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私の眠っている間。

咲がヘラクレスを模した魔法使いの前に倒れた直後、真っ先に動いたのは響だった。


周りの敵を殲滅するより先に倒すべき敵であり、倒れている咲には当たらないと判断。一撃じゃ心許ないと追尾性を無くして五本の指それぞれ、両の手合わせて十本のレーザーが放たれる。


それをヘラクレスは回避、そして、次の瞬間風が起き、その首が飛んだ。あくまで普通の人間の感覚である響にはその瞬間に起きたやりとりは見ることができなかった。


では実際何が起きたのかと言えば、リュックを背負った博士がヘラクレスの背後に出現、その接近に気づきヘラクレスが腕を振り上げるも博士の体を中心に起きる風に煽られ、博士が剣の先でその胸板をちょんと突いたところで、首が飛んだ。


通常ならばあり得ない。しかし、奇跡を起こすのが魔法の本分、ヘラクレスのそれと博士のそれの一番の違いは神話の枠に留まるか否か。


ヘラクレス術式は弓矢、棍棒、ライオンを模した兜を使って、あくまでヘラクレスの様な力と能力を得るもの。それも一つ手放せば徐々に普通の人に戻ってしまう。故に毒矢を重視して使っていた。


一方博士のそれは、日本神、須佐之男命スサノオノミコトをベースにした術式、鼻を濯ぐという儀式で伊弉諾(イザナギ)が鼻を灌いで生まれたという須佐之男命(スサノオノミコト)の誕生を表し、その身体能力と周囲に嵐を起こす力を得るもの。


それに加えての剣、これは須佐之男命術式に含まれるものでは無かった。それは日本神話に出てくる十拳剣(トツカノツルギ)と表記されていた全ての剣に準ずることができ、その時の術者に合わせて能力を変える剣。その時のそれは天羽々(アマノハバキリ)、須佐之男命が八岐大蛇を斬った時のそれ。その効果は首を刎ねること、八岐大蛇退治に準えて、しかしその神話以上の力を持たせ、どこに触れても首を刎ねる剣として作られた術式だった。


神話に近づけるものと神話を超えるものの違い、一瞬の決着はそれ故。


「あぁ……ちょっと寄り道しすぎたかな?」


博士が呟いてリュックを置くと中から人がわらわらと出てくる。それは真理恵のアンドロイド達、出てきたアンドロイド達は散らばっている敵の殲滅と咲の回収に向かい、響と風丸は唖然としてその光景を見ているしか無い。


二人とも一応それぞれがそれぞれの結社の一員として幾つか修羅場は潜って来ている。それでも異様な光景だった。日本はあくまで科学と魔法の中立の国、これだけの数を揃えて来て、しかも昼間から行動するのは実は珍しい。


さらにヘラクレス術式の様なものを使いこなせるのはかなりの大物だ。ただ筋力だけ上げても思考が付いて来ない、目が、感覚が遅れてしまう。そういった調整に加えてのヒュドラの毒、扱いも難しい、才能だけでなく熟練の魔法使いであるのは必然。そんな相手が容易く首を刎ねられることは普通から逸脱した魔法使いでも異常だと認識するレベルだった。


「君達もおいで、色々と知りたいこともあるだろう?」


響はその誘いに乗ろうか躊躇った。しかしその背を押したのは風丸だった。


風丸は普通の魔法使いよりは強い、しかし正直言ってしまえば咲よりも弱い、本当にその程度。一般程度の魔法使い、例えば咲がごぼうおじさんと呼ぶ光一系統と防御の魔法のみの魔法使いを一とすると十、それが未来予測込みでの風丸の実力、跋鬼を入れてもせいぜい五十、あの露出狂が八十五、虐殺できる君のみ使用の咲が百五十相当、山蛇が入るとできることが乗算するように大きくなって二千程、大体響は二千五百ぐらい、響のサポートが入って全体的に筋力のサポートが付くとさらにパフォーマンスはよくなり二千三百、ヘラクレスは経験もあって三千というところ。そして博士は格が違う。


どう低く見積もっても十万、その圧倒的な実力の差を風丸は理解していた。


陰陽師の末裔、仕える先が都で無いため厳密には法師に分類されるその術の基礎にあるのはやはり観察と知識、そして得た情報を処理する思考、結論は瞬時に出る。


相手は絶対的な強者であり、自分達にできることでできないことは無いだろう、魔術も錬金術も占術も使役術も世に出ているものはおろか宗教を基にする先のヘラクレスの様な術式もかなりのレベルで多数持っている。危害を加えるならば先に加えている、断っても断らなくても状況は同じ、心臓はすでに相手の手の内。


「行こう、止まってても仕方ない」


なら、行くべき。響も風丸のことは気に入らないがその提案に乗らないのは友達を見捨てるかの様にも思えた。咲の友達は自分だという感情が響を動かした。


しかし二人は知らない。行く先に待ち構えているのがやはり格の違うレズビアンであること、同性愛へと思考を巧に誘導する技術を持っていること、そしてそのレズビアン、真理恵から見れば咲の友達は自分だという響の感情がもう嫉妬というレズだと断定するに十二分なものであるということ、その全てを知らない。


リュックの中に入ると広がるのは咲も驚いた研究所。魔力の流れが遮断されているそれがどこにあるのかはわからないなれどその空間が異質なものであることはどうあってもわかる、二人とも魔法サイドの人間で科学の発展に対しての認識は薄い、実際は二百年前より進んでいるとは知っていてもそれでも今は魔法の方が主流だと思っていた二人が、今まで目にしてきた科学関係は何だったのかと思わせるそれを見ても苦笑いを浮かべるほかなかった。


「とりあえずこっちだよ、咲ちゃんの治療風景を見せてあげるから」


博士に付いて行くように二人は歩く、響は自動ガードの木の翼を出したままにしているし風丸は跋鬼をまた出している。式神の本体は札にあるから肉体が破壊されても札に戻った後でまた攻撃されなければ何度でも復活する。


案内されたのは透明なガラスに覆われた手術室。内部には全く同じ顔をしたアンドロイドが数体といかにも平凡な感じの手術衣の女性が一人、言わずもがな真理恵である。


「毒が入ってるのは血液、全部抜いて入れ替える、少し体に残るけど術者死亡によってもう魔法的効果は無い、咲ちゃんの体なら治癒できる」


そう言うと複数体のアンドロイドが一斉に咲の体中に管を繋ぐ、ナイフもそうやすやすとは通らない皮膚を普通の人のそれの様に扱い、あっという間に咲の体中から繋がれた管から血が排出されていく。その流れを確認して真理恵がもう一度号令を出せばアンドロイド達は輸血パックを体に繋いでいく。


出しながら入れ続ける、それを二時間ほど行った後、唐突に真理恵は咲の胸にメスを入れる。


「今から心臓に施された魔法を解除する。これで魔女の影響を減らす」


心臓に施された防御術式、現在、魔力は血に宿るとされていて心臓にて魔力は生成されている。心臓の魔女の魔力を消すことで魔女から遠ざけようという試み。そのためには心臓の術式を維持できない魔力枯渇状態が必要であり、その方法の一つが血を全て抜くことだった。いくら咲とはいえど臓器へのダメージが大きい手段だったが今回はそれをしなければいけない状況、本人の許可はまぁいいやと考えるあたり真理恵と博士の常識は大分欠如している。


結局手術が終わったのは六時間ほど過ぎた頃。排出用の管が抜かれ、即座に回復して傷跡は埋まる。それは開いた胸も同様で縫い合わせて五分も経たない内に抜糸することになった。


「ふー……疲れた。大分待たせちゃったね」


「咲ちゃんはどれくらいで起きますか?咲ちゃんとはどういう関係ですか」


響の言葉に一瞬で真理恵はレズの匂いをかぎ取る。文字通り命を預かるような行為を真理恵はした、それを咲が許したと捉えればそれなりに深い関係だと思われる、この強い語調は無意識に自分よりも咲と深い関係なんじゃないかと探りを入れている、つまりこの女子は無自覚レズ。真理恵の思考は一瞬で収束、出した結論は幸せなレズップルを生み出してあげるのが先駆者の務めという頓珍漢なもの。


「起きるのは明日の朝かな、で、関係はただの協力者だよ、魔女にならない様に協力する。私は科学サイドから、彰……そこの白衣は魔法サイドから、そういう関係」


とりあえず今は嫉妬を煽るよりも誤解を解くのが先決、そう考えた結果真理恵の言葉は淡泊になる。


「ならなんでもっといい装備を咲ちゃんに渡さないんですか」


その言葉におやっと真理恵は思う。もっといい装備、確かにあれよりも上が無いとは真理恵も言わないが素人に使えるようなもので人に合わせた調整がいらず、と考えればあれよりも上のものはそうそうないのも確かだった。


「うん?」


「僕は科学側には詳しくは無いです、でも科学で個人で組織と張り合える人と、魔法で個人で組織と張り合える二人がいるなら安直かもしれないけど合わせてもっといいものが作れるんじゃないですか?」


あぁなるほどなるほどと真理恵は頷く。確かに虐殺できる君は魔法を使っていない、しかしそれにも理由は存在している。そして小さい見た目ながら一人称が僕であり、服装もズボンで中性的、攻撃的でもあるし攻めに回る可能性もあるかと真理恵は考察していた。できればもう少し女の子な格好をして欲しいところだがズボンだろうが中性的な服装をしていようが女子らしさが醸しでる見た目ではある。


「……それはきっと複雑になりすぎるからだよ。魔法と科学と組み合わせると複雑になるし一つ狂ったら暴走なんかもしちゃう、来宮さんはどちらも詳しくないし壊す可能性は高い」


こっちはこっちで見た目は完全にボイ(男性的、中性的な服装をしているレズビアン)、しかし真理恵が一睨みするとひっと声を上げて萎縮する当たり攻めにはとてもなれなさそうだと見る。見た目通りのボイであって欲しかったと真理恵は少し落胆する。真理恵は完全に攻めであり相手は女子らしい女子であることが理想的だった。とりあえず話に集中しろよと十人いれば住人が呆れる様な思考をしていた。


「その通り、使い勝手がよくなきゃいけないし学校で使えるっというのも条件だったからすぐに着脱できないといけないし、あれ以上は今作っている途中。風丸ちゃんの方が清水ちゃんよりも咲ちゃんのこと考えてるんじゃない?」


小馬鹿にすることで無駄に口を挟まれるのを防ぐと共に攻めの姿勢をより正確に測り、また、煽ることで少しづつ咲への思いを強めさせる。主題を外れないことで真の思惑に気づかせずにレズの道へと引き込む一種の搦め手。露出女とは一味違う自ら入って行ってしまう様に誘う、無駄に高度なことをしていた。


「……まぁ、それはいいとして。今思ったんだけど咲ちゃん、このまま二年ぐらい寝かしておこうか」


ふと会話に入ってきたのはじっと咲を見ていた博士。その表情は名案だとでも言いたげに晴れがましく、いっそ清々しいぐらいに咲の意思を無視していることを一瞬の間感じさせない程であった。


「ッな……来宮さんの意思は!?」


「咲ちゃんは十八歳の誕生日に魔女と接触すると魔女になるらしい、だったら接触させなければいい。十八歳が終わるまでずっと、そうすれば次に三が揃うのは二十七歳、完全に魔女から遠ざけれるし、経口摂取じゃない方が魔力の系統は弄りやすいんだ。魔女から遠ざければそう簡単には乗っ取れない」


生きていれば甘いものを食べる機会だっていくらでもあると博士は言って風丸さんをじっと覗きこんだ。


「そもそも君は魔女を復活させたいんだろう?だったら僕達から見れば敵、ということになるんじゃないかな?」


博士の掌に、いつの間にか長剣が握られる。拳十個分の長さ、十拳剣。


今の博士はどの神の誕生にもなぞらえて行動していない、しかしなんの術式も発動していないわけでは無く、全ての日本神の始祖、伊弉諾を表す術式が常時発動している。ゆえに今の十拳剣は須佐之男命の使った天羽々斬では無く天之尾羽張(アマノオハバリ)、火の神である迦具土神(カグツチ)を切り殺した剣、その逸話から転じて博士の剣は形の無いものも斬り、神をも殺す必殺の術式となっていた。


「……それは、そう望んでいると、思ったから……」


ぼそっと言ったのは風丸の本音、実際自分だったら望んでいる。だから応援しようと思った、実際一般の魔法使いより強くともまだ思春期真っ盛りの十六歳、意外とその行動についてくる理由はおぼろげで心もとない。実際、今の風丸は露出女から(ほぼ山蛇のプライドが理由とは言え)守ってくれたことや、意外と普通に甘いものが好きだったり跋鬼に意地悪していたり、ヘラクレスに果敢に立ち向かっていたりするのを見てつり橋効果の様なものも含みながら親しみを覚えていた。


故に意思を尊重したいと思った。魔女になって欲しい気持ちとどっちの気持ちが大きいのかもわからない程に。


「彰、とりあえず今はこの子は放っておけばいいんじゃない?この子を派遣した組織は衛星からの攻撃で壊滅させられるし、占いは彰の苦手分野じゃなかった?取り込めそうだし」


真理恵が庇うようなことを言う。言葉は優しいが悲しきレズの性、風丸に危害が及びそうになった時点でほぼ反射的にアンドロイド十数体で博士を襲わせている。


「だけど、あんまり、不安要素はっと、入れたくないよねッ!」


必殺の剣、逆に言えばそもそも生きていないアンドロイド相手ではなんでも斬れるだけの剣。須佐之男命の術式の様に周囲に嵐が起きるわけでもない伊弉諾術式は命の無いものが数で押してくると比較的弱かった。尚、比較的であり、このアンドロイドは一体いれば響が殺され、街に放てば警察隊が壊滅しかねないぐらいの化け物である。それが完璧なコンビネーションで迫ってきてそれで敗れるぐらいの強さだ。


「まぁ、とりあえず咲ちゃんはあのレベルの魔法使いがごろごろ来られたら流石に面倒だからとりあえず一週間眠らせておく。その間に彰と、風丸ちゃんで眠らせる派、眠らせない派でその有用性を報告書にまとめた上でスライドを作って発表、私、清水ちゃん、山蛇の三人でどっちがいいか判断すします!報告書の提出期限は五日後の午後五時!以上!」


「もしかし……て大学行きすぎておかしくなっ……た?レポートの提出とかもういい年してやりたくないんだ……けど」


彰が時々首を斬られて発声できなくなりながら言う。それを見ている響と風丸は人種とかのレベルのちがいじゃないその再生能力にもはや耳に入っていないのだが構わず二人の会話は続く。


「そういう訳だからまだ合体している山蛇、後で出しといて、彰」


「その、前にこれ止めてくれない?」


そう言いながら彰が剣の先端を自分の手首に当て、血を付け、それを振り払う。天之尾羽張から垂れた迦具土神の血から三柱の神が産まれた伝承に準じて三体の人形が産まれて囲んでいるアンドロイドを押さえ込みにかかる。一体一体がやはり響も殺せる化け物、やはり無駄に高度なことがあっさりと行われていた。

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