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The Sorcerer's Apprentice

 一ヶ月後、セインティア王国、フォルディアス城ーー。



「ありがとうございましたあっ!」


 頭の後ろで一つに結んだストロベリーブラウンの髪を揺らし、少女は部屋を飛び出す。たくさん抱え込んだ魔導書を、落とさないようにしっかりと持って。


「リティア!来週も同じ時間にね」


 部屋から彼女を追った声は、笑い声を含んでいて。


「はい、セアラ姫。また来週!」


 彼女は振り返って弾む声で応えた。

 フォルディアス城の廊下を駆けていれば、途中で出会った面々が声を掛けてくれる。


「今日は急いでるのね、リティアちゃん、気をつけて!」

「お、嬢ちゃん、修行はどうだ?」

「これ、廊下を走るでない」


 どの顔も親愛に満ちていて、リティアは笑顔で一つ一つに応えながら。侍従長の注意には従って、駆け足を早足に変えた。

 王子の執務室へ寄って、ノックをすれば中から「どうぞ」と柔らかな声がし、覗き込むとラセイン王子が書類をアランへ手渡すところだった。彼は微笑んで、リティアを手招きする。


「どうですか、魔導師の授業は」

「楽しいです!セアラ姫も、宮廷魔導師の皆さんも、すごく分かりやすく教えてくれるし」


 あれから、王の許可のもと、リティアは修行中の魔導士として、特別に城に通いながら魔法の指導を受けている。出入りしているうちに、彼女の一生懸命さと愛らしさにすっかり皆のマスコットのような扱いを受け、今では厨房でお菓子をもらったり、侍女たちとお喋りしたり、簡単な雑用を手伝うこともあった。

 彼女の笑顔に、アランがにやりと笑う。


「シーファがヤキモチ焼いちゃってるんじゃないですか~?」


 言われて少女は頬を染める。何かを思い出すように目線を泳がせて。


「えっと、でもここ以外の時間はずっとお師匠様の特訓を受けてますし、今日もこのあと一緒に薬草を採りに湖に行く約束をしてるし」

「それ、修行と称したデートじゃないの?」


 近衛騎士の問いに、リティアはえ、と動揺して、けれど迷ってから嬉しそうに頷いた。ラセイン王子はそれを優しい顔で聞いていたが、ふと思い出したようにリティアに囁いた。


「リティアさん、家に帰るついでに、僕にも移動の魔法陣を作っておいてくれません?探索魔法に引っかからないものを」

「王子!家出はこの書類を全部片付けてからにしてもらえませんか!つうか昨日やっと帰って来たばっかじゃないすか、もう!」


 近衛騎士兼秘書官は、ばっちりと聞きつけて、どこから持って来たのか王子の前に書類をドン!と山積みにする。


「……アラン、お前は本当に仕事熱心な臣下だな」

「おかげさまで!俺だって早く済ませて、セアラ姫とランチしたいんですからね!」


 二人のいつものやり取りを笑い出しながら眺めて、リティアは礼をした。


「ふふ、じゃあ私はお先に!」


 二人は絶妙なタイミングで、手を振ってくれた。

 リティアが出て行った後の執務室では、ラセイン王子がホッと息を吐いて。


「彼女はアルティスの魔力を制御できているようだな。秘石はもう頻繁には出現しないというし、リティアさんを狙う者もシーファが撃退してだいぶ落ち着いたようだし」


 主君の言葉にアランは苦笑する。


「あのエロ魔道士は、別の意味でも撃退しつくしてますからね。もうリティアさんにちょっかいかける阿呆は居ないと思いますよ。うちの若い騎士達含め」


 独占欲の強い友人を思い浮かべ、二人でクスクスと笑っていると。


「あら、楽しそうだこと。わたくしも仲間に入れて欲しいわ」


 現れたのは金の薔薇ーーセアラ姫だ。彼らに微笑みを向ける。


「アラン、お仕事は片付いたかしら?迎えに来たのだけれど」


 すかさずアランがその手をとり、彼女の腰に手を回して微笑みかけた。


「ええ、もう終わりです。このようなところへいらっしゃらずとも、俺が行きますよ」

「僕の仕事部屋を“こんなところ”呼ばわりか。不届きものめ」


 王子が頬杖をついたまま半眼で呟く。しかしアランは振り返ってビシッと書類を指差した。


「あっ、ラセイン様、それハンコ押しておいて下さいね!あと80枚!俺は小一時間で、いや二時間、いや夕方には戻りますからね!」

「……家出してやる」


 近衛騎士と王女は、微笑みを交わして部屋を出て行く。くっついたらくっついたで、見事なまでのバカップルぷりに呆れるほどだ。


「ーーまあ、シーファ達ほどでは無いかな」


 王子は楽しそうに窓の外へ目を向けた。





 回廊を抜けて、薔薇園の傍を通れば、馴染みの庭師が切り立ての薔薇を一本くれた。リティアがシーファと良くここに来ては、美しく咲き誇る花と香りを楽しんでいるのを知っているのだ。

 ーーまあ、たまにシーファが例の魔法を使って怒られる時もあるが。

 そうして離れまでくると、転送魔法陣に立つ。彼女の家と繋がっている、そこに。


「ただいま帰りました!」


 窓辺から外を見れば、丘の上に立っている銀色の髪の美しい魔導士が振り返った。


「遅かったな」


 けれど彼は微笑みを浮かべている。

 荷物を置いて、昼食を詰めたバスケットを抱えて出てくると、彼女の師は「美味そうな香りがする」などと言いながら、さりげなくその腕からバスケットを取り上げた。そのまま運んでくれるつもりらしい。


「お、お師匠様、私が」

「帰りに持ってもらう」


 中身を食べた後のバスケットは、採った薬草を入れて持って帰ってくるつもりだが、間違いなく今より軽くなるに違いない。彼の気遣いに、リティアは頬を染める。


「ありがとうございます。……でもお師匠様って、やっぱり女たらし」


 彼女の言葉に魔導士はクスリと笑った。

 以前のーーリティアがただの弟子だった頃なら、きっと彼女に持たせていたのに。ふとした時に見せる彼の優しさが、どうも気恥ずかしい。


「そういえばさっき、何をしていたんですか?」


 弟子の問いに、師はああ、と呟いた。


「あのーー水の精霊に、新しい住処に魔物除けの魔法を掛けて欲しいと頼まれてな。護符を渡したところだった」


 アラン言うところの『金魚』は、最近よくリティア達の前に現れる。新しい仲間と住処が出来たのだと、嬉しそうに飛び回っていた。


「良かったですね」


 にこりと微笑んで言えば、シーファも頷く。どうやら彼なりに精霊のことを気に入っているらしい。



 二人は森を抜け、湖までやって来た。

 まずは昼食だなとシーファの言葉に、湖のほとりの大きな木の下に腰を下ろす。思い出したように彼は弟子に問いかけた。


「ラセイン達は何か言っていたか?」

「ええと、王子は移動の魔法陣が欲しいって……。アランさんは『修行と称したデートじゃないの?』って。あ」


 アランの言葉をそのまま告げてしまい、リティアはつい赤くなって俯いた。そんな弟子をまじまじと見つめて、シーファは苦笑する。


「今更なにをそんなに照れるのだ」

「恥ずかしいですよ!色々と」

「いいからそのサンドイッチをよこせ」


 聞いといてそれ何もう。彼が指差したそれを掴んで、「はいっ、召し上がれ!」と差し出したなら。

 シーファはパンにではなくーーリティアの唇に噛み付いた。ごくごく軽く。


「えっ!な、な」

「間違えた。美味そうだったから」

「な、な、なん、何ですかもうッ!!」


 真っ赤になって動揺する彼女の手からサンドイッチを取り上げて。

 一口かじったその唇をぺろりと舐めて、彼はそれはそれは妖艶に微笑んでみせる。

 ドッキン、とリティアの心臓が派手に音を立てた瞬間ーー


 “パアッーー”


 現れた虹色の光ーーアルティスの秘石だ。


「……もう制御できるようになったのではなかったのか」

「おっ、お師匠様のせいじゃないですか!」

「……お前はどれだけ私のことが好きなのだ」

「ーー!!!」


 そりゃ、そうなんですけど!!

 悔しい。わざとと分かっていて、完全に色仕掛けに引っかかった。


「お師匠様のエロ魔導士!女たらし!」

「だから、たらしこみたいのはお前だけだと言っているだろうが」


 文句を言おうとすれば、その唇が優しく塞がれ、ついでとばかりに額にも、瞼にも、頬にも、その熱が触れる。


「お師匠様に暴言を吐く弟子にはーーお仕置きタイムだ、馬鹿者め」


 その楽しそうな声音が、ひどく優しいものに変わって。唱えた魔法に風が巻き起こった。

 リティアの上に、幾千もの花びらが降り注ぎーーふわり、ふわりと舞い落ちて、いくつかは水面に浮かんで。色とりどりのそれが美しくて、彼女は怒るのも忘れて口元に笑みが浮かぶ。


「私だって、いつもしてもらうばかりではありませんからね?」


 手を伸ばしてそれに触れてーー今度はリティアの魔法が水を巻き上げた。

 花を巻き込んだ水の橋が出来て、そこに虹がかかる。


「ほう。成長したな」

「でしょう?どうですか?」


 わくわくしながら感想を尋ねれば、彼は微笑んだ。


「綺麗だ」


 けれどーーその視線はずっとリティアに向けられたままで。


「っ……お師匠様、ほんとは魅惑の魔法とか使ってますか」

「それは私にべた惚れだと解釈して良いのだろうな?そんなもの使わん。ーーそれに」


 リティアのこめかみに触れた、彼の唇が囁く。


「魅惑の魔法というなら、お前が私に使っている」


「ーーっ!」


 し、心臓に悪い!このお師匠様は!!

 思わず立ち上がれば、彼もまたリティアの隣に立って。


「銀の大魔導士の唯一にして最愛の弟子よ。魔法使いが願いを叶えて差し上げよう?」



 舞い落ちる花の中。

 銀の髪の美しき魔導士が、胸に手を当てて優雅に礼をする。

 差し伸べられた手をとって、魔法使いの弟子は微笑んだ。



「ずっと一緒にいてください、私の魔法使い」




 魔法使いは少女に魔法をかけた。

 ーーその代償として、彼女への愛を封じられた、はずであった。


 魔法を解くのは、愛を込めたキス。

 そして彼らは、何よりも愛おしいものを手に入れたーー。


 銀の大魔導士と、その弟子の物語。




fin.

これにて本編完結です。読んで下さってありがとうございました!

次章からは番外編です。

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