Want to know more
真夜中ーーリティアは寝付けずにいた。
宿代がもったいないだろうとシーファは一部屋しかとらず、しかもそこは二つ並べられたベッドとサイドテーブルがやっと入るほどの小さな部屋。それが妙にリティアを緊張させた。彼らは同じ家で暮らしているとはいえ、同じ部屋で寝ることは無い。こんなに近くでなんて、眠れない。
先ほど恋だの愛だのという話をしてしまったからだろうかーー。
シーファはヘッドボードに寄りかかったまま、サイドテーブルに置いたランプの明かりで本を読んでいて、彼女の方を気にする様子も無い。魔道書かと思いきや、その装丁にある題名は『いまどき魔導士事情ーー異世界出張バイトが流行る!あなたの年収いくら?』なんだそれ。
私ばかり意識してる?ーー馬鹿みたい。
ベッドに入ったものの、なかなか眠れずにリティアはこっそりと師を見た。
オレンジ色の明かりに照らされたシーファの端正な顔。切れ長の目に、長い銀糸の睫毛。形の良い唇。肩に落ちる煌めく髪を、時々煩げに掻き上げる長い指。どうして神様は、男性である彼をこんなにも美しく造ったのだろう。
……なんだか、ズルい。
間近で接し過ぎて、時々忘れそうになるが、確かにシーファは格好良いのだ。娘たちが騒ぐのもわかる。細身だけど引き締まった体躯。魔法を使うとき、その長身でスッと姿勢を正す立ち姿が、また目を惹いたりする。今は本に向かって伸ばされた、しなやかな腕がなんとなく目について、リティアはぼうっとそれを見つめた。
魔導士は暗い小部屋に閉じこもって怪しげな薬を調合するようなインドアイメージに思われがちだが、実際はかなりの体力仕事だ。
呪文を長く強く紡ぐには肺活量が要るし、重い杖を難なく振り回す腕の力も、魔法を使うまでのタイムロスに魔物に襲われては元も子も無いから、ある程度の護身術や敏捷さも必要。加えてシーファは体術・剣術もそこらへんの相手にはまず負けない。女性にモテモテが気に食わないと因縁をつける荒くれ者共や、若くしてガンガン才能を発揮したことに嫉妬した魔導士達から売られた喧嘩を、片っ端から受けてたら自然と強くなったとかなんとか。
魔法の道具に使う、多少危険な獣や魔物も自分で狩り、鉱物を採取しに山や崖にも登る。本人は「コストカットのためだ。節約、節約」とか言うけど。
尊大な態度は弟子のリティアに対してだけだし、女性には優しいし、近隣の村の老人達には何故か『礼儀正しい若者』で通っている。いつのまに。
……そりゃあ、モテるよね。
なんとなく面白くない。
なんとなく。なんとなく、だけど。
「……見とれてくれるのは構わないがな。悪い男なら妙な気分になるところだ」
「え!?」
こちらを見ないままシーファが突然そう言って、見つめていたことに気づかれたリティアは慌てた。
やだ、バレてた。恥ずかしい……。
「す、すみません……」
そりゃそうだ。
ただでさえ気配に敏感な魔導士が、しかもこんな近い距離でマジマジと見つめられていたら、気になるに違いない。リティアは決まり悪さに真っ赤になっているであろう顔を隠すように、毛布を引き上げる。シーファがそれを横目で見て、クスリと笑った。
ガキだな、と言われた気がして、リティアは思わず反撃したくなって。
「シーファは、悪い男じゃないんですか」
「その一人かもしれんな」
呟かれた言葉。柔らかな声音で。
それが意外で、リティアは思わず起き上がった。
いつもの距離が柔らかく崩れて。今なら壁を越えられそうなーーシーファの心に踏み込むことを許されているようなーー。
近づきたい。この人が知りたい。ただそれだけをリティアは漠然と思って。
「妙な気分て……どんな?」
首を傾げて問えば、シーファは軽く目を見開いた。
「……煽るものではないよ」
それから瞳に複雑そうな光が浮かんでーー彼が伸ばした手がリティアの頬に触れた。ゆっくりとその顔が近づいてくるーー。
え?
リティアは驚いて動けない。
何、何コレ?
近い、ちかいーー。
思わずぎゅ、と目をつぶってしまった、瞬間。
「ガキめ」
「いたたたた!え!?なんれすか?」
むに、と引っ張られた頬。シーファの指がまたしてもリティアの頬をつねっていた。しかも、最初から両頬だ。
「生意気だ。馬鹿弟子のくせに」
「な、なんれ!?」
「子供は早く寝ろ」
「な、なんなんれすか、もー!」
「え?『おやすみなさい、偉大なるお師匠様』?」
「ち、ちがいまふ!」
何でええ!?
リティアは理不尽な師匠の行動に、ただただ声にならない悲鳴をあげていたーー。