私は甘いものに釣られる。
私の名前は来宮 咲性別は女、歳は十七歳と一か月、職業は高校生兼魔操士見習い、得意な属性は氷と土、連れている従魔は生物系動物群に分類される黒色の山猫と山吹色の蛇。まぁ簡単に言えばこの世界ではどこにでもいるような平々凡々に見える高校生である。魔操士は少し特殊と言えば特殊だが。
「咲ちゃん聞いた!?中東諸国が魔王側に付いたんだってさ!!」
魔王、二百年ほど前にこの世界に突如現れ科学の発展をほぼ止めた詳細のわからないとりあえず人では無い存在。自称、魔法文明の末裔であり魔王とそれに付き従う人達はこの世界に魔法を浸透させ、魔王は海上のどこの国のものでもない空白地帯に島を作りそこに国を作り魔法技術を売りにして国交を進めた。今は二代目の魔王が就任しているがやはり人ではない事しかその正体はわからない。住んでいる国民もその大多数が魔族や亜人と呼ばれる。
国交は意外とスムーズだった、多分科学技術ばかりが表に出ていた世界では迷信扱いされていた魔法技術が魅力的だったからだろう。しかし、魔法技術が広まるにつれ人々は気づいたのだ、従来の科学技術が徐々に役に立たなくなっていっていることに。その最たる例が天気予報や通信機器、後者は今では魔力で電波を代用するシステムができたからいいが前者は未だに元のような精度は誇っていない。化学の発展が止まったのは元の水準まで上げること、魔法に科学的説明を付けることにその大部分の努力が費やされているからだ。
とにかくそれで世界は二つに割れた。科学技術による軍事力を誇っていた大国が主になった側と新しい技術による成り上がりのような国際社会における自国の地位向上を計った国が主の側、静観している国もあってそれには日本なんかも含まれるのだがアクションをしていないので二つに割れたで間違ってはいない。
「それ一昨日のニュースだよね?」
日本とアメリカの同盟関係は五十年前に破棄されている。ほとんどの国が状況が変わりすぎたと色々と見なおしだして二百年前とは勢力図が全然違う。ただ、それでも五十年で切れると二百年前には言われた油田を枯らさずに持ち続けエネルギー市場に、取り分け科学重視側のエネルギー市場に多大なる影響を持つ中東諸国が魔王側に付いたのはとても大きい。
「うん!でも昨日学校休みだったし!咲ちゃんも喜んでるかなって!!」
「え、なんで?」
にぱーっといい笑顔を向けてきているただの同級生の清水 響に私は真顔で返す。妙に話しかけてくるが同級生以上のものは特に無い、親友とか特別でもなければありきたりな友達ですらない。私にはどこを見ても青春のせの字も見当たらない。
「だって僕達は魔法サイドだし喜んでるかなって」
響は光と木の魔術師、雨の日でも日に当てられたり逆に遮断したり、成長促進したり抑制したり、管理がとてもしやすくなるため農業系でとても重宝する。私と違っておそらく食いっぱぐれることは無い。魔操士とか魔物討伐以外の仕事が思いつかない、後はショーでもやるか。まぁ私はそれ以前だが。
両方得意になれる気がしない。才能と言うよりも呪い、魔操士の力をそう評した人がいるが全く持ってその通りだ、今更後の祭りだけれども……生まれる前に知っていてもどうしようもないか。
「あー、多分お母さんとお父さんとアレは大喜びしてる、でも私自身はご馳走が食べられる以上はないかな」
両親は親魔王派だ、一応人間だけど魔族は無理でも亜人に生まれたかったと常々話している。正直に言ってしまえばめんどくさい。専業主婦のお母さんの遺伝で私は魔操士としての才能を得てしまったし、他の人が親だったらいいのにとは思わないがお母さんよりお父さんの遺伝が強ければとはよく思う。
まぁそのお父さんも親魔王派なわけだからその時は使役士にでもなっていたのだろう。あの両親の時点で詰んでいるのだ。
「それに、清水さんは喜んでるの?」
私にはただ騒ぎ立てている様にしか思えない、ここ普通科の教室だから、科学側の人もいるからと言ってもおそらくは無駄だろう。魔法系の科の中でも魔術科組は特に空気を読まない、私がわざわざ普通科で入学したのに君も魔術師だよねと大声で話しかけて来て私をぼっちロードに突き落とす様な連中だ。魔術師は本人が力を持つから怖がられやすい、錬金術師だったらまだマシだっただろうに。
おかげで魔術師と違って私自身にはほぼ何の力も無いのに完全にクラスの危険人物扱いである。従魔だって出してないのに、基本的には。
「え?いや、それほどでも無いよ、僕の分野にはあまり関係無いしね」
だろうな。石油は土と火の属性にとても縁深い、光も関わりが無いわけでは無いが響のメインは作物の生育にあるから精々が温室に使うぐらいだろう。
「後、なんで私のところに来るの?クラスも違うし」
お前らが来なければ私だって普通科な青春を送れる筈だと私は魔術科を敵対視している。こいつらの謎の仲間意識は本当に困りものだ。
「そうそう、今日は中東のことでみんなでパーティするから咲ちゃんも誘おうぜーってみんな色めき立ってるんだよ。魔術科のアイドルだもん咲ちゃん」
「私魔術科じゃないから、だいたい魔術科にも女子はいくらでもいるでしょう」
実際は魔術科の女子がいてもそうなるのはわかっている、魔操士の才能を魔術で再現したいというのはそれなりの数の魔術師の夢らしい、その結果の一つが使役士であり、私も使役士の魔術を使える様になれば魔操士としてのレベルアップは確実だ、だがレベルアップしたいなんて山猫の髭の先ほども思ってないのでそんなことはどうでもいい。
「咲ちゃんの好きな甘いものも沢山あるよー?」
「……」
響の用意した甘いものとは一体なんだろうか、私の大好きな和菓子の類なのだろうか?季節的には水まんじゅうとか食べたいところだが和菓子があると言われたら行かない手は無い様に思える、いや、行かない手はある。食べたいのを我慢して帰るという手は確かに存在している、危うく誘惑に負けるところだった、詳細すら聞いていないというのに。
「土屋先輩も来るんだけどなー?」
土屋先輩と聞いて私の胸は高鳴る。青春の欠片も無い私だが愛しい人、憧れの人の一人ぐらいはいる。それが土屋先輩だ。私がこの学校で誰よりも優秀だと思う魔術師である。
何がすごいってあの人の作るお菓子は美味しすぎる。洋菓子より和菓子派の私でもあの人のケーキが食べられるとなればコンビニで買った塩大福をろくに味あわずに一気に飲み込んで馳せ参じる程である。捨てることはしない、勿体無いから。
真面目な方でいっても魔術に関してはほぼ素人の私でも見惚れる程に洗練された魔術を使うのだ。風の魔術を使って作る生クリームのきめ細かさ、絶妙な火加減によって焼き上げられるスポンジ、そしてその見た目に華を添える繊細かつ大胆で優美な職人芸とも言える技巧の数々、受験生の筈だがきっとお菓子を持って来ているだろう。
「……お菓子は?」
「ん?」
「土屋先輩はお菓子持参して来てるの?」
「それは――」
放課後、結局誘惑に負けた私はマドレーヌを頬張った。流石は土屋先輩のマドレーヌ、一個三百九十八円ぐらいだったら十分に買い手が付きそうな味だ、私もリピーターになる自信がある。そして財布を薄っぺらくしてしまうだろう。幸せである、幸せの絶頂である、今なら狙撃されたって許せそうな気がする、やっぱり許さない。
ちらりと見れば私の前には他にもクッキーだったりシフォンケーキだったり土屋先輩作の素晴らしいお菓子、さらに近所の和菓子屋の大福だったりが山のようにある。ここを天国と言わずしてなんというのだろうか、太ることに関しては気にしなくていいしデメリットなんて糖尿ぐらいのものだ、なる気はない。
そしてこの状況を作るには従魔を召喚して魔術科の連中に遊ばせるだけ、あまりにも手軽すぎる。
「……あれ、魔術科じゃない?見てよあの子、魔術科従えてるよ」
「うわっ、怖っ、実は魔族なんじゃないの?」
外野から野暮な声がする。まぁ今の私にとっては私とお菓子以外の全ては外野ではあるのだが、楽しそうな声でもうるさすぎると食欲減衰効果がある、魔族だなんて言われると小声でも食欲減衰待ったなしだ。そして下がったテンションは同じ場所で食べてても絶対に上がることは無い。私自身の経験則だ。
他にも外野から邪魔が入りそうな嫌な予感がするしもうここで食べ続ける理由は無い。土屋先輩のお菓子は決して不愉快な顔で食べていいものでは無いコンビニの百円のシュークリームとは格というものが違う。
「先輩方、私先に帰らせて頂きます」
じゃれている山猫と首を絞めている蛇を回収して荷物をパパッとまとめる。土屋先輩のお菓子をタッパーに詰めるのも忘れない、仕切りを入れて潰れない対策はばっちり、近所の和菓子屋の大福ももちろんいれられるだけいれる。
「おい、咲ちゃんが来る時は扉閉めてカーテン閉めろっていつも言ってるだろ、外から見られるの気に住んだから!」
「俺はちゃんと閉めたわ!途中でトイレ行った奴のせいだろ!」
「闇魔術の音波遮断も視覚遮断もちゃんとしてあったから誰かが扉閉め忘れても見えない筈だ!」
「でも現に……」
従魔について調べたくて仕方が無かった面子が責任転嫁しながら喧嘩を始め、風の魔術で宙を飛んだミニタルトを三個キャッチして食べながら教室を出る。悪趣味なBGMだがコンビニで買ってきた奴でも甘いものはおいしい、土屋先輩には到底かなわないがそれでも値段を考えれば十分い美味しいって言える。これが企業努力の賜なのかと思うと社畜に感謝せざるを得ない、私も将来は立派な社畜になって社会に貢献しよう。なれれば。
魔操士なんてつまらない、本業にする必要なんて一切無いものだ。従魔を使って何ができる、物を壊すことには適していても魔術の方が一般的で汎用性が高い、他の魔法全般のできることの方が神秘的だ。従魔を目の前に出せるとは言っても普段別空間にいるとかじゃなくて家にいるし、召喚するのはちょびっと疲れる。人より従魔は不器用なものが多く、精密機械や工作機械使い分けた方がいいんじゃね的な器用貧乏さがある。まぁそれもなれればだけど。
タントンタントンと階段を軽く駆け降りて玄関へと向かう。転移魔方陣は最寄りの駅やバス停へ向けて繋がっているが今日は使わない、使うと非常にめんどくさいことになるのは目に見えていたし、都合よく故障中と張り紙が貼ってあった。故障中という表現が合ってるかは定かではないが魔方陣の一部が消されている。駅までは徒歩五分、他の生徒も対して苦にもならないだろう。
門を出て駅までは一本道。でも寄り道すると美味しいお茶を売っている店がある。美味しいと言ってもたぶん私の味覚だから高校生程度にちょうどいい程度に美味しいなのだろうけど日本茶から紅茶、面白いところでは南米のマテ茶なんてお茶までそこそこ本場のもの、そこそこ美味しいものが売っている。やはり洋菓子には日本茶よりも紅茶だと何百年も前から決まっている。
足取りは重い、途中できっと嫌な目に遭うから。
大きな道から自然公園に入る。建てられた最低限の魔術で身を守れることを証明する看板に私の使える簡単な魔術をかけて、結界を解く。自然公園には従魔のように飼いならされていない魔物がすんでいる、ここの魔物は子供が棒を振り回すだけで倒せる程度だが出てしまっている以上結界は必要だ。
自然公園を横切るとその店はすぐにある。そのお店からは大通りで学校の最寄りの隣駅まで徒歩三分、お店の転移魔方陣を使えば徒歩零分だ。自然公園を通るのに三十分かかってしまうけれどそんなことは気にしない。
しかし、学校で怖がられるのは本当に困る。ぼっちはもう残念なことに慣れてしまったのでまだいいが色々と面倒が多いのだ、特に魔族だなんて噂が流れた日には場合によっては警察が出動する。うちの両親は親魔王派で魔王派の国々へは年一で渡航している疑われやすい人達だ。あなたは両親の実の子ですか?なんて聞かれかねない。
まぁ実際私は魔族なのだけど。
ベンチに腰掛け、足元へ張ってきた太もも程の太さがある芋虫型の魔物を蹴り飛ばし、塩大福を口に含んで一回、二回、三回咀嚼したところでサイレンサーで限りなく抑えられた銃声が耳に届き、ほぼ同時に私は頭を狙撃された。