表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/66

Resolution

 広い広い大海原にぽつんと浮かぶ、小さな島の洞窟から。


「ちょ、ちょっと!どこまでするつもりですか!?こんなところで!」

「さて、どこまでしよう?」

「~~っ、調子にのらないで下さい!さっきまでの真剣さはどこやったんですか!弟子の望みはシリアス!真面目なお師匠様の格好良さ!」

「安心しろ。私はいつでも大真面目だ」

「なお悪いですよ!!あ、ちょっと、待って待って待って!!お師匠様っ!?」

「ここでなければどこなら良いのだ。セインティアに戻ったらまた小煩いのだらけではないか」

「知りませんよ、そんなの!つうか岩!岩痛い!」

「だから動くなと。ああ、さっきの枷の魔法、解かなければ良かったものを」

「この変態魔導士ーー!!」


 非常に呑気なーーいや、いたいけな少女には切実な、やり取りが聴こえて。

 何度目かの虹色の光が漏れた。

 やがて洞窟からは顔を真っ赤に染めた弟子の少女と。ご満悦のお師匠様が外へと出て来る。


「……お師匠様、早くラセイン王子達に連絡して下さい。心配してるから」


 頬をふくらせたままボソリと呟くリティアに、シーファは笑いながら鏡を取り出しかけてーー。


「いや、向こうから迎えに来たな」


 その顔を海へと向けた。

 もう日が沈みかけ、水平線の向こうにオレンジ色の太陽が消えてゆく。灼けるような橙色から徐々に深く沈む紫のグラデーション、金色の光に縁取られた雲、高い空に輝き始める星。穏やかな波は、魔物を孕んでいたことすら忘れたかの様に静かで。

 そんな中をこちらに向かって進んでくる、セインティアの白い船。それを見つめる、シーファの端正な横顔。もう背中ではなく首元で風に揺れる、彼の銀色の髪。いつの間にか剣から杖に戻していたそれを掴む手。

 一つ一つを見つめて、リティアは不意に苦しくなった。嬉しいような、泣きたくなるような。


 彼女がやろうとしたこと、やりたかったこと、やらなければならなかったことを、彼はずっと見守っていてくれた。きっとリティアが何の為に魔導士になろうとしているのか、彼女が決意するより早く彼は気づいていたのだろう。

 けれどそれは、いつだってシーファに護られた道で。

 シーファが今までリティアのために失ったもの、これから失うかもしれないものを考えると怖い。その一方で、その深い愛情を嬉しいとさえ思ってしまう自分がいる。自分勝手だと分かっていても、彼に大事にされることが酷く幸せで。


 ーー追いつきたい。

 彼は今でも揺るぎなく、リティアの尊敬する師で、目標で、誰よりも愛する人なのだ。ふと、彼が弟子の視線に気づいて、こちらを見つめた。


「ーー見とれてくれるのは構わないが、悪い男なら妙な気分になる、と前にも警告したはずだが」


 柔らかな表情は、沈んだ陽に隠されたけれど。きっとあの時より、もっと近づくことを許してくれているのは分かる。


「妙な気分、て?」


 だからもう一度、リティアは問いかけた。

 シーファの瞳が近づいてきて。あの時は触れなかった唇が、リティアのそれに触れる。


「煽るものではないよ。私は悪い魔法使いだからな」

「ふふ、そうですね」


 リティアは微笑んで。

 ーー胸元に現れた虹色の秘石を、船から見えないようにそっと握り込んだ。



「シーファ!その髪……!」


 入り江に到着した船から、最初に驚愕の瞳で叫んだのはラセイン王子だった。魔法大国の世継ぎの王子だ。もちろん事の重大さはリティアよりもよく知っている。

 けれど船に乗り込んだシーファの顔を見て、それからリティアの顔を見て、二人が穏やかな顔をしていると知ると、彼は問いただすのをやめた。代わりにふわりと微笑む。


「ーー二人が無事に生きて帰ってくれて、何よりです」


 アランは主君の言葉を待ってから、ニヤニヤと笑って言った。


「男前が上がったじゃないか、銀の大魔導士殿」


 悪友の言葉に、シーファも軽口で返す。


「私は前から男前だ。ああ、そういえばお前無事だったのだな。死んだと思っていたが。……残念だな」

「おい最後のボソリ聞こえたぞ、このクソ魔導士!バッチリ生きてますとも、アンタの良く出来たお弟子さんのおかげでね!」


 いつも通りの言い争いが始まった二人は放っておいて。ラセイン王子はリティアに微笑みかける。


「ーー海竜を浄化したんですね」

「はい」


 退治ではなく、浄化だと。迷いなく問われたことが嬉しかった。ここにもちゃんと、彼女の理解者がいるのだと。

 リティアは一度頷いてから、聖国の王子を見上げた。ある決意を胸に。


「あの、それでラセイン王子。私、お願いがあるんです」


 彼女の様子にラセイン王子は小首を傾げて、静かに言葉の続きを待つ。すっかり暗くなった甲板で、月とランタンに照らされた彼女の顔に、何となく今までとは違う雰囲気を感じた。どこかふっ切れたような、一つ何かを乗り越えたようなーーそんな顔をしている。


「私、一人前の魔導士になりたいんです。だから、王様に認めて頂けたら、セインティア王国でもっと学ばせてもらえませんか」


 お師匠様から学ぶことはもちろんまだまだある。けれど、彼を支えられるようになるには、まだほど遠い。

 浄化能力は、アルティスの力ではない。リティア自身の力だ。それをもっと知りたいし、高めたい。他の国でもなく、師と二人で隠れ住むのでもなく、魔法大国でなければきっと出来ないことだ。


「ええ、もちろん。望み願う者に、その道は開かれるものです」


 ラセイン王子は魔導士の教訓とも言える一説を口にして、優しく微笑んだ。


「戻って、陛下を説得しましょう。大丈夫、必ずあなたの望みは叶います。なんたって、無敵の大魔導士がついていますからね」


 悪戯っぽく言う彼の視線を追えば、いつの間にか師は近衛騎士との口喧嘩を腕相撲に変更したあげく、なんだかあっさりと勝っていて。


「魔法使った、ズルい!ズルい!」などと言われ、それを「使ってない。ちょっとしか」なんてあしらいながらこちらを見ていた。小さく笑った口元は、リティアの考えなどお見通しなのだろう。


「……そうですね!」


 リティアは微笑むと、二回戦目に突入した勝負の審判を務めるべく、師の方へ駆け寄って行った。ラセイン王子はそれを見送ってからーーふと夜空を見上げる。

 その輝く月の姿に、想うのは一人の少女で。鏡越しに触れた彼女は、それでも微笑んでくれた。


『あなたはあなたの、為すべき事をしてきて。私は待ってるから、大丈夫』


 優しく背を押してくれた、強く美しい月の女神の言葉。その信頼に、応えなければならない。

 けなげな少女が、自分の道を掴もうとするのを。

 大事な友人が、自分を傷つけても愛おしい存在を護り通そうとするのを。

 兄にも等しい友人が、沈黙することで想いを貫こうとするのを。


「……必ず、認めさせてみせる」


 金色の月が、ただ静かに輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ