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邪神姫への誓い…

当分バトルはなしになりそうです。

 東京湾海底谷…。深さ1000m以上、長さは40kmに及ぶ峡谷で東京湾の海底に大きく口を開けている。其処は希少な深海魚が多く居り、そして日本に於ける“ディープワンズ”の拠点地でもあった。

 その暗き深淵の底で人間など存在が許されない…月よりも遠いと言われる暗黒で一糸纏わぬ姿の水池乃衣子は一人たゆたいながら光の届かない暗き海上を見上げていた。

 乃衣子は多英に叩かれた頬に触れながら、あの日に言われた言葉を思い返す。


“アタシはそんな言葉が欲しいんじゃねえんだ…。”


 乃衣子は眉をひそめ、両手で前髪を掻き上げる様にして両目を被った。


(じゃあ、あの時何て言えば良かったのよ…井守多英…!?)


 クトゥルーに見初められ、海底都市ルルイエで三年程過ごした後に日本の中学校へ入学した。しかし友達は作らず…、彼女が邪神姫と気付いた邪教団やマーシュ財閥の商売敵とした裏組織が送りつけた刺客や殺し屋を相手に戦い続けていた。“独り”なら関係のない人間を巻き込まず、独りなら動きやすく…戦いやすかった。

 …だが高校二年生となって梶宮貴美子と井守多英と出会い、彼女達と居る時間が楽しく…二人の存在が乃衣子の心に深く刻まれ始めていた。だからこそ邪悪な魔物共の欲望や醜い人間達の狂気から彼女達を隠してしまいたかった。しかし身内である者達もまた魔物…、彼女の意思を汲み取れない合理性が二人の存在を浮き彫りにしてしまった。そして数日前に乃衣子の正体を知った井守多英と仲違いを起こしたのである。

 冷たい海底に潜みながら彼女が多英と貴美子の事で頭が一杯な所へ暗黒の海底に巨大な影が浮かび上がった。蛙とも魚ともつかない魚眼をギロリとさせた不気味な頭に威圧感溢れた全身を鱗に覆われた骨肉隆々な身体…、下半身は鯨の様な尾鰭の全長50m近くはあるだろう半人半魚の怪物が傍らに寄り添った。

 深きもの共の長にしてハイドラの夫…。そしてかつては豊穣の神として畏れ敬われた海の邪神…“ダゴン”である。


《…既に三十時間程はこうして居られますが、お悩みの方は晴れましたかな、我等が姫よ?》


 姿とは違い紳士的な声が乃衣子の頭に響き、彼女も念話で言葉を返した。


《晴れる訳ないでしょ、それより一体何時までこうして一緒に居るつもりよ?》

《我が妻より頼まれております、貴女様が気が済むまで御一緒致します…乃衣子様。》 ダゴンと乃衣子は暫く黙ったままで深海の流れに身を任せ…、唐突に乃衣子が尋ねた。


《ねえ、ダゴンとハイドラって…夫婦喧嘩した事ある?》


 乃衣子には素朴な疑問であった。しかしダゴンは大きな魚眼で乃衣子を見ると噛み締めた大きな口の歯の隙間からボコボコと気泡を発生させて肩を上下させた。…笑っているのである。


《何とも、人間の様な戯れを我等が…?》

《何よその言い方は…、あるの?ないの?》


 含みのある言い方に乃衣子は機嫌を損ねるが、ダゴンは特に気にせず彼女の質問に答えた。


《…ありません。

我とハイドラ…、そして我が一族は我等が神の意志の下に統一されているのです。》


 何となく予想はしていた答えであった。ダゴンは自身の衰退する信仰のせいで彼自身も神性としてかなり衰弱していたが、海底都市ルルイエに眠るクトゥルフを知り彼に組しハイドラと一族と共にダゴン秘密教団を設立…海際に住む部族を狙い目に布教侵略を繰り返した。

 しかし人間の科学が発展すると共に再び教団は衰退する。そしてクトゥルーより降りた神託は人間社会に溶け込んだ巨大組織の設立…、其れが“マーシュ財閥”である。人間の姿をとれるハイドラの合理的な組織の開発に長けた手腕にダゴン率いる深きもの共によりかき集めた海底深くに眠る金銀財宝を敷金にして様々な貿易商業を成功させ、深きもののみならず…人間達の信者を数多く獲得した。更にはこの際に起きる生贄…人間の女性との配合は何と代理出産と云う形で万事解決したのである。

 ハイドラは人間社会でマーシュ財閥の運営…ダゴンは豊穣神として財閥関連の漁業に適度の恵みを与え、巨大な財閥組織の中で深きものと人間の共生を実現させていた。


《ダゴンとハイドラにとっては今が“ウハウハ”なんだ。》《…“ウハウハ”の意味は解りませんが、全ては我等が神と乃衣子様の為で御座います。》


 “乃衣子様の為”…、ハイドラも貴美子と多英を故意に巻き込んだ時に“乃衣子様の為に…”と言っていた。


《あたしは…、別に使い切れない金も…、

絶対服従の人外も要らないんだ。》

《…“初めて、我の前にて…口にしてくれましたな”、乃衣子様。》


 乃衣子様は顔を上げ、寄り添うダゴンの大きな顔を見た。


《…えっ!?》

《ハイドラは言っておられました。

人間は口にせねば何も解らぬ愚鈍な存在だと…、そして我々もまた…口より聞かねば何も解らぬ無理解な存在なのだと…。

我々は乃衣子様の真意を計り兼ねていたのです。》


 乃衣子は驚いていた。邪神である筈のダゴンとハイドラは人間と深く関わりながら彼等との距離を測りながら学んでいるのだ。彼等との共存の在り方を…。


《故に我も伝えましょう。

乃衣子様は我々を照らす光で御座います。

ハイドラも我等が一族もそう…感じておられます。》


 それは以前クトゥルーにも言われた言葉であった。この人外群れなす邪教組織の中で彼等は乃衣子を“光”と喩えている。振り返れば霧木田貴士との戦いの際にも三体の深きものが命令を聞かず、乃衣子と共に戦う事を望んだ。その行為に彼女は命令を聞かなかった事など通り越して…その人外の思いがとても嬉しかったのを覚えていた。

 彼等は乃衣子を理解出来ずとも、信じ抜いていたのである。

 今でも教団の中で自分がどんな役回りを持っているのか理解していない。しかし彼等人外が自分に向けてくれる信頼をとても愛おしく感じた。


《信じられてるのかな…?》《…そうですね、我が一族は貴女様を信じております。》


 “信じる”…、ダゴンと深きもの共が自分の何を信じているのか…やはり理解は出来なかった。そして乃衣子とダゴンは思考を閉ざして沈黙…、深淵は静かに…深海の生き物達が無音の世界で蠢く。


《陸に上がるわ…。》


 また唐突に乃衣子が念話を送るとダゴンは乃衣子の足下に大きな掌を向けて添えた。


《海面までお送り致しましょう、我等が姫よ。》


 乃衣子は頷いてダゴンの掌に乗って人差し指と中指に掴まった。それを確認したダゴンは物凄い早さで東京海底谷から浮上、東京湾の海面に巨大な影を映しながらお台場を目指した。お台場の波止場では奥の方にベンツを停めたハイドラと数体の深きものが待っており、顔を出したダゴンは掌の乃衣子を波止場に降ろした。

 ハイドラは乃衣子にバスローブを手渡しに行き、微笑みかける。


「どうぞ、乃衣子様。」


 実はハイドラともあの事件以降、一切口を訊いてはおらず、一方的な無視を決め込んでいた。それでもハイドラは今まで通り彼女に接しており、乃衣子は何時までも意地を張っている自分が恥ずかしくなった。乃衣子は申し訳なさそうに俯き、バスローブを受け取り…小さな声で伝えた。


「…ありがと、ハイドラ。」


 以前、ハイドラ本人が話してくれた事がある。かつては彼女も“邪神姫…デーモネス”であったのだと…。その時の記憶は殆ど覚えてはいないが…、自分と同じく人の理と魔の理の違いに苦しんだと言っていた。


「乃衣子様…、思うがままに振る舞って下さい。

我々は永劫に貴女様に付き従います。」


 その言葉はハイドラが乃衣子に向けた誓いであった。七年前の出会いから、ハイドラにとって乃衣子の存在は只の偶像から掛け替えのない愛娘へと変化していたのである。


「ハイドラって…、親バカタイプだな?」

「…どうやらその様です。」


 照れ笑いをする乃衣子はその妖艶な美しさから見せる素直な微笑に見惚れ、互いに見つめ合ってしまい乃衣子は顔を赤くして俯いた。自分は覚悟を決めなくてはならない。そしてそれをハイドラとダゴンに伝えなくてはならない…、そう感じた彼女はもう一度上を向いてハイドラを見つめた。「ハイドラ、ダゴン、あたしはやっぱり人間との…貴美子や井守との繋がりを失いたくない。

だから、力を貸して。二人を…、

ううん、あたしに関わる人間全てを守れる力を貸して!

邪教の教えには反するけど、せめてあたしが邪神姫の間は…。」


 乃衣子はダゴンにも視線を送り、二体の邪神は乃衣子を見据える。


《我等が力は御身の為に…、

“Demoness of Cthulhu”、我等が邪神姫よ!》


 ダゴンの念話はその場にいた乃衣子やハイドラだけでなく、護衛の二体の深きものと運転手である混血の者にも届いて同時にハイドラは乃衣子の前で片膝を付き、深きもの共も地べたに深く平伏した。


『ふんぐるい・くとぅるふ・るるいえ・うがふなぐる・ふたぐん!!

ふんぐるい・くとぅるふ・るるいえ・うがふなぐる・ふたぐん!!』


 深きもの共とダゴン…ハイドラによりクトゥルーへの誓言が唱われ、何時しかダゴンを囲み海上には数え切れない程の深きもの共が海面から上半身を出して誓言を合唱していた。それはクトゥルーにのみならず、乃衣子にも向けたものであった。乃衣子は苦笑しながら右人差し指で頬を軽く掻く…。邪神姫となった七年間、この自分を中心にして大讃頌をする状況だけは未だに馴染む事が出来ない彼女であった。

次回から乃衣子の一人称を“あたし”から“わたし”にしようと思います。

投稿済の文は少しずつ直していきます。

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