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black horse

 翌朝、目を覚ましたリティアは、隣のベッドから師が消えているのに気付いた。いつもはリティアが何度起こそうとしても、「うるさい、あと5分。いや、あと50分」とか寝ぼけた声で言うくせに。

 ベッドから降りて宿の階下に降りると、ここで飼われているらしい黒い大きな犬がリティアに近づき、身体を擦り寄せた。その首を撫でてやりながら、外に出て、リティアは師を探す。


「お師匠様」


 彼は少し離れた場所から遠くを見渡していた。探索の魔法を使っているのか、彼の杖の石が淡く光っている。


「魔物の気配はありますか?魔物を操る魔物って、レイウスの事では無いんでしょうか」


 弟子の問いに、師はちがうな、と答えた。


「宿にいた旅人に聞いたが、あいつの言った知性ある魔物というのは実際に居るようだ。リティア、あの魔物に襲われた時、最初からお前ばかりを狙っていたのに気づいたか?」


 彼の言葉に、リティアはあの魔物の赤い目を思い出す。睨みつけられたように感じたのはーー気のせいではなかったのか。


「お前を狙えと魔物に命じた奴がいる。『女の方が弱くて倒しやすい』と教えた奴が。レイウスならお前は狙わないだろう。下手に傷つけてアルティスの秘石が損なわれたら困るはずだ」


 師の言葉をリティアは理解はしたが、シーファにはもっと気にかかることがあるらしい。


「となると、だ。あいつの『設定』も本当の可能性がある」


 リティアはハッとした。


「旅の剣士で、魔物退治をして稼ぎを得ているってあの話ですか?ーーレイウスは人間のフリをして、同族を討っている?」

 なんてことーー。


 シーファが軽く溜息をついた。


「もともと魔族に仲間意識など希薄だがな。あいつらはより強者に従うだけだ。だがレイウスは……多少行き過ぎだ。あの欲望、執着心、まるで人間みたいだろう。恐らくかなり長い間、人間に紛れて暮らして、染まってきたのかもしれんな」


 姿形だけではなく、言動も、行動も。

 リティアはレイウスを思い出してぞくりとする。マイハニーとかふざけていたけど、それも人間かぶれした結果かと思うと。

 魔物には殺戮衝動がある。弱い者を淘汰して、より強い力を誇示したがる。人間の中に居て、人間を襲わない訳がない。

 明るくて快活な気の良い青年が、密やかに人々の生活に潜り込んだ魔性だと、誰が疑うだろう。そうしてその正体に気づく頃には、あるいは気づかないまま、魔の犠牲になる。レイウスだけではなく、もし隣人が、知人が、魔物だったら?

 考えたくも無い。


「……怖いですね」

「怖いだろう?あんなチャラい文化を魔族に持ち帰られても迷惑だ」

「いや、そういうことではなくて」

お師匠様、論点ずれてます。


 その時、シーファの杖が煌めいた。彼は丘の上を仰ぎ見る。

 リティアも視線を追うと、その先に黒い馬ーーの姿に似た、黒い炎を纏った魔物が居た。こちらに飛びかかってくる様子はないが、リティアは一気に緊張して師を呼ぶ。


「シーファ……」

「動くな」


師は短く言って、その魔物に呼びかけた。


「街道の魔物を操っているのはお前か。言葉はわかるか?」

「わかる」


魔物は低く唸るように答えた。シーファが続ける。


「こちらの要求はシンプルだ。

人を襲わず、森深く静かに暮らすか、私に倒されるか」

「お前の力は昨日確認した。従おう。あのレイウスとかいう、異質な者を排除してくれるならば、だが。

あいつは眷属を殺し過ぎた。もはや魔物ではなく、人でもない」


 黒い炎馬は吐き捨てるように言って、身を翻した。そのまま姿を消す。

 あっという間の邂逅。

 何事も起こらなかった一瞬に、安堵しつつも。


「お師匠様、いいんですか?退治しなくて」


 リティアは師に問うが、彼はヒラヒラと手を振った。


「本人が引っ込むと言っているのだから、いいんじゃないか?……ドンパチやるのは面倒だしな」

「それが本音ですか!」


 杖を背に掛かるホルダーにしまって、シーファは空いた両手をリティアの肩に掛けた。重々しい口調で、弟子を諭す。


「無駄な争いは、更なる争いしか生まないものだ、リティア。戦いを避けるのも、魔導士の務め。ーーさあ、宿に戻って朝ごはんだ」

「お師匠様、お腹空いてたんですね……」


 だだ漏れな本音に、呆れる弟子に構わず、くるりとリティアの身体を方向転換し、シーファはその背を押した。

 ふと小さな背にかかる、彼女の揺れる髪に目を止めて。



「ーーお、師匠様?」


 くい、と後ろから引かれた髪に、リティアは戸惑いながら振り向いた。彼女の髪を引いたシーファは、ハッとしたようにそれを指から滑り落とす。


「……犬の尻尾みたいで、つい」

「なんですか、それ!だいたいお師匠様、本物の犬の尻尾引っ張ったら、噛みつかれますよ」


 リティアはぶぅと口を尖らせて言う。シーファは曖昧に、「ああ、そうだな」などと言って、気まずそうに視線を逸らしただけだった。師の様子に首を傾げながらも、リティアは炎馬の言葉を思い返す。


「でも、あの魔物の条件は“レイウスの排除”でしたよね?なら彼を見つけなきゃならないんじゃ」


 弟子の言葉に、師は口元を歪ませた。


「まあ、近くにはいるだろうな。何せあいつは、お前を欲しがっているのだから」


 宿の中から子供が滑り出してきて、そこに寝そべる犬に飛びついた。


「おとーさあん、ぼくこのイヌほし~い!かわいいもん、ほしーい!」


二人はそれを眺めて、顔を見合わせる。


「あのレベルだ」

「ですね。絶対嫌です」


リティアはそこでハッとした。


「もし今日見つからなかったら」

 も、もう一泊するの?


「ん?」


 見上げた師の顔が、また妙に格好良くてリティアは動揺した。

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