Farewell
セインティア王国に戻った一同を出迎えたのは、重厚な面持ちの王と、優しい微笑みを湛える王妃、そして固い表情をしたセアライリア王女だった。
「父上、申し上げました通りに、リティア嬢はセインティアの航路を脅かした海竜を見事に浄化致しました。銀の魔導士とその弟子の働きはお認め頂けるでしょう。我が国の誉れでありこそすれ、敵ではありません」
堂々と述べるラセイン王子はひとつの迷いも無く、アクアマリンの瞳を輝かせる。
「彼女の力は失われたシーファの魔力をも取り戻させた。未知の力ですが、彼女は正しき道への教えを欲しております。それを導くのが師のシーファであり、ひいては魔導大国セインティアの務め」
彼はフォルレインを見つめてーー言った。
「それが、次期王である私の努めです」
息子の姿に、父王は目を細めた。銀の魔導士へ視線を移す。
「お前は、どう思っている」
シーファは優雅に礼を取った。
「ーーリティアはアルティスの力を自分のものとしつつある。いずれは制御できずに暴走させることも、強大な力を持て余すことも無くなるだろう。私がそれを導く。誰にも渡すこと無く、利用もさせず、護り抜く」
王は玉座から立ち上がった。リティアの前まで歩いてくる。その迫力に、けれど負けないように彼女はしっかりと王を見つめる。
「そなたはセインティアの魔導師になる気はあるか」
王の問いに、リティアはーー
「いいえ」
首を横に振った。
「ラセイン王子も、アランさんも、セアラ姫も。私に優しくしてくれて、厳しくしてくれて、私は皆が大好きなんです。シーファの大事な人を、私も大事にしたいと思います。今の私は皆の力を借りて、支えられてばかりです。だからもっと学んで、それを返せるようになりたい。
けれど私は、この王国だけを護るんじゃなくてーー魔導士として、人も精霊も魔物もすべての命を繋ぎたいんです。大それたことかもしれないけど」
彼女はゆっくりと皆を見回した。
「それが私の、魔導士として生きる意味だと思うから」
王は彼女を見つめてーー笑い出した。
「なるほど。セインティア王国に仕える魔導師などでは足りないか。生けるもの全てのために生きる魔導士というわけだな。本当にそなたという娘は、ことごとく予想を裏切ってくれるものだ」
心底楽しそうに、そう言う王に一同は唖然とする。
てっきりすんなりと許されるはずもないと思っていたラセイン王子やアランは、王の様子に顔を見合わせた。ただ、シーファは眉を上げる。
「……私達を試したな、王よ」
「え?」
師の態度に、リティアはビックリして王とシーファを見比べる。
「私達がどうしようと、処刑するつもりなどなかったのだろう?」
え?
セアラ姫やラセイン王子も父を見つめて、問う。
「お父様?」
「どういうことですか、父上」
『私が、頼んだんだ』
柔らかく降って来た、その声。
リティアにとっては懐かしく、温かい、その相手。
「アルティスーー」
一同の前にふわりと現れたのは、輝く白いローブの魔導士だ。その顔は半分ほどフードに隠されているが、口元は優しい微笑みを浮かべていた。
「アルティス!どうして」
『ごめんね、リティア。君の前にわざと現れなかった』
彼はその手を伸ばして、リティアの頭を撫でる。
『言ったよね、私の力は君に溶けつつあると。君は今までのどの器よりも私の力と調和している。いずれは完全に、私は君の力そのものになる』
そう言う彼の姿は、確かに以前よりもうっすらとしていて。その手の感触もわずかにしか感じられない。
『今までの器は私の力が負担となり過ぎて、同調しきれずに壊れてしまうか、同調する前に寿命を迎えてしまった。けれど君は力に溺れず、自分を見失わず、純粋でいてくれたから』
彼はどこかさみしそうに、言葉を重ねる。
『完全に私が消えてしまう前に、君に知って欲しかったんだ。君は私無しでもちゃんと、誰かの為に魔法を使えると。そして、君にしかできないことがあると。
“アルティスの秘石の器”ではない、魔導士リティアとして覚悟を持って欲しかった』
彼は傍にいるセインティアの王を見て笑った。
『ごめんねぇ、リライオ。嫌な役をやらせて』
「全くだ。私は可愛い子供達に『陛下のわからずや!嫌いよ』とか『父上の石頭』などと言われたのだからな」
口を尖らせる王に、セアラ姫は「あらいやだ」と頬を押さえ、ラセイン王子は「聞かれてたのか……」とぼそりと呟いた。
「しかし私は私で企みがあったからな。我が息子は見事、王の素質があると民に知らしめることが出来たしーー」
王はセアラを見て、口の端を上げた。
「どうだ。お前も少しは父ゆずりの石頭を柔らかくできたか」
は、とセアラ姫が父を見上げーー目を見開いた。
「アランが死にかけたと聞いて半狂乱になるくらいなら、できぬ覚悟など捨てよ」
ーーアランが息を呑む。
セアラ姫が真っ赤になって、泣きそうな顔で父を睨みつけーーその場を飛び出した。アランは主君を振り返る。
「ラセイン様」
「許す。追え」
王子の許可に頭を下げて、出て行く彼の背中を見ることなく、シーファがひっそりと微笑んでいた。師の満足気な顔を確かめてから、リティアは王に問いかける。
「アランさんのことも……許して下さってたんですね」
「我が子の幸せを祈らぬ親は居まい。まったく、セアラの頑固さは誰に似たのやら」
王の言葉に、それまで黙って成り行きを見守っていた王妃がやんわりと口を挟む。
「あら、わたくしではありませんわ」
「そうだとも!我が妃は慈母神のごとく優しく美しいのだからな!あの頑固さはあれだ、曾祖父の遺伝に違いない」
態度を豹変させる王に、息子と銀の魔導士は頭を押さえた。
「……バカップル……」
「確かに否定はしません」
アルティスはあははと笑って。
『確かに、ヴィオライルは頑固だったなー。彼も器としては本当によくやってくれたけど……やっぱり同調しきれなかったんだよね』
「セインティアの王族にも、器がいたの?」
驚いて聞くリティアに、ラセイン王子とシーファが頷いた。彼らは知っていたらしい。
「文献では“お調子者の魔導士がやたら絡んできてウザい”と」
「“面倒だから器やめたい”と」
彼らから伝えられる真実に、リティアはもう唖然とするしか無い。アルティスが緊張感のかけらも無く口を尖らせた。
『ヒドイよ~この国の魔法技術がものすごく進化したのは、私のおかげなのに』
……なんだろう、このもやっと感。
けれどそんな間にも、アルティスの光が薄れていることに気づいて、リティアは戸惑う。
「もう、会えないの?」
アルティスは少しだけ困ったように微笑んだ。
『……そうだね。そうなるかな』
でもね、と。リティアの胸元を指し示す。
『私は、キミ自身。キミは私自身。
一緒に居るよ、いつも。見えなくても、話せなくても』
そうして秘石もいつか、現れなくなるのだろう。
「寂しい気もするけど、それが私がアルティスと同調できるってことなんだよね」
魔物達を浄化した時のことを思い出す。
分かり合って、一つに溶ける。一緒に生きていく。
多分それは、とても幸せなことだ。リティアだけに許された、幸せな魔法だ。
「私、頑張るね」
強い瞳で微笑んだリティアに、アルティスがにっこりと笑って。
『ああ、強くなったね。キミを選んで良かった。愛しているよ、リティア』
その頬に、キスを落とした。
「おい。一度ならず二度までも」
シーファが思いっきり不機嫌そうに眉を上げたのを愉しげに笑う。
『妬かない妬かない。リティアを頼んだよ、シーファ』
そうして、ゆるやかにーー光の泡となって消えた。
微かに残る温かさに、リティアは目を閉じて。シーファに抱き寄せられるまま、彼の胸に頭を預けた。
「さよなら、アルティス……」
一部始終を見届けて、王は息を吐いた。その様子にリティアが顔を上げる。
「リティエルシア・レイノール・リネ・フレイム・フレイア。ーーいや、リティアよ。
そなたをセインティアの魔導士と認め、セアライリア第一級魔導師、及び城の魔導師達の元で魔導の修行に努めることを許可する。
監督責任は師である銀の魔導士シーファに一任するものとする。
聖国の英雄たるそなたらは、誰にも屈せず、脅かされず、害されず、その権利は王たる我と、王太子ラセインが保証するものである。つまりーー」
王が息子を見やり、ラセイン王子が後を引き継いだ。
「シーファもリティアさんも、今まで通り、僕達の大切な友人で、誰にも縛られること無く自由だということです」
「ーー!」
それを聞いて、リティアは師を振り返った。
認められた。聖国の王に、ここにいてもいいのだと。
「シーファ!」
「ああ、良かったな。ーーお前の力だ」
シーファは彼女の弾けるような笑顔に、眩しげに目を細めて。
ーー胸に飛び込んで来たその身体を、強く抱き締めた。