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あれから七年…

 …深い眠りかと思えた時、乃衣子は蒸し暑さを感じてゆっくりと眼を開ける。暦は七月の二週目を回り、暑さも本格的になってきた今日この頃…。スポーツブラとパンツのみで寝ていた乃衣子は汗のかいた体を起こしてショートカットの髪の毛に手を入れて頭を軽く掻き、枕元の目覚まし時計を手に持って眠たげな眼で覗き込む。


「…何だ、まだ6時過ぎじゃん…。」


 …などとぼやき、彼女は横で“モゾリ”と動く“物体”があるも無視をしてベッドから立ち上がり目を覚ます為にシャワーを浴びる事にした。

 乃衣子が1DKの部屋を借り、一人住まいをして四年の月日が経っていた。彼女が“教団”によって助け出され、彼等に組したのは七年前…旅客船の沈没事故で両親を失ったあの日、乃衣子は人ではない“もの達”によって助けられ…その代償として人では無くなり、今現在に至る。

 温めのシャワーを頭から浴びてボ~ッとした脳が覚醒するのを待ち、少し意識がハッキリしてきた所でシャワーを止めてバスタオルで体を拭いて部屋に戻る。

 …と、ベッドの上で先程からだが“モゾモゾ”と動く物体が頭をもたげた。

 “ソレ”は大きなぶよぶよとした蛸の様な頭に口元は無数の触手で覆われ、その頭と同じくらいかと思える程に小さく肥満な胴体に小さな蝙蝠の羽と短く先の丸まった鉤爪を持った両手とやはり短い怪獣の足を持った“不思議な生き物”が蛸の瞳で乃衣子に視線を映した。


《何じゃ、もう起きたのか…乃衣子。》


 頭に響く声に乃衣子は特に驚く風もなければベッドにいる子供程の大きさの化け物を見て物怖じもせず体に巻いたバスタオルを化け物に投げ被せ、下着を用意して身に着ける。


《むおっ、乃衣子の裸が見えんぞっ!?》

「全く…、このエロ蛸がぁ。

起きるならアタシが着替えた後に起きろよ“クトゥルー”っ!」


 制服に着替え終えた乃衣子は未だにバスタオルから抜けられずもがいている化け物からバスタオルを取り上げると洗濯器のある方へと持っていく。


《むぅ、花も恥じらう思春期を気取り最近は一緒に風呂も入れてくれんのだから朝夜の着替えくらい観賞したって良いではないか!》

「お前そんなにタコ焼きの“具”になりたいのか?」


 異形とは思えぬ幼稚な要求に乃衣子は女子高生とは思えない脅迫で返す。 “クトゥルー”と呼ばれた小さな異形は自分の触手が乃衣子に切られ、それを具材として専用プレートでタコ焼きを焼いて食べる彼女を想像して背筋を凍らせた。


《グムゥ…、我はタコ焼きなどを考えおった人間を未来永劫末代まで呪い続けてやろううぞよっ!》

「あ~ハイハイ、頑張ってね?」


 悔しがる“蛸”を軽くあしらい、乃衣子はダイニングキッチンに行って朝御飯の用意を始めた。本日の献立は…いつもと同じ納豆御飯とインスタントのお吸い物でクトゥルーにはベーコン三枚とスクランブルエッグを挟んだ簡単なサンドイッチである。キッチンにあるテーブルに座りクトゥルーと向かい合わせに食事を始めると彼女の携帯にメールが届いた。送り手は“ハイドラ”と書かれていた。

 向かいのクトゥルーが触手をうにょうにょと動かしながらサンドイッチをもにゅもにゅと食べ、乃衣子にテレパシーを送る。


《誰からのメールだ?》

「ハイドラから。

いつもの“アレ”みたい。」


 乃衣子が呆れ顔で溜め息を吐き、クトゥルーも表情は分からないが上下の目蓋が閉じてやはり溜め息を吐く。 ハイドラからのメールにはこう書かれていた。


【乃衣子様、其方に“ノーデンス”の手の者が向かっていると言う情報がありました。

どうかお気を付け下さいませ。】


《ノーデンスか…、あ奴も“しつこい”のう。》

「また“とばっちり”はわたしに来るのね…。」


 そんな会話をしながら朝御飯を終えて鞄を持ち玄関口に立つ乃衣子をペタペタと歩き見送るクトゥルー。


「行って来るけど…、火元とか気を付けなさいよ?」

《誰にモノを言っておる、我は“海”の支配者なるぞ!》

「あ…ハイハイ、もう“小火”は勘弁してよ?」


 乃衣子の注意を受けながらクトゥルーは何処から取り出したのかお子様ランチに刺す小さな日の丸の旗をペラペラと振り、《乃衣子も気を付けるのだぞ?》とテレパシーを送り、乃衣子はそんなお気楽な蛸頭に呆れながら笑顔を見せてひらひらと手を振り、玄関を閉めた。










 私立碧原高等学校と刻まれ整えられた大きな大理石を傍らに置いた校門を半袖の白シャツに男子はネクタイ、女子はリボンの制服を着た学生達が集まり通り、校舎の中へと入っていく。乃衣子もまたその集団に混ざって登校していた。

 “2ーB”と札を掲げた教室に入ると既に何人かのクラスメイトが来ていて互いに色々な会話をしていた。乃衣子は特に誰と話す事なく窓際真後ろの机に鞄を置いて席に座り、外を眺める。 眼下には学校生徒の登校風景、視線を上げればいつもの街並み、更に上げれば目まぐるしく変わる夏の白い雲と青い空…。


「おはよう、水池さん。」


 そこへ彼女に声をかけてきた同級生が一人いた。ストレートの長い黒髪に前髪を短く揃えた大人しそうな女の子で少し垂れた目元の左下に可愛らしい黒子が一つあった。 彼女の名前は梶宮貴美子。毎日乃衣子に声をかけ、気にかけてくれているクラスメイトである。

 しかし乃衣子は彼女を鬱陶しく思っている様子でいつもの如く無愛想に振り向かず、面倒臭そうに返事を返す。


「おはよ。」


 乃衣子の拒絶的な態度に貴美子は苦笑いをし、彼女と同じ方を向き外を眺めた。


「今日も暑いけど気持ちの良い日だね?」

 当たり障りのない会話を始めたつもりであった貴美子だが、乃衣子は突然立ち上がり彼女を一瞥すると教室を出て行ってしまった。教室内からは当人がいなくなったのをいい事にヒソヒソと悪口や噂話を喋り始める。


「あ~あ、梶宮さん可哀想!」

「あの娘もいい加減かまわなけりゃいいのにね?」

「彼奴一年の時からあんななんだぜ。」

「何か関わると行方不明になるとか事故に遭うらしいな?」

「本当らしいぜ、それ。

去年この学校占めてた先輩が彼奴と一悶着起こした次の日に失踪しちまったんだぜ!」


 周囲の険悪な雰囲気に貴美子は不安な気持ちを膨らませてしまうが、そんな彼女の肩を叩いて元気付ける者がいた。

 貴美子と同じ黒髪だが男と間違うくらいに短く彼女より頭一つ分背が高い女子で名前を井守多英と言った。


「気にすんなって。

水池って周りが言ってる程嫌われてる訳じゃないし、噂だって何の根拠もない尾鰭の付いたもんじゃないか。」

「…うん。」


 多英は乃衣子とは違った意味で尖った雰囲気…所謂姉御肌な女の子でかなり頼りがいがあり外見も相まって男女に等しく人気が高かった。


「まぁアタシは貴美子が水池に御執心なのが不思議だけど…、

何かあったりした?」

 多英に聞かれはしたが、貴美子はう~んと唸って首を傾げた。


「私も何でかな~って思うんだけど…とても気になるんだ。

何時も外見てて、どんな事考えてるのかな…って…。」


 実は貴美子は水池乃衣子と云う少女を入学式の時から気になっていた。特別美人と言う訳ではないが言葉には形容し難い魅力を持ち、当初は男女関係なく彼女の周りに人が集まっていた。

 しかしあの無関係且つ冷たい態度が人を拒絶し、乃衣子は何時も独りきりで居るのが貴美子には気懸かりであった。

 二年生になって一緒のクラスになった事が妙に嬉しくてその日からほぼ毎日朝の挨拶を欠かさず、時間が合えば一緒に帰り道を共にしたりもしていた。


「そうだ貴美子、アンタ帰り道時々水池を“ストーカー”してるんだって?」


 “ギクリ”と貴美子は体を強ばらせ、多英から目を背ける。


「なっ、何の話…かしら?」

「後輩が水池を追っかけてるアンタを見たって。

幾ら水池が相手でもストーキングは立派な犯罪行為よ、やめなさい!」


 貴美子はシュンとなり、多英はそんな彼女に苦笑した。

 結局、乃衣子はホームルームになっても戻っては来ず…教室に姿を見せたのはお昼時間であった。

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