惨劇の結末…
たった独りきりとなってしまった霧木田貴士だが、水池乃衣子は彼を邪神眼に捉えながらも腐蝕の力を使えずにいた。
(屍食教典儀が霧木田貴士を護っている。
邪神眼による力は効かないか!)
乃衣子は念動力でコンクリートの瓦礫を浮かせ、霧木田貴士に向けて放り投げる。だが屍食教典儀の守護は物理攻撃にも及び飛んで来た瓦礫をはね除けた。
貴士は笑みを浮かべ、屍食教典儀を翳すと独りでにペラペラと捲られあるページで止まった。
「屍食教典儀が欲するものは人間の血肉…、今此処には其奴が一杯ある。
さぁ魔導書・屍食教典儀よ、人間の肉と血を一杯食らい飲み干して僕の友達を一杯喚び出してよ!!」
貴士の言葉に屍食教典儀は強く反応して彼の頭上に黒い大穴を出現させると崩落した天井の下敷きになって死んだヤクザ達の亡骸を黒い大穴に吸い込み始めた。流れた血もまるで煙の様に大穴に吸い込まれ屍食教典儀は魔力を増大させ、召喚陣を部屋一杯に出現させて無数の喰屍鬼を喚び出した。
そして一際大きな召喚陣からは何と喰屍鬼などより十倍近く大きな巨人が召喚された。
「チッ、見境ないわね!」
乃衣子は舌打ちをし、貴士を肩に乗せた異形の巨人を睨む。屈強な筋肉に両腕は肘から枝分かれをして四本の下腕を持ち、顔は縦に大きな口から鋭い牙を覗かせ此方を威嚇する。
“ガグ”…。かつてはこの地上を闊歩し人間を食らう巨人族であったが“這い寄る混沌”を崇め“生贄”を捧げる儀式を行っていた為に地上の神々によって地下深くへと追いやられた背徳の亜人種である。そして本来喰屍鬼を天敵と恐れている筈なのだが屍食教典儀の支配下にある為喰屍鬼同様に貴士の使い魔と化している様である。
乃衣子は深きもの共に貴美子達を連れて逃げる様に念話を送り、更に召喚術を使う。
「出でよ、“ショゴス”!!」
暗き深淵よりまるで肉の塊の様な…アチコチに目玉を覗かせた怪物ショゴスを召喚し、深きもの共のサポートを任せると襲いかかってきた二体の喰屍鬼を念力で撃破した。
深きもの共は貴美子と多英…実香を抱き抱え、ショゴスが壁を破壊すると肉の塊から触手を作り出して三人を抱えた深きものを絡め取った。貴美子達は怪物達の行動が自分達を助ける為と解っていながらも体を竦ませ声も出せずに身を任せ、ショゴスは壁の穴からそのまま落下した。此で貴美子達の救出は成功した。後は喰屍鬼の群れとガグ、そして霧木田貴士の始末のみである。…と、乃衣子はショゴスと逃げずに残った三体の深きものに気付く。
《貴美子達を守れって命じた筈よ?》
しかし乃衣子の念話に反して深きもの共は乃衣子の両脇と背後を固め戦う意志を示した。
「“Demoness”…、我…等が姫。」
一体の口よりそう言われた乃衣子は小さな溜め息を吐き、彼等に命令を下す。《ガグと霧木田貴士はあたしが殺る。アンタ達は喰屍鬼を頼んだわ!!》
三体の深きものは高揚し雄叫びを上げると一斉に喰屍鬼の群れに突っ込む。頭を水掻きのある掌で鷲掴みにすると握力に任せて握り潰し、その指の鋭い鉤爪で腹を引き裂いて腸を露わにし、大きな口で頭を丸呑みにして食い千切る。喰屍鬼達は深きもの共に牙を爪を立てはするがその硬い表皮には傷一つ付かない上に腕力も敵わず、三体の海魔は正に無双を誇り喰屍鬼達を確実に駆逐していった。
その一方的な戦いに貴士は悔しげに顔を歪め獣の様に叫んだ。
「デーモネスっ、お前を殺してやるぞ!!」
「その台詞、聞き飽きたわ。」
貴士を肩に乗せたガグが腕を振り上げ“二つの拳”を振り下ろすが乃衣子は避けもせずに此を右腕で受け止める。
「なっ、そんな馬鹿な!?」
貴士はあまりの出鱈目な光景に驚き、乃衣子は受けた右腕を三本の触手に変化させて二本の下腕を絡め取ると“物凄い力”でガグの腕を引き裂いた。
「ゴワアアアアアアアアアッ!!!!」
縦に開いた大きな口から悲鳴を上げたガグはよろめいてドスンと床を踏み抜き胸元まで階下に落ちて身動きが取れなくなってしまったが、片腕を乃衣子に伸ばし捕まえた。
「そうだ、握り潰してしまえ!!」
乃衣子を捕まえたガグの握力に力が込められるが、彼女は顔一つ変えずに左目の邪神眼を自分を邪魔する下腕に向け腐蝕の力を開放する。ガグの下腕の一本がグズリと溶け出して懐死を始め、ガグはまたも悲鳴を上げた。腕は腐汁になるまで崩壊し、縛りが解けた乃衣子は右腕の三本の触手でガグの頭を縛りつけ絞め上げて“グシャリ”と潰した。貴士は恐怖の悲鳴を上げてガグの肩から転がり落ちて逃げるが…、乃衣子の触手がまるで千切れたワイヤーの様に襲い、貴士の右足首を切断した。
「ギャアアアアアアッ!?!?」 貴士は転げ、無くなった右足首に目をやり死の恐怖に涙を流した。
「なんで…、何で何で何で僕が死ぬんだ!?
何で僕が死ななきゃならないんだ!?!?」
まるで被害者の如く振る舞う貴士に対し、乃衣子は哀れみと同時に憤りを感じた。彼は自分を虐めた同級生のみならず、御門会を使ってマーシュ財閥関連の店舗を襲わせて全く関係のない人達の命も奪っている。霧木田貴士は屍食教典儀の力のみならず暴力団の組織力を手に入れ、その身に余る“力”に魅入られ愚者となり大罪者となったのだ。
乃衣子はクトゥルーが“彼を殺せ”と言った意味を理解する。そしてその役目を自分に課した理由も…。
「あたしもアンタと同じ…、“大罪者”だからなんだね…クトゥルー。」
彼女の身を置く組織は人類の敵であるクトゥルー教団である。…なら、彼等に組する自分も霧木田貴士と同じなのだと…乃衣子は自身を罵った。
そして、そんな彼女だからこそ魔に関わり人の道を踏み外した“彼の命”を背負えるのだと…、救えるのだとクトゥルーは思い、乃衣子に託したのである。
「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅるふ・るりええ・うがふなぐる・ふたぐん…。」
乃衣子はクトゥルーへの祈りを唱い、心を黒く塗り潰して霧木田貴士に殺意を示す。
泣きながら自分が殺した者達と同じ様に霧木田貴士は何度も乃衣子に命乞いを懇願した。
「お願いします助けて下さい助けて下さい…警察に行きますから死刑でもいいですから今は助けて下さい…お願いします、お願いします…っ!」
此が四人の同級生と担任教師…ヤクザにテロ行為を強要した狂人の正体かと思うと、あまりにも憎らしく…惨め過ぎた姿であった。
「“魔”を軽んじた時点で…、お前が死ぬ事は定められてしまったんだよ…。」
乃衣子は冷たく貴士を突き放し、腐蝕の邪神眼に彼の姿を映した。
しかし、後ろから乃衣子の後頭部を一発の銃弾が貫き、左目の邪神眼を破壊した。乃衣子は膝を折るが倒れずに踏ん張り、後ろを振り向いた。
其処にはトカレフの銃口を此方に向ける血塗れの角島牧男が乃衣子を睨み立っていた。
「孫は…、儂の孫は殺さしゃあせんぞ化け物がああっ!!」
荒い息遣いで角島はトカレフを乱射し、二発三発と乃衣子を撃ち貫いた。
「アンタ…、貴士の魔術に掛かってなかった。
…なのに、何で…、言いなりなんかに…?
・
・
・
・
“お前等は本当に理解出来ないよ、人間”っ!!!!」
左の邪神眼が再生し、その目に視られた角島牧男の顔がグズリと崩れ…皮膚が腐り目玉が落ちて角島牧男は跪いて倒れ込む。乃衣子はこの男の強さと弱さの違いが複雑過ぎて本当に理解に苦しむ。…何故、苛められていた時に孫に手を差し伸べなかったのかと…。何故、狂ってしまった貴士にそのまま組織を預けてしまったのかと…。「お祖父さん…、おじい、おじいちゃん…。」
泣き腫らした目で祖父の最期を見せられた貴士はキョトンとし、左の親指を口にあて吸い始めた。
「おじいちゃん、あそんでよ?
みかちゃんもいっしょだから、またあのひろいおにわでおにごっこしたいな~。」
霧木田貴士の精神は崩壊していた。誰も助けて貰えなかった彼は力を手に入れ、殺戮と云う狂事に逃げ込んでしまった。そして今…忘却の中に身を沈めてしまったのである。
「…今、楽にしてあげるね。」
乃衣子の触手は霧木田貴士の心臓を貫き通し、その首を切り飛ばす。喰屍鬼も全て三体の深きものに殲滅され、…残されたのは魔力を使い果たした一冊の魔導書だけとなった。
乃衣子はそれを拾い上げ、眉を寄せる。…一体誰が哀れな少年に危険極まりない“劇薬”を渡したのか、そしてその人物は何故自分を…クトゥルー教団を標的に定めたのか、乃衣子には何も分からず…屍食教典儀を回収した後の貴美子達への事情説明に悩む事とした。
とあるホテルの一室…、高級ダブルベッドの上に仰向けに横たわる全裸男性の首無し死体が一つ…ベッドのシーツを赤く染め、その傍らに同じく裸でグラマーな金髪の美女がテーブルに置かれた水晶玉を見つめ、不敵な微笑みを浮かべていた。
「あらあら、可哀想に…、殺されちゃったのね貴士君。
でも、魔海の邪神姫がどの様なものなのかは理解出来たわ。
…まぁ、本来ならばあの娘は“わたし達の邪神姫”となっていたのだけれどね…。」
水晶玉に映された映像を見ていた美女は立ち上がり首のない男の死体に寄り添い、陰茎に手を伸ばして優しくさする。…と、それはムクムクと“生きている”かの様にそそり起ち、美女は跨って腰を下ろした。
「あっ…、いい…。
すごいわよ“貴方”、ウフフフ…。」
何も聴こえない死体に語りかけ、美女は悩ましい微笑みを死体に向ける。すると、動かない筈の首無し死体がその美女の腰に手をあてがい自分で腰を動かして美女を犯し始めた。
「アアアッ、いい!
もっと、もっとしてえっ!」
首の無い死体が動き、それと交わり悦ぶ女の光景はあまりにも背徳と冒涜に満ちた悍ましいものであった…。