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惨劇の始まり…

 真夜中の街は未だ休もうとはせずに光り輝き、その裏で闇深く蠢く…。ネオンの光の下を行き交う人々の中で駆け抜ける碧原高校の制服を着た少年がいた。彼は一人路地裏へと入り込み、奥へ奥へと必死に“彼”から逃げていた。


「ハアッ、ハアッ、たっ、助けて、助けて、たすけてっ!!!!」


 最早人気の全くないビルとビルの間にある空間で足を止める。袋小路に入ってしまった様だ。逃げ道を無くしたと悟った少年は蒼白な顔となり全身から大量の汗を分泌させる。


「やべえ…、やべえやべえやべえやべえやべえっ!!」


 少年は慌てふためき、元の裏路地を戻ろうと決めるが…、其処にはもう一人の少年が道を塞ぐ様に立っていた。…“彼”である。


「逃がさないよ、越苗君…。」


 背を丸めながらもその不気味な少年は越苗と呼んだ少年を上目遣いで睨みつけた。越苗は悲鳴を上げて彼から離れ、ビルの壁に背中を持たれさせ、その瞳に恐怖を宿しながら罵声を飛ばした。


「てっ、テメエが悪いんじゃねえか!

テメエがクラスにいるとみんなイラつくんだよ!!」

「僕は何もしていない。」

「っるっせえ、サッサと自殺でもすりゃあいいのにフザケた事しやがって…。

殺られる前に殺ってやる!!」


 越苗少年は恐怖が振り切れて激怒した状態となりスランクスのポケットに忍ばせていたポケットナイフを取り出して刃を剥き出し駆け出した。


「死ねえ、きりきたあああっ!!!」


 越苗少年は相手の少年をキリキタと呼んで彼の腹にナイフを突き立てようとした。

 …しかしそれは叶わず、路地裏の袋小路に越苗少年の断末魔が響き渡り、ビルの壁を血飛沫でどす黒く染めあげた。










 昼休みになり、梶宮貴美子と彼女の友達である井守多英、そしてもう一人…水池乃衣子の三人で乃衣子の席に集まり昼食を取っていた。多英は乃衣子の顔をニヤニヤと笑みを見せながら見、乃衣子はジト目で多英を見つめる。


「しかしあのクールガールの水池がね~、貴美子の一年近くに渡るストーカー行為も無駄にはならなかったって事だ。」


 それを聞いた乃衣子は口にほうばろうとした唐揚げを地面に落とし、凍りつく。


「…なに、一年って…?

あたしが気付いたのは一ヵ月くらい前からなんだけど…!」

「のっ、乃衣子さん、此には深い訳があるんです。

聞いて…くれますか?」


 “てへっ”と愛想笑いを振り撒く貴美子を無視して乃衣子は携帯端末を取り出して110番を押す。


「聞かない、警察に突き出す!」

「いや~やめて~、折角友達になれたのに豚箱はいや~!?」 手を伸ばし乃衣子を止めに入る貴美子とその手を引き剥がそうとする乃衣子を見ながら多英は優しく微笑み、親友の苦労が実ったこの光景を心から喜んだ。


「ヒドいわ乃衣子さん、本当に警察に電話するなんて!!」

「コッチは冗談のつもりだったのにアンタが手を離さないから間違えて発信しちゃったんじゃないか、電話越しに怒られたのあたしなんだからね!」


 二人が友達となってまだあまり日にちは経っていない筈なのだが、あまりに息の合ったやり取りに多英は少し呆れてしまった…。

 放課後、井守多英は部活に出るので別れ…乃衣子と貴美子は二人で家路に着く事にした。


「井守さんて新体操部なんだ、イメージ違う気がするな…。」

「普段は姉御肌な感じだけれど、多英ちゃんの演技すごく綺麗なんですよ。

一度観てみて下さい。」


 そんな会話をしながら校門に差しかかると、門の向こうでレディースーツの妖艶な女性が立っていた。…ハイドラである。彼女の姿を確認すると貴美子は笑顔を不安顔にさせ、隣にいる乃衣子を見る。彼女もまた険しい表情となり貴美子に向き直った。


「悪い…貴美子、今日は一緒に帰れないや。

また明日、学校で…。」

「うん、御機嫌よう…乃衣子さん。」


 残念そうに貴美子はハイドラに駆けて行く彼女を見送り、乃衣子はハイドラの待たせていた黒いベンツの後部座席にハイドラと一緒に乗り込んだ。


「学校には来ない約束だったよね?」

「貴女様の邪神姫としてのお勤めの為に必要と判断した上でお迎えに参りました。」


 乃衣子は眉をつり上げ、言い返そうとするが前の助手席からそれを制止する者がいた。


《そう目くじらを立てるでない、ハイドラはいつもお前を心配しておるのだからな。》


 ソイツはひょっこりと運転席との隙間から口元の触手をウネウネと動かす蛸頭を覗かせた。


「…“クトゥルー”、あんたも乗ってたの?」

《うむ、ハイドラより連絡を受けてな。

前回のヤクザの件で厄介な事が分かったらしい。》


 乃衣子は前回の件と聞いて目を眉を寄せ、あからさまに厭な顔をしてみせた。「あのヤクザって“ノーデンス”の嫌がらせじゃなかったの?」


 その先はハイドラより語られ、とある筋にあのヤクザ達が所属していた暴力団綱戸組を調べさせ、綱戸組が所属する広域暴力団への上納金に困っていた事が分かり…その為に何者かの口車に乗り、乃衣子の殺害を請け負ったと言うのだ。


「あたしが“不死身”だって事を知らされずにって事は只の当て馬?」


 乃衣子の疑問にハイドラが答える。


「今の所はそれくらいしか考えつきませんが…、ノーデンスは自分の手足として動く人間には寛大です。しかしあの日、貴女が見逃したチンピラは襲撃して来たノーデンスの手の者にあっさり殺されました。ヤクザとノーデンスは無関係と見るべきでしょう。

そして綱戸組の隠れ銀行口座に振り込まれた報酬はどうやらメキシコの銀行より振り込まれた様で今メキシコの富豪やマフィアに関して調査中です。」


 乃衣子が関係を持つ人外の組織は邪神を崇める“邪教団”で名を“クトゥルー教団”と言う。彼等は海底都市ルルイエを牙城として世界各地の海を制覇し、ルルイエの奥深くに眠る邪神クトゥルーの目覚めの為に暗躍しているのだが、其れが大海を統べる大帝神ノーデンスの怒りを買いこの星の海はクトゥルーとノーデンスの小競り合いの場と化していた。

 そしてハイドラはノーデンスが操る人間達や他の邪教組織に対抗しうる為にクトゥルー教団と自身と夫ダゴンが率いる“ダゴン秘密教団”の組織拡大を試み、海底に眠る金銀財宝をかき集め現在の“マーシュ財閥”の足場を作り上げた。此により貿易商業を利用して邪教信者や協力者を多く獲得し、マーシュ財閥は世界の表裏両面で一目置かれる事となったのである。しかし此もまた要らぬ敵を増やす結果となり、水池乃衣子が“邪神姫”となってからは更にその攻撃が増していた。


「結局まだ何も分かってないんじゃん。

…っで、あたしは何処へ連れて行かれるの?」


 この質問にもハイドラが答えた。


「とある人間との会食です。

我が財閥の経営している高級店にて予約を入れております。」

「…まさかクトゥルーを連れて…?」

「我が神の御面倒を見られるのは邪神姫たる乃衣子様のお勤めで御座います…。」


 口では平静を保っているハイドラだが、視線は車両の外に向けられていた。


「…クトゥルー、アンタ無理矢理ハイドラに付いて来たでしょ?」


 乃衣子が睨むとクトゥルーは助手席に隠れ言い返す。


《ハイドラが“ヤクザの長”と食事をすると連絡があったから我も“肉”が食いたいと言ったのだ。

主の言葉は絶対なのだ!》


 断言するクトゥルーにハイドラは眷属として小さく賛同の返事を返すが、乃衣子は呆れ返り背中を丸め頭を抱えたのだった。…と、今のクトゥルーの話に聞き捨てならない言葉があり乃衣子は顔を上げてハイドラに聞き返した。「ちょっと待って、今クトゥルーが“ヤクザの長”って言ったわよ!?」

「えぇ、会食の相手は角島牧男…関東一円の暴力団を仕切る広域暴力団…御門会の“No,1”です。」










 同時刻、ビル街路地裏奥の袋小路で無惨な変死死体が見つかった。発見者は若いカップルでラブホ代が勿体無いとこの袋小路で青姦をしに来た所に死体を見つけ警察に通報したそうだ。事件現場は“KEEP OUT”の文字が入った黄色いテープて野次馬やマスコミが入らない様に貼り巡らされ、死体の状況は数本の細い鉄骨でビル壁に腕を刺して縫い付けられ、鋭利な刃物で喉下から下腹部にかけて切り裂かれた上、胸部分に至っては観音開きにされてまるで肋骨が蠅地獄の様に口開いており…内臓は全て掻き出されて地面に落ち、その山には刃の零れたナイフが突き立てられていた。

 所轄のベテランで中年警部の井守段慈イモリダンジは袋小路の隅で部下が嘔吐しているのを無視し、険しい表情で死体を見据えていた。


(先日に暴力団の綱戸組が一夜で皆殺しにあったかと思えば、今度は高校生“二人”の“惨殺死体”かよ!!)


 この死体が発見される二時間前には同じく男子高校生の惨殺死体が公園にて見つけられた。此方は小腸を腹部から取り出され、折れた首に巻かれ結ばれた状態で木の枝に吊されていた。

 どちらの男子高校生も同じ私立碧原高等学校の制服を着ており、今日中にも身元は割れそうであった。井守段慈は顔をしかめ、少年の亡骸から視線を外した。


「一体この街で何が起きているんだよ、クソッ!?」


 二人の殺され方はあまりに異常で袋小路の遺体に関しては残されたポケットナイフが凶器と見るべきだが人間の胸から腹までを切り開くなど出来る訳がない。公園の遺体にしてもどの様な殺され方をしたのか検討がつかない。井守段慈を入れた警官達はそれこそ全員が頭を抱え、この悍ましい猟奇殺人に恐怖した。

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