人外なる者達…
梶宮貴美子が連れて来られたのはとある港の奥側の波止場にある古びた倉庫で、彼女はその中で目の前で起きている“狂事”を見せつけられ…ずっと胃の中の物を吐き続けていた。乃衣子を殺し、貴美子を拉致した連中はあろう事か乃衣子の死体の解体を始めたのだ。豚や牛等を解体する際に使う鋸で首と上腕に下腕…大腿部と膝をゾリゾリと刃を入れていき、地面に血の海を広げていった。
貴美子は特に拘束をされてはおらず、そのまま放り出され水池乃衣子の死体の解体現場を目の当たりにしているのだ。
拉致誘拐としては粗雑にも思えるが犯人達はこの貴美子の性格を一目で見抜き、この娘が恐怖で動けなくなると知ってわざと残忍な惨状へ放っているのである。
リーダー格のヤクザ風の男が携帯端末で何者かと話をしていた。
「…はい、殺りやした。
…はい、此から死体をバラして目撃者も同じく処理する所です。
…もう後金振り込まれたんすか、相手はとんでもねえ大富豪だ!?
…えぇ、後始末は任せといて下さい。なに、濃硫酸に浸せば死体なんかキレイサッパリ無くなりますよ。
…分かりやした、では…。」
リーダー格は携帯を切り、煙草に火を付けると金髪の若いチンピラが声をかけてきた。
「兄貴、組長は何と…?」
「サッサと仕事済ませて帰って来いだとよ。
しかし…」
言葉を切ってリーダー格は乃衣子の腕や足…そして頭を濃硫酸の水槽に入れている小太りの舎弟を見た。
「あんな小娘殺すのに“三億”も積む阿呆がいるとは…、世も末とは良く言ったもんだぜ。」
「そうっすね、あんな嬉しげに女の子バラしながらチ〇コおっ起てる奴見てると…そう思うっす。」
そう金髪が言うとリーダー格は自分の舎弟を鼻で笑った。
「何言ってやがる、倉庫に着くまで死体の体弄りまくってたの誰だよ?」
「へへっ、俺っす。
何かすんげえムラッときちまったんで…。」
…と其処に小太りのチンピラが大声でリーダー格を呼んだ。
「兄貴いっ、この女子高生の“胴体”で一発抜いていいっすか!?」
リーダー格と金髪は呆れた顔で小太りを睨む。…が、リーダー格としては特に問題はなく小太りの冒涜的な行為を許した。
「テメエ遅漏なんだからサッサとしろよ?」
許可を貰った小太りは胴体に被さり、ズボンのチャックを開け始めた。そしてリーダー格も貴美子に視線を向けて近付く。
「お嬢ちゃん、悪いな…何か俺もムラムラッときちまった。
ちょっと死ぬまで相手してくれや。」
「あっ、兄貴ずりい!」 貴美子は近付いて来る二人の獣を前に逃げようとするが腰が抜けたのか足が思う様に動かず、地べたを這って二人から離れようとするが直ぐに捕まりリーダー格に覆い被されて半袖のブラウスを引き裂かれた。
「イヤアアッ、やめてください!?!?」
リーダー格を抑える貴美子の両手を金髪が組み伏せ、貴美子は為す術なく二人のヤクザに体を弄ばれた。
「ヤメテエエッ!!
お母さん、お父さん!!!!」
彼女の悲鳴などお構いなしにリーダー格は乳房を揉みしだき、金髪はズボンを脱ぎ始めトランクスを弄って自分の陰茎を出す。鉄の水槽の傍らでは小太りのチンピラが乃衣子の首も両手足のない胴体の胸を揉み、その陰部に自分の一物を挿入しようとした時、胴体に異変が起きた。
どういう訳かその胴体はもの凄い早さで“腐食”を始め、肋骨が露出し、臓腑すらグズグズに溶ろけ骨も崩れ落ちて地面に染み込む様に消え去ってしまった。
小太りは凍りつき、助けを求めようとリーダー格と金髪に視線を送るがあまりの出来事に何を言って良いやら分からず、頭は完全に混乱していた。そして“ザバンッ”と水の音を聴いて振り返ると…、その濃硫酸を溜めた鉄の水槽に銃で顔をグチャグチャにされ、あまつさえバラバラに解体され濃硫酸で溶かされた筈の女子高生が綺麗な全裸で立ち上がっていた。
「アア…ッ、うそだろ…!?」
「あたしの体に“汚え物”入れようとしてんじゃねえよ!」
そして突如の断末魔が倉庫に響き渡り、リーダー格と金髪が水槽の方へ振り向いた。其処には常識では有り得ない…悍ましい光景が描かれ、二人は目を見開いて驚愕した。其処には今まで水槽に入っていた筈の濃硫酸が宙をスライムの様に塊となって浮いており、小太りのチンピラを呑み込み、まるで食らっているが如く消化していた。溶けた腐肉で濁った濃硫酸の中の小太りには最早意識などなく、骨と臓腑までもその強酸に侵されてドロドロと人の形を崩していった。
その悍ましい光景を見た金髪は激しく嘔吐し、リーダー格は拳銃を抜いて先程殺した筈であった少女…水池乃衣子に銃口を向けた。
「テテテ…、テメエ、ななっ、何もんだあ!?」
明らかに乃衣子に対し恐れを抱いた様子で無言で睨みながら乃衣子が一歩踏み出すと二人は三歩も退いた。金髪が貴美子の髪を引っ張って無理矢理立たせるとナイフを首元に突きつけて人質にする。
「ばばっ、化け物っ、其れ以上近付いたら牝ガキの喉カッ捌くぞっ!?」
乃衣子は動きを止めて声の出せない貴美子にハッキリと言い放つ。
「安心して梶宮さん、必ず助けるから…!」
しかし“パンッ”と一発の銃声がなり、乃衣子は左目を撃たれて仰け反る。貴美子は涙を流し喉元のナイフを意に介さず叫んだ。
「乃衣子さあああんっ!!!!?」
「ハハハハッ、もう一遍その顔に鉛玉ぶち込んでやんぜ!!」 リーダー格の男は拳銃を乱射する。…が、今度は何故か一発も当たらず…乃衣子は撃たれた左目を左掌で隠し、暫し待ってその掌を開ける。その目を見た二人のヤクザは血の気が引いて悲鳴を上げた。彼女の左目に撃たれた跡はなく、逆に黒と深緑で斑尾となった左半面とまるで蛸の様なグロテスクな瞳がリーダー格の男をその瞳に捕らえた。
「死ね…っ!!」
乃衣子が呟いたと同時にリーダー格の顔に異変が起きた。突然頬がブツブツ…とかぶれ始め、膿が眼球の隙間…涙腺…そして歯茎等から漏れ、かぶれた頬が裂けてやはり膿が涌き出た。そして顔の皮膚が急激に腐食してリーダー格の男は膝から崩れて倒れ伏した。
「あ…っ、兄貴いっ!?!?」
金髪のチンピラは自分が独りになってしまった事実に膝をガタガタ震わせた。金髪はきっとこのまま人質を取っても意味がないと悟り、貴美子に突きつけていたナイフを離しその場に跪く。
「ゆっ、許して下さい…!?
俺ら下っ端だから“上”の命令には逆らえないんス、本当はこんなかわいい娘等殺したくなんかなかったんスよ~!!
お願いだから助けてえぇ!?」
乃衣子は足早に金髪に近付くと左足で金髪を蹴り飛ばし、3~4mはゴロゴロと転がり蹴られた際に右腕を折られていた。
「いっいでええよおおう、助けてくれって言ったじゃねえかよおお…!?」
「煩い、命だけは助けてやるから直ぐに失せろ!!」
そう乃衣子が声を張り上げて睨むと金髪のチンピラは悲鳴を洩らしながら立ち上がって逃げ出した。
乃衣子はその後ろ姿を見届けると座り込む貴美子の前に膝を下ろした。貴美子は乃衣子の小さな笑顔を見ると安心感が膨らみ、涙をポロポロと落とし始めた。
「乃衣子…さん、良かった…生きててくれた……。」
「本当に変な娘だよ、あんな怖い目に遭ってあたしの為に泣くなんて…」
ふと、乃衣子は貴美子の太股に視線を落とすと…其処には“血”の流れた後があり、乃衣子は眉をひそめ悲痛に表情を歪めた。
「ごめん…、間に合わなかったんだね…あたし…。」
今にも泣きそうな乃衣子に貴美子は気丈にも首を横に振ってみせた。
「ううん、乃衣子さんはちゃんとわたしを助けてくれましたよ。
だって…、わたしさっきまで怖かった気持ちが何処かへ飛んで行ってしまいましたもの。
…でも、もし悪いと思ってくれるなら、抱きついても良いですか?」「えっ!?」
戸惑う乃衣子の返事を待たず、貴美子は乃衣子の首に両手を回し抱きついてきた。
「ちょっ、梶宮さん!?」
乃衣子は困惑し、引き剥がそうとするが…彼女の体が小刻みに震えている事に気付き、両肩にそっと手を添える。恐怖が消えたなどある訳がない、見知らぬ男達に拉致された挙げ句に強姦されたのだ。…安心など出来る訳がないのだ。乃衣子は貴美子の背中に両手を回しギュッと抱きしめてあげる。…それで貴美子の気持ちが少しでも安らげるならと、乃衣子は貴美子に優しく頬を寄せた。
倉庫の外では無貌で黒い悪魔の姿をした魔物…六体の夜魔が20mは優に越す巨大な怪物を前にたじろいでいた。怪物は魚とも蛙ともつかない顔をし、岩の様な黒澄んだ肌に女性の乳房を露わにして大きな魚眼で夜魔達を見据える。そして二十体いた内の半分以上を握り潰した水掻きのある剛腕を薙ぎまた二体を撃破。回避した四体の夜魔は慌てふためき、その場から飛び去って行った。
巨大な怪物はギョロリと魚眼を動かし、視線を眼下に転がる一つの死体に向けた。それは先程乃衣子に命を見逃された金髪のチンピラであった。倉庫より逃げて来た所を怪物と夜魔の戦いに巻き込まれ、夜魔に捕まり上空より墜とされ地面に頭から激突し…哀れな最期を遂げたのである。
巨大な蛙とも魚ともつかない怪物はその死体から視線を外すとその巨体を歪めて小さくなり緩やかなウェーブのかかった髪の毛をした全裸の…あの妖艶な美女ハイドラとなった。
「あのヤクザと夜魔…ノーデンスは関係がなかった様ですね。」《…クフフ、手を出さないのではなかったのかハイドラ?》
ハイドラの脳裏に念話が届き、僅かに表情を強ばらせた。
「こっ、此は我等が主よ!?
こっ、この状況は全て我が教団の障害を取り払う為で御座います!」
《クフフフ、そうか。
ならばハイドラよ、我等が教団に牙を剥いた無知な人間共の始末は任せた。》
ハイドラに“主”と呼ばれたその声はクフクフと笑い、念話は其処で途切れた。彼女は一息吐き、その瞳に冷たい殺意を宿す。
その夜、この街にある峰戸組と云う暴力団組織の事務所全てが襲撃され、組員全員が無惨に惨殺された。更に峰戸組本家では組長を含めた殆どの者が姿を消し、たった一人残された末端の若い組員も尋常ではない怯え方をし、ブツブツと繰り返し同じ事を呟いていた。
“皆…、呑まれてしまった”…と…。