分の声が聞こえるの?


疑問を口にすると訳が分からないという様に響が首を傾げ、それから確かだけど、と前置きしてから話し出す。


「音は振動で、人間は声帯を震わせて声を出しているんだけど、口から出る空気の振動とは別に骨を通じて耳に入るものもあって、いや、音が出てるなら自分の声も耳の外から聞けるから他の音と聞こえる理由は変わらないはずなんだけど……」


今、自分は声出せてないよね?私は音で聞こえてないし。自分の姿も見えないし。


「え?普通に聞こえてるよ?」


なんで?


「むしろなんで僕の声は聞けて⚫︎⚫︎ちゃん自身の声は聞こえてないの?聞こえるはずだよ?」


響と話が通じない。聞こえてない声を聞こえているというし、聞こえるはずだと言う。


おかしいなと首を傾げていると足元がズルズルと黒い沼に変わっていく。


なんとかそれから逃れると次は黒い氷柱が降ってくる。銃弾だけじゃ間に合わなくて、撃ち損ねたもよに咄嗟に右手を伸ばすと右手を機械が覆い、口が勝手に何か単語を言って、氷柱を一気に打ちくだく。


虐殺できる君の右手側。音声でコマンド入力して動かすやばいやつ。


これが動いたという事は本当に私の声は出ているということなのだろうか。


「どうなってるの?」


そう呟くと自分の声が聞こえると共に自分の事を少し思い出した。


私は普通科の生徒だった。響とは別のクラスで、私は魔法科になるべく近寄りたくなかった。でも甘いものにつられてよく行っていた。土屋先輩のお菓子が美味しくて、私というより山蛇とかアホ猫がだけどちやほやされているのは見ていて面白かった。邪魔されないでわいわいした雰囲気でお菓子が食べれた。


「ふぅ、せっかく頑張ったのに」


魔女の私の声がする。私と全く同じ声、同じ様に甘いものが好きな私。今ならなんとなくわかる、あの私は敵だ。なんとなく悪感情があるわけではないけれど、でも響を殺しそうだから倒さなきゃいけない。


私が左手を前に出すと、魔女の自分も左手を前に出す。


魔女の私が指をぐるりと回すとその周りに黒い氷柱がぐるりと十二本。無理やりにでも撃ち落としてやると力を入れると、虐殺できる君がバキバキと音を立てて巨大なガトリング銃に変化する。


そういえばこの場所は私の精神の中で考えたことが実現するんだった。今思い出した。思い出したからには活用するしかない。


ガトリングで撃ち落とすだけじゃなくいっそ吹き飛ばしたい。そう考えるとバキッという音と共に大きく分かれて広がり、真ん中から巨大な砲身が現れ、その反動に耐えるためにか砲身から地面にガンッガンッと杭が伸びて突き刺さる。


「すまっしゅ!」


ドォンッという轟音と全てが真っ白になる程の閃光と共に放たれた何かに、魔女の私もろとも氷柱が吹き飛び、地面が大きく抉れていく。抉られた場所はスプーンで掬ったプリンみたいだ、食べたい、卵の多い堅めのプリン。そうだ、一緒に食べに行った。響と風丸さんと一緒に行ったら親父さんが入院してて少し悲しくなった。


「●、●●ちゃん!?耳が、今のでもう聞こえなくて!!目もちかちかして!!いるの!?」


響が耳から血を流し、焦点の合わない目で私を探している。いるよと声に出しても今は聞こえないだろうし、治ればいいのに。


そう考えると響の耳から流れていた血が止まり、商店も一瞬で合う。」


「え、これ?何?」


ここだと考えたことが実現できると説明する内に、前にこの中で何があったかもだいたい思い出した。自分が見えない以外はもうあの時とほとんど変わらないと言っていい。


「もしかして●●ちゃんが自分が見えないのもそう思い込んでいるからじゃない?」


じゃあ見えるはずなのか、そう思うと姿は徐々に見える様になって、そして全部思い出した。


この空間での魔女とのやりとり、人を殺して食ってきたこと、それに何も感じていなかったこと、響の人生を壊してしまったこと。


今も助けに来てる響の鼓膜を轟音で破ったのは私だし、助けに来てくれたことで響は響より明らかに格上の魔女と戦うことになってしまっている。


「わた、わ、私、私は……」


だから記憶に蓋がされていたんだ。思い出さない様にして自衛していたんだ。


魔女に取り込まれることで苦しまない様にしようとしていたんだ。


自分を殺そうとしていたんだ。


本当は響も私を恨んでいるに違いない、助けに来てるけど、本当はそんなことしたくなかったに違いない。私は、私はそういう存在だ。


「咲ちゃん!咲ちゃん!」


嫌だ、嫌だ、その名前で呼ばないで。


お願い、私は違う、嘲笑われたくない。魔族にもなりたくないのに、魔族にならないと苦しい。助けて欲しい、でもきっと誰も助けてくれない。


助けてもらえる理由がない、響だってただの知り合いでしかないんだし。


じゃあ、戦わなきゃ。


響に私を助ける理由はないし、少なくとも響の身の安全は確保しなきゃいけない。魔女だってなんだって、相手が私なら私が勝てない理由はない。私の魔法なら私が耐えれない訳がない。


そして、魔女を殺したらその後で死ねばいいんだ。そしたら苦しくもなくなる。


死ぬなら魔族になっても変わらない。


ズブッ、という音がして、首筋から二本小さな角が生えてきたのがわかった。その音は聞こえたのに響の声は聞こえなくなった。


左腕の機械が縮んで右手と同じ形になる。


消しとばした気だったけど、まだいる魔女を殺さなきゃいけない。


地面からズルッと現れた魔女が不機嫌そうにこっちを見る。私はそれに駆けていく。ありとあらゆる魔法の攻撃が飛んで来て私の体を貫くけれどどこに当たっても一瞬後には治っている。


私の拳の機械が巨大な掌の形を作り、魔女の私を包み込む。


「死ね」


ブチュっと何かが潰れる音がする。ごり、ごり、ごりと念入りに念入りにすり潰すと隙間から血がどばどは落ちて大きな血だまりを作る。


「でも、ざぁんねぇん!」


魔女の私が血溜まりから再生して、私の顔から上を爆発させる。


「そっちこそ」


首が再生するのと同時に左手を前に出す。手首の部分からアームが伸びて拘束し、その心臓に掌から伸びた銃口を直接差し込んで連射する。


不毛な殺せない殺し合いが二桁を超えた頃、もうわかったでしょうと魔女が楽しそうに笑う。


「私じゃ私を殺せない。ねぇ、私に取り込まれればそれで終わるのよ?私の中に少しは残るから、その子もきっと殺したりはしないわ」


そんなことを言いながらペタンと地面に座って、魔女は胸に飛び込んでおいでと両手を広げる。


「いや、殺す」


「あらぁ、なんでそんなことわかるの?」


「だって私だから」


どこからともなく現れたナイフをバレたかと笑う魔女の頭に投げて刺す。


「でも、決着はそれしかないわよぉ?」


呑気にナイフを引き抜いて、突然その空間に出したブルーベリーのタルトを切り分け始める。


「二人だけで話しましょう?」


また、あの喫茶店。響は閉め出され、私と魔女が向かい合って、とりあえず一口紅茶を飲んだ。ブルーベリーのタルトなら個人的にはコーヒーより紅茶だ。理由はない。感覚だ。


「で、 それだけしか決着がないの意味は?」


「分かってるでしょぉ?これはどっちが取り込むかどうかの戦いよ、主人格の席に今どっちも座ってない。座れるのはこの中の一人、取り込んだ方が主人格よ」


タルトを食べる魔女と、紅茶だけ啜る私、とりあえず静かな時間が少し続いて、私は魔女の顔面に銃弾を撃ち込んだ。私は魔女を取り込めない、生きた年月が違う。精神の強さで私は魔女に負けている。なんとなくわかる。


「せっかくな優しく取り込んであげようとしてたのに……先にあの子から殺そうかしら」


再生した魔女がそう言ってタルトを頬張る。私は右手で首を掴んで、そのまま掴んで断ち切る。


「そんなことさせると思う?」


「いぃやぁ?だって私だもの」


生首の状態で魔女がそう言って笑い、その首の断面からごぽごぽと体が作られ復活しだす。


魔女よりも先に響を確保して一回ないといけない。そう考えると肩から耳にイヤホンが伸び、視界の端に現れた地図の一点が赤く点灯した。脚の周りにも機械がバキバキと纏わりついて膝を曲げると尋常じゃない力が足に集まっていくのが感じられた。


再生しかけの魔女を薙ぎ払うついでに喫茶店も回し蹴りで薙ぎ倒して、喫茶店のすぐ外でぽかんとしている響にめがけて地面を蹴る。抱き着く様に響を確保してそのまま脚の機械のジェット噴射で空を飛んでいく。


「咲ちゃん!後ろ!」


空中をありえないカクカクとした軌道で増殖しながら迫る黒い矢の群れを響が光線で幾つか迎撃するけど全然間に合っている様子はない。


「ボンッ!」


足の機械を外して後ろに蹴り飛ばしてそう叫ぶと黒い矢を全て巻き込んで爆発する。ジェットがなくて落ちそうな体はうなじの角の付け根から広がった真っ黒な翼によって再浮上する。


「それ……まさか、魔族に?」


「なった。でも魔女にはなってない」


そうだ、私は魔女じゃない。背中からも黒い翼を生やして、空中に機雷を蜘蛛の巣の様に張り巡らせてむしろ自分自身を閉じ込める檻の様にする。


「魔女はまだ生きてるの?」


「生きてる。決着は私が取り込まれる形でしかつかない、だから今の内に私の中から逃げて私を殺して」


もうそれしかないと思った。精神世界で私は勝てないなら体ごと殺すしかない。魔族になってしまった私はもしかしたらなかなか殺せないかもしれないけど真理恵先輩や博士ならきっと殺すことができる。


「またここに封じ込めておくことはできないの?」


「私が封じていたんじゃなくて魔女がここに隠れていた。私にもわからない様に、ただ私の体が完成するのを待っていただけ」


「でも、今の主人格は咲ちゃんで魔女じゃないんでしょ!?」


「でも勝てない。そう思っちゃったからもう勝てない」


ここは考えたことが現実になる世界だから勝てないと思ったらその時から勝てなくなる。魔女との知識量の差が想像力の限界という形でここに表れる。そう説明すると響は一度目を瞑ってまた開いた。


来れたのだから帰れる、私の考えが現れて一つ扉が現れる。ここに響を押し込めばここから出られる、その後は山蛇に任せればきっとなんとかなる筈だ。


「勝てるよ。咲ちゃんだけなら勝てなくても僕がいるから勝てる」


「だけど」


「要は魔女を咲ちゃんが取り込める様にできればいいんでしょ?」


響が栗饅頭を押し込んで私の反論を押し込める。響が話の続きを言うのを待ちながら栗饅頭を咀嚼し、熱いお茶と一緒に飲みこむと響がにっこりと笑った。


「病室で僕の話ってちゃんと聞いてた?」


一瞬首を傾げたが響が次に口にした単語で全部を理解した。


その時、一斉に襲い掛かって来た黒い矢の嵐が機雷を全て爆発させ、にぃと笑った魔女が現れた。


「終わらせましょ?」


「終わらせるのはこっち」


「あら、逃がさなかったの?」


「後でゆっくり帰す事にしたから」


「あら、いいわね。アップルパイとかいいわよねぇ」


「私もすぐに死んであげるから、地獄で一緒にお茶会しない?」


「私生き残る気だからお断りね」


「残念」


お互いに伸ばした手が相手の胸に到達する。魔女の手がズブズブと私の中に入って来ようとして、そして、さらさらと崩れていく。


「もう、無駄なのわかったんじゃなかったの?」


魔女の体も私が触れた場所からさらさらと崩れていく。


「大丈夫、美味しく食べてあげるから」


響が病室で言っていた。私が唯一使える魔術、有機物から肥料を作り出す魔術の発展系で、有機物から砂糖を作れる魔術ができたと。


「他の人達も散々食べてきたんだし」


魔女の顔が初めて恐怖に歪む。


「お望み通り、アップルパイにしてあげる」


そして歪んだまま砂糖になった。

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