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深淵に潜みしもの…

以前書いた同名小説のリメイク版です。話は殆ど違ってきます。

 水池乃衣子は幼い頃に両親と一緒に船の事故で亡くなっていた。

 乃衣子達家族が乗っていた高級旅客船にはかなりの大富豪達が乗っていて個室一つ一つにシャワールームや野外には大型プールまで完備した最新式の旅客船であった。

 …しかしその運命が訪れた時は客も船員もなく、周りからは悲鳴が飛び交い、大人達は我先にと出口に群がった。大勢の人の中で乃衣子は繋いでいた母の手を離してしまい、それからの記憶はとても曖昧で両親を探して何処をどう歩いたか分からなかった。

 両親を探して船内をさ迷っていた筈の乃衣子は何時からなのか…見知らぬ女と一緒に居り、こめかみに拳銃を突きつけられ無理矢理連れられていた。体中の水分が絞り出てしまうのではないかと思える程溢れる涙を流しながら泣きじゃくる乃衣子を女はなじり、何か喚き散らしながら少女の腕をグイグイと引っ張る。


「いたい、いたい!?」

「煩いんだよ、クソガキ!!

その締まりの悪い口を縫い付けてやるよ!?

それともその脳味噌のない頭に右から左へ“トンネル”を空けてやろうか!?」


 乃衣子は女の脅しを理解し、嗚咽をしつつも泣き止もうと努力した。今、この女は恐慌状態の一歩手前なのだ。

 ちょっとした拍子にどんな危険な行為に出るのか解ったものじゃない。


「糞っ、糞っ、糞糞糞糞、クソッタレ!!

こんな筈じゃなかったんだ!

あんなに早く“教団”が動くなんて思いもしなかったんだ!

“ダゴン”まで出て来るなんて想定外もいい所だ!

クソッ、船を出る筈が船底に追い込まれるなんて私の運も尽きたって言いたいのか!

ええ、“クトゥルー”ッ!!」


 女はジタンダを踏んでまた乃衣子に狂気の瞳を向けた。


「…お前“これ”持ちな!」


 そう言ってわたしに不気味な表紙の厚い書物を渡す。乃衣子は受け取ったもののその製本の表紙が人の顔に見える為に怖くなり、女を上目遣いで見上げるが…女はニタリと笑い、乃衣子の背筋に冷たい悪寒が走った。

 今少しの間、女と二人だけの徘徊が続き…それは突然の終わりを告げた。

 突如と群れ為して女を取り押さえるカエルと魚を混ぜたかの様な不気味な怪物達。そして怪物達のリーダーであろう気味が悪い程に綺麗な女性が捕らえた女に尋ねた。


「魔女…“メイスン家”の下女如きが随分と手こずらせおってからに…。

さぁ、遊戯は終わりだ。我が教団より盗み出した“聖書”を出すがよい!」 その美女を見るや否やいきなり悲鳴を上げた。


「あああああああああっ!!?!!?

おおおお助けをおお、

イヤァ、イヤアア、

我等が神ニャルラトホテプよおおぉ…っ

お助けを…、助けて、お願いだから助けてぇ!!!!」


 何かが切れてしまった女に何を聴いても無駄と判断した美女が此方に視線を向ける。

 その時、“彼女”に助けを求めていたら…きっと普通の人間として乃衣子は一生を過ごせたかも知れない。

 しかし乃衣子はあの女同様に完全に我を忘れてしまっていた。まるで今にも殺されるかの様に泣き叫ぶ女と彼女を押さえ込む化け物共の群。そして背筋が凍える程の美しい女性…。

 幼い少女が壊れてしまうには充分であったと思う。乃衣子はあの女に渡された本を抱いてその場から逃げ出した。美女の呼ぶ声がした様に思えるが止まれる訳がない。

 乃衣子は自分の命を守る為に彼女達の前から逃げたのだから。

 何処を走っているのか分からない。見つからない両親の事など今はどうでもいい。今はひたすらに離れたかった。あの女から、あの化け物の群から、あの妖しき美女から…。

 乃衣子は人の顔をした本を強く抱き締めてひたすら走った。

 …だが、“災い”は思わぬ形で少女を襲う。激しい轟音と同時に爆炎が壁を破壊し、乃衣子と本を巻き込んで船に穴を空けた。爆風は全身を焼かれた乃衣子を海底へと叩き落とし、無情である筈の深淵へと沈める。最早苦しさもなく…、焼け焦げた体の痛みもなく、只刹那の生に別れを告げるだけであった幼い少女に冷たくも静かで優しげな声が語りかけた。


《…コ、ノイ…、…イ…、ノ…コ…》


 途切れ途切れでハッキリは聴こえず、しかし自分を呼んでいると確信出来る声に乃衣子は瞑っていた目を開いた。何故であろうか…彼女の手にはあの人の顔をした本が抱えられており、更には深海にも関わらず息苦しくもなく水圧に屈する事もなく、焼け焦げた筈の全身は元の少女のキレイな肌に戻っていた。

 乃衣子はその分厚い人の顔をした本を抱き締め、前を見据える。

 其処には山の様にそびえ立つ巨大な“何か”が口元に生やした無数の触腕を漂わせて乃衣子を見下ろしていた。意外にも恐怖は感じず、その山の様な“怪物”を乃衣子は小さな瞳に収めようと頑張って見上げた。


「あなたは…誰…?」


 巨大な怪物はゴブゴブと触腕の隙間から大きな気泡を幾つも作り出し、乃衣子にヘリポートの様に広い四つ指の掌を差し伸べ…乃衣子をその掌に乗せた。《Cthulhu…。》


 頭の中に響く声に乃衣子は奇妙な親近感が湧き、小さな瞳に収まらないその怪物に笑いかけた。


「わたしは水池乃衣子、よろしくね“クトゥルー”。」

《ヨロシク…、ノイコ…。》


 光の届かぬ深海の果てに只の人間であった一人の少女と邪悪と名高い大いなる旧支配者は出会い、此処に一つの契約が為された。

 少女は邪神の力を宿し、この世界に何をもたらすのだろうか…。

一話を間違えて消してしまい急いで加筆修正しました。一話ラスト…乃衣子とクトゥルーの邂逅の内容が全文違っています。

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