邪神の呼び声…
CALL OF CTHULHU、クトゥルーからの呼び出し…昔のクトゥルー漫画のオマージュです。
梶宮貴美子と小糸実香はアーケード街に寄り、ハンバーガーチェーン店に入り話をしていた。
貴美子はガラスの向こうに見える破壊された飲食店に視線を移す。このアーケード街でも広域暴力団御門会の暴走で何人もの一般人が亡くなっていた。実香も貴美子の憂う瞳の先に気付いて深く俯いた。
「やっぱり…、わたしと貴士君を…憎んでますよね?」
唐突に話しかけられ、貴美子は実香に振り返り右肩にかかった髪の毛を後ろに掻き降ろした。
「どうして、そんな事を聞くんですか?」
貴美子は下級生の彼女に敬語を使い聞き返す。
「…だってわたし達はあんな恐ろしい事件を引き起こして、梶宮先輩と井守先輩を騙して、捕まえたりして…」
其処で言葉を切り、実香は肩を竦めた。
「実香さんは…、あの男の子…霧木田君とどういう関係だったんですか?」
「…幼馴染みでした。ヤクザの親分の貴士君のお祖父さんも知っています。小さい頃はお祖父さんの御屋敷のお庭で…貴士とよく鬼ごっこをして遊んでいたんです。
小学校四年生位になってからはわたし達もヤクザがどんなモノなのか分かってきて、お祖父さんの屋敷には行かなくなりました。
貴士君は気の弱い所がありましたけど、正義感が強い優しい人だったんです。
…でも高校生になった今年の梅雨明けからクラスの男子に虐められ始めました。
虐めは陰湿で、わたしは担任の有川先生に貴士君を助けてくれる様お願いしたのに動いてくれず…虐めの矛先はわたしにも向いて…」
実香はまた話を切り、口を噤んだ。貴美子は悔しげに顔を歪める彼女を見て霧木田貴士の言葉を思い出す。
“…僕の目の前で強姦されたんだ!”
小糸実香はこの小さな体を好きな男の子の前で陵辱され、今もその屈辱を背負っているのだと思い…自身もレイプされかけた経験を頭に浮かべた。
「どうして…、水池先輩はわたしを助けたのかな?
何で…、貴士君と一緒に殺してくれなかったのかな?」
竦めた肩を震わせ、実香は目尻に涙を溜める。彼女は独り生き残り、その寂しさとのしかかる罪の重さで押し潰されかけていた。貴美子は彼女の重く昏い気持ちを察しながらも自分では何もしてあげられないと悟り、誰がこの少女の心を救えるのかを考える。そしていきなりな提案を切り出した。
「実香さん、乃衣子さんに会いに行きましょうか!」
「…えっ!?」
驚いた実香は顔を上げ、その反動で目尻の涙が流れる。しかし彼女の瞳は立ち上がり、手を差し伸べる貴美子の姿が映っていた。 すると貴美子の携帯端末にメールが届いた。開いて見ると、それは乃衣子からのものであった。内容は以下の通りだ。
“わたしのアパートの跡地に来て”
その一言のみであったが、貴美子と実香はこのメールを信じて乃衣子の部屋のあったアパートへと向かう事にした。
碧原高校の体育館ではバレーボール部やバスケット部が活動に励んでおり、その脇ながらも見学者の多い新体操部がマットの上で練習をしていた。レオタード姿の井守多英がこん棒を持ち、マットの上で演技を始める。長く形の良い脚を指先まで伸ばし、ハーフシューズを履いた爪先で飛び跳ねて両手のこん棒を天井高く放り投げ着地と同時に受け止める。…筈であったが両方とも落としてしまい着地して演技を止めた。
「うへ~、失敗失敗…。」
多英は落としたこん棒を拾い、一旦端に戻り床に腰を下ろした。
「らしくない失敗ね、井守さん。」
多英に声をかけてきたのは同じレオタードに身を包んだポニーテールの女性…新体操部部長の森村沙綾である。多英にとっては尊敬する先輩にして…何と“初体験”の相手である。実はこの先輩、レズビアンで井守多英を新体操部に勧誘した後に襲って食べてしまっていたのである。そして多英もまたレズレズに目覚め、森村沙綾とは先輩後輩であり“恋人”同士となったのだ。
「はは…、面目ないです沙綾先輩。」
「何か悩み事かしら?」
多英は彼女に話そうか少し迷うが、詳しい話はせずに友達と喧嘩をしたとだけ答えた。
「貴美子が熱を入れててアタシもダチになったんだけど…、この前ケンカしちゃって、それから相手は学校に来てないんです。」
「ケンカの理由は?」
「…ちょっと、言えません。」
喧嘩の理由…、それはあの事件で自分達が囮として扱われた事実。…の筈なのだが、多英が心に抱えていた蟠りはそれだけではなかった。
「そう、なら…そのままフッちゃえばいいんじゃないかしら?」 森村沙綾がそう言うと、多英は暗い顔になり…膝を抱いて顔を埋めてしまった。
「正直よね、井守さん。仲直りしたいならその友達としっかり話をしたらどうかしら。」
「だって…、アタシ水池の事…叩いちゃいましたもん…。」
「それでも友達として繋がっていたいのなら…、行動するべきだとわたしは思うわ。」
多英は顔を膝に埋めたまま考え…、決意の表情で頭を上げた。
「ありがとうございます、先輩。
アタシ、此から水池をとっ捕まえに行って来ます!」
「そう、頑張って。」
そう沙綾が言った時、多英の顔が近付いて彼女の唇に口付けをした。ビックリした森村沙綾は頬を染め、目を丸くして多英を見つめる。観客は突然の出来事に開いた口が文字通りに塞がらなかった。
「沙綾先輩、今度一杯可愛がってあげるね。」
そう言って井守多英は立ち上がり真っ赤な顔の沙綾を残して体育館を飛び出して行った。最早彼女は色々な意味で先輩を越えてしまっていたのだった。
着替えるのが面倒くさかった多英はレオタードにジャージの上下を着て制服は無理無理に鞄に突っ込んで学校を飛び出すと携帯にメールが入った。水池乃衣子からである。
“わたしのアパートの跡地に来て”
井守多英はそれを見ると駆け足でバス停に向かい発車寸前のバスに飛び乗った。
ソイツは乃衣子の携帯を勝手に使って梶宮貴美子と井守多英にメールを送り、配下にロールスロイスを出す様に命令を出す。行き先はかつての住処であったアパート建て替え地…、“クトゥルー”は口元の触手をうねうねと揺らしながら何故だかサングラスを目に掛け、運転手にロールスロイスの後部座席に乗せられた…。