狂人が求める生贄…
御門ビル建築現場…。名前の通り、広域暴力団御門会の息のかかった六階建てビルの建築現場である。既に建物自体は出来ており、表面と電気に内装等の細かい工事が残るだけとなっていた。
そのビルの五階に貴美子と多英は捕われ小糸実香が見張りをしており、二人だけでなく同じ碧原高校の制服を着た二人の男子生徒も拘束され、内一人は座り込んだ状態で大柄な男…若頭の寺川に額に拳銃を突き付けられていた。
「お願いだ霧木田…、もう許してよ…!?
俺、死にたくないよおぉ…!」
泣きながら男子生徒は命乞いをし、もう一人の男子はガチガチと歯を震わせて鳴らし、恐怖に打ち拉がれていた。
霧木田貴士は屍喰教典儀を読んでページを捲るとニヤリと嗤い、銃を突き付けている寺川に命令をする。
「ねえ、折角工事現場に居るんだから此処にある道具で拷問でもやってみようよ!」
貴士は魔導書を仕舞い、喰屍鬼達に工具を持ってこさせた。寺川は一通り目を通し工具の中から電気ドリルを取り作動するか確かめると二人の若衆に男子生徒を抑えさせた。
「踵をコッチに向けさせろ。」
若衆は暴れる生徒の右足の靴を脱がし、木材と縄で固定して男の方に向けさせた。
貴美子は何が起こるのか全く解らずにいたが多英は額から冷たい汗を流し叫んだ。
「止めろおお、その子が何したっつうんだ!?」
彼女の叫びも寺川達には届かず、回転する電気ドリルは無慈悲に男子生徒の踵に“刺し込まれた”。
「ンギャアアアアアアアアアアァアアアアアアアァアアアアアアアアッ!!!!?!!?!!!」
“ギュイインギュイイン”と電気ドリルのモーター音と男子生徒の痛々しい悲鳴がコンクリートの建物に反響して響き渡り、それを聴かされた貴美子と多英…実香もやはり悲鳴を上げていた。
「イヤアアア、止めさせてっ!!」
「コレが大人のする事かよ、止めろ畜生おおっ!!」
見るも耐え難い残忍行為に貴美子と多英は狂った様に叫び、実香は耳を塞ぎ目蓋を強く瞑って感覚全てを遮断しようとする。
「イヤァ、もう嫌だああっ!!」
もう一人の男子生徒も次は自分なのだと悟り泣き叫び命乞いを繰り返す。
「殺さないでくれええ!!
死にたくないいぃ、死にたくないい、ああああっ!!?!!?」
踵から血飛沫が吹き出し、根元まで挿入された電気ドリルを寺川はスイッチを入れたまま抜き取る。ドリルにはかなりの肉片が付着しており、踵の痕穴からはトクトクと血が流れ落ち穿いている靴下をドス黒く染めあげた。 男子生徒はビクッビクッと痙攣し、瞳が見えない程に白眼を向いて口から泡を吹いていた。霧木田貴士は喰屍鬼達とゲラゲラと嗤い合い、また命令する。
「左足もやっちゃってよ。」
ドリルを持った寺川は無言で頷き若衆に左足を抑えさせ、また踵に電気ドリルを突き入れた。
「イギャアアアアアアアァァアアアァアアアァアアアァアアアアアアアアアッ!!!!?!!!!?!!」
もう貴美子達にはどうする事め出来ず、互いに嗚咽を出しながら寄り添い…この惨劇から目を背けた。…と悲鳴が止まり、二人が視線を戻すと、あの男子生徒は泡を吹いていた口から舌を伸ばし事切れていた。限界を越えた激痛によるショック死だ。
その事実を知った貴美子は大声で泣き出し、多英の顔はヤクザ達と霧木田貴士に対し憎しみとも云える怒りの感情が込み上げてきていた。
「おまえら…、お前等絶対人間じゃねえよ!!」
多英の強気な言葉に貴士は僅かに笑顔を引きツらせ、二人の前に近付いた。
「貴士君待って、この人達は水池乃衣子さんの…っ!!」
「分かってるさ。
…でも、何にも知らない無知な女が喚き立てるのはやっぱり気に食わないな~。」
貴士の目は残酷な闇で澱み、その眼孔に実香は竦んで俯く。…がその時、“パンパンパン”と三発の銃声が聴こえた。
此には貴士を含めた全員が驚き、その音のした方へ注目する。…其処にはもう一人の男子生徒が血溜まりの中でぐったりし、その傍らで黒い和装の初老の男性が拳銃…トカレフを持って見下ろした光景があった。
貴美子と多英は何も出来ない悔しさで胸が潰されそうになるが、反対に実香は何処かホッとした表情を取り…安堵感を覗かせて転がる二人の死体を見つめた。
貴士は初老の男性…御門会会長であり彼の祖父の角島牧男を睨みつけた。
「何で簡単に殺しちゃうのさ、お祖父さん?」
孫の問いに角島牧男は険しい顔で答える。
「ギャアギャア煩かったのでな、静かにさせたまでじゃ。
それにお前は何時までも遊んでおるつもりだ、その二人の娘を此処に引き入れた時点でこの場所は割れてしまっておる筈じゃぞ!?」
「そんなの分かってるさ。でも下の階はギッシリと御門会の組員で守っているんだ、無傷で此処まで来れる訳ないさ。」 貴士は自身満々に答える。角島は自分の孫が闘争に対して何も理解していないと今解った。御門会の本家にいた者達は貴士の魔術で服従を余儀なくされてはいるものの其れ以外は以前と変わりはせず、角島は貴士を今も愛する孫として傍らに付いているのである。
(貴士…。)
そして霧木田貴士は向き直る…が、実香が彼の前に立ち塞がった。
「貴士君、“わたし達の復讐”は…終わったよ。
…終わったんだよ!」
「まだ“メインディッシュ”が残っているよ。」
「駄目、この人達には…っ!」
「メインディッシュは君だよ、“実香ちゃん”。」
貴士の冷たい言葉に文字通りに体を凍りつかせる小糸実香。
「……どう…して?」
貴士は先程までとは違い、切なげに実香を見つめ…抱き締めた。
「言っただろ、君も…僕の仇だって…。
でも本当はさっきまでは実香ちゃんを殺したくはなかったんだ。…だけど此処まで来て君は僕にとても反抗的な態度を取るし、何より…、
“屍食教典儀”が君の血を欲しているんだ。」
実香の顔から表情が消え、絶望に彩られる。そんな彼女に貴士は口付けをして抱き締めていた手を実香の首元へ持って行く。
多英は貴士のあまりに異常な言動や行動に戦慄しながらも小糸実香の首に手をかける彼を説得しようとした。
「止めろよおおっ、小糸はお前の只一人の味方なんだろ!
お前もその娘が好きなんだろ!?
そんな事したら…お前一生苦しむぞ!!」
貴美子も嗚咽を吐きながらも多英と同じく貴士を説き伏せようとする。
「実香…っ、実香さんは、貴方の、事、好きな筈、だよ!
好き同士なのに、殺めるっ、なんて、絶対間違えてます!!」
しかし貴士は実香の首を締め上げながら、貴美子と多英に話し始めた。
「僕はね、彼処に転がってる二人と先日殺した越苗君達に非道い虐めを受けてたんだ。理由は今も分からず、担任の有川先生に話しても相手にされず…、
電話でヤクザの祖父に相談しても駄目…、
クラスメイトは口を閉ざし、実香ちゃんも見て見ぬ振りをしてきた。そんな中で実香ちゃんが僕の幼馴染みって事が越苗君達に知れて、彼女は…、
僕の目の前で“強姦”されたんだ!
…井守先輩だっけ、貴方は彼奴等が“何をした”って叫んでいたけど…、殺されるに値する非道を僕達にしたから殺したんだ!
悪いのは彼奴等だ!!」
貴士は更に両手に力を込めた。
「ッカ、タカッ、シ…、ク…ン…」
「心配ないよ、実香ちゃん…。
もう直ぐ“一つ”になれるから!」 そしてまた手に力が込められ、その手を掴み抵抗していた実香は泡を吹き出し、後一絞めで絶命するかと思われたその時、部屋の天井が何の前触れもなく亀裂を走らせコンクリートの破片がバラバラと落ち、次の瞬間激しい音と一緒にコンクリートの天井が落ちて来た。貴美子と多英は何が起こったのか分からずその場で蹲るが、周囲の夥しい砂塵に喉をやられ咳き込むも瓦礫を頭上から受けたりはせず、辺りを見回そうとする。
「…ヒッ!?」
多英は自分達の周りを囲むモノに体が触れ、その相手の姿に小さな悲鳴を洩らした。
「はっ、“半魚人”!?」
貴美子は周囲の異形達よりも、今…目の前に立っている人物の背中を一心に見つめ…“嬉しさ”のあまり、また涙を溢れさせる。その人物は女性でショートボブヘア、殺されかけた小糸実香を助けて左腕で抱え込み、向かいに離れた霧木田貴士と彼を助けた喰屍鬼共を見据えていた。 貴士は流血している右腕を抑え、脂汗を流しながら大声で叫んだ。
「痛い…、痛い痛い痛いっ、いたいっ!!
よくも…よくも僕の腕を“持っていった”なあっ、
“水池乃衣子”おおっ!!」
血を流している貴士の右腕は肘から下が無くなっており、彼はその非常識な程に暴れる激痛に怒りを露わにしていた。
霧木田貴士と対峙しているのは確かに水池乃衣子であった。碧原高校の制服を着て右手に彼からもぎ取った右下腕部を貴士の足下に投げ寄越し、 霧木田貴士の怒りを更に煽った。
「他人の“傷み”ってのを少しは思い出した…、霧木田貴士君?」
「クソオオオッ、殺せっ!
みんな殺してしまえええっ!!!!」
しかし彼の号令に応えたのは自分を助けた数体の喰屍鬼だけで実香を左に抱えた乃衣子に飛びかかるが喰屍鬼達は空中で停止し、突然身体が捻れ出して悲鳴も出ぬまま一斉に千切れ飛んだ。ボトボトと落ちる喰屍鬼の肉片と夥しい血の隙間から貴士はあの左の“邪神眼”を垣間見る。「もう諦めな、貴方の味方の殆どはこのコンクリートの瓦礫の下よ。
こんな中途半端な階に集まった挙げ句、上階の守りを怠るなんて“宣戦布告”が聞いて呆れるわ。」
乃衣子の話を聴いた多英と貴美子は改めて周囲を見渡し、自分達のいる所だけ瓦礫が避けられている事に気付いた。
(まさか、この半魚人達が…助けてくれたのか!?)
多英は恐る恐る半魚人…“深きもの”の顔を覗こうとするが、その魚眼と目が合ってしまい物怖じしてしまう。
そして今動いているのは自分達とあの霧木田貴士だけである。辺りからは瓦礫の下で生きているであろう者達の呻き声が聴こえてきていた。
「しっ、下敷きになった人達を助けないと…!」
多英は出来る事をしようと深きもの共の輪から出ようとするが深きものがその異常に長い腕を伸ばして多英を阻み、貴美子は実香を連れて来た乃衣子を心配げに見つめ…乃衣子も曇らせた表情で貴美子を見つめた。
「ごめん、二度も怖い思いをさせて…この娘をお願い。
それと井守さん、“ディープワンズ”の輪の中を動かないでいて。」
貴美子は無言と信頼の眼差しを向けて頷き、多英は疑念の瞳を向けて乃衣子を問い質した。
「一体何が起きてるんだ水池!?
それにお前その“顔”…!?」
更に問い質そうとする多英を貴美子が彼女の肩に手を置いて止める。
「多英ちゃん、話は後で…。
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乃衣子さん…、無理…しないで下さい。」
乃衣子は貴美子に強く頷いて見せ、邪神眼の瞳が“屍食教典儀”抱き抱えた霧木田貴士を映し出した。
この回で屍食教典儀と決着を着けようとしましたが出来ませんでした。